奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

文字の大きさ
183 / 616
第九章

9-9.慟哭

しおりを挟む
「その先で止まれ」

 木の上からの指示を受け、仁たちが足を止める。そこは半径3メートルほどの、木々の生えていない空間だった。深い森の中にぽっかりと開いた小さな広場の中央に、黒い石灯籠いしどうろうが建っていた。

 セシルが息も絶え絶えにイムの檻を地面に下ろしてへたり込む。程度の差はあれ、玲奈もミルもロゼッタも、それぞれが激しく肩を上下させて必死に体内に酸素を取り込んでいた。仁もかなりの魔力を消耗していたが、疲労感よりもある種の昂揚感を抱いていた。仁はそわそわしながら、白み始めた空の光の届かない森の中に目をらす。木の上から降り立った人影が徐々に大きくなり、森の切れ目から姿を現した。

「アシュ……レイ……?」

 思わず張った仁の声が尻つぼみに消える。仁たちの目の前に現れたのは黒い装束の集団だった。黒装束で全身を頭まですっかり覆い隠し、唯一露出した目のみがギラギラと輝いている。まるで元の世界の忍者のような姿に仁と玲奈は目を丸くした。言葉を失くした仁と玲奈の代わりに、ロゼッタが一歩前に出て槍を構える。それに呼応するように黒装束の一団が短剣や投げナイフを仁たちに向けた。

「待て」

 一触即発の空気を、黒い集団の中から聞こえた凛々しい女性の声が切り裂いた。黒装束の一団が即座に構えを解き、音もなく左右に分かれる。割れた黒い波の中央を、一人の人物がゆっくりと歩を進める。先ほどの声の主とおぼしき女性は集団と同じ装束に身を包んでいた。

「久しいな。ジン」

 女性は仁の正面まで歩み寄ると、顔を覆った黒い覆面を剥ぎ取った。エルフには美形が多いという元の世界の創作物から仁が受けていた印象をそのまま体現したような整った素顔をさらけ出した女性は、覆面の中に隠していたブロンドの髪を、首を振って背中に流し、乱れた前髪を掻き上げる。薄い金色の髪の間から、エルフ特有の細長い耳が覗いた。ロゼッタが二人の間に入ろうと一歩踏み出すが、仁が制止する。

「アシュレイ……」

 仁は目の前に立つ女性の名前だけを呟く。仁の胸中には懐かしさや申し訳なさ、嬉しさや照れくささなど様々な思いが渦巻き、咄嗟に言葉が出てこない。仁とアシュレイは同程度の身長のため、真っ直ぐに見つめ合う形になっていた。アシュレイは切れ長の凛々しさを感じさせる瞳を仁に向けたまま、薄桃色の唇を小さく動かした。

「――え?」

 あまりに小さなアシュレイの言葉は仁の耳まで届かず、ようやく様々な思いを何とか呑み込んだ仁が聞き返そうと口を開く。その刹那せつな、アシュレイは素早く抜き放った短剣の刃を仁の首筋に当てた。頸動脈を正確に狙った短剣のひんやりとした感触が仁の脳に伝わる。完全に油断していた仁は一拍遅れて事態を把握するが、アシュレイの行動の意味がわからず、困惑を視線に乗せる。

「仁くん!」
「ジンお兄ちゃん!」

 固唾を呑んで仁とアシュレイの再会を見守っていた玲奈とミルが声を上げた。

「ジン殿を放せ!」
「動くな!」

 何が起こったのかわからず固まっていたロゼッタが再び槍を構えようと手を動かすが、アシュレイの鋭い言葉が遮る。

「私はジンと話がある。外野は黙っていろ」
「何を勝手な!」

 言葉を荒げながらも、仁を人質に取られた形になっているロゼッタは成すすべなく、中途半端に傾けた槍を元に戻した。

「そっちのお嬢さん方と小さなお嬢ちゃんもだ」

 アシュレイはナイフのような鋭い視線で玲奈やセシル、ミルを牽制する。

「みんな、俺は大丈夫だから」
「でも、仁くん――」
「大丈夫」

 仁は背中越しに声をかける。玲奈たちが悲痛な表情を浮かべているであろうことが手に取るように想像でき、仁は申し訳なく思うと同時に、呆けている場合ではないと自身に言い聞かせる。せっかく再会できたかつての仲間と命のやり取りをするなど、考えたくもないことだった。仁は視線から迷いを消し、目と鼻の先にあるアシュレイのエメラルドのような瞳を真正面から見つめる。

「アシュレイ、久しぶり。どうしてこんなことになっているのかな」
「ジン。火竜を殺したのはお前か」

 仁の片眉がピクリと動く。表向きには火竜ファイヤードラゴンを倒したのはジークで、それに協力したのが仁や玲奈たちだということになっているため、仁はどう答えるべきか即断できない。仁の沈黙を肯定と受け取ったのか、アシュレイの表情が険しさを増した。

「――なぜだ」

 アシュレイが底冷えするような低い声を絞り出す。仁は火竜ファイヤードラゴンを殺したことが仲間に短剣を突き付けられている理由なのかと疑問に思うが、アシュレイの続く言葉で疑問の一端が氷解する。

「なぜ帝国を助けた!」

 感情を爆発させたアシュレイの怒声が、仁の鼓膜のみならず、脳と心を揺らした。アシュレイは短剣を投げ捨て、両手で仁の胸ぐらを掴む。

「国を滅ぼした敵を! 姫の仇を! 私たちの勇者が!!」

 双眸そうぼうから涙を溢れさせるアシュレイの姿に、仁は雷に打たれたような衝撃を受けて言葉を失くす。今でも帝国を憎む気持ちが消えたわけではないが、いつの間にか、かつて召喚された際のことが終わったことになってはいなかったか。仁より遥かに長い時間を過ごしてきたはずのアシュレイの決して色褪せない激しい思いが仁の心を揺さぶった。

 玲奈を元の世界に戻すことが最優先だと思い込むことで無意識のうちにふたをした強い怒りと喪失感が鎌首をもたげる。

「そもそも、お前はなんでここにいる! 姫や私たちの覚悟を、想いを、踏みにじるつもりか!」

 アシュレイが仁の胸ぐらを掴んだまま崩れ落ち、仁も釣られるように膝をついた。

「姫……」

 アシュレイは仁の胸に押し付けた自らの手に額を押し当てながら、嗚咽混じりに何度も繰り返す。

 異世界のことだから、この世界では100年も前のことだから。そんなことを言い訳にするつもりはなくても、自身の心を守るために無意識的にどこか遠くに感じていたクリスティーナの死が、一気に現実のものとして仁に襲い掛かかった。

「クリス……」

 仁は目を閉じ、力なく垂れ下がっていた腕をアシュレイの背に回す。瞼の隙間から涙が溢れ、アシュレイのブロンドの髪を濡らした。玲奈たち戦乙女の翼ヴァルキリーウイングと黒装束のエルフの一団が見守る中、二人の嗚咽はいつまでも続いたのだった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

処理中です...