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財前大慈の生活
47 Call【1】
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[ 話してた寿司屋の予約とれたよ! >
< すごすぎます。僕は何度web予約ページ連打してもダメだったのに…… ]
[ ⚫︎日⚫︎時ね。また恋バナ聞かせて。ちゃんと内緒にするから >
< はい。小紅さんも例の人がんばってくださいね ]
[ だから、あいつは違うんだって! >
■ ■ ■
気がつくと正午だったが、タスクの半分も終わっていない。夜まで予定がびっしりある。
プロジェクトも佳境となり帰宅時間は遅くなるばかりだ。千裕とはしばらく会えていなかった。
誘いを断らず、一緒に住めば良かったかもしれない。
隣から鼻歌が聞こえた。小紅だ。
昼食にサンドイッチを食べながらスマホをいじっている。──そんなつもりはなかったが、画面の中が見えてしまった。
千裕のインスタのページだった。すぐに切り替わったため一瞬のことだったが、先週俺と食べたピザの写真だったから見間違えようもない。
俺の視線に小紅は気付いていないようだった。
あまり覗くのも悪いと思い、自分の手元に向き直す。作業を再開しながらも、頭の片隅ではいまのことがひっかかってしまっていた。
小紅と千裕は、変わらず連絡をとりあっているらしい。
食事会に参加するか聞かれたその後は千裕が話題に上がることもなく、小紅に二人の関係をたずねるタイミングを完全に逃している。
関係もなにもあの二人が非常識なことをするとは思っていないから、「友人」が答えだとわかってはいる。
だが、どうしても考えてしまう。
俺の前ではただの男でいると宣言した千裕は、Domの欲求をどこで発散しているのだろう。
パートナーを作らず医療機関でCareを受けているという小紅は、予約をとるのにいつも苦労すると言っていたのに、仕事が忙しくなった最近もむしろ調子が良さそうだった。
セックスを伴わないPlayなんていくらでもある。親密な友人であれば健全なCareで助けあうこともあるだろう。稀なことだが……。
恋人が友人と二人でカラオケやサウナに行って嫉妬するか? これはそういう話だ。たぶん。
それに俺は常にSubでいるわけではないのだから、安定してDomの欲求を発散できる相手が千裕には必要だ。
ならばどこの馬の骨ともわからない奴と会われるよりかは、信頼できる小紅とやってもらったほうが間違いがなくて安心だ。……そうか?
とにかく、そうだったとしてこんなにモヤモヤと考えるようなことではないし、俺が口出しすることでもない。
「小紅おまえ、千裕と会ってなにしてるんだ」
口出しはしないが、聞くのは許されるだろ。
「え、教えないけど」
最悪だ。
■
悶々としながらテレワークブースへ移動し、遠隔ミーティングを終わらせて戻る。
定時は過ぎているが、いまから議事録作りだ。英語の会議なのだから議事録も英語だけでいいだろうに、日本語版と両方作らなければならないルールは一刻も早く消えてほしい。
デスクに着くと、出かける準備をしている小紅に話しかけられた。
「そーいえば、ヘッドハンティング断ったんだって?」
「どこから話を聞きつけてくるんだ」
「ぼくサマネットワーク」
先日、どこかの競合他社が人材を欲しがっているのか、仲介のヘッドハンターから連絡がきた。入念に俺のことを調べたらしく、「いまの会社ではやりにくいだろう」と揺さぶりまでかけてきて。
かなりの高待遇を提示されたが、惹かれるものはなかった。
「プロヴィデーレでやれることがまだまだあるのに、転職などしてもな。鷹政にDomの在り方を叩き込むのも途中だ」
「おーじサマ、いまDomじゃないじゃん」
「教えることはできる」
