【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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吸血鬼と人間 編

24 秘境温泉、ミュラッカ!【1】

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 肌にふりかかる粉雪がひんやりした。
 薄く雪が積もった石畳を裸足で歩く。
 向かう先は、湯気がたちこめる乳白色の露天風呂だ。

「っカァ~~~~」

 五臓六腑に染み渡る温かさは、幸福そのものだった。
 こぢんまりとした秘境温泉、たまらん。

 湯はちょっと熱めだが、冷たい外気との差が心地良い。
 ぼんやりと湯気の向こうを眺めると、薄化粧を施したささやかな緑の庭がある。遠くから川の流れる音も聞こえて、自然の中にいる雰囲気が心を落ち着けてくれた。

「やっと表情が柔らかくなったな」

 同じく湯に浸かるジェードも悪くない心地らしく、穏やかな顔だ。
 彼はあんな隠居みたいな生活をしているわりに、鍛えた身体をしていた。血行が良くなって青白い肌のところどころに古傷のようなものが浮き出て見える。……あまりまじまじと見るものではないなと視線を移動させた。
 長い黒髪は高い位置に結われている。湯につからないよう配慮してのことかもしれない。どこにでも入浴マナーってあるんだなぁ。

「寄ってくれてありがとう。こういうの憧れてたんだ」

「うむ。食材には美味しくあってもらわないと困るからな。ストレス管理も私の仕事だ」

 美味しく──その言葉から吸血される生々しい感覚を思い出してしまい、顔が赤くなる。

「顔が赤いぞ。のぼせたのか?」

「血行が良くなっただけだから……」

 ごまかしつつ、気になっていたことをたずねた。

「こんなふうに寄り道して大丈夫なのか?」

 どこまでが辺境伯の仕事なのかは知らないが、野放しになった勇者の捜索の最中だ。屋敷で待機するとか、そういうのはいいのだろうか。

「おまえに地形を見せるために竜を使っているだけで、《霧》を使えばすぐに戻れる。有事は連絡手段もあるからおまえは心配しなくていい」

「そうなんだ」

 魔法でなんでもアリだな。人間を淘汰し、生物界の頂点にいるのも納得だ。

「それはそれとしてさ、……他の客いなさすぎない?」

 露天風呂には俺たち二人しかいなかった。旅館のロビーや脱衣所にはもっと人がいたのに。

「私がいるからだろう。周りを遠慮させてしまうからそろそろ上がるが、おまえはゆっくりすればいい」

「あー……」

 市場のときと同じ状況ってこと? 受付では好意的に挨拶されてるようにも見えたのにな。

 ざぶ。湯船から上がったジェードが、何かを思い出したように俺へ振り返った。

「ところで、ワズワースも温泉に入りたいと言って勝手に行動を始めてしまった。あの様子だと今晩は合流できないだろうから、ここに一泊する。構わないな」

 温泉宿に……宿泊……!!

 目を輝かせてウンウンと何度も頷いて見せた。願ったり叶ったりすぎる。
 ジェードの屋敷で寝起きするのもある意味で"お泊まり"だが、これぞ本当の"旅のお泊まり"だ。楽しみ。

 ていうか、ワズワースのような竜も温泉が好きなんだ。どうやって入るんだろう。

「この街、大きな竜が入れる温泉もあるんだな」

「街からは離れるが、大型種向けももちろんある。ま、奴は湯より色だろうから、人型になってそのへんの宿を物色しているんじゃないか」

「色?」

「強欲な魔族がたかだか熱い湯のためだけにこんな田舎へは来んよ」

 そんな。広くて熱い風呂は遠征の価値あるだろ。

 言葉の意味がわからないでいると、ジェードに小さく鼻で笑われた。なんだよその目は。
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