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第四章

4-13.合宿

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 翌朝、仁たちはリリーに鳳雛亭の周辺の様子を探ってもらい、貴族がいないのを確認してからダンジョンに向かった。ロゼッタは仁の買ってきたフードつきのマントで耳と尻尾を隠している。緊張で張りつめた空気の中、一行は足早に進み、誰に見咎められることなくダンジョンへ辿り着いた。仁が入場受付を済ませると、入口の脇に立つ玲奈が手招きをしていた。

「それでは第一回強化合宿を始めます。皆さん、気を引き締めて臨みましょう」

 玲奈が握り拳を高々と掲げた。

「はいなの」
「承知しました」

 素直に答えるミルとロゼッタに、玲奈はがっくりと肩を落とした。

「違う違う。こういうときはこうするんだよ」

 首を傾げる2人の前で、玲奈は再び握り拳を空に向かって突き出す。

「おー!」

 玲奈は得意げな表情をミルとロゼッタに向けた。

「それじゃあ、もう一回やるよ。仁くんもだからね」

 近くで苦笑いを浮かべていた仁を、玲奈が指差した。

「それでは第一回強化合宿を始めます。皆さん、気を引き締めて臨みましょう!」
「「「おー!」」」

 玲奈に続き、3人の拳が掲げられた。玲奈は満足そうに頷くと、皆を促してダンジョンへ足を踏み入れた。



「玲奈ちゃん、嬉しそうだね」

 玲奈を先頭に、ミル、ロゼッタが続き、仁が最後尾で薄明りの1階層を進む。仁は周囲を警戒しつつ、うきうきとした足取りの玲奈に声を掛けた。玲奈がチラッと後ろを向く。

「うん。合宿っていう響きがいいよね」

 中学生の頃から仕事をしている玲奈は、部活動等をやっておらず、合宿と言うものに憧れを持っているようだった。しっかり者の玲奈に限って、浮かれて油断するようなことはないとは思うものの、仁は普段以上に周囲に警戒を向けることにした。

「レナお姉ちゃん」

 ミルの犬耳が魔物の足音を捉え、警戒を促す。

「うん。ありがとう、ミルちゃん」

 通路の先から姿を現す人狩猟犬キラーハウンド目掛けて、玲奈の左手から氷弾アイスバレットが放たれた。



「今日はここまでにしよう」

 順調に魔物を借り続け、ダンジョン5階層の安全地帯に着いた。初めて2階層以下に足を踏み入れたロゼッタは緊張の連続で、息も絶え絶えと言った様子だった。それでも必死に槍を支えるロゼッタを、仁は微笑ましく思った。

「仁くん、仁くん。テント出してテント!」

 朝からハイテンションを維持している玲奈に催促され、仁はアイテムリングからテント2張りを取り出した。周りに他の冒険者や探索者の姿はなかった。仁はテントを設置した後、毛布などアイテムリングにまとめて収納している大きな荷物を取り出し、テントに入れていった。その間、玲奈は少し離れた場所に土魔法で簡易トイレを作っていた。

 夕食はダンジョンでの食事として毎度お馴染みとなりつつある、屋台で買い込んだ品々で済ませた。安全地帯なので魔物は侵入できないはずだが、万が一に備えて仁とミル、玲奈とロゼッタのセットで交互に見張りに立つことにした。仁としてはミルとロゼッタには明日以降に備えてゆっくり休んで欲しかったが、両者とも譲らなかった。仁は魔物だけでなく、他のパーティにも注意を払うように伝えた。



 翌日、5階層の安全地帯を出て、6階層に突入した。6階層に出現する主な魔物は大蜘蛛ビッグスパイダーだった。タランチュラを体長1メートルまで大きくしたような茶色い毛に覆われた巨大蜘蛛に、玲奈は怯えながらも果敢に挑んでいた。

「仁くん。そっちお願い!」
「了解。雷撃ライトニング!」

 仁の左手から放たれた黄色い閃光が、壁を這って玲奈の横をすり抜けようとしていた大蜘蛛ビッグスパイダー2匹を貫く。

「ありがとう。仁くん」

 大蜘蛛3匹を撃破した玲奈が仁に近寄った。その脇ではミルが死骸から魔石を取り出している。ロゼッタはミルのすぐ横に立ち、辺りを警戒していた。

「玲奈ちゃん。ずっと先陣切ってるけど、疲れてない?」
「うん。大丈夫だよ。ちょっと蜘蛛は苦手だけど、見た目で避けてたら、いざというときに困るからね」

 仁は殺人蜂キラービーに怯えて背中に隠れていた玲奈の姿を思い出して、笑みを浮かべた。仁は玲奈の成長を嬉しく思う反面、涙目で仁を頼ってきた当時の玲奈も可愛かったと少しだけ残念な気持ちを抱いた。仁は小さく首を振って、余計な思いを振り落した。

