ちんケア──"訳アリ"シェアハウスは今日もあほえろシチュに追われて大変です

牛丸 ちよ

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✧ Chapter 1

時間停止はマジでずるい【1】

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 観ていたドラマが終わり、ニュースが始まった。ソファに座る姿勢を変えて伸びをする。食べかけの夜食――スナック菓子を胃に片付けた。

 食べかすのついた手をウエットティッシュで拭きながら、一緒にテレビを見ていた明くるがなぜか俺の顔をじっと見ている。

「大和ってみんなと比べたら普通なのにさ、どうしてシェアハウスここを選んだの?」

 唐突な質問だ。
 普通というのは《異世界から来た快楽堕ちエルフ》でもなければ、《過去を教えてくれない謎めいた快楽堕ち褐色肌男》でもないし、《名家から絶縁された快楽堕ち霊感青年》でもないとか、そういう話だろうか。《ハメ撮り動画が流出した快楽堕ち異能力者》ではインパクトが弱かったか。

 あるいは、単純に「帰る場所があるのに」という意味かもしれない。
 昼間、実家の姉と近況報告の電話をしていたのを明くるは見ている。
 このシェアハウスで実家と関係がこじれていないのは確かに俺くらいだ。止めろと言っているのに米も定期的に届く。

「実家には頼りにくいですよ、やっぱり。数日関わるくらいなら体裁保てますけど、長期となったら恥ずかしいところ見せちゃいますから」

 確かになぁ……と明くるが頷いた。家族が良いと言っていても、本人が気後れすることだってある。

「でもさ、最近の大和は昔と比べたらかなり落ち着いたじゃん。そろそろ帰ろうかなとか、ないの?」

「明くるくんならわかるんじゃないですか?」

「あー……」

 明くるは誰よりも寛解かんかいに近いが、シェアハウスにすっかり居着いていた。
 理由は簡単で、居心地が良いからだ。
 似たような過去や悩みを持つ者ばかりだから、好奇の目で見られることもなければ、心ない言葉をかけられることもない。相談しやすいし、されやすい。

 床を見つめてしばし黙った後、明くるは顔を上げた。どうやら、本題はここからのようだ。

「……俺さぁ、ちょっと悩んでるんだ」

 竹を割ったような性格で、なんでも率直な明くるがこんな風に切り出すのは珍しい。

「連絡があってさ。弟が療養所から出られるかもしれないって」

しら・・くんが?」

 なるほど、彼に関することなら明くるが慎重になるのもわかる。

 会ったことはないが、明くるにはしらという歳の離れた弟がいる。
 二人は地方の名家の長男次男だったが、一方的に絶縁されてしまったそうだ。しらが鬼に憑かれたことがきっかけらしい。
 明くるは鬼に憑かれたしらに犯され、鬼の影響が色濃いしらは拝み屋のいる療養所へ、肉体の消耗が激しい明くるは病院を経てこのシェアハウスへ。実家からはまとまった金額を渡されてからそれきり。
 以降、明くるとしらは二人きりの家族として文通している。あんなことがあっても、兄弟の絆は固いようだ。

「しらが出てきたら、俺が面倒見てやらないと。でも、あいつには将来があるから……」

 言いたいことはすぐにわかった。『このシェアハウスでは一緒に暮らせない』だ。
 学校に通うにしても、就職をするにしても、ここから通うのは世間の目がある。青い屋根のシェアハウスは怪しい家だと少なからず噂されているから。

 かといって、弟を連れて二人暮らしを始める決心もつかないのだろう。
 彼が望んでいるのは、引き止めではなく後押しに違いない。安心させるために微笑んで見せた。

「俺も他のみんなも、明くるくんの友達ですから協力しますよ。部屋を探すとか、何かを決めるときは一人で悩まないでくださいね」

 シェアハウスのメンバーにとって、最年少の明くるはかわいい弟分だ。彼が困っていて助けない者などいない。
 明くるはパッと笑顔になって、それから少し照れくさそうにはにかんだ。

「うん! 不安になっちゃってさ。まだ先の話だけど……その時はまた相談させてよ」

「ええ、喜んで」

「ありがと、大和!」

 ハグされる。こんな弟が欲しかったなぁ。


「あ、これも聞いておきたいんだけど」

「なんでも聞いてください」

 拳で自分の胸を軽く叩いて見せる。年上としてカッコ良く問題を解決したい。
 俺が元々一人暮らしだったことは知っているし、賃貸契約のこととかだろうか。

「大和が一人暮らしだったとき、誰にも頼れない状況で……ケツがムラムラしたときどうしてた?」

 あっ、そういう。

「……参考にならないと思いますよ」

 どんな質問でもどんと来いとは思っていたが、それ系は気恥ずかしい。自分の場合、シェアハウスに入る前はかなり荒れていたから余計だ。

「聞かせてよ。なんにも手札がない状態から悩みたくないし」

 うーん、とうなる。
 悪い見本にはなれるだろうか。

「俺は……家にオモチャを置いておく勇気もなくて。だからレンタルモブおじさんを利用してました」

「レンタルモブオジサン」

「デリヘルみたいなやつです。あっ、デリヘルとか言っていいのかな……」

「成人したもん、わかるよ」

 この時点で参考にならないはずなのに、明くるはわざわざ傾聴の姿勢を作っていた。
 ここまで話したならどこまで話しても同じかと、腹をくくることにする。

「レンタルモブおじさんを呼ぶんです。三十人くらい」

「待って? あ、いや、いいよ、続けて」

「爆発が起きても大丈夫そうな倉庫をレンタルして集まってもらって」

「待っ、いや、続けて」

「全力で俺を倒してから、ヤってもらいました。でもこの方法は半日以上が戦闘になるし、おじさんの治療費もかかるので、なにかと費用がかさむんですよね」

 体力が尽きていないと気持ちに余裕ができてしまって満足できないのだ。敗北を味わされてからのちんぽが美味い。

「なんか……。欲を満たすために大変だったんだな……」

「おじさんたちも攻略法を探りながら挑んでくれて、回を追うごとにタイムが短くなってはいたんですけどね。いい人たちでしたよ」

「おっけー。いざというときはレンタルモブおじ使うね」

「それはダメ」

 なんとかして話題を戻した。
 彼自身の話をさせるうち、明くるの不安はすっかりどこかへ消えたらしい。楽しそうに話す姿に相づちをうつ。
 どのへんに住めばシェアハウスにも遊びに来やすいかだとか、せっかくだから就職活動もしようだとか、そうしたらスーツも必要だとか、どんどん話が出てくる。
 一緒に聞いているだけでワクワクするような語り口だ。なんだかんだ、弟との二人暮らしは「生活が変化する不安」ではなく「可能性に踏み出す人生の節目」として輝いて見えているのだろう。微笑ましい。できる限りの応援をしてあげたいと思う。

 自分も明くるのように外へ目を向けられる日が来るだろうか。
 元の生活に戻りたい気持ちはもちろんある。けれど、どうせ……なんて悲観的に考えてしまう。
 身体が落ち着いたところで宿命を変えられたわけではないだろうし、何より世間はヒーローおれ失態スキャンダルをまだ覚えている。

 テレビからドッと笑い声が聞こえた。いつの間にかニュースからバラエティ番組に変わっており、内容も佳境に入っている。もうそんなに時間が経ったのか。

「そういえば、トリクシーさんもアダンさんも遅いですね」

「あれ? まだ帰ってきてないのか……」

 アイスと明日の朝に使う食パンを買いにコンビニへ向かって、それきりだ。
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