このごろの鷹政はおとなしい。俺への憎まれ口にも飽きてきたのか、それともいよいよキレたのか、黙って恐ろしく優秀に働いていた。
俺へ助言を求めたかと思えば、俺より先にプロジェクトをブン回している。
Commandの使いどころもわかってきたらしく、小紅も鷹政と話すことを前ほど嫌わなくなってきた。
「ギラス、あれじゃ死ぬよ」
「死ぬか」
「うん。がんばらせすぎ。肩の力を抜く方法も教えてあげたほうがいいよ」
こうやって小紅が鷹政の心配をするのも、いまだからこそ驚かずにいられる。少し前なら「そのまま廃人にしてエントランスに飾ろう」と手を叩いて喜んでいたはずだ。
しかし、肩の力の抜き方か……。
「俺ができることにも限界はある」
「しょうがないなぁ。やっぱりおーじサマは、ぼくサマがいないとダメだね」
へへ、と笑いながら小紅は席を立ち、腕時計を見た。
「クライアントと会食してそのまま帰るから、また明日ね」
「ああ、おつかれ」
そのとき、デスクに置いたままだった俺のスマホが鳴った。電話の着信だ。ディスプレイには『波七』の表示。
応答せず、すぐに切った。
小紅もその名前に気付いたらしく、出発する時間なのにまだ足を止めている。
「波七と連絡とってるの?」
やりとりしているわけではない。一方的に連絡が来るのだ。メールも電話も。内容はいつも同じだ。
「金の無心だから、最近は無視している」
抑制剤を医者からもらうようになったため、波七に頼むことがなくなった。俺という財布を失ったのが痛手だったらしい。負けを取り戻さなきゃとかなんとかとずっと言っている。
そもそも周りが注意深くあいつに金を持たせなかったのに、俺がポンと渡してしまったせいで狂わせた可能性があった。
「なんか、紹介してごめんね。ちゃんと叱っておくよ」
「……ほどほどにな」
「連絡が来ても無視でいいからね。こっちで相手しとくから。──やばっ、いい加減行かなきゃ」
慌ててオフィスを出ていく小紅を見送る。
ふぅと息をつき、椅子の背にもたれる。疲れた目をこすった。
最近は鷹政を通して、彼の取り巻きも俺に注目するようになってきた。「関わりやすくなった」と。
その空気はゆっくりとオフィスに広がっていて、反応はさまざまだ。
社員との関わり方が変わってくると、見聞きする話も変わってくる。会話の機会が増えた結果、俺に抱いていた羨望や不満を暴露する者も少なくない。「ぶっちゃけ」というやつだ。自分が周りからどう見えていたのか、良くも悪くも初めて知る。
やはり感じるのは、昔からあったプロヴィデーレの実力主義を、俺がさらに加速させてしまったということ。
小紅はそれを絶賛しているわけだが……。周りの話を聞いていても、傲慢なDomや甘ったれなSubが俺に潰されるのを清々しく思っていた彼は特殊ケースだ。
鷹政のような、俺に倣った図太いDomばかりが生き残り、蠱毒のような息苦しい職場だと言われた。俺の知らないオフィスの話に思えたが、事実この場所のことらしい。
俺がDomのままだったなら、この事実をつきつけられても責任を感じることはなかっただろう。俺の模倣品の醜さに気付くことも。
これからどうすることが正解かはまだわからない。プロヴィデーレの業績維持を考えると難しい部分も多いからだ。
だが、すぐに答えを出すばかりが最善とは限らない。千裕と過ごすようになってからそう思うようになった。
周囲をよく見ながら、手探りでやっていくつもりだ。
──スマホが着信を知らせる。
また波七か? 仕方なく手に取り、応答した。
「しつこいぞ」
『えっ……すみません……』
聞こえてきた声は思っていた人物のものではなかった。慌てて返事をする。
「ち、千裕? すまない、違う人間からの電話と勘違いした。どうした」
『こんな時間ですが……声が聞きたくなって』
そんな何気ない言葉に自分の機嫌が良くなるのがわかる。ただ電話が来ただけなのに、おかしな話だ。
「部屋を移動するから、待ってくれ」
