48 / 55
財前大慈の生活
48 Call【2】
しおりを挟む
誰もいない休憩ルームに入り、窓辺に立った。
ブラインドは上がったままで、鮮やかな夜景を見下ろす。あの光のどこかに千裕がいる。
『職場ですか?』
「ああ、やることだらけでな」
『おつかれさまです』
スマホを通して彼の声を聞いていると、ピリピリしていた神経が落ち着く。
『電話、誰と間違えたんです?』
波七の存在を隠す理由はないから、正直に答えた。
「乱交趣味の常軌を逸した男だ。関わらないほうがいい」
『それ、大慈さんの友人なんですか?』
「仕事の相手ではないが……」
『なるほど、今度、紹介してくださいね』
紹介してどうなるんだ。しないぞ、4P。
もう会うかもわからない相手だ……と言おうとして気付いた。
「嫉妬したのか。おまえだって、小紅と会ってただろ」
『知ってたんですね』
「なにを話しているかまでは知らない」
『あなたのことですよ。どんなに好きか、聞いてもらってたんです』
「……………なんだ、そうなのか」
千裕の言葉を呑み込むのに数秒かかってしまった。
言いたいことはいくつか思い浮かんだが、少なくとも俺が考えていたようなことは無かったらしい。
『その無言の間、まさか……僕がそんな人間だと?』
あっ。こういうとき察しの良い人間は面倒だな。
「違う違う。浮気を疑ったりしていない。ただ、おまえのDomの欲求はどこに消えているのかと思って。おまえはCare従事者でもあるが、仕事では発散にならないだろうし」
『それはまあ……心頭滅却、ですかね』
「武士か?」
『そんな心配していたなんて。僕、GPS持ち歩いてもいいですよ。一時間おきに連絡しましょうか?』
「いらん」
束縛してなにになる。
されたいのなら話は変わってくるが、そういうわけでもないだろう。彼もおそらく、俺が望まないとわかっていて言っている。
『大慈さん、変わりましたね。僕の私生活なんて興味なさそうだったのに』
「おまえのせいだ」
『うーん、そういうところ。好きです』
「俺はときどきおまえの情緒が怖い」
窓に自分の顔が映っている。見慣れた顔だが、その内側はどうだろう。
「変わった」と言われて、自分でもそう思う。
「……おまえのせいで、判断力が弱った」
『そうなんですか?』
「千裕と過ごして、答えを出さないという選択肢を知った。おかげで俺は生きているわけだが……優柔不断になったように思う」
『慎重になった、というだけのことでしょう』
立ち疲れてきて近くのソファに座った。
多くの社員の体重を受け止めてくたくたになったクッションに身体が沈む。脱力して天井を見上げた。──休憩ルームの天井を初めて知った。こんなふうに時間を潰したことはなかったからだ。
「……俺がおまえを好きな理由、その結論を出すのも保留にしている」
『おっと。それは保留にしてほしくないですね』
「ありすぎて、ひとつに絞れないんだ」
仕事だけだった俺の人生に、千裕は生活を運び込んできた。迷惑に思うこともあったが、それらはささやかな体験となって、崩れかけた俺のかたちを打ち直した。
出会ったときの声が、向けられた表情が、分かち合った味が、感触が、感情が、時間が俺の中にあり、どれもすぐに思い出すことができる。
「物事の見え方が変わって、記憶にあるすべての千裕は……どれも好ましくて、どうして俺がおまえにこうも特別惹かれるのか、どれが決定的な理由なのか、わからな……おい、聞いてるのか?」
……さっきから返事がない。寝たか? いや、うめき声が聞こえる。
「大丈夫か?」
『危うく窓から飛び出すところでした』
「なんだ、急に」
廊下から人の笑い声が聞こえた。会話する声と足音がここへ向かっている。
通話もここまでだろうと立ち上がる。
「……会いたい。行ってもいいか」
彼のことを考えていたら、恋しくなってしまっていた。
もう仕事に戻る気分じゃない。
『僕も、声だけじゃ満足できなくなっちゃいました』
ブラインドは上がったままで、鮮やかな夜景を見下ろす。あの光のどこかに千裕がいる。
『職場ですか?』
「ああ、やることだらけでな」
『おつかれさまです』
スマホを通して彼の声を聞いていると、ピリピリしていた神経が落ち着く。
『電話、誰と間違えたんです?』
波七の存在を隠す理由はないから、正直に答えた。
「乱交趣味の常軌を逸した男だ。関わらないほうがいい」
『それ、大慈さんの友人なんですか?』
「仕事の相手ではないが……」
『なるほど、今度、紹介してくださいね』
紹介してどうなるんだ。しないぞ、4P。
もう会うかもわからない相手だ……と言おうとして気付いた。
「嫉妬したのか。おまえだって、小紅と会ってただろ」
『知ってたんですね』
「なにを話しているかまでは知らない」
『あなたのことですよ。どんなに好きか、聞いてもらってたんです』
「……………なんだ、そうなのか」
千裕の言葉を呑み込むのに数秒かかってしまった。
言いたいことはいくつか思い浮かんだが、少なくとも俺が考えていたようなことは無かったらしい。
『その無言の間、まさか……僕がそんな人間だと?』
あっ。こういうとき察しの良い人間は面倒だな。
