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第1章至る平安
すれ違い
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久しぶりに源倫子の屋敷である土御門邸に顔を出した夜は、自分が解雇されていたことを知る。
陰陽師の修行をするので、休暇を取るという言い分は認められなかったらしい。
女房が陰陽師になるというのは意味がわからないので順当なことではあった。
香子もいつの間にか邸をやめていたらしい。
晴明のところにいる間、彼女と連絡を取っていなかったため、今彼女が何をやっているのかわからない。
香子に会うために、夜は数年ぶりに藤原宣孝の屋敷に顔を出した。
使用人達が忙しく働き、慌ただしい雰囲気だ。
顔見知りの女房に事情を聞くと、宣孝が越前守に任ぜられ、越前国に下向するらしい。
夜は、香子と会うことにした。
「どこに行ってたのよ!全くもう。」
開口一番文句を言う香子。彼女に取って夜は、いつでも一緒にいてくれる人であり、先ほどまでの離別はとても辛いことだった。
「越前に行くんですか?」
「ええそうよ。北の果てね。」
「旅行もいい経験になりますよ。」
「もちろん、夜も一緒に来るのよね?」
「ちょっと師匠に用があると言われてまして。」
「陰陽師?怪しくない?」
「楽しいですよ。」
「ふうん。なら、別にいいけど。」
香子は面白くなさそうに唇を尖らせた。
不満に思っているのが丸わかりだ。
「まあまあ。私が式神を預けますから、それで連絡を取りましょう。」
「式神?」
「ええ。呪(まじな)いをかけてありますから、書いたあと、空に向かって投げるだけで、私の元に向かいますよ?」
「連絡を取れるだけで嬉しいわね。」
「続きが書けたら是非送ってください!」
「送らなかったら私のところに来てくれる?」
「⋯⋯。もしかしたらそうするかもしれません。」
「なら、送らないわ。」
「ええええ。」
「当然でしょう? 早く読みたかったら私と一緒に来ることね。」
「ううう。」
「ねえねえ。私の話、読みたくないの?」
「読みたいですよ!でも、ダメです。私にはやることが⋯⋯。」
「もう、夜なんて知らない! 夜は私と一緒にいるのが一番いいの! 離れ離れなんて絶対に嫌!」
香子の言葉に、夜は曖昧な笑みを浮かべた。
そう言ってくれるのは嬉しい。だが、師匠から頼まれるはずの仕事は、とてつもなく重要だと言われていた。サボると何をされるかわからない。
彼女は京都を離れるわけにはいかなかった。
それに、もう一つ、夜が気に病んでいたことがあった。
彼女の究極の目的は、最高の小説を自分の手で作り出すことだ。
そのためには自分で物語を作らなくては行けない。
だが、一番身近な香子は、夜が作り出した物語の数段上の物語をいとも簡単に紡いでしまう。彼女は自分の才能と、自分の努力に徒労感を感じていた。
だからこそ、彼女は考える。
一旦、離れる時間も必要なのではないか、と。
香子に対する複雑な感情は、夜を香子から遠ざけた。
いくら説得しても一緒に行かないという夜を前に、ついに香子も諦めた。
「夜なんて大っ嫌い!」
ずっと身近にいて支えてくれた存在に対する香子の思いが、溢れて、反転した。
「そうですか⋯⋯。」
夜が、それだけで流したのは、ある意味では幸いかもしれない。
だが、すれ違いの溝は結局、埋まることはなかった。
長徳二年。香子は、父に従い、越前国に出発する。
●
「それで、今度の任務はなんなんですか、師匠。もう頼光と一緒の任務は嫌ですよ。」
「まあ、大丈夫だろ。お前しかできないことだしな。」
「へえ。聞きましょうか。」
「ああ。なんでも、中宮様の住いのあたりで、怪異騒ぎがあったらしい。陰陽師が解決するのが筋だが、こまごましたところは、男では探ることが許されない。だから、女房としての教養もあるお前を使って調べさせようと言うことだ。」
「中宮って、定子様ですよね。ちょっと厳しいですよ。あのレベルだと求められる教養も段違いです。」
「お前ならいけるだろ。土御門のお屋敷でも一二を争う教養の深さだったと聞いているぞ。」
「なんで知ってるんですか師匠。」
「そりゃ調べたからな。」
さすが陰陽師。身辺調査もお手の物らしい。
「プライバシーの侵害ですよ!」
「なんだそりゃ。いいから行ってこい。天皇陛下には俺から話を通しておく。」
「さすが師匠ですね。」
ふつう、天皇とコネクションがある陰陽師などいない。
安倍晴明だからこその関係性だと言えるだろう。
押し切られるように、夜は中宮定子の女房となった。
