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第四章
4-12.提案
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「ミルには前に少しだけ話したけど、俺と玲奈ちゃんは、帝国から追われているんだ」
ミルが無言で仁を見つめ、ロゼッタが目を見開いた。
「それと、俺は帝国第一皇子のガウェインに恨まれていてね。先日もダンジョンで罠に嵌められて、命を狙われたんだよ。それに事情を知らないミルまで危うく巻き込んでしまうところだった。ミル。ごめん」
仁が頭を下げると、ミルはふるふると首を左右に振った。
「俺はガウェインとも帝国とも馴れ合う気はないし、きっとこれからも狙われると思う。もちろん俺はミルもロゼも、全力で守るつもりだよ。でも、何があるかわからない以上、絶対とは言い切れない」
仁の視線がミルとロゼを順に捉える。どちらも視線を逸らすことなく仁を見つめていた。
「だから、もしそれを迷惑だと思うなら、“戦乙女の翼”を抜けてもらって構わない。その場合、責任を持ってミルの新しいパーティとロゼの新しい主人を探すつもりだよ」
「ミルは、ミルは、ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃん、ロゼお姉ちゃんと一緒がいいの」
ミルは小さい手を強く握りしめて、声を震わせた。仁はゆっくりとミルに歩み寄り、そっとミルの頭に手を置いた。仁の後ろに控えていた玲奈がミルの小さい体を優しく抱きしめた。
「自分は、自分の主人はレナ様しか考えられません。まだレナ様の奴隷になったばかりですが、自分の暗く先の見えない人生に明るい光が差した思いでした。それを迷惑などと誰が申すことでしょう。帝国がレナ様やジン殿に危害を加えようというのであれば、自分はレナ様やジン殿と共に戦う道を選びます。未だジン殿より授かった槍を満足に振るうことのできない非力の身ではありますが、この身を盾にしてでも皆様の役に立ってご覧に入れます」
ロゼッタの丸まった背筋は、いつの間にかピンと伸びていた。元気のなかった白い耳も天に向かって立っていた。
「ありがとう、ロゼ。でも、俺たち“戦乙女の翼”に自己犠牲の精神は必要ないよ。もし仲間を守るために自分が命を落としてしまったら、残された仲間の心を守れない。自分を守って、可能な範囲で仲間を守る。これを忘れないでね」
ロゼッタはハッとした表情を浮かべ、大きく頷いた。
「それと、ロゼ。ロゼが俺たちを迷惑に思わないのと同じように、俺たちもロゼを迷惑だなんて思わない。ロゼが俺たちを守ると言ってくれたように、俺たちにもロゼを守らせてほしい」
仁とロゼの視線が交わる。玲奈とミルがこくこくと頷く。
「ロゼをおもちゃとしか思っていない貴族なんかに絶対渡さない。ロゼは大切な俺たちの仲間なんだ」
力強く宣言する仁に、ロゼッタは柔らかな笑みを浮かべた。薄青の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「はい! そこで皆さんに提案があります」
しんみりとした雰囲気を吹き飛ばすように、玲奈が手を上げた。3人の目が玲奈に向く。
「合宿をしよう!」
「合宿?」
「そう。合宿。いわゆる強化合宿です」
仁が聞き返すと、玲奈が目を輝かせた。
「一度ダンジョンに潜ってしまえば貴族の目から逃れられるし、集中して私たちも強くなれるし、一石二鳥じゃない?」
「ダンジョンに籠るのは精神的にも肉体的にも大変だけど、大丈夫?」
「ダンジョンの中層以降を目指すなら、結局長期間潜ることになっちゃうし、その練習にもなるんじゃない?」
仁は心配そうに眉根を寄せるが、玲奈の勢いは止まらなかった。
「ミルも強くなりたいの!」
「ミルちゃん。賛成してくれてありがとう」
ミルが手を上げて賛成の意を示す。玲奈がミルの手を取って、得意げな表情を浮かべた。
「俺としては、急がないでゆっくり着実に力を付けて行って欲しいんだけどな」
「ミルもみんなを守れるようになりたいの」
ミルに真剣な眼差しを向けられ、仁は人差し指で頭を掻いた。
