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六
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「君はきっと、戦国の世の中でだって生きていける人間だと思うよ。僕に目を付けられたにもかかわらず、あんな風に仲良く会話をしたにもかかわらず、見逃してもらったっていうのは、たぶんきっと、とてつもない強運の持ち主なんだからねえ。全くすごいもんだ、感心するねえ」
男は五歩ほど下がった場所から、にこやかに微笑んだ。
「楽しかったよ、ありがとう」
男はひらひらと手を振った。僕は振り返すこともなく立ち尽くした。背中はあっという間に駅方面へと消えてしまい、同時にその顔は記憶の向こう側へ飛んでしまって、僕は二度とあの男と会うことはないのだと確信した。
そして、その二日後のことであった。大学生の男が、容疑者として警察に捉えられて行ったのである。ニュースでそれを知った僕の驚嘆は、誰もが想像する以上のものであっただろう。唖然、という言葉しか出なかったのである。あの時の男の態度や言葉、詳細な事件の内容等が、頭に浮かんでは消えて行くばかりで、しばらく日々の生活に身が入らなかったのは無理もないことだった。街を歩く度に男の姿を探してしまうことだって、当然のことだった。その時僕が単独で行なった調査の結果は、男の言葉が全て真実であると裏付けるのに十分だった。
すでに、男はどこかへ消えてしまっている。僕の目の前に現れることは、二度とないだろう。今さら自分が証拠もない、ただ聞いただけのこんな話を警察へ持ち込んだところで、事件が引っくり返るとは思えない。当時、僕の気持ちはそんな風に後ろ向きになっていた。家族や友人たちから心配されるほど、憔悴していたのであった。その時はもう男の顔なんてすっかり忘れていたけれど、それでいてあの奇妙な笑顔の印象だけはずっと頭の一隅に引っかかっていて、夜な夜な僕を苦しめていたのである。後に、僕はやはり思い立って警察へ情報提供はしたのだけれど、それが有効活用されているか否かは定かではない。
僕は、あの奇妙な男が殺人犯であると、あれからずっと疑うことなく信じている。だから、あの時の僕の行動によっては、すでに未解決事件となりつつあるあの一件も、捕まらない脱走犯の一件も、即時に解決させることが出来たのだと信じている。ニュースで見た脱走犯とは顔が違う、なんていうものは、僕にとって微々たる問題となったのである。今となっては、外見なんてどうとでも変えられる、と考えている。村崎奈々の事件については、大学生の男が容疑者とされたが、後にあれは真犯人による偽の証拠であり、工作であったと結論が出たのだった。
全て真相は謎のまま、時間だけがむなしく過ぎていくばかりである。僕には難事件を解決する才能はないし、解決の糸口についての閃きを得るどころか、あっけらかんと自白をする凶悪犯罪者をみすみす目の前で逃す大失態を犯してしまった。だから、僕はここで懺悔をしたいと思う。
皆様、本当に申し訳ありませんでした。
もしかしたら、その後起こった各所様々な殺人事件はあの男の手によるものかもしれないと思うと、今も奇妙な男の笑顔が思い起こされる。男の気分が異なれば、あの時僕が殺されていた可能性だってあったのである。しかし、幸か不幸か、僕は今も生きている。今さらお詫びのしようもないのだけれど、文章なんてとうてい下手くそな僕がこんな風に筆を執った理由は一つである。
どうか、皆様もお気を付けて、悪い奴に目を付けられませんように。
以上、これが今までの僕の人生における、最も苦い記憶である。
男は五歩ほど下がった場所から、にこやかに微笑んだ。
「楽しかったよ、ありがとう」
男はひらひらと手を振った。僕は振り返すこともなく立ち尽くした。背中はあっという間に駅方面へと消えてしまい、同時にその顔は記憶の向こう側へ飛んでしまって、僕は二度とあの男と会うことはないのだと確信した。
そして、その二日後のことであった。大学生の男が、容疑者として警察に捉えられて行ったのである。ニュースでそれを知った僕の驚嘆は、誰もが想像する以上のものであっただろう。唖然、という言葉しか出なかったのである。あの時の男の態度や言葉、詳細な事件の内容等が、頭に浮かんでは消えて行くばかりで、しばらく日々の生活に身が入らなかったのは無理もないことだった。街を歩く度に男の姿を探してしまうことだって、当然のことだった。その時僕が単独で行なった調査の結果は、男の言葉が全て真実であると裏付けるのに十分だった。
すでに、男はどこかへ消えてしまっている。僕の目の前に現れることは、二度とないだろう。今さら自分が証拠もない、ただ聞いただけのこんな話を警察へ持ち込んだところで、事件が引っくり返るとは思えない。当時、僕の気持ちはそんな風に後ろ向きになっていた。家族や友人たちから心配されるほど、憔悴していたのであった。その時はもう男の顔なんてすっかり忘れていたけれど、それでいてあの奇妙な笑顔の印象だけはずっと頭の一隅に引っかかっていて、夜な夜な僕を苦しめていたのである。後に、僕はやはり思い立って警察へ情報提供はしたのだけれど、それが有効活用されているか否かは定かではない。
僕は、あの奇妙な男が殺人犯であると、あれからずっと疑うことなく信じている。だから、あの時の僕の行動によっては、すでに未解決事件となりつつあるあの一件も、捕まらない脱走犯の一件も、即時に解決させることが出来たのだと信じている。ニュースで見た脱走犯とは顔が違う、なんていうものは、僕にとって微々たる問題となったのである。今となっては、外見なんてどうとでも変えられる、と考えている。村崎奈々の事件については、大学生の男が容疑者とされたが、後にあれは真犯人による偽の証拠であり、工作であったと結論が出たのだった。
全て真相は謎のまま、時間だけがむなしく過ぎていくばかりである。僕には難事件を解決する才能はないし、解決の糸口についての閃きを得るどころか、あっけらかんと自白をする凶悪犯罪者をみすみす目の前で逃す大失態を犯してしまった。だから、僕はここで懺悔をしたいと思う。
皆様、本当に申し訳ありませんでした。
もしかしたら、その後起こった各所様々な殺人事件はあの男の手によるものかもしれないと思うと、今も奇妙な男の笑顔が思い起こされる。男の気分が異なれば、あの時僕が殺されていた可能性だってあったのである。しかし、幸か不幸か、僕は今も生きている。今さらお詫びのしようもないのだけれど、文章なんてとうてい下手くそな僕がこんな風に筆を執った理由は一つである。
どうか、皆様もお気を付けて、悪い奴に目を付けられませんように。
以上、これが今までの僕の人生における、最も苦い記憶である。
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