【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

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財前大慈の生活

46 Soft

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 Domに転換する気配は一向になく、抑制剤のストックが切れるころに主治医へ転換を打ち明けた。会社にはあえて言わなかったが、とうに噂になっているため無駄な抵抗だろう。
 俺がなのか確かめようと探りを入れる社員も増えてきた。なんだかんだかわしているが、もういつバレても構わないと思っている。
 DomでもSubでも、俺の働き方は変わらないのだから。

「ほんっとに大丈夫なんですか? 普通なら過労で身体壊してますよ」

 ナポリピッツァが美味いと評判のイタリアンレストランにいる。小さなテーブルを挟んで夕食をとりながら、千裕は俺の最近のスケジュールにドン引きしていた。
 彼と距離を置いた後からさらに忙しくなっているため、休日らしい休日がなく仕事終わりに会うくらいしかできていない。
 栄養はとれているか、睡眠はとれているか、毎度会うたび確認される。

「倒れたらそこまでの器ということだ」

「バトル漫画じゃないんですよ、この世界は」

 先に運ばれていた前菜をつついていると、注文していたピザが運ばれてきた。
 生地の縁がぷっくりと膨らんだ焼きたてのマルゲリータ。トマトの赤とチーズの乳白色のコントラストに、添えられたバジルの緑が鮮やかだ。
 もう一枚はリピエーノで、チーズやサラミの包み焼きピザだ。ピザの固定概念を打ち崩す見た目をしている。

 千裕は迷いながらまずマルゲリータを一切れ皿にとり、大きな口を開けて頬張った。

「生地がもちもちしてて……おいしい!」

 もぐもぐと口を動かし、存分に味わって飲み込むと満面の笑みで俺を見る。
 俺も食べるのを待っているのだと気付いて、一切れ手に取った。垂れるチーズを巻き取りつつ口へ運ぶ。

「……うまいな。香ばしくて」

「ですねぇ。この素朴な味がなんとも……ぱくぱく食べられちゃいますね。飲んでしまう……」

「ちゃんと噛め」

「はいっ」

 意気込んで返事をしながら、リピエーノのほうにも手をつけ始めた。
 ピザ一切れでここまで喜べるなら、彼の人生はいいものなのだろう。

 冷めてはおいしくない。二人せっせとあごを動かした。


 今夜は帰社の予定がないため、ゆっくりできる。
 皿が空になったあとは他愛もない雑談が続いた。
 ワイングラスも減ってきたころ、店員がテーブルへやってくる。

「お待たせいたしました。カフェ・コレットとアメリカーノ。ジェラートとティラミスです」

 食後のドリンクとデザートがテーブルに置かれた。
 俺がアメリカーノとティラミス。カフェなんとかとジェラートが千裕。

「……おまえのそれ、コーヒーか?」

 千裕の手元のそれを見る。見た目は普通のブラックコーヒーだ。耐熱カップの中身はやけに少ないが。

「これは、グラッパというお酒とエスプレッソを混ぜたイタリアのホットドリンクですよ」

「アルコールとカフェインを混ぜて摂取するなんて、不摂生で死にたいのか」

「イタリア人も超過労の人には言われたくないと思います。──というより、大慈さん甘いものそんなに好きじゃないのに、またデザート頼んだんですか?」

 目の前のもこもこしたデザートをフォークでつつく。
 溶けかけのアイスクリームのような柔らかなクリームと生地を崩し、口へ運んだ。──コーヒーの苦味もあるが、ねっとりと甘い。
 アメリカーノで舌をリセットしてから、言った。

「おまえが喜ぶから……」

「え?」

「俺が甘いものを頼むと、おまえが」

「ま、待ってください。僕は食事の時間を分かち合えるのが嬉しいだけで、別に……」

 そんなことはないはずだ。
 俺はティラミスを千裕のほうへ押しやる。

「いつも食べたそうにデザートメニューを見てるだろ。でも食後に何も頼まない俺に遠慮してメニューを閉じる。だから俺が食後のドリンクを頼むと、おまえは嬉しそうにする。デザートを頼めるから。──そして、俺がドリンクだけでなくデザートも頼むとおまえの機嫌はさらにわかりやすい。俺から一口もらえるからだ」

