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第1章至る平安
打ち明け
しおりを挟む「ここは⋯⋯。」
意識を取り戻した香子は、自分が布団に寝かされていることに気づいた。
「ここは師匠の屋敷です。とりあえずここに移動させました。お嬢様は本当にひどい状態だったんですよ!」
「夜⋯⋯?」
「はい。夜です。」
「なんで昨日みたいな言葉遣いじゃないの?」
「へ?」
「あっちの夜が素なんでしょ? 私もあっちがいい。」
「いやいやいや。」
「ダメ⋯⋯?」
「弱ったお嬢様にお願いされたら聞かないわけにはいかないですね⋯⋯。これからは香子って呼んでいいですか?」
「これから昨日の夜みたいに話しくてれるなら。」
「仕方がないな。こっちの方が楽だし、別に良いか。」
「ふーん。これが、夜の本当の話し方なんだ。ふふっ。」
香子は柔らかく笑う。
「香子は、趣味が悪いと思う。」
「ずっと猫被りしてた誰かさんよりはマシでしょ?」
「否定はできないかもな⋯⋯。」
「と、こ、ろ、で。あの吸血姫ってやつ、本当なの? 本当だよね!夜はとっても強いからね!」
「まあ、あれくらいなら簡単だ。」
「へーえ。本当なんだ。じゃあ、なん年くらい生きてるの?」
「ああ、それは⋯⋯。」
今まで使用人として仕えてきた相手と、砕けた世間話をしながら、夜は、不思議と気分が上向くのを自覚した。喧嘩別れをし、会いに行ってもずっと門前払いを食らっていた。その苦しみが、いつの間にか消えているような気がした。
「夜、ごめんなさい。私が意地を張っちゃって、仲直りできなかった。」
「元はと言えば、俺がついていけば済む話だった。今回の件だって、俺がもっと香子の近くにいれば防げた。俺はもっともっと、香子の小説が読みたいんだ。」
「ふふふふ。命の恩人にそんなこと言わると、照れるよ?」
「俺は、正直香子には勝てないと思い込んでいた。でも、ある人に言われて、気づいたんだ。香子は敵じゃなくて、一緒に文学を作っていく仲間だって。」
「もちろんよ。⋯⋯ところで、その人って、誰?」
「清少納言って人だ。とても気が合う友人だよ。」
「ふうん。」
香子の頭にモヤモヤしたものが浮かぶ。
夜が、自分以外を持ち上げて話しているのが、なんだか気に入らなかった。
●
再び寝てしまった香子の顔を覗き込んで、よく眠っていることを確認した夜はその部屋を後にした。
「全く思い切ったことをする弟子だなあ。我も肝が冷えたぞ。」
晴明は厳しい目つきで出てきた夜を見遣った。
「師匠なら弟子の尻拭いくらいできるますよね?」
「あやかしが取り憑いている相手だからギリギリ許せたが、今度罪のない人を相手に同じことをするようだったら考えないといけないなあ?」
「しませんって。」
「まあ、いい。とりあえず、藤原宣孝は病死。あの家は妖を浄化するため火葬するということになった。真相を知っているものはほとんどいないはずだ。」
「さすが師匠ですね!」
「⋯⋯、我が弟子の言葉に少し恐怖を感じてしまうな。」
「どういう意味ですか?!」
「あちらの部屋での言葉遣いの話だ。あれが素だというのによくそこまで取り繕って話せるものだ。」
「師匠に初めて会った時もあんな感じだったでしょう?」
「その後ずっと猫をかぶっていただろうが。我も最初のは夢か幻だと思い始めていたからな?」
「ふっふーん。完璧な擬態でしょう?」
「威張るべきことなのか⋯⋯?」
「まあまあ、とりあえず、師匠ありがとうございます。おかげさまで助かりました。彼女の体が回復するまで、ここに置いていてはくれませんでしょうか。」
「⋯⋯。まあ、いいが、お前が共に暮らした方が良いのではないか?あれは、お前に懐いているのだろ?」
「そうですね。定子様に相談してみようと思います。」
この時夜は、自分の力を高めてくれた定子の女房をやめる決意をした。
弱った香子を放っては置けなかった。
もっと自分がしっかりと彼女のことを気にかけていては、こんなことは起こらなかったはずだ。後悔と自責の念がある。
だが、それだけではない。定子のもとで、清少納言から盗んだ力の数々。
今までで出会った中で最高の才能を持つ香子と真っ向から小説で勝負をしてみたい。そんな創作者としての本能が彼女の中でメラメラと燃え上がっていた。
彼女はその足で定子の元へ向かい、暇乞いを告げる。
定子は鷹揚に許してくれた。
来るもの拒まず去るもの追わず。そんな矜持が感じられた。
「へえ。寂しくなるねえ。」
清少納言は、大層残念がった。
「私も、清少納言さんと会えなくなるのは寂しいです⋯⋯。」
「何言ってるのさ。いつでも来ていい。定子様だってあんただったら嫌とは言わないだろう。」
「ありがとうございます!」
「それで、どうして急に。」
「私の大好きな、才能の塊の女の子がひどい目に遭ったので、彼女を支えたいんです。」
「へーえ。何回か話に出てきた時からいつか会ってみたいと思ってた子だ。」
「そうなんですか?」
「ああ。そうだ。これからその子の元に向かうんだろ?今日は暇があるし、私もついていっていいかい?」
「もちろんです。」
夜の目から見ると、清少納言と香子の才能は、得意とする部分は違えど、同じくらいの大きさがあるように見える。共に文章を紡ぐことに関しては天才と言えるもの同士。この邂逅は意味のあるものになるだろうと、彼女は期待するのだった。
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