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逃げ場所
しおりを挟む「 強くなりなさい。」
何にも変えられない親から貰った名前には誰でも少なからず、そういう想いが籠っていると思う。
でも、その名前の意味通りに自分は今までの人生を生きてこれたのかな。
___________________…
ぶらぶらと真っ青な空のもと、浜辺を歩く。
初夏の匂いと潮風を感じながら、風で揺れる海を見る。
束の間の休息すら、周りに追いつく為に必死で働いてしまう私は先程、そんな状況を見透した友人に「いつもの場所で待ってるから」と滅多に鳴らないケータイ越しに呼び出された。
いつもの場所…浜辺にある小さな堤防に向かって歩く。
呼び出されたから手にしていた仕事は置いてきた。
別に自分としては持ってきてもいいのだが、相手がそれを許さない。
休息の意味も兼ねた呼び出しなのだから、仕事は家に置いてこい、1番最初の呼び出しで言われたからそれ以降は置いてきている。
「ちょっと、遅いんだけど。」
堤防に上がる階段の下まで来た時、上から声が降りてくる。
言葉だけ聞けば怒ってるように思うが、怒気は含んでいなかった。
「ごめん」と短く謝りながら、階段を登る。
登りきったところで「はい」とペットボトルを渡される。
ペットボトルの周りは汗をかいていたけど、暑くなりだしたこの時期と、家からここまで歩いてきた後にはとても嬉しかった。
私はペットボトルを受け取り、そのまま近くのベンチに座り、喉を潤した。
そんな私を立ったまま見てくる君に少し視線を向け、自分の隣を指指す。
「…座れば?」
君はじっと私を見て、ひとつ溜息を零して隣に座った。
「…なに?さっきから人の顔ばかり見て。
溜息までつかれて、気分いいものじゃないんだけど。」
隣に座った君を見ながら、言う。
君はまた溜息をついて私の方に向き直る。
「また、無理してたんでしょ。」
「…してない。やらないといけないことをしてただけ。」
そう、やらないといけないことをしてただけ。
決して無理してた訳じゃない。
「それが無理してるって言うんだって。また過労で倒れられても困るんだけど?」
…何も言い返せない。
少し前に作業中、倒れたのは事実だ。
そしてその時の原因は過労と睡眠不足による貧血。
つまりは働きすぎ。
その時は3日ほどの休息を貰い、回復に使ったが仕事していないと落ち着かず結局1日半しか休んでいない。
その時もこっ酷く怒られた。
「…同じヘマはしないよ。」
小さな声で答える。
小さ過ぎて君に聞こえてたか分からなかったけど、少し呆れた顔をして私から視線を外したから聞こえてたんだと思う。
しばらくの静寂。
聞こえるのは気持ちよさ気な波の音と、カモメや鳶の鳴き声。
何もしてないと考えしまう。
「…私は必要とされてるのかな。
強く生きろって言われて強がってる弱い私は、何も出来ないと必要とされなくなるんじゃないかな。」
「え。」
驚いた君の声。
「え。」
私も驚き、思わず手で口を抑えるけど、もう遅い。
意識せず、言葉を口にしていたみたいで君を見ると驚いてた顔から怪訝そうな顔をする。
そんな表情を見ていられなくて顔を逸らす。
でも、君はそれを許さず、両手で私の頬を挟み、無理矢理顔を合わせてきた。
「…それがいくら言っても無理をする理由?」
あぁ、怒ってる。
表情から、声から、頬を挟む手の力から…君が本気で怒ってる事を私に伝える。
顔は動かせないから視線だけを下へ向ける。
そして観念し、頬を挟む手に自分の手を重ねる。
君は少し力を抜いて、私が普通に話せるような状態にしたのを分かって私は話す。
「そうだよ。
無理をしてるって自覚は全くと言っていいほどないけど、私はみんなに必要とされたいから。
…強くなりなさいって親に育てられたきたけど、強くなれずに弱いままだった。
弱い私が必死にみんなと同じ所にいるためには強がってでも、みんな以上に動かなきゃいけないと思うから。
だから自分の時間を自分の為に、私自身の居場所を作る為に、私の存在意義を表すために動いてきた。」
泣くような事じゃないのは頭では分かっていても、視界が涙で霞む。
ぼろぼろと涙が頬を伝って、君や私の手を濡らしていくのが分かったけど涙が止まらない。
「…結局、私は私の自己満足の為に動いてきた。
いくら強がってても弱いままなの。
弱いと見捨てられるから。
…それはもう嫌だから。」
君は何も言わずにただ私の話を聞いてくれた。
私は君に触れてた手に僅かに力入れて握り、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、目を向けて止まらなくなった言葉を、私自身の心の悲鳴を君へ…。
「私を、こんなに弱い私を見捨てないで。
お願いだから、必要としてよ。」
他にも色々言ったと思う。
でも、抑えてたものがなくなり、自分でも何を言ったか分からない。
ただただ見捨てられる恐怖から逃げたくて君に話した。
やっと涙が止まった時はもう陽が沈みかけ、空は紅く染まっていた。
