[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

5節 流視

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「勇者〝を〟……助ける? ……普通は、勇者〝が〟助けるものだよね?」

「本来ならそうなんですが……順を追って説明します」

 発端は、新しい勇者が選ばれたことだった。


  ◆◇◆◇◆


 この世界は、〈白の女神〉アスタリアによって創り出された。

 初めに天の星々が。次いで、大地と水が。植物と動物が。そして、人と火が生み出された。

 しかし、アスタリアと対立する〈黒の邪神〉アスティマが何処からか現れ、生み出された世界を奪うべく、攻撃を始めた。
 星の光を飲み込み夜をもたらし、北方の大地を荒廃させ、水の大部分を塩水に変えた。植物を枯らし、動物と人に死と衰退を覚えさせ、火を攻撃し煙で穢した。全ての創造物が物質的に損なわれた。

 アスタリアはその全てに不断の努力で対抗する。損なわれたものを癒し、増やし、むしろ以前より多くを世界に満ち溢れさせた。

 業を煮やしたアスティマは、ついには女神自身を打ち倒さんと実力行使に訴える。

 二神の力は拮抗し、互いの体を破壊し合いながらも決着がつかない。
 砕けた女神の体からは新たな神々が、邪神の体からは悪魔たちが産み出され、それらもまた相争い、滅ぼし合った。

 やがて全ての神と魔が、長い戦の果てに肉体を失い、姿を消してしまう。
 戦の発端となった二神も例外ではなかったが――

 アスティマは、自身の代行者となる魔王を。
 アスタリアは、魔王に対抗するための神剣を。
 自らの力の結晶を最後に残し、両者は共にその身を隠した。


  ――――


 女神と邪神の争いは、やがて人類と魔物の戦に移り変わる。
 史上初めて神剣を手にした初代勇者は、世界を奪わんとする魔王を見事討ち果たし凱旋がいせん
 彼は人々に王として祭り上げられ、アスタリアが眠るとされる霊峰オーブ山の麓に、パルティール王国を興した。

 しかし、王国の成立から百年を迎え、人々が生活圏を外に広げ始めた頃。
 滅ぼされたはずの魔王は蘇り、世界を手中に収めるべく、再び侵略を開始した。

 魔王は、神剣の力でも完全には滅ぼすことのできない、不滅の存在だった。
 たとえ一時死を迎えようと、おおよそ百年の眠りの後に、魔物の王は幾度でも蘇る。

 神剣もまた討伐の際に力を使い果たし、同様に眠りにつくが、仇敵の目覚めに呼応して再び顕現けんげんし、新たな使い手を求める。
 両者は世代交代と復活を繰り返しながら、現在に至るまで争いを続けていた。


  ◆◇◆◇◆


 先日、十年という、本来の十分の一の年月で、神剣の顕現が確認された。
 次の百年までの平和を享受きょうじゅし始めていた人々は、前例のない事態に騒然とする。神剣の目覚めはすなわち、魔王も時を同じくして蘇った証に他ならない。
 王国は〈選定の儀〉と呼ばれるしきたりにのっとり、神剣の主となる新たな勇者と、勇者を護衛する守護者を選び出した。

 そして、問題はそこで発生した。
 守護者と共に旅立ち、その手で世界を救うはずの勇者は……魔王の討伐どころかその居城にも辿りつけず、旅の最中に訪れたラヤの森で命を落とす、と判明したのだ。

「判明……って、どうやって? ……というか、まだ旅立ってもいない、よね?」

 彼女の言う通り、先頃選ばれたばかりの今代の勇者は、今も王都に留まっている。
 その問いに答える前に、私はあえて、質問を返した。

「……アレニエさんは、〈流視りゅうし〉という名を聞いたことはありますか?」

 彼女は無言で首を横に振る。

「〈流視〉は、『物事の流れを視認できる』という、特殊な力を持つ瞳の名称です。その目に映る光景が川の流れのように感じられることから、河川の女神の加護とも言われています」

「あぁ、『神の加護』ってやつか。信徒の祈りに気をよくした神さまが、気紛れに力を貸してくれるんだよね」

おおむね間違ってませんが……気紛れ…………コホン。とにかく、今言った〈流視〉もその一つとされていて……現在、その持ち主が一人だけ、総本山に在籍しているんです」

 例えば、人が体を動かす際の動きや力の流れ。
 例えば、肉眼では視認できない魔力の流れ。
 通常なら見えづらいもの、あるいは目には映らないものでも、〝流れるもの〟でさえあれば、視覚として捉えられる。
 物事の一連の流れを把握できれば、その先を――未来をも、疑似的に予見することさえ可能になる。それが、〈流視〉という瞳の力だった。