「違う違う。浮気を疑ったりしていない。ただ、おまえのDomの欲求はどこに消えているのかと思って。おまえはCare従事者でもあるが、仕事では発散にならないだろうし」
『それはまあ……心頭滅却、ですかね』
「武士か?」
『そんな心配していたなんて。僕、GPS持ち歩いてもいいですよ。一時間おきに連絡しましょうか?』
「いらん」
束縛してなにになる。
されたいのなら話は変わってくるが、そういうわけでもないだろう。彼もおそらく、俺が望まないとわかっていて言っている。
『大慈さん、変わりましたね。僕の私生活なんて興味なさそうだったのに』
「おまえのせいだ」
『うーん、そういうところ。好きです』
「俺はときどきおまえの情緒が怖い」
窓に自分の顔が映っている。見慣れた顔だが、その内側はどうだろう。
「変わった」と言われて、自分でもそう思う。
「……おまえのせいで、判断力が弱った」
『そうなんですか?』
「千裕と過ごして、答えを出さないという選択肢を知った。おかげで俺は生きているわけだが……優柔不断になったように思う」
『慎重になった、というだけのことでしょう』
立ち疲れてきて近くのソファに座った。
多くの社員の体重を受け止めてくたくたになったクッションに身体が沈む。脱力して天井を見上げた。──休憩ルームの天井を初めて知った。こんなふうに時間を潰したことはなかったからだ。
「……俺がおまえを好きな理由、その結論を出すのも保留にしている」
『おっと。それは保留にしてほしくないですね』
「ありすぎて、ひとつに絞れないんだ」
仕事だけだった俺の人生に、千裕は生活を運び込んできた。迷惑に思うこともあったが、それらはささやかな体験となって、崩れかけた俺のかたちを打ち直した。
出会ったときの声が、向けられた表情が、分かち合った味が、感触が、感情が、時間が俺の中にあり、どれもすぐに思い出すことができる。
「物事の見え方が変わって、記憶にあるすべての千裕は……どれも好ましくて、どうして俺がおまえにこうも特別惹かれるのか、どれが決定的な理由なのか、わからな……おい、聞いてるのか?」
……さっきから返事がない。寝たか? いや、うめき声が聞こえる。
「大丈夫か?」
『危うく窓から飛び出すところでした』
「なんだ、急に」
廊下から人の笑い声が聞こえた。会話する声と足音がここへ向かっている。
通話もここまでだろうと立ち上がる。
「……会いたい。行ってもいいか」
彼のことを考えていたら、恋しくなってしまっていた。
もう仕事に戻る気分じゃない。
『僕も、声だけじゃ満足できなくなっちゃいました』
67
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
世界で一番優しいKNEELをあなたに
珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。
Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。
抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。
しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。
※Dom/Subユニバース独自設定有り
※やんわりモブレ有り
※Usual✕Sub
※ダイナミクスの変異あり
愛されSubは尽くしたい
リミル
BL
【Dom/Subユニバース】
玩具メーカーの取締役開発部長Dom(37)×元子役の大学生Sub(20)
かつて天才子役として名を馳せていた天使 汐は、収録中にSub drop(サブドロップ)に陥り、生死の境をさまよう。
不安定になっていた汐を救ったのは、スーツ姿の男だった。
素性や名前も知らない。でも、優しく撫でて「いい子」だと言ってくれた記憶は残っている。
父親の紹介で、自身の欲求を満たしてくれるDomを頼るものの、誰も彼も汐をひたすらに甘やかしてくる。こんなにも尽くしたい気持ちがあるのに。
ある夜、通っているサロンで不正にCommand(コマンド)を使われ、心身ともにダメージを負った汐を助けたのは、年上の男だ。
それは偶然にも15年前、瀕死の汐を救った相手──深見 誠吾だった。
運命的な出会いに、「恋人にもパートナーにもなって欲しい」と求めるも、深見にきっぱりと断られてしまい──!?
一筋縄ではいかない17才差の、再会から始まるラブ!
Illust » 41x様
共の蓮にて酔い咲う
あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。
トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub
※リバです。
※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。
※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。
※他サイトでも完結済
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる