28 / 63
吸血鬼と人間 編
28 温泉街を散歩しよう!【2】
しおりを挟む
お茶が入った使い捨て水筒と、足拭きにした手ぬぐいを持ってぶらりと歩く。
──温泉街の名前が印字された薄っぺらい手ぬぐい。
これ自体は思い出のひとつになるわけで、捨てるのももったいないから持ち帰るが……ジェードのあのド洋風な屋敷の庭で日干されるのを想像したらなんとも言えない気持ちになった。
「いらっしゃい、いらっしゃい」
「おいしい湯団子ー、味見していきなぁ」
「この品物はうちだけ! 寄ってってー」
あちこちから賑やかな声がする。
立ち並ぶ店には、色とりどりな工芸品や土産物が並んでいた。
夜型の魔族にも対応するためなのか、昼間は空いてない店も多いようだった。
から。ころ。
下駄の音が小気味良い。
ジェードは慣れない靴をきらってブーツを選んだが、俺は衣装箱に入っていた下駄を懐かしがって履いた。日本のそれとまったく同じではないが、よく似ていて面白い。
すれ違う人たちも、似たような和装の者もいれば、洋装の者もいた。俺たちはそこまで浮いていなくてホッとする。
すれ違いざま、ジェードに好意的な声をかける人もいた。その度に彼は立ち止まって受け答えをして、相手が去るのをきちんと見送る。丁寧な対応だ。
「息子や孫が安心して街を歩けるのは、あんたらの世代ががんばってくれたおかげだ。良い一日を過ごしてくれ!」
「ありがとう。あなたがたも」
手を振り返し、仲睦まじい老夫婦を見送るジェードの横顔は、穏やかで優しくて、美しいなと思う。
……でも、お礼を言う姿はどこか他人事で、さみしそうだった。
から。ころ。
坂を下りていく。
「みんな、ジェードのことを尊敬してるんだな。戦争で平和を守ったから」
なんとなしにそう言って横を見上げると、遠くを見る彼の顔はあまり楽しそうではなかった。
「人間であるおまえはおもしろくないだろう」
「あ……」
人間が住む大陸の名前って、テラル……だっけ。
テラルに俺の故郷はないから、他人事のように考えてしまっていた。
でも、ジェードは俺をテラルから来た人間だと思っている。
テラルの人間からするとジェードは《英雄視されて裁かれていない加害者》だ。
俺はいま、とてつもなく鋭い皮肉を言ったみたいになっている。
「魔王の直下であり魔族の上に立つものとして、国を守るために出征した。一方で、手にかけた人間たちが、誰かにとっての家族だったことも理解している。あの戦争が正しかったのか、今でも……」
そこまで話して、ジェードは口をつぐんだ。
「私の立場で言うべきではないことだ。忘れてくれ」
「俺もなんか、変なこと言っちゃった。ごめん」
顔には出さないけど、ジェードは過去のことを褒めたたえられてもあまり嬉しくないのかもしれない。
だから、おかみが言っていたみたいにずっと外に出なかったのかな。
……戦争が終わっても、ひとりで自問自答し続けていたのかな。
「うわっ」
地面のでこぼこに下駄がつっかかった。前のめりに転びそうになり、ジェードに支えられる。
「鼻血でも出してみろ、大騒ぎだぞ」
「自分の体質のこと忘れてた……」
乱れた裾を直していると、ふいに視線を感じた。
商店の店先で、はたきを持った店番と客がこっちを見て何か話している。
「辺境伯が着てるやつ、いいな」
「上の方の旅館が売り出してるやつだろ? あれは俺たちじゃ一生働いても買えねえって」
「でも欲しいわーあれ」
おお、おかみの作戦が功をなしている。
「ツレのほうとか金持ってなさそうなのにな。あんなの着れるなんて」
おい、聞こえてるぞ。その通りだ。
「てかさ、あのちっこいほう……」
ちっこいほうって、俺のことだったりする?
