【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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勇者と魔王 編

54 ふたりのはじまり〈Side B〉

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「痛い痛い! リオン!!」

 髪を引っ張られて叫ぶ。
 暴れる獣をつかまえるようになんとか抱きしめ、なだめるように撫でる。
 リオンは手足をばたつかせながらわんわん泣いていた。鼻水まで垂らしてすごい顔だ。

「ごめん、ベクトルド、ごめんねぇ゛!!」

 こやつはなぜ謝りながらおれを殴るんだ! 確かに有無を言わせず首をねたのは我だけど!

「すまなかった! すまなかったリオン!! おぬしの言い分を聞く!! 聞くから蹴るな!! うぐっ!!」

 腹に膝蹴りが入ってなお抱きしめる。
 やっとおとなしくなったと思うと、顔を我の胸に押し付けてまだ泣いていた。

「ベクトルド……良かったよぉ……ベクトルドぉ……っ」

「リオン……」

 時々、勇者リオンという勇敢で茶目っ気のある青年の姿の奥に、孤独な子供がいるように見えるときがあった。
 弱い部分があることを察していながらも、よく知ろうとしなかった。彼が我を愛し、素直に従うことにしか関心がなかったから。

 ちゃんと向き合おうとすると、言葉が出てこない。
 リオンの心に触れて傷付けてしまったら、どうしたらいい?
 我の望まないことを言われたとき、力で黙らせる以外にどう返せば?

 振り向くと、ジェードはいなくなっていた。
 ……ジェード!? 話し合いのときは同席すると約束したではないか! 「落ち着いたら」とは確かに言ったが、それは「後日」という意味とは限らんだろう!?

 頭の中で叫んだところでジェードに届くはずもない。観念して向き直る。
 リオンの髪を撫でると、アンデッドのときとは違う艶やかな手触りに目が潤んだ。
 首の傷は残ってしまったが、ちゃんと繋がっている。心臓も動いていて、人間として復活しているのは間違いなかった。女神の力をもってしての奇跡だ。

 未来がわかるなどずっと半信半疑だったが、魔王でもできない死者蘇生を見せつけられれば信じるほうが簡単だ。

「ぐすっ、ずびっ……。……ベクトルド、ハヤトキを助けたね」

「……ジェードのためだ」

 顔を上げると、泣き腫らした目でリオンが我を睨んだ。

「それ、私にもしてよ。私のために人間を助けて」

 うう、ジェード。どうして帰った。約束が違うぞ。
 たどたどしく、己の内にある言葉を絞り出す。

「我は……人間を許したくない」

「許さなくていい!」

 間髪いれずに想定していなかった言葉を投げかけられ面食らう。
 リオンは我に、人間を許して二つの国に橋をかけさせようとしていたのではなかったのか?

「周りなんか、勘違いさせとけばいいんだ。あなたが人間好きだとかなんとか言うようになっても、あなたは怒りを忘れなくていい。私も、あなたの怒りやあなたが苦んだ過去を一緒に忘れない。──許さなくていい、許したふりでいいんだよ」

「……復讐を、捨てなくてもいいと言うのか」

「私はベクトルドに破滅してほしくないだけなんだ。残酷な運命フラグを回避した後、その先でまだ人間が許せなくて、あなたがそうしたいなら、一緒にテラルを滅ぼそう」

「おぬしはなぜそこまで……。いや、同じ質問をしてばかりだな」

 リオンはいつでも正直に、真っ直ぐ我を愛してくれていた。あとは我が信じるだけか。

 リオンは真剣なまなざしで我を見て、じっと続きの言葉を──我の答えを待っていた。

「……おぬしが笑うところが見たい。うまくできるかわからないが、演じる我の横でまた笑ってくれるか?」

 彼の表情こころを奪ってしまったと気付いたときはひどく後悔した。 
 身体が燃える苦痛から逃げようとリオンの首を刎ねたものの、痛みがやわらぐどころか彼を喪った悲しみにまで押しつぶされた。
 安らぎを取り戻そうと彼の魂を捕まえ、肉体を操ったが、そこにあるのは同じ形をした別の何かで、それに抱きしめられてもむなしいだけだった。

 ……こうやってリオンが帰ってきて、もう一度彼とやり直せるのなら、我はできうる限り努力する。
 リオンと暮らすため、人間に終末までの猶予を与えてやるくらいなら……それくらいならと思える。その間に、より手堅くこちらの手札を整えても良い。復讐の計画内容が変わったにすぎない。

「私は、あなたと共に生きられる以上の喜びなんかないんだよ。もう何度も言ってるでしょ」

 リオンは我の手を握り、つぼみがほころぶように微笑んでくれた。

 自分の大切なものさえ守れない我を、まだ好いていてくれる彼が眩しい。

「父に会って、国交を開く交渉をしよう。あとの細かいことは友好派の魔族に任せてしまえばいいから。そうしたら、互いの国が少しずつ手を取り合って勝手に栄える……はずだ。そうすればあなたは死なない」

「我が死ぬ……か」

 聖剣を渡したとき。リオンはひどくホッとしていた。
 その後、聖剣をどこに隠したのか我にも言わない。
 本気で探せば見つけられるが、彼が望んでいないであろうことをわざわざしようとは思わなかった。

 我は聖剣で討たれる運命にあるのだろう。
 リオンの言動を見るに、そう遠い話ではないというのも予想がつく。

 他者にだけではなく、我にも聖剣の場所を黙っていることがひっかかっていた。
 相応の理由があるからではないだろうか。

 我自身がそれを必要だと自覚する可能性があるから……とか。

「我は、おかしくなっているのだろうか?」

「……大丈夫だよ、ベクトルド。あなたには私がいる。後悔しない道を一緒に行こう」

 リオンは穏やかな微笑みのまま、我に唇を重ねた。
 唇と唇を重ねるこの行為は、特別な親愛を示す行為だと彼から教わった。
 久しぶりの体温があるキスに、ひどく安心する。──それはリオンも同じなようだった。

 また二人でいられるのが嬉しい。再会の現実を噛みしめるように、抱き合いながらしばらくそうしていた。

 不思議と、人間への憎悪で濁っていた胸の内がほんのり澄んでいくようだった。
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