基本的に素性のはっきりしたものしか雇われず、しかも、天皇の妃ということもあって、その辛さも厳しいはずだが、ほかならぬ天皇が推薦してきたのだ。
多少の怪しさは見逃された。
陰陽師の修行をするので、休暇を取るという言い分は認められなかったらしい。
女房が陰陽師になるというのは意味がわからないので順当なことではあった。
香子もいつの間にか邸をやめていたらしい。
晴明のところにいる間、彼女と連絡を取っていなかったため、今彼女が何をやっているのかわからない。
香子に会うために、夜は数年ぶりに藤原宣孝の屋敷に顔を出した。
使用人達が忙しく働き、慌ただしい雰囲気だ。
顔見知りの女房に事情を聞くと、宣孝が越前守に任ぜられ、越前国に下向するらしい。
夜は、香子と会うことにした。
「どこに行ってたのよ!全くもう。」
開口一番文句を言う香子。彼女に取って夜は、いつでも一緒にいてくれる人であり、先ほどまでの離別はとても辛いことだった。
「越前に行くんですか?」
「ええそうよ。北の果てね。」
「旅行もいい経験になりますよ。」
「もちろん、夜も一緒に来るのよね?」
「ちょっと師匠に用があると言われてまして。」
「陰陽師?怪しくない?」
「楽しいですよ。」
「ふうん。なら、別にいいけど。」
香子は面白くなさそうに唇を尖らせた。
不満に思っているのが丸わかりだ。
「まあまあ。私が式神を預けますから、それで連絡を取りましょう。」
「式神?」
「ええ。呪(まじな)いをかけてありますから、書いたあと、空に向かって投げるだけで、私の元に向かいますよ?」
「連絡を取れるだけで嬉しいわね。」
「続きが書けたら是非送ってください!」
「送らなかったら私のところに来てくれる?」
「⋯⋯。もしかしたらそうするかもしれません。」
「なら、送らないわ。」
「ええええ。」
「当然でしょう? 早く読みたかったら私と一緒に来ることね。」
「ううう。」
「ねえねえ。私の話、読みたくないの?」
「読みたいですよ!でも、ダメです。私にはやることが⋯⋯。」
「もう、夜なんて知らない! 夜は私と一緒にいるのが一番いいの! 離れ離れなんて絶対に嫌!」
香子の言葉に、夜は曖昧な笑みを浮かべた。
そう言ってくれるのは嬉しい。だが、師匠から頼まれるはずの仕事は、とてつもなく重要だと言われていた。サボると何をされるかわからない。
彼女は京都を離れるわけにはいかなかった。
それに、もう一つ、夜が気に病んでいたことがあった。
彼女の究極の目的は、最高の小説を自分の手で作り出すことだ。
そのためには自分で物語を作らなくては行けない。
だが、一番身近な香子は、夜が作り出した物語の数段上の物語をいとも簡単に紡いでしまう。彼女は自分の才能と、自分の努力に徒労感を感じていた。
だからこそ、彼女は考える。
一旦、離れる時間も必要なのではないか、と。
香子に対する複雑な感情は、夜を香子から遠ざけた。
いくら説得しても一緒に行かないという夜を前に、ついに香子も諦めた。
「夜なんて大っ嫌い!」
ずっと身近にいて支えてくれた存在に対する香子の思いが、溢れて、反転した。
「そうですか⋯⋯。」
夜が、それだけで流したのは、ある意味では幸いかもしれない。
だが、すれ違いの溝は結局、埋まることはなかった。
長徳二年。香子は、父に従い、越前国に出発する。
●
「それで、今度の任務はなんなんですか、師匠。もう頼光と一緒の任務は嫌ですよ。」
「まあ、大丈夫だろ。お前しかできないことだしな。」
「へえ。聞きましょうか。」
「ああ。なんでも、中宮様の住いのあたりで、怪異騒ぎがあったらしい。陰陽師が解決するのが筋だが、こまごましたところは、男では探ることが許されない。だから、女房としての教養もあるお前を使って調べさせようと言うことだ。」
「中宮って、定子様ですよね。ちょっと厳しいですよ。あのレベルだと求められる教養も段違いです。」
「お前ならいけるだろ。土御門のお屋敷でも一二を争う教養の深さだったと聞いているぞ。」
「なんで知ってるんですか師匠。」
「そりゃ調べたからな。」
さすが陰陽師。身辺調査もお手の物らしい。
「プライバシーの侵害ですよ!」
「なんだそりゃ。いいから行ってこい。天皇陛下には俺から話を通しておく。」
「さすが師匠ですね。」
ふつう、天皇とコネクションがある陰陽師などいない。
安倍晴明だからこその関係性だと言えるだろう。
押し切られるように、夜は中宮定子の女房となった。
基本的に素性のはっきりしたものしか雇われず、しかも、天皇の妃ということもあって、その辛さも厳しいはずだが、ほかならぬ天皇が推薦してきたのだ。
多少の怪しさは見逃された。
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