俺が小さいんじゃなくてみんながデカいだけなんだが。
「……言いたいことわかるぜ。そういう稼ぎで買ったのかもな。うまそうだし──そそる」
ゾワ、と肌が粟立つ。
血が出ていなくても、人間ってだけで魔族の本能を刺激するものがあったりするのか?
ジェードの手が俺の肩に置かれた。そっと引き寄せられ、人目から隠すように彼の陰に立たされる。
から。ころ。
彼に連れられ、人通りの少ないほうへと歩く。
「喉が渇いた」
「……さっき買ったお茶、まだ入ってるけど飲むか?」
「おもしろくない冗談だな。私の喉を潤すものはひとつしかない」
心臓が跳ねる。
噛まれる感覚を覚えた首筋が疼いた。
「こ、ここで?」
「そんなわけがあるか。帰るぞという意味だ」
ほっとしたような、がっかりしたような。
……がっかり? 血を吸われずに済むならそれに越したことはないはずだろうに。
道を進むと、竜が着陸できる開けた場所に出た。
タイミングを見計らったかのように、空から聞き慣れた羽ばたきが聞こえる。
「目立つから、さっと乗り込むぞ」
「うん」
飛竜に運ばれ、夕方にさしかかるころには帰宅した。
屋敷の玄関を通りながら、俺はどきまぎしている。飛竜に乗る前にした会話を覚えているからだ。
風呂か? 風呂に入ると言ったほうがいいのか?
どう血を吸われても取り乱さないよう、今のうちに覚悟を固めなくては。
いつでもこい。
……が、なぜかジェードはすたすたと中庭へ一人で歩いていった。
「え?」
待機……かな?
呼ばれるまで、おとなしくしていればいいのか?
とりあえず自分の部屋に戻る。
窓から庭でジェードが薔薇に口付けているのが見えた。
なんで、薔薇?
──俺は?
温泉街でのあれは、喉が渇いたというのは、ただのからかいだったのか?
なら、いいけど。
俺も好んで血を飲まれたいわけじゃないし。
……もや。
もや?
どうして俺、心がもやもやしてんの?
──温泉街の名前が印字された薄っぺらい手ぬぐい。
これ自体は思い出のひとつになるわけで、捨てるのももったいないから持ち帰るが……ジェードのあのド洋風な屋敷の庭で日干されるのを想像したらなんとも言えない気持ちになった。
「いらっしゃい、いらっしゃい」
「おいしい湯団子ー、味見していきなぁ」
「この品物はうちだけ! 寄ってってー」
あちこちから賑やかな声がする。
立ち並ぶ店には、色とりどりな工芸品や土産物が並んでいた。
夜型の魔族にも対応するためなのか、昼間は空いてない店も多いようだった。
から。ころ。
下駄の音が小気味良い。
ジェードは慣れない靴をきらってブーツを選んだが、俺は衣装箱に入っていた下駄を懐かしがって履いた。日本のそれとまったく同じではないが、よく似ていて面白い。
すれ違う人たちも、似たような和装の者もいれば、洋装の者もいた。俺たちはそこまで浮いていなくてホッとする。
すれ違いざま、ジェードに好意的な声をかける人もいた。その度に彼は立ち止まって受け答えをして、相手が去るのをきちんと見送る。丁寧な対応だ。
「息子や孫が安心して街を歩けるのは、あんたらの世代ががんばってくれたおかげだ。良い一日を過ごしてくれ!」
「ありがとう。あなたがたも」
手を振り返し、仲睦まじい老夫婦を見送るジェードの横顔は、穏やかで優しくて、美しいなと思う。
……でも、お礼を言う姿はどこか他人事で、さみしそうだった。
から。ころ。
坂を下りていく。
「みんな、ジェードのことを尊敬してるんだな。戦争で平和を守ったから」
なんとなしにそう言って横を見上げると、遠くを見る彼の顔はあまり楽しそうではなかった。
「人間であるおまえはおもしろくないだろう」
「あ……」
人間が住む大陸の名前って、テラル……だっけ。
