206 / 616
第十章
10-4.仲間外れ
しおりを挟む
コーデリアがリリーに特訓の内容について告げた日の夕刻、セシルとコーデリアの訓練を終えた仁たちはマークソン商会の馬車を1台借りて、商隊と一緒にメルニールに向かっていた。いつも護衛をしているガロンたち“戦斧”の面々がダンジョン攻略に向かっているため、冒険者ギルドなどでたまに見かける冒険者数人が護衛を務めていた。
マルコの好意に甘えっぱなしの仁たちは自分たちも今回ばかりは護衛を手伝うということで話を付け、今は玲奈とロゼッタが商隊の守りに就いていた。
「リリー。そろそろ機嫌直してくれないかな?」
箱型の馬車内の壁際に設置された木製の椅子に腰かけた仁は、合流してからずっと唇を尖らせたままのリリーの顔色を窺うが、リリーはプイッとそっぽを向く。一筋縄ではいかなそうな様子に、仁は大きく溜息を吐いた。仁の隣ではミルとイムが楽しげにじゃれ合っていて、仁は自身とリリーの間の気まずさとの温度差を感じ、羨ましげな視線を送った。
現実逃避をした仁が自分も混ぜてほしいとでも言いたげに眺めていると、視線に気付いたイムが仁に向かって、邪魔をするなと牽制するように一鳴きする。
今朝、帝都のコーデリアを訪ねる際、イムを帝都内に連れて行くわけにはいかず、仁が外で待っているように説得したことを根に持っているようだった。ミルと離れることを拒んでいたイムは、最終的にはミルの説得によって付いて行くことを諦めたのだが、ミルが自身より仁を選んだように感じたのか、以前の敵意とまでは言わないまでも、合流後、イムは仁に対してつんけんした態度を取っていたのだった。
仁は再び溜息を吐くと、馬車の対面の小窓から空を見上げる。自身の内面を映し出したかのような夕暮れの曇天が目に入り、仁は馬車の揺れに身を委ねて頭を抱えた。
「ジン。リリーと言ったか? 彼女は何を怒っているんだ?」
「う。いや、何て言ったらいいのか……」
「アシュレイさん、聞いてくださいっ!」
仁が言いよどんでいると、リリーが隣に座っているアシュレイに向き直り、ずいっと体を寄せた。仁の対面に座っているアシュレイは先ほど出会ったばかりのリリーの勢いに目を丸くする。
アシュレイはエルフィーナから仁と玲奈にシスティーナの消息に心当たりがあるという話を聞き、真偽を確かめるために仁たちと行動を共にすることにしたのだった。仁はセシルが帝国の騎士であることを黙っていたため、それが知られてしまうと一悶着あるのではと心配していたが、アシュレイは既にセシルを仲間として受け入れていたため、若干複雑そうな顔をしながらも、そのことには触れずにセシルとの別れを惜しんだのだった。
「ジンさんってば、わたしだけ仲間外れにするんですっ!」
「仲間外れ?」
「はいっ! コーディー様とセシルさんには訓練するのに、わたしにはダメだって言うんです。しかも、レナさんもミルちゃんもロゼさんも、みーんなしてもらったっていうじゃないですかっ!」
リリーはアシュレイに訴えかけながら、ギロリと仁を横目で睨む。アシュレイは全てを察して達観したような表情を浮かべた。
「あー……。訓練というのはあれか。魔力操作の訓練のことだな」
「はいっ! ジンさんに際どい所を触ってもらって、溶け合って、気持ちよくなるやつですっ!」
「そ、そうか。リリーの気持ちは良くわかったが、一つだけ訂正させてくれ。私もしてもらったことがないから、リリーだけ仲間外れというわけではないぞ」
アシュレイはリリーの言い方に顔を若干引きつらせつつ、無駄だと思いながらも一応仁のフォローを試みる。
「そうなんですか? てっきり、ジンさんは出会う女性と片っ端から触れ合っているものだと思っちゃいました」
「もう数人、ジンと魔力操作の訓練をしたやつを知ってはいるが、さすがに手当たり次第と言うわけではなさそうだぞ」
「ちょ、ちょっと、アシュレイ!」
