【完結】Switchなんて聞いてない──氷のエリート様が年下の溺愛Domに溶かされるまで──

牛丸 ちよ

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財前大慈の生活

48 Call【2】

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 誰もいない休憩ルームに入り、窓辺に立った。
 ブラインドは上がったままで、鮮やかな夜景を見下ろす。あの光のどこかに千裕がいる。

『職場ですか?』

「ああ、やることだらけでな」

『おつかれさまです』

 スマホを通して彼の声を聞いていると、ピリピリしていた神経が落ち着く。

『電話、誰と間違えたんです?』

 波七の存在を隠す理由はないから、正直に答えた。

「乱交趣味の常軌じょうきいっした男だ。関わらないほうがいい」

『それ、大慈さんの友人なんですか?』

「仕事の相手ではないが……」

『なるほど、今度、紹介してくださいね』

 紹介してどうなるんだ。しないぞ、4P。

 もう会うかもわからない相手だ……と言おうとして気付いた。

「嫉妬したのか。おまえだって、小紅と会ってただろ」

『知ってたんですね』

「なにを話しているかまでは知らない」

『あなたのことですよ。どんなに好きか、聞いてもらってたんです』

「……………なんだ、そうなのか」

 千裕の言葉を呑み込むのに数秒かかってしまった。
 言いたいことはいくつか思い浮かんだが、少なくとも俺が考えていたようなことは無かったらしい。

『その無言の、まさか……僕がそんな人間だと?』

 あっ。こういうとき察しの良い人間は面倒だな。

「違う違う。浮気を疑ったりしていない。ただ、おまえのDomの欲求はどこに消えているのかと思って。おまえはCare従事者でもあるが、仕事では発散にならないだろうし」

『それはまあ……心頭滅却、ですかね』

「武士か?」

『そんな心配していたなんて。僕、GPS持ち歩いてもいいですよ。一時間おきに連絡しましょうか?』

「いらん」

 束縛してなにになる。
 されたいのなら話は変わってくるが、そういうわけでもないだろう。彼もおそらく、俺が望まないとわかっていて言っている。

『大慈さん、変わりましたね。僕の私生活なんて興味なさそうだったのに』

「おまえのせいだ」

『うーん、そういうところ。好きです』

「俺はときどきおまえの情緒が怖い」

 窓に自分の顔が映っている。見慣れた顔だが、その内側はどうだろう。
 「変わった」と言われて、自分でもそう思う。

「……おまえのせいで、判断力が弱った」

『そうなんですか?』

「千裕と過ごして、答えを出さないという選択肢を知った。おかげで俺は生きているわけだが……優柔不断になったように思う」

『慎重になった、というだけのことでしょう』

 立ち疲れてきて近くのソファに座った。
 多くの社員の体重を受け止めてくたくたになったクッションに身体が沈む。脱力して天井を見上げた。──休憩ルームの天井を初めて知った。こんなふうに時間を潰したことはなかったからだ。

「……俺がおまえを好きな理由、その結論を出すのも保留にしている」

『おっと。それは保留にしてほしくないですね』

「ありすぎて、ひとつに絞れないんだ」

 仕事だけだった俺の人生に、千裕は生活を運び込んできた。迷惑に思うこともあったが、それらはささやかな体験となって、崩れかけた俺のかたちを打ち直した。
 出会ったときの声が、向けられた表情が、分かち合った味が、感触が、感情が、時間が俺の中にあり、どれもすぐに思い出すことができる。

「物事の見え方が変わって、記憶にあるすべての千裕は……どれも好ましくて、どうして俺がおまえにこうも特別惹かれるのか、どれが決定的な理由なのか、わからな……おい、聞いてるのか?」

 ……さっきから返事がない。寝たか? いや、うめき声が聞こえる。

「大丈夫か?」

『危うく窓から飛び出すところでした』

「なんだ、急に」

 廊下から人の笑い声が聞こえた。会話する声と足音がここへ向かっている。

 通話もここまでだろうと立ち上がる。

「……会いたい。行ってもいいか」

 彼のことを考えていたら、恋しくなってしまっていた。
 もう仕事に戻る気分じゃない。

『僕も、声だけじゃ満足できなくなっちゃいました』
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