テラルに俺の故郷はないから、他人事のように考えてしまっていた。
でも、ジェードは俺をテラルから来た人間だと思っている。
テラルの人間からするとジェードは《英雄視されて裁かれていない加害者》だ。
俺はいま、とてつもなく鋭い皮肉を言ったみたいになっている。
「魔王の直下であり魔族の上に立つものとして、国を守るために出征した。一方で、手にかけた人間たちが、誰かにとっての家族だったことも理解している。あの戦争が正しかったのか、今でも……」
そこまで話して、ジェードは口をつぐんだ。
「私の立場で言うべきではないことだ。忘れてくれ」
「俺もなんか、変なこと言っちゃった。ごめん」
顔には出さないけど、ジェードは過去のことを褒めたたえられてもあまり嬉しくないのかもしれない。
だから、おかみが言っていたみたいにずっと外に出なかったのかな。
……戦争が終わっても、ひとりで自問自答し続けていたのかな。
「うわっ」
地面のでこぼこに下駄がつっかかった。前のめりに転びそうになり、ジェードに支えられる。
「鼻血でも出してみろ、大騒ぎだぞ」
「自分の体質のこと忘れてた……」
乱れた裾を直していると、ふいに視線を感じた。
商店の店先で、はたきを持った店番と客がこっちを見て何か話している。
「辺境伯が着てるやつ、いいな」
「上の方の旅館が売り出してるやつだろ? あれは俺たちじゃ一生働いても買えねえって」
「でも欲しいわーあれ」
おお、おかみの作戦が功をなしている。
「ツレのほうとか金持ってなさそうなのにな。あんなの着れるなんて」
おい、聞こえてるぞ。その通りだ。
「てかさ、あのちっこいほう……」
ちっこいほうって、俺のことだったりする?
俺が小さいんじゃなくてみんながデカいだけなんだが。
「……言いたいことわかるぜ。そういう稼ぎで買ったのかもな。うまそうだし──そそる」
ゾワ、と肌が粟立つ。
血が出ていなくても、人間ってだけで魔族の本能を刺激するものがあったりするのか?
ジェードの手が俺の肩に置かれた。そっと引き寄せられ、人目から隠すように彼の陰に立たされる。
から。ころ。
彼に連れられ、人通りの少ないほうへと歩く。
「喉が渇いた」
「……さっき買ったお茶、まだ入ってるけど飲むか?」
「おもしろくない冗談だな。私の喉を潤すものはひとつしかない」
心臓が跳ねる。
噛まれる感覚を覚えた首筋が疼いた。
「こ、ここで?」
「そんなわけがあるか。帰るぞという意味だ」
ほっとしたような、がっかりしたような。
……がっかり? 血を吸われずに済むならそれに越したことはないはずだろうに。
道を進むと、竜が着陸できる開けた場所に出た。
タイミングを見計らったかのように、空から聞き慣れた羽ばたきが聞こえる。
「目立つから、さっと乗り込むぞ」
「うん」
飛竜に運ばれ、夕方にさしかかるころには帰宅した。
屋敷の玄関を通りながら、俺はどきまぎしている。飛竜に乗る前にした会話を覚えているからだ。
風呂か? 風呂に入ると言ったほうがいいのか?
どう血を吸われても取り乱さないよう、今のうちに覚悟を固めなくては。
いつでもこい。
……が、なぜかジェードはすたすたと中庭へ一人で歩いていった。
「え?」
待機……かな?
呼ばれるまで、おとなしくしていればいいのか?
とりあえず自分の部屋に戻る。
窓から庭でジェードが薔薇に口付けているのが見えた。
なんで、薔薇?
──俺は?
温泉街でのあれは、喉が渇いたというのは、ただのからかいだったのか?
なら、いいけど。
俺も好んで血を飲まれたいわけじゃないし。
……もや。
もや?
どうして俺、心がもやもやしてんの?
35
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる