【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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狼男と人魚と吸血鬼 編

6 どうしてそうなるんだ

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 狼男のバウと雑談するうち、湖に到着する。
 ほとりに立てば人魚ロコが水中から現れた。彼は俺を見上げるなり驚いた顔をして、バウを見やる。

「昨日のひと?」

「こいつはハヤトキ。飯分けてやるくらい良いよな?」

「うん、みんなで食べると楽しいもんね。よろしくハヤトキ」

 人懐っこく微笑まれ、よろしくと返事をする。

 バウは持っていた鳥をそのあたりへ放り、枝を拾いに行った。
 ロコはたくさんの小魚を抱えて岸に上がる。
 昨夜の彼は下半身は魚だったが、なんと今日はそうではない。

「あれっ、足がある……」

「すごいでしょ。すいりくりょーよー」

 人間の足形態と魚のヒレ形態を使い分けられるらしい。
 でもどっちにしても全裸で、服は着ないんだな。

 枝拾いを俺も手伝い、ほとりに集まって焚火を囲んだ。
 中性的な美人(ただし堂々とした全裸)と、雄々しい美青年(ただしノミがいる)と、くたびれた中年(予備軍)の組み合わせは奇妙だったが、会話そのものはほのぼのとしていて居心地が良い時間だった。

 鳥の羽をむしるバウの慣れた手つきを眺めていると、ロコに魚と細い枝を渡される。

「これやってよ。魚に串を通すんだよ」

 串に見立てた枝を魚の口に突っ込む流れをロコが見せてくれる。手本の真似をしながら、俺も作業にいそしむ。

「あっ。失敗すると魚のへんなとこ破っちゃいますね……すみません」

「食べたら同じだよ。じょーずじょーず」

 すんすんすん。ロコはやたらに俺に近づき、においを嗅いでいた。

「気になるにおいしますか?」

「昨日のあの感じ、もうしないね。あ、でも服からちょっとする……」

 すんすんすんすん。またたびを前にした猫のようだ。
 乾いた血がついた袖を集中して嗅がれている。
 大丈夫な挙動か? これ?

「すーはーすーはー。新しい友達、嬉しいなー。最近だれも森に来ないんだもん」

「おまえが食うからだろ」

「お友達じゃない人しか食べてませーん。すんすんすんすん」

「あの、そんなに嗅がれると怖いというか……」

「もう離れろよ、ロコ」 

「やーん」

 バウがロコを引き剥がしてくれた。やっと肩の力が抜ける。

 多少不穏だが、こうやって話していると本当に温厚な人(?)たちだ。
 襲われたのが嘘のようで、やはり俺の血が無防備な彼らに悪い影響を与えたのだと感じる。

 食材を焚き火にかけ、焼き上がるのを待つ。
 俺たちは火を囲みながら他愛のない話を交わしていた。

「ハヤトキはなんで森に来たの?」

「それが……よく覚えてなくて」

「しかも道に迷ったんだとよ」

「へー、迷子なんだあ」

「どこに行けば良いのか……わからないんですよね……」

「あー、じゃあじゃあ、いい案があるよ」

 ロコがにぱっと牙を見せて笑った。

「いい案?」



「ここで食べられちゃえば、悩んだりしなくて良くなるよ」

「え」



 胸ぐらをつかまれ、湖の中へ引きずり込まれた。
 水飛沫が焚き火にふりかかり、火も食材も水浸しになってしまう。

「ロコ!? なにしてんだ、そいつはエサじゃねぇだろ!」

 バウの驚いた声が、波音の向こうに聞こえた。
 俺は口の中に水が流れ込んできて、パニックになってもがいている。
 俺って泳げたっけ? 泳げないかも。

 視界で大きな魚の尾が揺れた。ロコの尾だ。

「がはっ! げほっ……げほっ……!」

 どうにかして水面から顔を出す。
 直後にロコも浮上し、ギラつかせた目で俺を見た。肉食魚の牙を見せて笑っている。

「あのにおいがずっと忘れられないんだ。もう我慢できない……!!」

 ネクタイをつかんで引き寄せられ、口元をおもいっきり噛まれた。
 唇の肉をわずかにもっていかれる。
 じんと鈍く響く痛みと、鉄っぽい味が口の中で濃くなる。

「あ゛ぁ゛あっ!」

「夢に見た味よりっ、おいしいっ!」

 あご周りが血と唾液でべちゃべちゃになるまで舐められた。大型犬にじゃれつかれているようでもあったが、彼のギラついた目を見ればそんな可愛らしい事態ではないと緊張が走る。

 もがくほど水面に血が広がっていく。
 彼を押し退けようにも、とんでもない力で捕まえられていた。

「うぐぐ……!! 馬鹿力……っ!」

「キミの血はこんなにも《食べて》って言ってるよ。いいよね? いいよね! いただきまーす!」

「おい、やめろ! そんなの食ったら舌イカレちまうぞ!」

 そんなのってなんだ。なんでもいいが助けてほしい。

「バ、バウ……助け……っ」

 陸地を見やると、バウがたくましい背中を向けて遠くへ駆けていくところだった。

「おまえの血は魔薬まやくと同じだ、頭がおかしくなる!」

 そう言い残して森の奥へ消えていく。
 ――み、見捨てられた?

 俺に抱きつくロコは大喜びしている。

「バウ、いらないんだ! ぜーんぶボクの、うれしいな! きゃはっ、きゃははははっ」

 なんか彼の顔が……怖い。口が裂けて大きくなっているし、人間の歯の数よりも多い細かな牙に、太くて長い舌。生き餌を捕食するための口だ。

 しかも、だいぶ目が据わってきてる。
 前のバウのときみたいに……俺の血のにおいに酔っておかしくなってるんだ。

 ──体質を制御できないくせに一人でノコノコ出歩くな、迷惑だ。

 ジェードのあきれ声を思い出す。

 やっぱり俺が悪いのか……?

 俺が……。
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