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✧ Chapter 1
青い屋根のシェアハウス【2】
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改札を出て、直結の商業施設に向かう。
途中、鏡張りの柱の横を通った。大和と肩を並べる自分をつい見てしまう。
濃い褐色の肌に、伸びっぱなしの黒髪、赤い瞳。異国の顔立ちも東京ではありふれているからありがたい。
俺が気にしてしまうのは、大和との格差だ。身長も肉体年齢も同じで、怠けず鍛えているはずなのに身体の厚みが違う。だから俺はこいつと並んで歩きたくない。
しかも、俺がそういう愚痴をこぼすと大和は決まって「せっかく綺麗な顔してるんですから、やりすぎないほうが良いですよ」などと言う。ちっとも嬉しくない。
この外見のせいで軍にいたころは女扱いで揶揄われたし、引退して裏稼業をしている現在もクライアントにナメられる。……そこまでの事情は大和に話していないが。
「えーと、買うものなんですけど……」
「おう」
大和がスマホを見る。メモでもしてあるのだろう。
「消耗品の補充ですね。あと、みんなからおつかいも頼まれてます。時間があれば俺の服も見たいんですけど」
スマホ画面を見せられた。メモ帳アプリにずらりと買うものが記載されている。――トイレットペーパーと洗剤。百均の小物やスリッパ。物産展の限定スイーツ。アダルトグッズ。
……うん? 最後のは読み間違いだよな?
いや、書いてある。
「通販で買えや」
「送料が嫌みたいです。遠いとこから行きましょうか」
駅裏にアダルトショップがあることは知っているが、二人そろって行きたくない。二手に分かれることを提案した。
「じゃあ、駅裏のとこはトリクシーさんが行ってくださいね」
「なんでだよ」
「トリクシーさん、洗剤と柔軟剤の違いわかんないでしょ。この前おつかい頼んだとき、違うやつ買ってきてて俺がまた買いに行ったの忘れたんですか? トイレットペーパーもダブルがいいのにシングル買ってくるし」
「それはおまえ、わかりにくいから、洗剤が、トイレットペーパーもよ、一緒だろ、その、…………わかった」
「はい」
俺のスマホが鳴った。どうやら大和が買い物リストを転送したらしい。
スマホ画面を見てあきれる。アダルトグッズを買って、それから女だらけの季節フェア会場に行って限定スイーツも買ってこいってのか。何かを間違えたら痴漢で捕まるだろ、これ。
■ ■ ■
合流の後、大きな買い物袋を提げながら服の物色まで付き合わされた。
思っていたより終日がかりだ。うんざりし始めたあたりでようやく全ての会計が済んだのだった。
帰りの電車は乗客もまばらで静かだった。
窓から日暮れの景色を眺める。栄えているエリアから遠ざかるほど、住宅街の景色に切り替わっていく。スーツ姿の大人やランドセルを背負った子供が帰路を歩いていた。
こんなにも人間が存在するのに、俺や大和が日常的に出くわしている災難を彼らのほとんどが経験したことがない。奇妙な話だ。
「あ、ラーメン食べたい」
寝ているものと思っていた大和がふいに顔を上げて言った。
「あそこがいい、バス停近くのラーメン屋。チャーシューが分厚いから好きだ」
窓の外を見やったまま、そう返事をする。
「いいですね、そうしましょう」
餃子を付けるかどうかを悩み始めたとき、急ブレーキがかかった。重力のままに身体が傾き、何事かと他の乗客と同じように周囲を見渡す。
スピーカーがノイズを発し、車内放送がかかった。
『只今、線路上に発情した暴れ魔牛が現れたため緊急停車しております。安全が確認できるまで――』
「発情した暴れ魔牛」
俺たちは顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
前方車両から乗客が続々と避難してくる。
天井からどすどすと足音が近づくのは気のせいではないだろう。足音の大きさ、車両の揺れ方から見て、尋常ではない。
「絶対、俺狙いじゃないですよ。人外にモテますね」
「そうじゃねぇ、俺は全般からモテんだよ」
「はいはい」