立ち上がり、オフィスから出ていく。
< すごすぎます。僕は何度web予約ページ連打してもダメだったのに…… ]
[ ⚫︎日⚫︎時ね。また恋バナ聞かせて。ちゃんと内緒にするから >
< はい。小紅さんも例の人がんばってくださいね ]
[ だから、あいつは違うんだって! >
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気がつくと正午だったが、タスクの半分も終わっていない。夜まで予定がびっしりある。
プロジェクトも佳境となり帰宅時間は遅くなるばかりだ。千裕とはしばらく会えていなかった。
誘いを断らず、一緒に住めば良かったかもしれない。
隣から鼻歌が聞こえた。小紅だ。
昼食にサンドイッチを食べながらスマホをいじっている。──そんなつもりはなかったが、画面の中が見えてしまった。
千裕のインスタのページだった。すぐに切り替わったため一瞬のことだったが、先週俺と食べたピザの写真だったから見間違えようもない。
俺の視線に小紅は気付いていないようだった。
あまり覗くのも悪いと思い、自分の手元に向き直す。作業を再開しながらも、頭の片隅ではいまのことがひっかかってしまっていた。
小紅と千裕は、変わらず連絡をとりあっているらしい。
食事会に参加するか聞かれたその後は千裕が話題に上がることもなく、小紅に二人の関係をたずねるタイミングを完全に逃している。
関係もなにもあの二人が非常識なことをするとは思っていないから、「友人」が答えだとわかってはいる。
だが、どうしても考えてしまう。
俺の前ではただの男でいると宣言した千裕は、Domの欲求をどこで発散しているのだろう。
パートナーを作らず医療機関でCareを受けているという小紅は、予約をとるのにいつも苦労すると言っていたのに、仕事が忙しくなった最近もむしろ調子が良さそうだった。
セックスを伴わないPlayなんていくらでもある。親密な友人であれば健全なCareで助けあうこともあるだろう。稀なことだが……。
恋人が友人と二人でカラオケやサウナに行って嫉妬するか? これはそういう話だ。たぶん。
それに俺は常にSubでいるわけではないのだから、安定してDomの欲求を発散できる相手が千裕には必要だ。
ならばどこの馬の骨ともわからない奴と会われるよりかは、信頼できる小紅とやってもらったほうが間違いがなくて安心だ。……そうか?
とにかく、そうだったとしてこんなにモヤモヤと考えるようなことではないし、俺が口出しすることでもない。
「小紅おまえ、千裕と会ってなにしてるんだ」
口出しはしないが、聞くのは許されるだろ。
「え、教えないけど」
最悪だ。
■
悶々としながらテレワークブースへ移動し、遠隔ミーティングを終わらせて戻る。
定時は過ぎているが、いまから議事録作りだ。英語の会議なのだから議事録も英語だけでいいだろうに、日本語版と両方作らなければならないルールは一刻も早く消えてほしい。
デスクに着くと、出かける準備をしている小紅に話しかけられた。
「そーいえば、ヘッドハンティング断ったんだって?」
「どこから話を聞きつけてくるんだ」
「ぼくサマネットワーク」
先日、どこかの競合他社が人材を欲しがっているのか、仲介のヘッドハンターから連絡がきた。入念に俺のことを調べたらしく、「いまの会社ではやりにくいだろう」と揺さぶりまでかけてきて。
かなりの高待遇を提示されたが、惹かれるものはなかった。
「プロヴィデーレでやれることがまだまだあるのに、転職などしてもな。鷹政にDomの在り方を叩き込むのも途中だ」
「おーじサマ、いまDomじゃないじゃん」
「教えることはできる」
このごろの鷹政はおとなしい。俺への憎まれ口にも飽きてきたのか、それともいよいよキレたのか、黙って恐ろしく優秀に働いていた。
俺へ助言を求めたかと思えば、俺より先にプロジェクトをブン回している。
