40 / 49
第1章至る平安
すれ違い
しおりを挟む
久しぶりに源倫子の屋敷である土御門邸に顔を出した夜は、自分が解雇されていたことを知る。
陰陽師の修行をするので、休暇を取るという言い分は認められなかったらしい。
女房が陰陽師になるというのは意味がわからないので順当なことではあった。
香子もいつの間にか邸をやめていたらしい。
晴明のところにいる間、彼女と連絡を取っていなかったため、今彼女が何をやっているのかわからない。
香子に会うために、夜は数年ぶりに藤原宣孝の屋敷に顔を出した。
使用人達が忙しく働き、慌ただしい雰囲気だ。
顔見知りの女房に事情を聞くと、宣孝が越前守に任ぜられ、越前国に下向するらしい。
夜は、香子と会うことにした。
「どこに行ってたのよ!全くもう。」
開口一番文句を言う香子。彼女に取って夜は、いつでも一緒にいてくれる人であり、先ほどまでの離別はとても辛いことだった。
「越前に行くんですか?」
「ええそうよ。北の果てね。」
「旅行もいい経験になりますよ。」
「もちろん、夜も一緒に来るのよね?」
「ちょっと師匠に用があると言われてまして。」
「陰陽師?怪しくない?」
「楽しいですよ。」
「ふうん。なら、別にいいけど。」
香子は面白くなさそうに唇を尖らせた。
不満に思っているのが丸わかりだ。
「まあまあ。私が式神を預けますから、それで連絡を取りましょう。」
「式神?」
「ええ。呪(まじな)いをかけてありますから、書いたあと、空に向かって投げるだけで、私の元に向かいますよ?」
「連絡を取れるだけで嬉しいわね。」
「続きが書けたら是非送ってください!」
「送らなかったら私のところに来てくれる?」
「⋯⋯。もしかしたらそうするかもしれません。」
「なら、送らないわ。」
「ええええ。」
「当然でしょう? 早く読みたかったら私と一緒に来ることね。」
「ううう。」
「ねえねえ。私の話、読みたくないの?」
「読みたいですよ!でも、ダメです。私にはやることが⋯⋯。」
「もう、夜なんて知らない! 夜は私と一緒にいるのが一番いいの! 離れ離れなんて絶対に嫌!」
香子の言葉に、夜は曖昧な笑みを浮かべた。
そう言ってくれるのは嬉しい。だが、師匠から頼まれるはずの仕事は、とてつもなく重要だと言われていた。サボると何をされるかわからない。
彼女は京都を離れるわけにはいかなかった。
それに、もう一つ、夜が気に病んでいたことがあった。
彼女の究極の目的は、最高の小説を自分の手で作り出すことだ。
そのためには自分で物語を作らなくては行けない。
だが、一番身近な香子は、夜が作り出した物語の数段上の物語をいとも簡単に紡いでしまう。彼女は自分の才能と、自分の努力に徒労感を感じていた。
だからこそ、彼女は考える。
一旦、離れる時間も必要なのではないか、と。
香子に対する複雑な感情は、夜を香子から遠ざけた。
いくら説得しても一緒に行かないという夜を前に、ついに香子も諦めた。
「夜なんて大っ嫌い!」
ずっと身近にいて支えてくれた存在に対する香子の思いが、溢れて、反転した。
「そうですか⋯⋯。」
夜が、それだけで流したのは、ある意味では幸いかもしれない。
だが、すれ違いの溝は結局、埋まることはなかった。
長徳二年。香子は、父に従い、越前国に出発する。
●
「それで、今度の任務はなんなんですか、師匠。もう頼光と一緒の任務は嫌ですよ。」
「まあ、大丈夫だろ。お前しかできないことだしな。」
「へえ。聞きましょうか。」
「ああ。なんでも、中宮様の住いのあたりで、怪異騒ぎがあったらしい。陰陽師が解決するのが筋だが、こまごましたところは、男では探ることが許されない。だから、女房としての教養もあるお前を使って調べさせようと言うことだ。」
「中宮って、定子様ですよね。ちょっと厳しいですよ。あのレベルだと求められる教養も段違いです。」
「お前ならいけるだろ。土御門のお屋敷でも一二を争う教養の深さだったと聞いているぞ。」
「なんで知ってるんですか師匠。」
「そりゃ調べたからな。」
さすが陰陽師。身辺調査もお手の物らしい。
「プライバシーの侵害ですよ!」
「なんだそりゃ。いいから行ってこい。天皇陛下には俺から話を通しておく。」
「さすが師匠ですね。」
ふつう、天皇とコネクションがある陰陽師などいない。
安倍晴明だからこその関係性だと言えるだろう。
押し切られるように、夜は中宮定子の女房となった。
基本的に素性のはっきりしたものしか雇われず、しかも、天皇の妃ということもあって、その辛さも厳しいはずだが、ほかならぬ天皇が推薦してきたのだ。
多少の怪しさは見逃された。
陰陽師の修行をするので、休暇を取るという言い分は認められなかったらしい。
女房が陰陽師になるというのは意味がわからないので順当なことではあった。
香子もいつの間にか邸をやめていたらしい。
晴明のところにいる間、彼女と連絡を取っていなかったため、今彼女が何をやっているのかわからない。
香子に会うために、夜は数年ぶりに藤原宣孝の屋敷に顔を出した。
使用人達が忙しく働き、慌ただしい雰囲気だ。
顔見知りの女房に事情を聞くと、宣孝が越前守に任ぜられ、越前国に下向するらしい。
夜は、香子と会うことにした。
「どこに行ってたのよ!全くもう。」
開口一番文句を言う香子。彼女に取って夜は、いつでも一緒にいてくれる人であり、先ほどまでの離別はとても辛いことだった。
「越前に行くんですか?」
「ええそうよ。北の果てね。」
「旅行もいい経験になりますよ。」
「もちろん、夜も一緒に来るのよね?」
「ちょっと師匠に用があると言われてまして。」
「陰陽師?怪しくない?」
「楽しいですよ。」
「ふうん。なら、別にいいけど。」
香子は面白くなさそうに唇を尖らせた。
不満に思っているのが丸わかりだ。
「まあまあ。私が式神を預けますから、それで連絡を取りましょう。」
「式神?」
「ええ。呪(まじな)いをかけてありますから、書いたあと、空に向かって投げるだけで、私の元に向かいますよ?」
「連絡を取れるだけで嬉しいわね。」
「続きが書けたら是非送ってください!」
「送らなかったら私のところに来てくれる?」
「⋯⋯。もしかしたらそうするかもしれません。」
「なら、送らないわ。」
「ええええ。」
「当然でしょう? 早く読みたかったら私と一緒に来ることね。」
「ううう。」
「ねえねえ。私の話、読みたくないの?」
「読みたいですよ!でも、ダメです。私にはやることが⋯⋯。」
「もう、夜なんて知らない! 夜は私と一緒にいるのが一番いいの! 離れ離れなんて絶対に嫌!」
香子の言葉に、夜は曖昧な笑みを浮かべた。
そう言ってくれるのは嬉しい。だが、師匠から頼まれるはずの仕事は、とてつもなく重要だと言われていた。サボると何をされるかわからない。
彼女は京都を離れるわけにはいかなかった。
それに、もう一つ、夜が気に病んでいたことがあった。
彼女の究極の目的は、最高の小説を自分の手で作り出すことだ。
そのためには自分で物語を作らなくては行けない。
だが、一番身近な香子は、夜が作り出した物語の数段上の物語をいとも簡単に紡いでしまう。彼女は自分の才能と、自分の努力に徒労感を感じていた。
だからこそ、彼女は考える。
一旦、離れる時間も必要なのではないか、と。
香子に対する複雑な感情は、夜を香子から遠ざけた。
いくら説得しても一緒に行かないという夜を前に、ついに香子も諦めた。
「夜なんて大っ嫌い!」
ずっと身近にいて支えてくれた存在に対する香子の思いが、溢れて、反転した。
「そうですか⋯⋯。」
夜が、それだけで流したのは、ある意味では幸いかもしれない。
だが、すれ違いの溝は結局、埋まることはなかった。
長徳二年。香子は、父に従い、越前国に出発する。
●
「それで、今度の任務はなんなんですか、師匠。もう頼光と一緒の任務は嫌ですよ。」
「まあ、大丈夫だろ。お前しかできないことだしな。」
「へえ。聞きましょうか。」
「ああ。なんでも、中宮様の住いのあたりで、怪異騒ぎがあったらしい。陰陽師が解決するのが筋だが、こまごましたところは、男では探ることが許されない。だから、女房としての教養もあるお前を使って調べさせようと言うことだ。」
「中宮って、定子様ですよね。ちょっと厳しいですよ。あのレベルだと求められる教養も段違いです。」
「お前ならいけるだろ。土御門のお屋敷でも一二を争う教養の深さだったと聞いているぞ。」
「なんで知ってるんですか師匠。」
「そりゃ調べたからな。」
さすが陰陽師。身辺調査もお手の物らしい。
「プライバシーの侵害ですよ!」
「なんだそりゃ。いいから行ってこい。天皇陛下には俺から話を通しておく。」
「さすが師匠ですね。」
ふつう、天皇とコネクションがある陰陽師などいない。
安倍晴明だからこその関係性だと言えるだろう。
押し切られるように、夜は中宮定子の女房となった。
基本的に素性のはっきりしたものしか雇われず、しかも、天皇の妃ということもあって、その辛さも厳しいはずだが、ほかならぬ天皇が推薦してきたのだ。
多少の怪しさは見逃された。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる