【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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勇者と魔王 編

53 ハッピーエンドの運命であれ

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「──え?」

 目を開けると、ジェードがいた。
 どうやら俺は、彼に膝枕されている。

 これは来世?
 な、わけないか。

「ハヤトキ、おまえの底抜けのお人好しさのおかげだ」

 暖かい左手で頬を撫でられて、自分がまだ生きていることを実感した。


 ごちん! 痛々しい音がした。
 頭を起こして横を見ると、リオンがベクトルドの顔面をグーで殴り倒しているところだった。
 リオンの目には光があり──というか感情をぶちまけたの表情をしていて、完全に復活していることが見て取れる。
 ベクトルドは尻尾を丸めた犬みたいな様子で尻餅をついていた。

「私を信じることより感情をとったね」

「おぬしが変なことを言うからだ。我は絶対に人間を許したりしない。わかってくれると思ったのだがな」

「何を憎むかは好きにしたらいい。でも、呪うためより、幸せになるために生きて欲しいって言ってるんだ。わかってくれると思ったんだけど」

「分からず屋」

「石頭」

「おぬしは言葉足らずなんだ」

「聞き下手なんでしょあなたが」

「先に剣を抜いたのはおぬしだぞ!」

「聖剣じゃないんだから本気じゃないってわかるでしょ!」

「いーや、おぬしは我をぶちのめして言うことを聞かせるって顔をしていた」

「そ……れは、そうだけど! 首斬ることないじゃん!」

「仲直りできなかったらどこかに行ってしまうだろう!!」

「行かないよ!!」

「おぬしはいっつも相談せず行動するから!」

「私におんぶにだっこされて喜んでたくせに!」

 魔王と勇者が互いの服や髪をつかんで取っ組み合っている。元気そうだ。


 俺と同じように聞き耳を立てていたジェードが長い長いため息をついた。

「これ以上、巻き込まれたらかなわん。決闘も中止だろうから帰るぞ」

「……リオンたち、ほっといていいのか?」

「あれが人間と魔族の国をかけた大義ある戦いに見えるか? 痴話喧嘩だ。犬も食わん」

 黒い霧に包まれ、まばたきをするうちにジェードの書斎へ帰宅していた。


 ソファに寝かされ、シャツをめくられて他に怪我がないか検分される。
 自分の身体がきれいさっぱり無傷であることに、俺自身が驚いていた。

「あれから何があったんだ?」

 おかしなことばかりだ。
 服は血まみれなのに、俺の怪我が無かったことになっていること。
 俺が生きているのにリオンが復活していること。
 喧嘩に夢中とはいえ、ベクトルドが俺たちを見逃してくれたことだってそうだ。

 世界の命運をかけた戦いだと思っていたのに、こうもあっさりと帰宅していることも呑み込めない。

「ベクトルドに"許可"していただろう?」

 許可。自身の中に入ること、こと、何もかもを許すこと。
 リオンの言い方を借りるなら、魔王に対してずっと自分の玄関の鍵を開けっぱなしにするってこと。

 ジェードは言葉を続けた。

「だから、ヤツがおまえの中に入って女神の加護を回収し、リオンに渡したんだ。そして、破壊されたおまえの肉体を修復してくれたよ」

 そんなこともできたのか? 魔王さまさますぎる。
 事前に"許可"していなかったら、とうに意識を失っていた俺に手を出せなかっただろう。「お人好しに助けられた」とはそういうことか。

「ベクトルドが協力してくれるなんて……」

「実際、かなり渋っていた」

 ジェードは眉根を下げて笑い、こそっと俺の耳元で話す。

「次にリオンと落ち着いて話し合うときは同席してやる──そう言ったら、頷いたよ。まったく手のかかる男だ」

 そんなことで? と、言いかけて飲み込んだ。
 何をハードルに感じるかは人それぞれ……だもんな。魔王だって誰かに──親友に手を握ってもらいたいときもあるだろう。
 むしろ、「そんなこと」が唯一ベクトルドの協力を得る方法だったとしたら、あの場面で俺とリオンを助けられたのは世界にジェードしかいなかった。

 そのうえ、ジェードは俺の中にある心臓ではなく、女神の加護がリオンに必要だと気付いてくれたらしい。
 一体どうやって? それこそ奇跡だと思った。

「……俺の心臓、くりぬかなかったんだな」

「できるわけなかろうが」

 ひたいを軽く叩かれる。

「いでっ」

 ジェードが俺の首にかかるネックレスに向かって神妙な面持ちをしていた。その表情は前にも見た。一体何なんだ?

「……ハヤトキ、おまえは運命を信じるか?」

「何? どういうこと?」

 ふふふ、と小さく微笑まれて俺以上の説明はない。俺だけ話からおいてけぼりだった。


 ──さっきから、左手だ。
 俺は元通りなのに、ジェードの右腕だけは失われたままだった。
 彼の顔色はいつも以上に良くない。戦いの疲れも、怪我のダメージも、そっくりそのまま彼の肉体にのしかかっている。

「その腕……」

「私のことは後で考える。それよりいまは、ハヤトキが生きていることを噛みしめていたい」

 片腕でぎゅうと抱き寄せられた。
 ジェードのにおいがする。

 俺も、力いっぱい抱きしめ返した。

 彼の腕の中でふと考える。リオンは復活したけど、すべてが解決したわけじゃないんだった。

「ベクトルドのことだけど……」

 俺の身体だけではなく、それぞれの関係だって修復しないとここまで来た意味がない。

 彼の精神状態を考慮して、嫌いにならないであげてほしい──とは、ぽっと出の俺が言う立場にない。
 みんなに仲良くしてほしい──では言葉が軽すぎるか。
 なんて言おう。もごもごする。

 すると、あやすようにぽんぽんと背中を優しく叩かれた。「わかっている」と言わんばかりに。

 余計なことを考えるのを止める。力を抜いて身を任せると、彼の落ち着いた心音が聞こえた。

(──良かった。ジェードが生きてて)

 祈る。
 どうかこのまま、ジェードも、リオンもベクトルドも……誰ひとり欠けずに、日常が戻りますように。

 いまごろリオンは、うまくやっているだろうか。
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