Commandの使いどころもわかってきたらしく、小紅も鷹政と話すことを前ほど嫌わなくなってきた。
「ギラス、あれじゃ死ぬよ」
「死ぬか」
「うん。がんばらせすぎ。肩の力を抜く方法も教えてあげたほうがいいよ」
こうやって小紅が鷹政の心配をするのも、いまだからこそ驚かずにいられる。少し前なら「そのまま廃人にしてエントランスに飾ろう」と手を叩いて喜んでいたはずだ。
しかし、肩の力の抜き方か……。
「俺ができることにも限界はある」
「しょうがないなぁ。やっぱりおーじサマは、ぼくサマがいないとダメだね」
へへ、と笑いながら小紅は席を立ち、腕時計を見た。
「クライアントと会食してそのまま帰るから、また明日ね」
「ああ、おつかれ」
そのとき、デスクに置いたままだった俺のスマホが鳴った。電話の着信だ。ディスプレイには『波七』の表示。
応答せず、すぐに切った。
小紅もその名前に気付いたらしく、出発する時間なのにまだ足を止めている。
「波七と連絡とってるの?」
やりとりしているわけではない。一方的に連絡が来るのだ。メールも電話も。内容はいつも同じだ。
「金の無心だから、最近は無視している」
抑制剤を医者からもらうようになったため、波七に頼むことがなくなった。俺という財布を失ったのが痛手だったらしい。負けを取り戻さなきゃとかなんとかとずっと言っている。
そもそも周りが注意深くあいつに金を持たせなかったのに、俺がポンと渡してしまったせいで狂わせた可能性があった。
「なんか、紹介してごめんね。ちゃんと叱っておくよ」
「……ほどほどにな」
「連絡が来ても無視でいいからね。こっちで相手しとくから。──やばっ、いい加減行かなきゃ」
慌ててオフィスを出ていく小紅を見送る。
ふぅと息をつき、椅子の背にもたれる。疲れた目をこすった。
最近は鷹政を通して、彼の取り巻きも俺に注目するようになってきた。「関わりやすくなった」と。
その空気はゆっくりとオフィスに広がっていて、反応はさまざまだ。
社員との関わり方が変わってくると、見聞きする話も変わってくる。会話の機会が増えた結果、俺に抱いていた羨望や不満を暴露する者も少なくない。「ぶっちゃけ」というやつだ。自分が周りからどう見えていたのか、良くも悪くも初めて知る。
やはり感じるのは、昔からあったプロヴィデーレの実力主義を、俺がさらに加速させてしまったということ。
小紅はそれを絶賛しているわけだが……。周りの話を聞いていても、傲慢なDomや甘ったれなSubが俺に潰されるのを清々しく思っていた彼は特殊ケースだ。
鷹政のような、俺に倣った図太いDomばかりが生き残り、蠱毒のような息苦しい職場だと言われた。俺の知らないオフィスの話に思えたが、事実この場所のことらしい。
俺がDomのままだったなら、この事実をつきつけられても責任を感じることはなかっただろう。俺の模倣品の醜さに気付くことも。
これからどうすることが正解かはまだわからない。プロヴィデーレの業績維持を考えると難しい部分も多いからだ。
だが、すぐに答えを出すばかりが最善とは限らない。千裕と過ごすようになってからそう思うようになった。
周囲をよく見ながら、手探りでやっていくつもりだ。
──スマホが着信を知らせる。
また波七か? 仕方なく手に取り、応答した。
「しつこいぞ」
『えっ……すみません……』
聞こえてきた声は思っていた人物のものではなかった。慌てて返事をする。
「ち、千裕? すまない、違う人間からの電話と勘違いした。どうした」
『こんな時間ですが……声が聞きたくなって』
そんな何気ない言葉に自分の機嫌が良くなるのがわかる。ただ電話が来ただけなのに、おかしな話だ。
「部屋を移動するから、待ってくれ」
立ち上がり、オフィスから出ていく。
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