苦笑いを浮かべながら余計な情報を付け加えるアシュレイに、仁が抗議の声を上げる。リリーの鋭い眼光が仁を射抜いた。
「そんなに色んな人にやってるのに、なんでわたしはダメなんですかっ!」
矛先を仁に変えたリリーは座席から立ち上がると、馬車の揺れを物ともせず、仁に詰め寄った。
「わたしだって、大好きなジンさんと一つになって気持ちよくなりたいんですっ!」
目の前で鼓膜が破れんばかりの大声で宣言するリリーに、仁は思わず仰け反って後頭部を馬車の側面に打ち付ける。不意打ちの再度の告白とも取れる言葉に、仁の鼓動がドクンドクンと強く脈打った。
「ジン。その、なんだ。あまり男女の仲に部外者が立ち入るものではないかもしれんが、リリーがそこまで言っているんだ。訓練してやってはどうだ?」
「アシュレイさんっ!」
リリーが振り向いてアシュレイに抱き付かんばかりの歓喜の声を上げるが、仁は表情を曇らせる。
「リリー、聞いてほしい」
仁の真剣な声に、リリーが振り向く。
「俺は何も意地悪でダメだって言っているわけじゃないんだ。もちろん恥ずかしいっていう気持ちがあるのは認めるけど、それ以上にリリーの体が心配なんだ。魔力操作の訓練はリリーにとって異物である俺の魔力を流し込んで、リリーの魔力を強制的に動かすことになる。でも、それはとても体に負担を強いる行為なんだよ。俺自身の魔力操作で互いの魔力を同化させることで負担を軽減しているけど、それでも普段から戦っているわけじゃないリリーの体が耐えられる保証がないんだ」
仁はリリーが心配なんだと真摯に訴える。リリーはそれまでの興奮した様子を引っ込め、眉間に皺を寄せた。
「それは聞きましたけど……」
「それは本当のことなんだ。わかってほしい。リリーに訓練するのが嫌なんじゃない。リリーのことが心配なんだよ。仮に、負荷に耐えられたとしてリリーに得るものがあるというのなら話は変わるけど、戦いに身を置いていないリリーがそこまでする必要はないよ」
「でも……!」
言葉を詰まらせて俯き加減で歯を食いしばっているリリーを、仁は強い意志を込めた瞳で見つめる。仁は心の中でリリーの願いを叶えてあげられないことに謝罪をしながら、リリーが聞き分けてくれるよう祈った。いつの間にかミルとイムも仁とリリーの様子を窺っており、馬車の中を静寂が支配していた。そんな中、アシュレイがためらいがちに口を開く。
「あー、その、なんだ。要するに、リリーはジンと、その、触れ合いたいわけだな?」
「はい……」
「そして、ジンはリリーが嫌いなわけではないが、リリーの身を案じて魔力操作の訓練をするのには反対だと」
「うん」
仁が小さく頷くと、アシュレイはわざとらしく咳払いをして、色白の頬をほんのりと朱に染めた。
「それなら、ジンが魔力を流さなければいいんじゃないか?」
「……は?」
それでは訓練にならないじゃないかと、仁はアシュレイに怪訝な目を向ける。その一方で、リリーがハッと息を呑んだ。
「その、ジンがリリーの素肌に触れるだけでいいんじゃないのか? リリーはそれを望んでいるのだろう?」
「はいっ! あ、でも……」
一瞬笑顔の花を咲かせたリリーが、一転して表情を曇らせる。
「その、もちろんそれだけでもすごく嬉しいんですけど、ミルちゃんやロゼさんが言っていた一体感というか、ジンさんと一つになって気持ちがいいっていう感覚は、きっとそれだけじゃ得られないんじゃないかなって――」
悔しさを滲ませていたリリーの言葉が途中で途切れ、リリーの表情がゆっくりと変わっていく。驚きに目を見開いた顔を経由して、最後には一点の曇りもない晴れ晴れとした笑顔に変わった。仁はリリーが何を考えているのかわからず、ただただ見守り続けた。
「ジンさん。わたし、訓練の件は諦めます」
「そ、そっか。わかってくれて嬉しいよ」
笑顔のリリーを前に、なぜか仁の額が汗ばみ、背筋には冷たいものが走る。
「だからその代わりに、わたしと子作りしてくださいっ!」
