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動揺と嫉妬
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冷たい大理石の床にエレオノールの足音が響き渡る。
彼は専属の侍従であるユリウスを遠ざけると、ヴィンセントから与えられた部屋である月桂樹の間に入る。
豪奢であるものの居心地の悪い部屋の扉を閉じると、身にも心にも重苦しい礼服を脱ぎ捨てながら深いため息をつく。
「キス…、されると思わなかった」
扉を背にずるずると床にへたり込む。
そしてエレオノールは自身の唇に触れる。
先程のキスの感触を思い出し、顔を赤らめる。
「…皆の前であんな屈辱的なことをするなんて!」
あえて強い言葉にすることで、ヴィンセントへの怒りと屈しない意思を再確認する。
キスから始まった動揺を打ち消すかのごとく。
エレオノール・アルトリートはカラーラン王国の第7王子だ。
それは紛うことなき事実である。
しかし、王子といえども、実母は平民の侍女であり、肩身の狭い思いをしながら暮らしてきた。
出自の高い母親から生まれた兄や姉たちに馬鹿にされてきたものの、そのずば抜けた剣術と戦略で王家を支え続けてきた。
嫡男でない自分がいつかは政略の道具として使われることは幼少の頃より覚悟していたが、まさか男でありながら『妃』として嫁ぐとは想像だにしていなかった。
(だけど、俺がここに来なかったら…。エリスを、大切な姉を犠牲にはできない…)
ライノール帝国との結婚話が持ち上がった時、王族の中で未婚であったのはエレオノールと彼の異母姉エリスのみであった。
ライノール帝国側はエリスを妃にと求めたが、彼女には密かに想い合う下級貴族の恋人がいた。
傲慢で陰険な兄姉の中で、唯一優しく接してくれたのがエリスだった。
そんな姉の恋を犠牲にすることはできまいとエレオノールは自ら妃となると名乗り出た。
それでもライノール帝国にとって彼は捕虜であり、和平の駒でしかない。
「あの男にとって…、あれは大したことはないんだろうな」
だからこそ、エレオノールは誇りを曲げはしないと固く心に誓った。
一方その頃、ヴィンセントは執務室に戻り、礼服のまま目の前の書類の山に向き合っていた。
「あいつの瞳、野獣のようだったな…」
ふと、エレオノールの顔が脳裏をよぎる。
艶やかな黒髪と憎しみを湛えた鋭い双眸。
皇帝の足元にひれ伏すのはおろか、従順さなんて微塵も感じられないほどに堂々と睨み返してきたあの勇ましい姿。
(本当にあいつは王族なのか?普通はもっと上品なはずだろう。あれでは粗野にも程がある…)
自身のことは棚に上げて、エレオノールの淑やかさについてヴィンセントは考え込む。
手を止めた彼を訝しく思った侍従のディアスが声をかけた。
「陛下、どうなさいました?…もしかしてあの男に心を⁉︎」
「馬鹿を言うな、そんな訳あるものか」
ヴィンセントは苦々しい表情で却下の印を押したばかりの書類を放り投げた。
「だが…」
「何です?」
「あの顔は確かに美しい。ただそれだけだ」
キスをし終わった後の蕩けたエレオノールの顔を思い出し、ヴィンセントは口元を綻ばせる。
ディアスはそんなヴィンセントを見て、密かにエレオノールを嫉妬を抱いた。
彼は専属の侍従であるユリウスを遠ざけると、ヴィンセントから与えられた部屋である月桂樹の間に入る。
豪奢であるものの居心地の悪い部屋の扉を閉じると、身にも心にも重苦しい礼服を脱ぎ捨てながら深いため息をつく。
「キス…、されると思わなかった」
扉を背にずるずると床にへたり込む。
そしてエレオノールは自身の唇に触れる。
先程のキスの感触を思い出し、顔を赤らめる。
「…皆の前であんな屈辱的なことをするなんて!」
あえて強い言葉にすることで、ヴィンセントへの怒りと屈しない意思を再確認する。
キスから始まった動揺を打ち消すかのごとく。
エレオノール・アルトリートはカラーラン王国の第7王子だ。
それは紛うことなき事実である。
しかし、王子といえども、実母は平民の侍女であり、肩身の狭い思いをしながら暮らしてきた。
出自の高い母親から生まれた兄や姉たちに馬鹿にされてきたものの、そのずば抜けた剣術と戦略で王家を支え続けてきた。
嫡男でない自分がいつかは政略の道具として使われることは幼少の頃より覚悟していたが、まさか男でありながら『妃』として嫁ぐとは想像だにしていなかった。
(だけど、俺がここに来なかったら…。エリスを、大切な姉を犠牲にはできない…)
ライノール帝国との結婚話が持ち上がった時、王族の中で未婚であったのはエレオノールと彼の異母姉エリスのみであった。
ライノール帝国側はエリスを妃にと求めたが、彼女には密かに想い合う下級貴族の恋人がいた。
傲慢で陰険な兄姉の中で、唯一優しく接してくれたのがエリスだった。
そんな姉の恋を犠牲にすることはできまいとエレオノールは自ら妃となると名乗り出た。
それでもライノール帝国にとって彼は捕虜であり、和平の駒でしかない。
「あの男にとって…、あれは大したことはないんだろうな」
だからこそ、エレオノールは誇りを曲げはしないと固く心に誓った。
一方その頃、ヴィンセントは執務室に戻り、礼服のまま目の前の書類の山に向き合っていた。
「あいつの瞳、野獣のようだったな…」
ふと、エレオノールの顔が脳裏をよぎる。
艶やかな黒髪と憎しみを湛えた鋭い双眸。
皇帝の足元にひれ伏すのはおろか、従順さなんて微塵も感じられないほどに堂々と睨み返してきたあの勇ましい姿。
(本当にあいつは王族なのか?普通はもっと上品なはずだろう。あれでは粗野にも程がある…)
自身のことは棚に上げて、エレオノールの淑やかさについてヴィンセントは考え込む。
手を止めた彼を訝しく思った侍従のディアスが声をかけた。
「陛下、どうなさいました?…もしかしてあの男に心を⁉︎」
「馬鹿を言うな、そんな訳あるものか」
ヴィンセントは苦々しい表情で却下の印を押したばかりの書類を放り投げた。
「だが…」
「何です?」
「あの顔は確かに美しい。ただそれだけだ」
キスをし終わった後の蕩けたエレオノールの顔を思い出し、ヴィンセントは口元を綻ばせる。
ディアスはそんなヴィンセントを見て、密かにエレオノールを嫉妬を抱いた。
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