 差し出されたデザートの皿を見て、千裕はデジャヴと納得を感じたようだ。

「結構、人のこと見てますね……」

 みるみる顔が赤くなっていく。てっきり、わかって恒例の流れにしていると思っていた。無自覚だったのか。

「それに、味の好みはともかく糖は肉体のパフォーマンス維持のために必要だと気付いた」

 千裕が味見するのを見届けて、手元に戻ってきたそれをまた一口食べる。

「ロボットみたいなこと言いながらティラミス食べる人、初めて見た……」



   ■



 腹を満たした後は千裕の家へ寄った。
 ベッドですることをして、裸で寝転んだまま穏やかな時間を過ごす。

「帰るの面倒でしょう。前みたいに奥の部屋使っていいんですよ」

「ん……」

 同棲の誘いに対し、煮え切らない返事をしてしまう。

 千裕は俺にCommandを向けなくなった。
 Careさえもない。欲求不満になったら通院先で受けるように言う。
 そばにいさせてほしい。Domではなく、一人の男として──あのときの言葉を誠実に体現すると、こうなるわけだ。
 Domとして接さず、Subとして扱わない。彼も欲求不満になるだろうに。

 彼のSubになって自分を見失うことを恐れる俺にとって、これ以上なくありがたい状況だろう。
 だから安心して同棲すればいい。ただの恋人として。

(だがこれは……俺がもたない)

 実は、彼の誠意に応えるべく通院先でCareを受けようとした。
 だが無理だった。プライドが高すぎて。
 自分がこんなにも頑固だとは知らなかった。
 千裕や自分のためだと思っても、強制はしてこない人道的なDomにまったく従えなかった。
 カルテに「バッヂが足りないジムトレーナーの気分」と書かれた。どういう意味なんだ。
 Care従事者によるPlayは穏やかで、Commandに従えなくてもストレスが溜まりにくいように工夫されている。ゆえにSub dropに陥ることはないが、満たされることも決してない。

 だから、千裕にはCareをちゃんと受けられているふりをしているが、ぜんぜんちっとも欲求不満なのである。

(今日もCommandを言ってもらえなかった……いや、それが普通なんだ、いまの俺たちの関係は。……でも、ああ、くそ、俺はなんて自分勝手なんだ、こういうときだけ都合良く千裕に期待するなんて。使われたら使われたで、きっと後にひきずるのに。でも、しかし、千裕だってつらくないのか? 我慢しているのか、それとも……うっ、あいつが誰かとPlayしてるなんて考えたくない。だったら俺でいいだろ、違う、俺はそれが嫌で、あれ?)

 ダメだ。肉体性の欲望が満たされると、よけいに第二性の欲にばかり意識が向いてしまう。思考がぐちゃぐちゃだ。

 俺は起き上がって脱ぎ捨てた服を拾いはじめた。
 ここに居続けると千裕にあらぬ懇願をしてしまいそうになる。


 下着をつけ、ベッドのふちに座りながらワイシャツに袖を通す。ボタンを閉めていると後ろから抱きつかれた。うなじにキスされる。

「まだしたいのか?」

「こうすることでしか引き止められないなら、何度でもしますよ」

 肩に顔を埋められ、存在を確かめるように抱きしめられ続ける。
 これでは服が着られない。

「……わかったわかった。そんなことをせずとも泊まる」

 観念してふりむき、閉じたばかりのボタンを外した。シワになるからシャツは脱ぎ、下着だけでベッドに戻る。

「もう少し広いベッドを買え」

 小言でごまかしながら自分の欲望を頭の外へ追いやり、目を閉じた。

「では、次の休みに」

 彼の返事で会話が終わり、就寝。と思いきや、布団の下でもぞもぞと彼の脚が絡んできた。
 結局まだするんじゃないか。こいつ、若いな……。

 まあいい。だったらいっそ、抱き潰してもらうのもひとつだ。余計なことを考えずに済む。
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