君はずっと泣き続けた私を黙って見守り続けた。
今はやっと落ち着いた私の泣いて腫れぼったくなった目元と頬を壊れ物を触れるような優しい手付きで撫でている。
その間、君はずっと私を見続けているから、そんな視線のくすぐったさから思わず目を逸らす。
「…あの、さ、…ありがと。
も、大丈夫だから。
だから…「無理して強くなる必要ない。」…え。」
目元を撫でていた手を自分の手で止め、声をかける。
このままだとずっと弱い自分を晒し続けてしまいそうだったから君から少し離れる為に立ち上がろうとした。
私の言葉に重なるように強く私に言い、私が触れていた手の平を合わせるようにし、指を絡めて離れようとした私の動きを止めた。
君は変わらず私を真剣な目で見る。
「無理に強くなる必要はないよ。
自分らしく生きてみなよ。
それでも、強がるならたまにこうやって俺に、俺だけの前で本当の弱い自分を晒して。
辛いことも苦しいことも全部、君の為なら受け止めてあげるから。
だから無理して強がらないで。
自分を壊してまで頑張らないで、ね。」
…あぁ、君はどうしてそんな事を言うの。
明日からまた強がる嘘の私を演じるつもりだったのに。
親が、みんなが望む強い私を演じないといけないのに。
そんなこと言われたら、頼ってしまう。
「…頼っていいんだよ。」
止まったはずの涙が再び流れる。
自分の中で何かが壊れる。
でも、悲しくない、むしろ清々しい気持ちだった。
本当の自分を久々に感じた瞬間だった。
____________________
翌日…
目元の腫れは慣れない化粧で上手く誤魔化してる。
「それ、違うよ。あっちに運んで!」
「何?…うん…そこはこうするといいかも。」
「ちょっと!?何してるの?」
いつもの慌ただしい日常が戻ってくる。
結局、強がるのは変えられてないけど…。
ぱたぱたと私も動き回る。
「ねぇ。」
後ろから声をかけられる。
動き回る私をよく見つけたもんだと関心しながら、振り返る。
そこにいるのはもちろん君。
心配そうに眉を潜めて私を見ている。
「…大丈夫?」
昨日までのこともあり、やはり心配されていた。
実際今の私は色んな事務作業の書類が入ったダンボールに加え、届いた荷物を部屋に運び入れるために両手が塞がり、物理的にはいっぱいいっぱいだ。
でも…
「大丈夫だよ。」
軽く微笑んで答える。
なんて言ってる側から高く積んだ荷物のバランスを崩し、落としそうになった私を君は支えた。
「全然大丈夫そうに見えない。」
ため息をひとつ零しながら言い、2段に重なったうちの上のダンボールを持つ。そしてすたすたと歩いて行くが数歩行ったところで止まり、私に振り向く。
「ねぇ、これどこに運ぶの。
というか、早くしないと置いていくよ。」
呆気に取られてた私は急いで君の隣に並ぶ。
軽く世間話をしながら、いつも主に仕事をしている部屋に向かう。
ふと先程心配そうに私を見る君の顔を思い出し、足を止める。
君も突然止まった私に怪訝に思ったのか、一緒になって足を止めた。
「…ほんとに大丈夫だよ。
たしかに今も強がってるのかもしれないけど、でも昨日までとは違うから。」
君は驚いた顔をしたけど、黙って私の話を聞いた。
「でも、やっぱり強がり過ぎちゃう時絶対あるから、だから、その…。
…そう思った時は止めて…欲しい。」
少しして吹き出すような小さな笑い声が聞こえる。
「なぁに、それ。
変なの。」
くすくすと笑う君。
思わず恥ずかしさを覚え、顔が熱くなる。
きっと真っ赤なんだろう。
「毎週日曜日の午後2時。」
「え。」
やっと笑うのをやめた君が優しく微笑みながら言う。
「俺、その時間のあの場所結構好きでさ。
毎週気晴らしに行くんだ。」
なかなか話の意図が掴めず、私は悩む。
それが顔に出てたんだろう。
少し頬を赤らめながら、ため息をつき、目を逸らした。
「…っ、だから、毎週じゃなくてもその時間はあの堤防のとこにいるから、来ればってこと。
みんなの前では強がるなら、その時間だけは本当の自分出しにおいでよ。」
照れて顔を真っ赤にさせながら、それでも私を見て言う。
「言ったでしょ、辛いことも苦しいことも受け止めてあげるからって。
頼っていいって。」
全部言ってもらってやっと意図を理解する。
呆気に取られたけど、真っ赤になって言う君がおかしくて少し笑う。
「…ふふっ。
それじゃ、まるで私の逃げる場所じゃない。」
おかしそうに笑う私にムッとしながらも君は昨日私が泣いた時に見せた笑顔を向けてきた。
「いいんじゃないの、別に俺を…の逃げ場所にしたってさ。」
初めてのことでどうしたらいいか分からないけど、でもこれだけは分かるかな…。
私は少し走って君を追い抜き、少し行ったところで足を止め振り返る。
そして私のなかでは最大級の笑顔で笑う。
「じゃあ、お願いしますっ。
私の…逃げ場所さん。」
ありがとう。
こんな弱い私を支えてくれて。
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