世界が終わる頃に

事の始まり

3. 2.

 
 しばらくしてふっと目が覚める。自分が死んでいるのか、生きているのか分からない。吸血鬼に切られた左腕を見る。先程までではないが、いまだに血が流れていた。右手で出せる限りの力で傷に力を入れる。
「いたっ…。」
 脱力する。自分が狭い道で倒れているのに気付いたのでズリズリと重い体を引きずり、近くに落ちていた荷物を取って、近くの電柱に背中を預ける。
「…私、生きてるんだ。」
 呟くとさらに生きている実感を感じ、無意識にポロポロと涙が流れる。止めたくても止められない。力が入らず拭えないということもあるが、ただ涙が出続ける。
 しばらくして力が入るようになり、時計を見て時刻を確認する。今は夜中の3時を過ぎたところだ。まだ周りは暗い。地面を見る。幸い、服が厚かったからか少ししか血は落ちていなかった。カバンから水の入ったペットボトルを出し、血の上にかける。少し擦っておいた。落ちたかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。柚杷はいまだ血の出る傷を抑えながらゆっくりと立ち上がり、研究所に向かって歩き出した。

 吸血鬼は何故、殺そうとした自分を生かしたのか。それとも殺しそびれたのか。考えても答えは分からなかった。

 そんなことを考えながら必死に歩いてようやく研究所に着いた。鍵を開け、中に入り、救急箱を持って自分の研究室に向かう。椅子に座り、ひと息つく。手負いの状態で歩いてきて体力は限界だった。傷を手当てしなくてはと思っていても、力が入らず再び柚杷は意識を手放す。


 次に目が覚めたのは遠藤和博とその娘の葉月が研究所に着いた時だった。
 遠藤と葉月が研究所に入る時にドアノブに付いた血に驚き、それが研究所内に続いているので急いで中に入ると倒れた柚杷がいた。近くには救急箱。遠藤は乱暴に落ちていた救急箱をとり、応急処置をし始める。葉月は慌ててケータイを取り出し、救急車を呼ぶ。遠藤は柚杷を少し動かし軽く頬を叩く。
「おいっ！北川！俺がわかるか？」
 息していることを確認しながら大声で呼びかける。葉月も近くに座り、応急処置を手伝う。
 そんな中、遠藤の声に小さく答えた。
「…えんど…さ…。はづ…ちゃ…。」
 気を付けてないと聞き逃してしまいそうなほどの弱々しい声。薄らと目を開き、声を出した柚杷は弱々しいが笑顔を浮かべ心配して覗き混んでいる2人を見る。そんな様子に2人は安堵する。
 遠くからサイレンの音が聞こえ出していた。葉月は心配そうに柚杷を見ながら外へ出る。
「…北川。救急車呼んだからな。何があったか説明してもらうのはちゃんとした処置を受けてからだ。」
 話終えると同時に救急隊員が研究所内に入ってくる。


 柚杷はすぐに近くの病院に運ばれ、処置を受けた。血がとにかくなかったので輸血を行い、腕の傷も縫った。
 これは後々回復してから聞いた話だが、あともう少し遅ければ、失血死をしていたとのことだった。あの時、研究所で柚杷を見つけてもらえなかったら、応急処置をしてもらえなかったら…。柚杷は命を失っていた。

 柚杷は順調に回復をはじめ、事件から数日後、見舞いに来た2人に感謝のお礼をこれでもかとばかりに言う。それほど、今の柚杷にとって生きていることが嬉しかったのだ。
 その後、事情を2人に話した。今回の襲撃事件は公にはしないことが決まった。いくら成果があったとは言っても危険な事には変わりがなかった事と吸血鬼に柚杷が生きていることがバレないようにする為だ。まぁいつかはバレて再び襲ってくるとは思うが、それまでの間に静かに今以上の研究の結果を出すことと自分自身の力を身に付けることを決めた。



 そして、半年後。

 朝堀真一という大きなきっかけで柚杷は再び表立って動き出した。