重い腰を上げて腹をくくった。俺たちの思いは一つ、最悪の事態があるとして、人目がつかないところがいい。
それから、買い物袋を失くさない。
途中、鏡張りの柱の横を通った。大和と肩を並べる自分をつい見てしまう。
濃い褐色の肌に、伸びっぱなしの黒髪、赤い瞳。異国の顔立ちも東京ではありふれているからありがたい。
俺が気にしてしまうのは、大和との格差だ。身長も肉体年齢も同じで、怠けず鍛えているはずなのに身体の厚みが違う。だから俺はこいつと並んで歩きたくない。
しかも、俺がそういう愚痴をこぼすと大和は決まって「せっかく綺麗な顔してるんですから、やりすぎないほうが良いですよ」などと言う。ちっとも嬉しくない。
この外見のせいで軍にいたころは女扱いで揶揄われたし、引退して裏稼業をしている現在もクライアントにナメられる。……そこまでの事情は大和に話していないが。
「えーと、買うものなんですけど……」
「おう」
大和がスマホを見る。メモでもしてあるのだろう。
「消耗品の補充ですね。あと、みんなからおつかいも頼まれてます。時間があれば俺の服も見たいんですけど」
スマホ画面を見せられた。メモ帳アプリにずらりと買うものが記載されている。――トイレットペーパーと洗剤。百均の小物やスリッパ。物産展の限定スイーツ。アダルトグッズ。
……うん? 最後のは読み間違いだよな?
いや、書いてある。
「通販で買えや」
「送料が嫌みたいです。遠いとこから行きましょうか」
駅裏にアダルトショップがあることは知っているが、二人そろって行きたくない。二手に分かれることを提案した。
「じゃあ、駅裏のとこはトリクシーさんが行ってくださいね」
「なんでだよ」
「トリクシーさん、洗剤と柔軟剤の違いわかんないでしょ。この前おつかい頼んだとき、違うやつ買ってきてて俺がまた買いに行ったの忘れたんですか? トイレットペーパーもダブルがいいのにシングル買ってくるし」
「それはおまえ、わかりにくいから、洗剤が、トイレットペーパーもよ、一緒だろ、その、…………わかった」
「はい」
俺のスマホが鳴った。どうやら大和が買い物リストを転送したらしい。
スマホ画面を見てあきれる。アダルトグッズを買って、それから女だらけの季節フェア会場に行って限定スイーツも買ってこいってのか。何かを間違えたら痴漢で捕まるだろ、これ。
■ ■ ■
合流の後、大きな買い物袋を提げながら服の物色まで付き合わされた。
思っていたより終日がかりだ。うんざりし始めたあたりでようやく全ての会計が済んだのだった。
帰りの電車は乗客もまばらで静かだった。
窓から日暮れの景色を眺める。栄えているエリアから遠ざかるほど、住宅街の景色に切り替わっていく。スーツ姿の大人やランドセルを背負った子供が帰路を歩いていた。
こんなにも人間が存在するのに、俺や大和が日常的に出くわしている災難を彼らのほとんどが経験したことがない。奇妙な話だ。
「あ、ラーメン食べたい」
寝ているものと思っていた大和がふいに顔を上げて言った。
「あそこがいい、バス停近くのラーメン屋。チャーシューが分厚いから好きだ」
窓の外を見やったまま、そう返事をする。
「いいですね、そうしましょう」
餃子を付けるかどうかを悩み始めたとき、急ブレーキがかかった。重力のままに身体が傾き、何事かと他の乗客と同じように周囲を見渡す。
スピーカーがノイズを発し、車内放送がかかった。
『只今、線路上に発情した暴れ魔牛が現れたため緊急停車しております。安全が確認できるまで――』
「発情した暴れ魔牛」
俺たちは顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
前方車両から乗客が続々と避難してくる。
天井からどすどすと足音が近づくのは気のせいではないだろう。足音の大きさ、車両の揺れ方から見て、尋常ではない。
「絶対、俺狙いじゃないですよ。人外にモテますね」
「そうじゃねぇ、俺は全般からモテんだよ」
「はいはい」
重い腰を上げて腹をくくった。俺たちの思いは一つ、最悪の事態があるとして、人目がつかないところがいい。
それから、買い物袋を失くさない。
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