「ジンお兄ちゃん。大蜘蛛ビッグスパイダーの足は持ち帰らなくていいの?」

 仁と玲奈がミルの方を向くと、ミルが斬り落とした大蜘蛛ビッグスパイダーの脚部を持ち上げていた。玲奈が声にならない悲鳴を上げた。

「ミル、ありがとう。今回も魔石だけでいいよ。とりあえず目的地の10階層に辿り着くことを優先しよう」
「わかったの」

 ミルが頷いたとき、洞窟状の通路の先から男の悲鳴が聞こえた。

「仁くん」

 玲奈の視線を受け、仁はミルとロゼッタに目配せを送った。仁の意図を察したミルはすぐに解体作業を切り上げて荷を持って立ち上がった。

「行こう」

 仁たちは頷き合い、悲鳴のした方に向かって走り出した。



「助けは必要ですか!」

 遠目に多数の大蜘蛛と戦っている3人の人影を確認し、仁が大声を上げた。戦闘中に乱入するとかえって邪魔になる場合があるためだった。

「頼む。一人が足を負傷して動けない。助けてくれ!」
「玲奈ちゃん、ミルとロゼをよろしく」

 返答が聞こえるや否や、仁は玲奈に一言残し、加速して斬り込んだ。風を切って大蜘蛛ビッグスパイダーに迫った仁が右手の不死殺しの魔剣イモータルブレイカーを振るう度に、真っ二つにされた大蜘蛛ビッグスパイダーの死骸が次々とできあがっていった。

 仁は足に怪我を負って倒れている若者と、その若者を介抱している男を背に、残った魔物と対峙した。その魔物は大蜘蛛ビッグスパイダーの1.5倍ほどの大きさで、紫の体毛に全身を覆われていた。

「助かった。あのでかいのは大毒蜘蛛ポイズンスパイダーで毒を吐く。気を付けてくれ」
「わかりました」

 仁は隣で大毒蜘蛛ポイズンスパイダーに剣先を向ける男に頷きを返した。仲間の大蜘蛛ビッグスパイダーをあっという間に皆殺しにされた大毒蜘蛛ポイズンスパイダーは、仁を威嚇するように口の端から生えた牙のような外殻をギチギチと打ち合わせた。

 大毒蜘蛛ポイズンスパイダーは口を開くと、仁目掛けて紫色の毒液を吐き出す。仁は左手から火盾ファイヤーシールドを生み出して毒液を防ぐと、地面を強く蹴って跳び出す。大毒蜘蛛ポイズンスパイダーは慌てたように口を開くが、その口から再び毒液が吐き出されることはなかった。

「一刀両断とは、すごいな。助かった。まさか亜種が出るとは思っていなくてな。こいつが負傷して逃げることもできなかったんだ。本当に感謝する」

 男が仁に頭を下げた。男の首には探索者であることを示す楕円のギルド証が提げられていた。

 亜種というのは突然変異のように元の種とは異なった特徴を持った個体で、ダンジョンの内外で稀に見つかることがあった。総じて元の種よりも強く、中には元の種を統率するものも存在すると言われている。

「そちらの人は大丈夫ですか?」

 仁は倒れたままの若者に目を遣った。

「毒は毒消しで治療できたんだが、手持ちの回復薬ポーションを使い切ってしまってな。すぐに命に関わる怪我ではないが、歩けないままでは岐路に支障を来たしてしまう。恥を忍んで頼むが、回復薬ポーションを持っていたら譲ってもらえないだろうか」
「はい。構いませんよ。少し待ってくださいね」

 仁はそう言って、こちらに近付いてくるミルを手招きした。仁はミルの持つ革袋から回復薬ポーションを取り出すつもりだったが、パタパタと駆け寄ってくるミルの姿を見て、仁の頭にふと名案が浮かんだ。

「ミル。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」

 何事か企んでいるような含みのある笑みを浮かべる仁に、ミルは小さな頭を傾けた。
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