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財前大慈の生活
51 Look【1】
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彼がこうも尽くしてくれる理由が何か、ようやく腑に落ちた。
夕食を終え、二人分の皿洗いをしながら考える。
俺は千裕をもっと信じてもいいのかもしれない。
千裕は食後のコーヒーを二人分いれ、カウンター席でくつろいでいる。
テーブルには雑誌もスマホもあるのに、どれにも手をつけずただ俺を眺めて……楽しいか?
この男は本当に、なんというか、人生で出会ったことがないタイプだ。
「……Domではなく一人の男として──そうおまえに言われたとき、『助かった』と思った」
水音で聞こえないかもなと、独り言くらいの気持ちで呟く。
すると、しっかり聞こえていたようで返事があった。
「助かった、ですか?」
そうだ。
嬉しいとかよりも先に、ホッとした。
「気を使ってくれたんだろ? 俺が第二性に振り回されていたから」
「うー……ん」
千裕は唇を触って、なにか言いづらそうにしている。どうやら俺はなにか読み違えているらしい。
「そんな気の利いたものじゃないですよ。見捨てられたくなくて」
「見捨てる?」
どうしてそんな言葉が出てくるんだ。その直前に俺は「会いたかった」とまで言っているのに。
「『やっぱりおまえは怖い、もう会わない』……そう言われると思って、その前になんとか引き止めなきゃと必死でした。──大慈さんを遠ざけたのは誰でもない僕なのに、傷付けられているのを見たとき、どうして自分がそばにいなかったのか……ひどく後悔しました。もうあんな思いはごめんです。どんな形でもいいからそばにいたいというのは、ぜんぶ自分のためですよ」
自分勝手でしょう? そう眉根を下げて笑う彼は、いつもより無防備に見えた。並べられる言葉はどれも、さらけ出した本音なのだ。
「だからこそ、俺にCommandを使わないようにしてるんだな」
頷きが返ってくる。
最後の食器を水切りカゴに入れた。
一旦はふきんを手に取るが、いれてもらったコーヒーの存在を思い出す。残りの作業は後回しにしよう。
千裕の隣に腰掛け、まだ暖かいカップを手に取った。やわらかな苦味が喉を潤していく。
「不自然でしょうか?」
それはそうだろう。
今はいいが、このまま過ごし続けるのは現実的ではない。それは第二性に通じた精神科医である千裕が一番わかっているはずだ。俺に殉じるつもりか?
彼がCommandを使わないことより、そうさせる俺に問題がある。
Domの俺もSubの俺も好きだとも言ってくれているのに、俺はどうだ。──無理をする必要はないと、この男は言うだろう。でも。
「欲が出てきてな」
「欲?」
「SubとしてもDomとしても、俺として、おまえを──杜上千裕を愛したい。だからおまえも、男としてDomとして、杜上千裕のすべてで俺を愛していいぞ」
自分の不確定な部分への不安が消えるわけではない。けれど千裕となら、俺の心配するようなことは起きない気がした。
コーヒーの黒い水面から顔を上げて横を見ると、顔を赤くした千裕と目が合う。
「……すごい殺し文句だ」
「一世一代の告白だからな」
自分勝手なのは同じ──いや、それ以上だろう。
DomだからSubだからと思考を右往左往させて、結局こんなことになっているのだから。
千裕はまだ己の特性に負い目があるのか、逡巡するそぶりを見せたものの、おそるおそる口を開く。
「僕、重いですよ?」
「受けて立とう」
覚悟を決めた以上、おまえのDomの力で壊れても俺は責めたりしない──そう声をかけようとしたが、やっぱり止めた。俺が許しても、千裕は自分を許さないだろう。
ものは試し、なんて半端なことは言わない。
なにも心配いらないことをここで証明してやる。
彼の手に触れた。
こうやって俺から触れることはあっただろうか。褒美をねだることはあったが。
「映画を観てきたほうがいいか?」
映画館の半券を見せていたころのことを思い出しながら言う。
千裕はくすりと笑い、俺の手へ指を絡ませた。
「一人で行くなんてダメですよ。これからは一緒に行きましょうね。──《Stand Up》」
不意のCommandにどきりとした。恐怖ではなく、期待が胸を打つ。
平静を装いながら立ち上がると、千裕に背中を撫でられる。
「セーフワードは覚えていますね」
彼の手が腰を伝い降りていく。ここでする気だと理解した。
それにしても、セーフワードなんて言葉、すっかり忘れていた。
「律儀だな、おまえも」
夕食を終え、二人分の皿洗いをしながら考える。
俺は千裕をもっと信じてもいいのかもしれない。
千裕は食後のコーヒーを二人分いれ、カウンター席でくつろいでいる。
テーブルには雑誌もスマホもあるのに、どれにも手をつけずただ俺を眺めて……楽しいか?
この男は本当に、なんというか、人生で出会ったことがないタイプだ。
「……Domではなく一人の男として──そうおまえに言われたとき、『助かった』と思った」
水音で聞こえないかもなと、独り言くらいの気持ちで呟く。
すると、しっかり聞こえていたようで返事があった。
「助かった、ですか?」
そうだ。
嬉しいとかよりも先に、ホッとした。
「気を使ってくれたんだろ? 俺が第二性に振り回されていたから」
「うー……ん」
千裕は唇を触って、なにか言いづらそうにしている。どうやら俺はなにか読み違えているらしい。
「そんな気の利いたものじゃないですよ。見捨てられたくなくて」
「見捨てる?」
どうしてそんな言葉が出てくるんだ。その直前に俺は「会いたかった」とまで言っているのに。
「『やっぱりおまえは怖い、もう会わない』……そう言われると思って、その前になんとか引き止めなきゃと必死でした。──大慈さんを遠ざけたのは誰でもない僕なのに、傷付けられているのを見たとき、どうして自分がそばにいなかったのか……ひどく後悔しました。もうあんな思いはごめんです。どんな形でもいいからそばにいたいというのは、ぜんぶ自分のためですよ」
自分勝手でしょう? そう眉根を下げて笑う彼は、いつもより無防備に見えた。並べられる言葉はどれも、さらけ出した本音なのだ。
「だからこそ、俺にCommandを使わないようにしてるんだな」
頷きが返ってくる。
最後の食器を水切りカゴに入れた。
一旦はふきんを手に取るが、いれてもらったコーヒーの存在を思い出す。残りの作業は後回しにしよう。
千裕の隣に腰掛け、まだ暖かいカップを手に取った。やわらかな苦味が喉を潤していく。
「不自然でしょうか?」
それはそうだろう。
今はいいが、このまま過ごし続けるのは現実的ではない。それは第二性に通じた精神科医である千裕が一番わかっているはずだ。俺に殉じるつもりか?
彼がCommandを使わないことより、そうさせる俺に問題がある。
Domの俺もSubの俺も好きだとも言ってくれているのに、俺はどうだ。──無理をする必要はないと、この男は言うだろう。でも。
「欲が出てきてな」
「欲?」
「SubとしてもDomとしても、俺として、おまえを──杜上千裕を愛したい。だからおまえも、男としてDomとして、杜上千裕のすべてで俺を愛していいぞ」
自分の不確定な部分への不安が消えるわけではない。けれど千裕となら、俺の心配するようなことは起きない気がした。
コーヒーの黒い水面から顔を上げて横を見ると、顔を赤くした千裕と目が合う。
「……すごい殺し文句だ」
「一世一代の告白だからな」
自分勝手なのは同じ──いや、それ以上だろう。
DomだからSubだからと思考を右往左往させて、結局こんなことになっているのだから。
千裕はまだ己の特性に負い目があるのか、逡巡するそぶりを見せたものの、おそるおそる口を開く。
「僕、重いですよ?」
「受けて立とう」
覚悟を決めた以上、おまえのDomの力で壊れても俺は責めたりしない──そう声をかけようとしたが、やっぱり止めた。俺が許しても、千裕は自分を許さないだろう。
ものは試し、なんて半端なことは言わない。
なにも心配いらないことをここで証明してやる。
彼の手に触れた。
こうやって俺から触れることはあっただろうか。褒美をねだることはあったが。
「映画を観てきたほうがいいか?」
映画館の半券を見せていたころのことを思い出しながら言う。
千裕はくすりと笑い、俺の手へ指を絡ませた。
「一人で行くなんてダメですよ。これからは一緒に行きましょうね。──《Stand Up》」
不意のCommandにどきりとした。恐怖ではなく、期待が胸を打つ。
平静を装いながら立ち上がると、千裕に背中を撫でられる。
「セーフワードは覚えていますね」
彼の手が腰を伝い降りていく。ここでする気だと理解した。
それにしても、セーフワードなんて言葉、すっかり忘れていた。
「律儀だな、おまえも」
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