リリーの口から飛び出した爆弾発言に、仁は口を半開きにしたまま硬直したのだった。
マルコの好意に甘えっぱなしの仁たちは自分たちも今回ばかりは護衛を手伝うということで話を付け、今は玲奈とロゼッタが商隊の守りに就いていた。
「リリー。そろそろ機嫌直してくれないかな?」
箱型の馬車内の壁際に設置された木製の椅子に腰かけた仁は、合流してからずっと唇を尖らせたままのリリーの顔色を窺うが、リリーはプイッとそっぽを向く。一筋縄ではいかなそうな様子に、仁は大きく溜息を吐いた。仁の隣ではミルとイムが楽しげにじゃれ合っていて、仁は自身とリリーの間の気まずさとの温度差を感じ、羨ましげな視線を送った。
現実逃避をした仁が自分も混ぜてほしいとでも言いたげに眺めていると、視線に気付いたイムが仁に向かって、邪魔をするなと牽制するように一鳴きする。
今朝、帝都のコーデリアを訪ねる際、イムを帝都内に連れて行くわけにはいかず、仁が外で待っているように説得したことを根に持っているようだった。ミルと離れることを拒んでいたイムは、最終的にはミルの説得によって付いて行くことを諦めたのだが、ミルが自身より仁を選んだように感じたのか、以前の敵意とまでは言わないまでも、合流後、イムは仁に対してつんけんした態度を取っていたのだった。
仁は再び溜息を吐くと、馬車の対面の小窓から空を見上げる。自身の内面を映し出したかのような夕暮れの曇天が目に入り、仁は馬車の揺れに身を委ねて頭を抱えた。
「ジン。リリーと言ったか? 彼女は何を怒っているんだ?」
「う。いや、何て言ったらいいのか……」
「アシュレイさん、聞いてくださいっ!」
仁が言いよどんでいると、リリーが隣に座っているアシュレイに向き直り、ずいっと体を寄せた。仁の対面に座っているアシュレイは先ほど出会ったばかりのリリーの勢いに目を丸くする。
アシュレイはエルフィーナから仁と玲奈にシスティーナの消息に心当たりがあるという話を聞き、真偽を確かめるために仁たちと行動を共にすることにしたのだった。仁はセシルが帝国の騎士であることを黙っていたため、それが知られてしまうと一悶着あるのではと心配していたが、アシュレイは既にセシルを仲間として受け入れていたため、若干複雑そうな顔をしながらも、そのことには触れずにセシルとの別れを惜しんだのだった。
「ジンさんってば、わたしだけ仲間外れにするんですっ!」
「仲間外れ?」
「はいっ! コーディー様とセシルさんには訓練するのに、わたしにはダメだって言うんです。しかも、レナさんもミルちゃんもロゼさんも、みーんなしてもらったっていうじゃないですかっ!」
リリーはアシュレイに訴えかけながら、ギロリと仁を横目で睨む。アシュレイは全てを察して達観したような表情を浮かべた。
「あー……。訓練というのはあれか。魔力操作の訓練のことだな」
「はいっ! ジンさんに際どい所を触ってもらって、溶け合って、気持ちよくなるやつですっ!」
「そ、そうか。リリーの気持ちは良くわかったが、一つだけ訂正させてくれ。私もしてもらったことがないから、リリーだけ仲間外れというわけではないぞ」
アシュレイはリリーの言い方に顔を若干引きつらせつつ、無駄だと思いながらも一応仁のフォローを試みる。
「そうなんですか? てっきり、ジンさんは出会う女性と片っ端から触れ合っているものだと思っちゃいました」
「もう数人、ジンと魔力操作の訓練をしたやつを知ってはいるが、さすがに手当たり次第と言うわけではなさそうだぞ」
「ちょ、ちょっと、アシュレイ!」
苦笑いを浮かべながら余計な情報を付け加えるアシュレイに、仁が抗議の声を上げる。リリーの鋭い眼光が仁を射抜いた。
「そんなに色んな人にやってるのに、なんでわたしはダメなんですかっ!」
矛先を仁に変えたリリーは座席から立ち上がると、馬車の揺れを物ともせず、仁に詰め寄った。
「わたしだって、大好きなジンさんと一つになって気持ちよくなりたいんですっ!」
