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第一章
1-5.剣
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「なんであんなもの持ってるんだよ! どう考えたって銃刀法違反だろ!」
もうわけがわからなかった。颯は妹を連れ、無我夢中で走った。一人、また一人と現れる矛を手にした人影から逃れ、脇道に逸れた。
どこをどう走っているのか、わからない。
そして、気付いたときには切り立った崖の下に追い詰められていた。もう体力の限界だった。いや、とっくに突破していた限界を、ようやく身体が認識した。もう一歩も動けなかった。
颯は崖を背にして前を見据える。そこには、胴から腰にかけて密着する形状の流動的な曲線を持つ鉄製の短甲に身を包み、矛や弓を手にした十数人の男が、威圧感たっぷりに立ち塞がっていた。
「兄さん……」
真菜の弱々しい声が聞こえた。颯は真菜を自分の背に隠し、前に進み出る。震えが止まらなかった。
男たちが颯に矛を突きつけ、何事か言葉を発したが、理解できなかった。一瞬日本人ではないのかと疑ったが、姿形は、日本、少なくとも東洋のものだった。
しかし、颯の知るものとはかなり時代が異なっているような気がした。時代劇でよく描かれる江戸時代や戦国時代よりも遥かに古い時代の出で立ちのように感じられた。今の時代に、このような格好をしている人がいるとは信じられなかった。
男たちの一人が近付いてくる。颯は震える足を奮い立たせ、精一杯胸を張った。男が怒鳴るように言葉を発するが、やはり颯には理解できない。男は威嚇するかのように矛の後部の尖った石突を地に叩きつけた。
「いったい何なんだよ! 僕たちが何をしたって言うんだ!」
颯は堪らず叫んでいた。身体の震えは止まらず、叫び声すらも震えていた。
すると、突然男たちが、がやがやと喚き始めた。目の前の男が振り返って何事か言うが、ざわめきは留まることを知らなかった。男は颯に向き直り、叫びながら矛を構えた。
矛を持つ右腕が後ろに引かれる。
突かれると思った。走馬灯のように17年の思い出が颯の脳裏に浮かんでは消えていく。その全てに真菜の姿があった。
死ねない。ここで死んでしまったら、男たちは何の躊躇いも見せず真菜も殺すだろう。もしかしたら、その前に溜まった性欲の捌け口にするかもしれない。見るに堪えない映像が頭に浮かんだ。それだけは許せなかった。真菜を守りたかった。
背後で何かが動く気配がした。真菜が自分を庇おうとしているのがわかった。颯は腕を背後に回し、真菜を撥ね退ける。前方の男が矛を突き出す気配を感じた。
その時、天に一筋の閃光が走った。
青白い閃光が、轟音と共に颯の目の前に突き刺さる。震度6を超えるような振動が地を伝い、巻き起こった砂塵が天高く立ち昇った。隕石の衝突を思わせる光の落下は、なぜか颯の前方、謎の男たちの側にしか被害を及ぼさなかった。
何が起こったのかわからなかった。ただ男との間に突然土埃の壁が生まれ、串刺しになるはずだった身体に、穴が開くことはなかった。
呆然と立ち尽くす颯の眼前の砂塵が収まったとき、颯と男たちを分かつかの如く、左右10メートルにも及ぶ亀裂が地に走っていた。亀裂の向こうでは、男たちが息を止めたかのように静かに状況を窺っている。
颯は、地を切り裂いた物を見た。それは、淡い光を放つ一振りの長剣だった。
颯は食い入るように亀裂の中央の長剣を見つめた。颯の脳が剣を剣と認識するのに、かなりの時間を要した。柄の長さが拳十個分はあり、それに比例して両刃の刀身もかなりの長さを誇っている。刀身の尾の部分の刃が張り出し、波状を形作っていた。十拳剣に分類されるであろうその長剣は、燻る炎のような青白い光を纏っていた。
「……剣?」
颯の呟きが辺りの静寂を破った。それをきっかけに、男たちが再びざわめきだした。
「なんだあれは!」
「剣だ! 剣が天から降ってきたぞ!」
驚愕と困惑の叫びが辺りを支配するが、颯の耳には届かなかった。颯は誘われるかのように剣に手を伸ばす。両の手が柄を掴むと、剣が眩い光を放った。光が収束したとき、剣は颯の身体に合わせたかのように縮んでいた。颯の両手は、剣が自分に馴染むのを感じた。
「静まれ!」
その時、凛とした声が響き、男たちが一斉に左右に分かれた。道を空けた男たちの間から、馬に騎乗した若武者が姿を現す。若武者は深緑の勾玉の首飾りを提げ、柄が色とりどりの玉に飾られた矛を手にしていた。
我に返った颯は剣から視線を外し、若武者の方を向いた。左右を固める兵士の手にした松明で浮かび上がったその姿は、気高く、そして力強かった。
「我が名は彦五瀬。この地を治める一族が一人。その方らは何者だ」
颯は唐突に言葉が理解できるようになったことに気付いた。なぜか、掛け違えていたボタンが正しい位置で嵌ったような気がした。颯より少し年上であろうか。年の頃、19、20辺りの若武者は、颯の耳に馴染んだ言葉を話していた。
「申し上げます。その者、物の怪の類かと思われます」
颯が答えに窮していると、先ほど颯に矛を突きつけていた男が彦五瀬と名乗る若者に経緯を説明した。
「ふむ。禁足の地より現れ、光を放つ剣が天より舞い降りたか……」
若武者の視線が颯の持つ剣に注がれる。不意に、視線が颯の方を向いた。
「それはその方の剣か」
鋭い視線が颯を射抜いた。
「い、いえ……」
蹴落とされるかのような威圧感を受け、颯はたどたどしく答える。
「違うと申すか。ならばなぜ、その方の元に舞い降りた。その方は何者だ。やはり人の姿を真似た物の怪か。そうであるならば、ここで切り伏せねばならぬ」
「ち、違います!」
颯は叫んだ。包み隠さず、全てを話すしかないと思った。それにより、今より状況が悪化するとは考えられなかった。
「ぼ、僕の名前は天野颯。どこにでもいる高校生です……!」
自分は無害だという思いを込めた声が、松明で仄かに照らされた空気の中に溶けた。
もうわけがわからなかった。颯は妹を連れ、無我夢中で走った。一人、また一人と現れる矛を手にした人影から逃れ、脇道に逸れた。
どこをどう走っているのか、わからない。
そして、気付いたときには切り立った崖の下に追い詰められていた。もう体力の限界だった。いや、とっくに突破していた限界を、ようやく身体が認識した。もう一歩も動けなかった。
颯は崖を背にして前を見据える。そこには、胴から腰にかけて密着する形状の流動的な曲線を持つ鉄製の短甲に身を包み、矛や弓を手にした十数人の男が、威圧感たっぷりに立ち塞がっていた。
「兄さん……」
真菜の弱々しい声が聞こえた。颯は真菜を自分の背に隠し、前に進み出る。震えが止まらなかった。
男たちが颯に矛を突きつけ、何事か言葉を発したが、理解できなかった。一瞬日本人ではないのかと疑ったが、姿形は、日本、少なくとも東洋のものだった。
しかし、颯の知るものとはかなり時代が異なっているような気がした。時代劇でよく描かれる江戸時代や戦国時代よりも遥かに古い時代の出で立ちのように感じられた。今の時代に、このような格好をしている人がいるとは信じられなかった。
男たちの一人が近付いてくる。颯は震える足を奮い立たせ、精一杯胸を張った。男が怒鳴るように言葉を発するが、やはり颯には理解できない。男は威嚇するかのように矛の後部の尖った石突を地に叩きつけた。
「いったい何なんだよ! 僕たちが何をしたって言うんだ!」
颯は堪らず叫んでいた。身体の震えは止まらず、叫び声すらも震えていた。
すると、突然男たちが、がやがやと喚き始めた。目の前の男が振り返って何事か言うが、ざわめきは留まることを知らなかった。男は颯に向き直り、叫びながら矛を構えた。
矛を持つ右腕が後ろに引かれる。
突かれると思った。走馬灯のように17年の思い出が颯の脳裏に浮かんでは消えていく。その全てに真菜の姿があった。