「ジン殿。自分は、もし貴族が強引な手で来たとき、守られるだけの存在ではいたくない。それにレナ様やジン殿の事情を知った以上、少しでも早く戦えるようになりたいと思うのは必然のことでは。それを承知の上で話していただけたものだと思いましたが」
ロゼッタは玲奈とミルに近寄り、玲奈と一緒に、ミルを間に挟んでしゃがみ込んだ。3人が上目遣いで仁を見つめる。
「仁くん。ダメ?」
首を僅かに傾けた玲奈の姿はあざとさを通り越し、ただただ可愛いものとして仁の目に映った。
「ジンお兄ちゃん。ダメ?」
ダメ押しとばかりに続いたミルの可愛さに、仁は逆らう術を持っていなかった。仁は大きく息を吐いた。
「無理は禁物だからね」
玲奈とミルが喜色を浮かべる横で、そわそわとしていたロゼッタが小さく安堵の息を吐いた。
「ところでジン殿」
1階の食堂で揃って夕食を済ませた後、わいわいと合宿の準備を始めた玲奈とミルを視界の端に捉えながら、仁は脳内で計画を立てていた。玲奈たちの早く強くなりたいという意志を尊重はするものの、仁は安全が第一だと考えていた。
「ロゼ、どうかした?」
「先ほど聞きそびれてしまったのですが、帝国や第一皇子との間に何があったのですか? 第一皇子に個人的に恨みを抱かれるようなことは、そうそうないように思うのですが」
率直な疑問をぶつけてくるロゼッタに、仁は鼻先を指で掻いた。その辺りを深く語ると勇者召喚に触れざるを得なくなってしまうため、仁は勢いで誤魔化したつもりだった。
「あー。それはその、俺が第一皇子を足蹴にしちゃってね」
「あ、足蹴ですか……?」
「うん、足蹴。玲奈ちゃんの貞操の危機だったから、つい足が出ちゃってね。顎を下から、ポーンって。それから、気絶しているところを縄で簀巻きにして放置したかな」
ロゼッタは口をあんぐりと開けて、目を丸くした。
「そ、それはレナ様が第一皇子に見初められたということですか?」
「玲奈ちゃんは可愛いからね。でも、あいつはそういうんじゃないかな。女の子を性欲を満たす道具としか思っていないクズで、ロゼに言い寄ってくる貴族と同類だと思うよ」
ロゼッタは欲に塗れた太った姿を思い出し、顔を顰めた。仁は玲奈の後ろ姿を眺めながら、玲奈にはガウェインの指一本触れさせないと、改めて強く誓った。
ミルが無言で仁を見つめ、ロゼッタが目を見開いた。
「それと、俺は帝国第一皇子のガウェインに恨まれていてね。先日もダンジョンで罠に嵌められて、命を狙われたんだよ。それに事情を知らないミルまで危うく巻き込んでしまうところだった。ミル。ごめん」
仁が頭を下げると、ミルはふるふると首を左右に振った。
「俺はガウェインとも帝国とも馴れ合う気はないし、きっとこれからも狙われると思う。もちろん俺はミルもロゼも、全力で守るつもりだよ。でも、何があるかわからない以上、絶対とは言い切れない」
仁の視線がミルとロゼを順に捉える。どちらも視線を逸らすことなく仁を見つめていた。
「だから、もしそれを迷惑だと思うなら、“戦乙女の翼”を抜けてもらって構わない。その場合、責任を持ってミルの新しいパーティとロゼの新しい主人を探すつもりだよ」
「ミルは、ミルは、ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃん、ロゼお姉ちゃんと一緒がいいの」
ミルは小さい手を強く握りしめて、声を震わせた。仁はゆっくりとミルに歩み寄り、そっとミルの頭に手を置いた。仁の後ろに控えていた玲奈がミルの小さい体を優しく抱きしめた。
「自分は、自分の主人はレナ様しか考えられません。まだレナ様の奴隷になったばかりですが、自分の暗く先の見えない人生に明るい光が差した思いでした。それを迷惑などと誰が申すことでしょう。帝国がレナ様やジン殿に危害を加えようというのであれば、自分はレナ様やジン殿と共に戦う道を選びます。未だジン殿より授かった槍を満足に振るうことのできない非力の身ではありますが、この身を盾にしてでも皆様の役に立ってご覧に入れます」
ロゼッタの丸まった背筋は、いつの間にかピンと伸びていた。元気のなかった白い耳も天に向かって立っていた。
「ありがとう、ロゼ。でも、俺たち“戦乙女の翼”に自己犠牲の精神は必要ないよ。もし仲間を守るために自分が命を落としてしまったら、残された仲間の心を守れない。自分を守って、可能な範囲で仲間を守る。これを忘れないでね」
ロゼッタはハッとした表情を浮かべ、大きく頷いた。
「それと、ロゼ。ロゼが俺たちを迷惑に思わないのと同じように、俺たちもロゼを迷惑だなんて思わない。ロゼが俺たちを守ると言ってくれたように、俺たちにもロゼを守らせてほしい」
仁とロゼの視線が交わる。玲奈とミルがこくこくと頷く。
「ロゼをおもちゃとしか思っていない貴族なんかに絶対渡さない。ロゼは大切な俺たちの仲間なんだ」
力強く宣言する仁に、ロゼッタは柔らかな笑みを浮かべた。薄青の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「はい! そこで皆さんに提案があります」
しんみりとした雰囲気を吹き飛ばすように、玲奈が手を上げた。3人の目が玲奈に向く。
「合宿をしよう!」
「合宿?」
「そう。合宿。いわゆる強化合宿です」
仁が聞き返すと、玲奈が目を輝かせた。
「一度ダンジョンに潜ってしまえば貴族の目から逃れられるし、集中して私たちも強くなれるし、一石二鳥じゃない?」
「ダンジョンに籠るのは精神的にも肉体的にも大変だけど、大丈夫?」
「ダンジョンの中層以降を目指すなら、結局長期間潜ることになっちゃうし、その練習にもなるんじゃない?」
仁は心配そうに眉根を寄せるが、玲奈の勢いは止まらなかった。
「ミルも強くなりたいの!」
「ミルちゃん。賛成してくれてありがとう」
ミルが手を上げて賛成の意を示す。玲奈がミルの手を取って、得意げな表情を浮かべた。
「俺としては、急がないでゆっくり着実に力を付けて行って欲しいんだけどな」
「ミルもみんなを守れるようになりたいの」
ミルに真剣な眼差しを向けられ、仁は人差し指で頭を掻いた。
「ジン殿。自分は、もし貴族が強引な手で来たとき、守られるだけの存在ではいたくない。それにレナ様やジン殿の事情を知った以上、少しでも早く戦えるようになりたいと思うのは必然のことでは。それを承知の上で話していただけたものだと思いましたが」
ロゼッタは玲奈とミルに近寄り、玲奈と一緒に、ミルを間に挟んでしゃがみ込んだ。3人が上目遣いで仁を見つめる。
「仁くん。ダメ?」
首を僅かに傾けた玲奈の姿はあざとさを通り越し、ただただ可愛いものとして仁の目に映った。
「ジンお兄ちゃん。ダメ?」
ダメ押しとばかりに続いたミルの可愛さに、仁は逆らう術を持っていなかった。仁は大きく息を吐いた。
「無理は禁物だからね」
玲奈とミルが喜色を浮かべる横で、そわそわとしていたロゼッタが小さく安堵の息を吐いた。
「ところでジン殿」
1階の食堂で揃って夕食を済ませた後、わいわいと合宿の準備を始めた玲奈とミルを視界の端に捉えながら、仁は脳内で計画を立てていた。玲奈たちの早く強くなりたいという意志を尊重はするものの、仁は安全が第一だと考えていた。
「ロゼ、どうかした?」
「先ほど聞きそびれてしまったのですが、帝国や第一皇子との間に何があったのですか? 第一皇子に個人的に恨みを抱かれるようなことは、そうそうないように思うのですが」
率直な疑問をぶつけてくるロゼッタに、仁は鼻先を指で掻いた。その辺りを深く語ると勇者召喚に触れざるを得なくなってしまうため、仁は勢いで誤魔化したつもりだった。
「あー。それはその、俺が第一皇子を足蹴にしちゃってね」
「あ、足蹴ですか……?」
「うん、足蹴。玲奈ちゃんの貞操の危機だったから、つい足が出ちゃってね。顎を下から、ポーンって。それから、気絶しているところを縄で簀巻きにして放置したかな」
ロゼッタは口をあんぐりと開けて、目を丸くした。
「そ、それはレナ様が第一皇子に見初められたということですか?」
「玲奈ちゃんは可愛いからね。でも、あいつはそういうんじゃないかな。女の子を性欲を満たす道具としか思っていないクズで、ロゼに言い寄ってくる貴族と同類だと思うよ」
ロゼッタは欲に塗れた太った姿を思い出し、顔を顰めた。仁は玲奈の後ろ姿を眺めながら、玲奈にはガウェインの指一本触れさせないと、改めて強く誓った。
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