目の前で鼓膜が破れんばかりの大声で宣言するリリーに、仁は思わず仰け反って後頭部を馬車の側面に打ち付ける。不意打ちの再度の告白とも取れる言葉に、仁の鼓動がドクンドクンと強く脈打った。
「ジン。その、なんだ。あまり男女の仲に部外者が立ち入るものではないかもしれんが、リリーがそこまで言っているんだ。訓練してやってはどうだ?」
「アシュレイさんっ!」
リリーが振り向いてアシュレイに抱き付かんばかりの歓喜の声を上げるが、仁は表情を曇らせる。
「リリー、聞いてほしい」
仁の真剣な声に、リリーが振り向く。
「俺は何も意地悪でダメだって言っているわけじゃないんだ。もちろん恥ずかしいっていう気持ちがあるのは認めるけど、それ以上にリリーの体が心配なんだ。魔力操作の訓練はリリーにとって異物である俺の魔力を流し込んで、リリーの魔力を強制的に動かすことになる。でも、それはとても体に負担を強いる行為なんだよ。俺自身の魔力操作で互いの魔力を同化させることで負担を軽減しているけど、それでも普段から戦っているわけじゃないリリーの体が耐えられる保証がないんだ」
仁はリリーが心配なんだと真摯に訴える。リリーはそれまでの興奮した様子を引っ込め、眉間に皺を寄せた。
「それは聞きましたけど……」
「それは本当のことなんだ。わかってほしい。リリーに訓練するのが嫌なんじゃない。リリーのことが心配なんだよ。仮に、負荷に耐えられたとしてリリーに得るものがあるというのなら話は変わるけど、戦いに身を置いていないリリーがそこまでする必要はないよ」
「でも……!」
言葉を詰まらせて俯き加減で歯を食いしばっているリリーを、仁は強い意志を込めた瞳で見つめる。仁は心の中でリリーの願いを叶えてあげられないことに謝罪をしながら、リリーが聞き分けてくれるよう祈った。いつの間にかミルとイムも仁とリリーの様子を窺っており、馬車の中を静寂が支配していた。そんな中、アシュレイがためらいがちに口を開く。
「あー、その、なんだ。要するに、リリーはジンと、その、触れ合いたいわけだな?」
「はい……」
「そして、ジンはリリーが嫌いなわけではないが、リリーの身を案じて魔力操作の訓練をするのには反対だと」
「うん」
仁が小さく頷くと、アシュレイはわざとらしく咳払いをして、色白の頬をほんのりと朱に染めた。
「それなら、ジンが魔力を流さなければいいんじゃないか?」
「……は?」
それでは訓練にならないじゃないかと、仁はアシュレイに怪訝な目を向ける。その一方で、リリーがハッと息を呑んだ。
「その、ジンがリリーの素肌に触れるだけでいいんじゃないのか? リリーはそれを望んでいるのだろう?」
「はいっ! あ、でも……」
一瞬笑顔の花を咲かせたリリーが、一転して表情を曇らせる。
「その、もちろんそれだけでもすごく嬉しいんですけど、ミルちゃんやロゼさんが言っていた一体感というか、ジンさんと一つになって気持ちがいいっていう感覚は、きっとそれだけじゃ得られないんじゃないかなって――」
悔しさを滲ませていたリリーの言葉が途中で途切れ、リリーの表情がゆっくりと変わっていく。驚きに目を見開いた顔を経由して、最後には一点の曇りもない晴れ晴れとした笑顔に変わった。仁はリリーが何を考えているのかわからず、ただただ見守り続けた。
「ジンさん。わたし、訓練の件は諦めます」
「そ、そっか。わかってくれて嬉しいよ」
笑顔のリリーを前に、なぜか仁の額が汗ばみ、背筋には冷たいものが走る。
「だからその代わりに、わたしと子作りしてくださいっ!」
リリーの口から飛び出した爆弾発言に、仁は口を半開きにしたまま硬直したのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
704
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる