【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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狼男と人魚と吸血鬼 編

5 ムリすぎるので出発します

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 パジャマまで渡されてしまった。
 そこまで世話になるのは申し訳ないと思ったが、「汚い服でベッドに入るな」と言われたら何も言い返せなかった。

 案内されたゲストルームは簡易シャワースペースがあり、ベッドはキングサイズよりずっと大きくてふかふか。自分が異常な世界に迷い込んでいることを忘れてしまいそうになるくらい快適だった。

「こんなに良い部屋を借りてしまっていいんですか?」

 そうたずねると、屋敷の主人は目だけで笑って言った。

「おまえの血が気に入ったからな」

 からかってるだけ……だよな?

 仕事があるからと彼は部屋から出ていく。

 ひとり残った俺は、扉に鍵をかけられないことを不安がったりもした。けれどベッドに入った途端、しっかりぐっすり寝入ってしまった。
 それなりに疲れていたらしい。


   ■


 ドが付くほどの熟睡だったが、仕事のクセで夜明けより先に目覚めた。

「ん……朝……!? 俺、いつの間に寝て……」

 夜明けと共に東の空が白むのは、日本と同じなのだなと思った。
 窓を開けると朝露の優しい空気に包まれる。

 袖の破れたワイシャツに腕を通して身支度する。
 脱いだパジャマはきちんと畳み、ベッドの上に置いた。
 書き置きできるようなものを探したがあいにく見つからない。

 忍び足で部屋を出て、廊下を歩く。
 玄関扉は押しただけで軽く開いた。狭い隙間に身体を通して外に出る。
 前庭を抜けて門扉も通過。

 問題はここからだ。道がわからない。

 ジェードにちゃんと話を聞けばいいのだろうけれど、昨夜を思い出すと合わせる顔が無い。だから出発の挨拶をする勇気もでなかった。
 朝早すぎるから寝ているところを起こしてしまうかもしれないし……恩知らずだとはわかっているが、言い訳を並べてしまう。

 感謝している。俺にもささやかながらプライドがあると気付かせてくれた。彼の顔を見たら、また恥ずかしさで顔が火事になる気がする。

「明るいとこで見ても、不気味な森だな……」

 深い森はどこまで続いているのか想像もできない。
 日中ならよほどのことは起きまいと祈りながら踏み出していく。

 屋敷を起点に道が伸びているし、これをたどっていけばどこかしらには着くはず。
 一刻も早く物騒な森を抜けて、安全であろう街に行くんだ。


 しばらく歩けば、背後の洋館が木々の合間に消える。
 それからずっと同じ緑の景色が続き、どれくらい時間が経過したのか見当もつかなくなる。
 頭上の太陽の位置が変わってきているのはわかるが、時刻を読めるほどのサバイバル知識はない。

 草むらが揺れる音がして、道の外れから人が飛び出してきた。

「あ」
「あ」

 昨日の狼男だった。満月じゃないからか人の姿だ。
 その手には山鳩のような鳥の死体がある。食べるのかな。

「無事だったんだな」

 そう声をかけられ、どう答えるべきかわからず「はい」とだけ返事をした。

 お互いに見つめ合ったまま、不思議な沈黙が流れる。

「……昨日は怖がらせてすまなかった」

 深々と頭を下げられ、慌てた。

「いえ、あの、わざとではない、んですもんね。……無事だったわけですから、気にしないでください」

 爪が食い込むような場面もあったが、怪我をさせられたわけでもない。腕の傷は自分の不注意だし。
 怖くなかったと言えば嘘になるものの怒る気持ちにはなれなかった。
 みんなの話を聞いていると、この森の秩序を乱しているのは俺のほうにも思えるからだ。
 謝られると後ろめたい。

  ホッとした様子で狼男は顔を上げ、すん、と小さく鼻を鳴らした。
 いま、におい嗅がれた?

「血が流れていなければなんともないな……。昨日みたいなことはオレも初めてで驚いたよ。──あんたの血の魅了効果チャームはすごいな」

 褒められてもな。
 あやふやに微笑み返す。

 そして、チャンスだと思って道をたずねた。

「街ってこの道で合ってますか? 昨日から迷子で……」

「ああ。だいぶ遠いけど着くよ」

「良かった!」



 ぐぎゅるるるるる。



 安心したら空腹を思い出し、腹が大きく鳴いた。

「…………」

「………………」

 は、恥ずかしい。

「これからロコ……昨日の人魚と朝飯食うけど、一緒に来るか?」

「そっ、そんな、ご迷惑では……」

「怖がらせた詫びをさせてくれよ。鳥、食えるよな?」

「くっ……、お言葉に……甘えさせてください……。もう、腹がぺこぺこで……。その、なにか俺にもできることがあれば言ってください」

「じゃ、あんた食わせてくれよ」

「ヒエッ」

「冗談だ。俺たちは飢えてもダチは食わねえ。あんたも何かあってこの森に来たクチなんだろ。──俺はバウ。あんたは?」

「ハヤトキです。バウさん、よろしくおねがいします」

「バウでいいよ。人魚のこともロコって呼んでやってくれ」

 道なりに進むと、昨日の湖に寄れるらしい。
 バウに案内される道中、ぽつりぽつりと雑談を交わす。

「つくづく不思議なんだが、あんたみたいなのが街で暮らせてるのか?」

「街で……って、どういう意味ですか?」

「近所の魔族たちはあんたの血が平気なのかってことだよ」

「キンジョノマゾク……?」

 なんだかキナくさくなってきた。
 まさか、このあたりの街って、この狼男とかあの人魚とかみたいな人外しかいない?

「……あのう、街には人間も住んでますよね?」

「はぁ? この大陸に人間なんていないだろ」

 思わず立ち止まってしまった。
 この国に、ならまだしも。大陸に? ここは魔族のガラパゴス諸島ってこと?

「なんにも知らないんだな。つーか、人間になんの用があるんだよ?」

 怪しむ目で見られ、慌てて取りつくろう。

「中途半端に記憶喪失で……なんでか気になって……」

「ふーん」

 存在しない生物がこんなところにいるとは思わないのだろう。バウは俺が人間だとは疑っていない。
 ただただ「変なヤツだな」と言わんばかりの目で見られた。
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