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二十四
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昼休み、学は小林に連れられて、人のいない校舎裏にいた。曰く、話があるらしい。
「教室じゃできないのか?」
「えっと、ちょっと」
小林の横顔には緊張が走っていた。これから何が起こるのか、想像しようと思えばいくらでも想像できた。しかし、学はあえて何も考えず、唾を飲み込みつつどもる小林の言葉を待った。
「奥山くんのこと、好きなんだ」
やっと言われた時、学は驚くこともなく、動揺することもなく、至極冷静だった。
「ありがとう」
小林の言葉を予測していたかのように、口からは普段と変わらない言葉がするりと飛び出す。小林は、ため息のような息を漏らした。
「そう言うと思ってたんだ。奥山くん、優しいから」
「そんな、優しくなんて」
「ううん、優しいよ。そういうとこが好きなんだ」
優しく眉を下げる小林に、学はかぶりを振った。
「小林くんの方が、よっぽど。俺なんかより、似合う人が必ずいるんだと思うよ」
小林は何も言わなかった。悲しそうに笑って、肯定も否定もしない。学はどうしたら良いか分からなくて、じっと立っていた。誰かを傷つける権利が学にないことを知っていても、それ以上の言葉が見つからなかった。
「少し、気になってたことがあるんだけど」
教室に戻りながら、小林は切り出した。
「長岡陸って、奥山くんにとっての何なの?」
小林の口から意外な人物の名が飛び出て、学はしばし絶句した。
「ああ、いや、最近よく一緒にいるなって思って。ずるいって思ってたんだよね。奥山くんは優しいから、付き合ってあげてるんだと思ってた。でも、何か、楽しそうにしてるなって思う時もあって」
「そう、かな」
自覚がないわけではない。正直に答えることを憚られ、微笑する。
「いろいろ、考えてたんだけど。向こうは、絶対奥山くんのこと――」
小林は手を握りしめていた。出かかった言葉を喉の奥に閉じ込めようとして、変に肩が上がっているようだった。
しかし、学にはその言葉の続きが聞こえた気がした。幻聴なのにやけにリアルで、唇を噛みしめる。
あんな目を向けられて、あんな風に優しくされて、あんなに接近されて、気付くなという方が無理な話だ。ばれるならばれてしまえと、やけになっているみたいだ。もう、知られていると思っているのかもしれない。
しかし学は態度を変えない。直接、はっきりと言われたわけではないし、もし言われても、何も言わずに距離を取るだけだ。
平均台の上を風に煽られながら歩く時のように、背中を押せばあっけなく落ちて消えてしまう。学と陸の関係は、そんなものだった。
「ごめん、変なこと」
「気にしないで」
小林とは、ぎくしゃくしながら別れた。小林が望むのなら、今まで通り友達として付き合っても良かった。けれど、それがどんなに辛くて愛おしいことか、学は良く知っている。
学はトイレの中で頭を抱えた。
「ごめん、ごめん、ごめん……」
学が告白されて一番に考えるのは、目を覚まさせなければいけない、ということだ。学のような人間を、心の底から愛せる人なんているわけがないからだ。家族だって、学をすっかり裸にして心にまで触れてしまえば、その空っぽな中身にがっかりしてあっさり捨ててしまうかもしれない。そうに決まっている。
なのに。
俺にはあなたなんてもったいない。もっと似合った良い人がいるよ。
常套句は、陸にはきっと言えない。
「教室じゃできないのか?」
「えっと、ちょっと」
小林の横顔には緊張が走っていた。これから何が起こるのか、想像しようと思えばいくらでも想像できた。しかし、学はあえて何も考えず、唾を飲み込みつつどもる小林の言葉を待った。
「奥山くんのこと、好きなんだ」
やっと言われた時、学は驚くこともなく、動揺することもなく、至極冷静だった。
「ありがとう」
小林の言葉を予測していたかのように、口からは普段と変わらない言葉がするりと飛び出す。小林は、ため息のような息を漏らした。
「そう言うと思ってたんだ。奥山くん、優しいから」
「そんな、優しくなんて」
「ううん、優しいよ。そういうとこが好きなんだ」
優しく眉を下げる小林に、学はかぶりを振った。
「小林くんの方が、よっぽど。俺なんかより、似合う人が必ずいるんだと思うよ」
小林は何も言わなかった。悲しそうに笑って、肯定も否定もしない。学はどうしたら良いか分からなくて、じっと立っていた。誰かを傷つける権利が学にないことを知っていても、それ以上の言葉が見つからなかった。
「少し、気になってたことがあるんだけど」
教室に戻りながら、小林は切り出した。
「長岡陸って、奥山くんにとっての何なの?」
小林の口から意外な人物の名が飛び出て、学はしばし絶句した。
「ああ、いや、最近よく一緒にいるなって思って。ずるいって思ってたんだよね。奥山くんは優しいから、付き合ってあげてるんだと思ってた。でも、何か、楽しそうにしてるなって思う時もあって」
「そう、かな」
自覚がないわけではない。正直に答えることを憚られ、微笑する。
「いろいろ、考えてたんだけど。向こうは、絶対奥山くんのこと――」
小林は手を握りしめていた。出かかった言葉を喉の奥に閉じ込めようとして、変に肩が上がっているようだった。
しかし、学にはその言葉の続きが聞こえた気がした。幻聴なのにやけにリアルで、唇を噛みしめる。
あんな目を向けられて、あんな風に優しくされて、あんなに接近されて、気付くなという方が無理な話だ。ばれるならばれてしまえと、やけになっているみたいだ。もう、知られていると思っているのかもしれない。
しかし学は態度を変えない。直接、はっきりと言われたわけではないし、もし言われても、何も言わずに距離を取るだけだ。
平均台の上を風に煽られながら歩く時のように、背中を押せばあっけなく落ちて消えてしまう。学と陸の関係は、そんなものだった。
「ごめん、変なこと」
「気にしないで」
小林とは、ぎくしゃくしながら別れた。小林が望むのなら、今まで通り友達として付き合っても良かった。けれど、それがどんなに辛くて愛おしいことか、学は良く知っている。
学はトイレの中で頭を抱えた。
「ごめん、ごめん、ごめん……」
学が告白されて一番に考えるのは、目を覚まさせなければいけない、ということだ。学のような人間を、心の底から愛せる人なんているわけがないからだ。家族だって、学をすっかり裸にして心にまで触れてしまえば、その空っぽな中身にがっかりしてあっさり捨ててしまうかもしれない。そうに決まっている。
なのに。
俺にはあなたなんてもったいない。もっと似合った良い人がいるよ。
常套句は、陸にはきっと言えない。
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