【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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吸血鬼と人間 編

28 温泉街を散歩しよう!【2】

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 お茶が入った使い捨て水筒と、足拭きにした手ぬぐいを持ってぶらりと歩く。

 ──温泉街の名前が印字された薄っぺらい手ぬぐい。
 これ自体は思い出のひとつになるわけで、捨てるのももったいないから持ち帰るが……ジェードのあのド洋風な屋敷の庭で日干されるのを想像したらなんとも言えない気持ちになった。

「いらっしゃい、いらっしゃい」

「おいしい湯団子ー、味見していきなぁ」

「この品物はうちだけ! 寄ってってー」

 あちこちから賑やかな声がする。
 立ち並ぶ店には、色とりどりな工芸品や土産物が並んでいた。
 夜型の魔族にも対応するためなのか、昼間は空いてない店も多いようだった。

 から。ころ。
 下駄の音が小気味良い。
 ジェードは慣れない靴をきらってブーツを選んだが、俺は衣装箱に入っていた下駄を懐かしがって履いた。日本のそれとまったく同じではないが、よく似ていて面白い。

 すれ違う人たちも、似たような和装の者もいれば、洋装の者もいた。俺たちはそこまで浮いていなくてホッとする。
 すれ違いざま、ジェードに好意的な声をかける人もいた。その度に彼は立ち止まって受け答えをして、相手が去るのをきちんと見送る。丁寧な対応だ。

「息子や孫が安心して街を歩けるのは、あんたらの世代ががんばってくれたおかげだ。良い一日を過ごしてくれ!」

「ありがとう。あなたがたも」

 手を振り返し、仲睦まじい老夫婦を見送るジェードの横顔は、穏やかで優しくて、美しいなと思う。
 ……でも、お礼を言う姿はどこか他人事で、さみしそうだった。

 から。ころ。
 坂を下りていく。

「みんな、ジェードのことを尊敬してるんだな。戦争で平和を守ったから」

 なんとなしにそう言って横を見上げると、遠くを見る彼の顔はあまり楽しそうではなかった。

「人間であるおまえはおもしろくないだろう」

「あ……」

 人間が住む大陸の名前って、テラル……だっけ。
 テラルに俺の故郷はないから、他人事のように考えてしまっていた。
 でも、ジェードは俺をテラルから来た人間だと思っている。
 テラルの人間からするとジェードは《英雄視されて裁かれていない加害者》だ。
 俺はいま、とてつもなく鋭い皮肉を言ったみたいになっている。

「魔王の直下であり魔族の上に立つものとして、かぞくを守るために出征した。一方で、手にかけた人間たちが、誰かにとっての家族だったことも理解している。あの戦争が正しかったのか、今でも……」

 そこまで話して、ジェードは口をつぐんだ。

「私の立場で言うべきではないことだ。忘れてくれ」

「俺もなんか、変なこと言っちゃった。ごめん」

 顔には出さないけど、ジェードは過去のことを褒めたたえられてもあまり嬉しくないのかもしれない。
 だから、おかみが言っていたみたいにずっと外に出なかったのかな。
 ……戦争が終わっても、ひとりで自問自答し続けていたのかな。

「うわっ」

 地面のでこぼこに下駄がつっかかった。前のめりに転びそうになり、ジェードに支えられる。

「鼻血でも出してみろ、大騒ぎだぞ」

「自分の体質のこと忘れてた……」

 乱れた裾を直していると、ふいに視線を感じた。
 商店の店先で、はたきを持った店番と客がこっちを見て何か話している。

「辺境伯が着てるやつ、いいな」

「上の方の旅館が売り出してるやつだろ? あれは俺たちじゃ一生働いても買えねえって」

「でも欲しいわーあれ」

 おお、おかみの作戦が功をなしている。

「ツレのほうとか金持ってなさそうなのにな。あんなの着れるなんて」

 おい、聞こえてるぞ。その通りだ。

「てかさ、あのちっこいほう……」

 ちっこいほうって、俺のことだったりする?
 俺が小さいんじゃなくてみんながデカいだけなんだが。

「……言いたいことわかるぜ。そういう稼ぎで買ったのかもな。うまそうだし──そそる」

 ゾワ、と肌が粟立つ。
 血が出ていなくても、人間ってだけで魔族の本能を刺激するものがあったりするのか?

 ジェードの手が俺の肩に置かれた。そっと引き寄せられ、人目から隠すように彼の陰に立たされる。

 から。ころ。
 彼に連れられ、人通りの少ないほうへと歩く。

「喉が渇いた」

「……さっき買ったお茶、まだ入ってるけど飲むか?」

「おもしろくない冗談だな。私の喉を潤すものはひとつしかない」

 心臓が跳ねる。
 噛まれる感覚を覚えた首筋が疼いた。

「こ、ここで?」

「そんなわけがあるか。帰るぞという意味だ」

 ほっとしたような、がっかりしたような。
 ……がっかり? 血を吸われずに済むならそれに越したことはないはずだろうに。

 道を進むと、竜が着陸できる開けた場所に出た。
 タイミングを見計らったかのように、空から聞き慣れた羽ばたきが聞こえる。

「目立つから、さっと乗り込むぞ」

「うん」

 飛竜に運ばれ、夕方にさしかかるころには帰宅した。


 屋敷の玄関を通りながら、俺はどきまぎしている。飛竜に乗る前にした会話を覚えているからだ。

 風呂か? 風呂に入ると言ったほうがいいのか?
 どう血を吸われても取り乱さないよう、今のうちに覚悟を固めなくては。
 いつでもこい。

 ……が、なぜかジェードはすたすたと中庭へ一人で歩いていった。

「え?」

 待機……かな?
 呼ばれるまで、おとなしくしていればいいのか?

 とりあえず自分の部屋に戻る。
 窓から庭でジェードが薔薇に口付けているのが見えた。
 なんで、薔薇?
 ──俺は?

 温泉街でのあれは、喉が渇いたというのは、ただのからかい・・・・だったのか?
 なら、いいけど。
 俺も好んで血を飲まれたいわけじゃないし。

 ……もや。

 もや?

 どうして俺、心がもやもやしてんの?
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