死ねない。ここで死んでしまったら、男たちは何の躊躇いも見せず真菜も殺すだろう。もしかしたら、その前に溜まった性欲の捌け口にするかもしれない。見るに堪えない映像が頭に浮かんだ。それだけは許せなかった。真菜を守りたかった。
背後で何かが動く気配がした。真菜が自分を庇おうとしているのがわかった。颯は腕を背後に回し、真菜を撥ね退ける。前方の男が矛を突き出す気配を感じた。
その時、天に一筋の閃光が走った。
青白い閃光が、轟音と共に颯の目の前に突き刺さる。震度6を超えるような振動が地を伝い、巻き起こった砂塵が天高く立ち昇った。隕石の衝突を思わせる光の落下は、なぜか颯の前方、謎の男たちの側にしか被害を及ぼさなかった。
何が起こったのかわからなかった。ただ男との間に突然土埃の壁が生まれ、串刺しになるはずだった身体に、穴が開くことはなかった。
呆然と立ち尽くす颯の眼前の砂塵が収まったとき、颯と男たちを分かつかの如く、左右10メートルにも及ぶ亀裂が地に走っていた。亀裂の向こうでは、男たちが息を止めたかのように静かに状況を窺っている。
颯は、地を切り裂いた物を見た。それは、淡い光を放つ一振りの長剣だった。
颯は食い入るように亀裂の中央の長剣を見つめた。颯の脳が剣を剣と認識するのに、かなりの時間を要した。柄の長さが拳十個分はあり、それに比例して両刃の刀身もかなりの長さを誇っている。刀身の尾の部分の刃が張り出し、波状を形作っていた。十拳剣に分類されるであろうその長剣は、燻る炎のような青白い光を纏っていた。
「……剣?」
颯の呟きが辺りの静寂を破った。それをきっかけに、男たちが再びざわめきだした。
「なんだあれは!」
「剣だ! 剣が天から降ってきたぞ!」
驚愕と困惑の叫びが辺りを支配するが、颯の耳には届かなかった。颯は誘われるかのように剣に手を伸ばす。両の手が柄を掴むと、剣が眩い光を放った。光が収束したとき、剣は颯の身体に合わせたかのように縮んでいた。颯の両手は、剣が自分に馴染むのを感じた。
「静まれ!」
その時、凛とした声が響き、男たちが一斉に左右に分かれた。道を空けた男たちの間から、馬に騎乗した若武者が姿を現す。若武者は深緑の勾玉の首飾りを提げ、柄が色とりどりの玉に飾られた矛を手にしていた。
我に返った颯は剣から視線を外し、若武者の方を向いた。左右を固める兵士の手にした松明で浮かび上がったその姿は、気高く、そして力強かった。
「我が名は彦五瀬。この地を治める一族が一人。その方らは何者だ」
颯は唐突に言葉が理解できるようになったことに気付いた。なぜか、掛け違えていたボタンが正しい位置で嵌ったような気がした。颯より少し年上であろうか。年の頃、19、20辺りの若武者は、颯の耳に馴染んだ言葉を話していた。
「申し上げます。その者、物の怪の類かと思われます」
颯が答えに窮していると、先ほど颯に矛を突きつけていた男が彦五瀬と名乗る若者に経緯を説明した。
「ふむ。禁足の地より現れ、光を放つ剣が天より舞い降りたか……」
若武者の視線が颯の持つ剣に注がれる。不意に、視線が颯の方を向いた。
「それはその方の剣か」
鋭い視線が颯を射抜いた。
「い、いえ……」
蹴落とされるかのような威圧感を受け、颯はたどたどしく答える。
「違うと申すか。ならばなぜ、その方の元に舞い降りた。その方は何者だ。やはり人の姿を真似た物の怪か。そうであるならば、ここで切り伏せねばならぬ」
「ち、違います!」
颯は叫んだ。包み隠さず、全てを話すしかないと思った。それにより、今より状況が悪化するとは考えられなかった。
「ぼ、僕の名前は天野颯。どこにでもいる高校生です……!」
自分は無害だという思いを込めた声が、松明で仄かに照らされた空気の中に溶けた。
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