「それは……結構、とんでもない力じゃない? 一応、相手の動きを予測ってだけなら、鍛錬や経験次第である程度できるようになるけど――」

「はい。〈流視〉は、その鍛え上げられた観察眼と同等か、それ以上のことを、たった一目見るだけで、鮮明に可能にしてしまいます」

「……ほんとに、とんでもないね」

 実際、使い方次第では(例えば目の前の相手に注力できる一対一の戦闘などでは)、その瞳は多大な効果を発揮してくれるだろう。

「とはいえ、見えるのはあくまで持ち主の目に映る範囲だけ。予測できるのも、数秒先が精々です。有用ではあってもそれだけなら、過度に隠すほどでは無いはずでした」

「はず、ってことは――」

 察した様子の彼女に、無言で頷く。

〈流視〉は稀に持ち主の意志を離れ、ひとりでに開くことがあった。

 戦の趨勢すうせい。大規模な災害。人の一生。
 映し出されるのは全て、普段は見ることのできない大きな流れ。
 瞳はそれを気紛れに、一方的に見せつけてくる。いつ見せるかは分からず、意図して見ることも叶わない。

 そんな不確かな瞳が再び開いたのが、先日の〈選定の儀〉だった。
 持ち主が儀式の結果を、神剣に選ばれた者を遠目に見た瞬間――……突如〈流視〉は目を覚まし、新たな勇者の短い生涯を……命が奪われる様を、映し出した。

「……魔王が〝居る〟だけで、魔物が湧いて出るんじゃなかった?」

「はい……そう伝わっています」

「勇者が死んだら……まずいよね?」

「とってもまずいです」

 今回の依頼の目的地であるラヤの森。そこから先の地は人類ではなく、魔物たちの支配領土だ。
 領民たる魔物は日々自分たち以外の生物を襲い、奪い、殺そうと、牙を研いでいる。
 言葉が通じるものは少なく、通じたとしても意思の疎通は難しい。他者を攻撃するのはその身に刻まれた本能とも言われる。

 彼らは魔王の目覚めを契機に増殖・活発化し、領土をさらに広げるべく、侵攻を開始する。
 対処を怠れば、増え続ける魔物の軍勢に各地は飲み込まれ、被害はいずれこの国にまで……

「……事態を防ぐ最善の策はもちろん、増殖の原因である魔王を討ち倒すこと。そして伝承通りなら、それができるのは女神から授けられた神剣のみです。けれど……」

「その神剣を振るう肝心の勇者さまが、旅立つ前から最期を予言されてる。で、その現場が依頼の目的地、ってことか。……魔王殺しの神剣持ってても、勝てなかったんだ?」

「私が偉そうに言える立場ではありませんが……此度こたびの勇者さまはまだ年若く、実戦経験も浅いそうです。神剣を使いこなす前に襲撃されたのだとしたら……」

「魔王以外に負けても仕方ないと。なるほどねー……その、〈流視〉っていう目に映ったことは、これから確実に起こるの?」

「……放っておけば、ほぼ確実に。ですが――」

 正にそれが、今回の依頼の主眼だった。

「見えるのはあくまで、〝今〟がそのまま進んだ場合の流れでしかないそうです。例えば――」

 例えば、私が街を歩き十字路に差し掛かった際。

 → 直進する → 横合いから飛び出してきた馬車にかれる

 という流れが見えたとする。
 なにも知らず歩き続ければ、私は流れのままに轢かれてしまい、打ちどころによっては命を落とすかもしれない。
 けれど事前に把握していれば、

   直進する
   馬車が通り過ぎるのを待つ
 → 最初から別の道を行く → → → 事故を回避

 というように、その後の行動によって本来とは違う流れを生み出せる。川の流れで言えば、付け替えや灌漑かんがい工事のようなものだ。
 勇者が命を落とす未来も、現状のまま進んだ場合の流れ、その一つでしかない。それなら、流れ自体を変えてしまえばいい。

「……そういう力技ありなんだ」

 力技と言われると否定できませんが。

「事情を聞いた司祭さまは、流れの元凶を取り除くのが最も効果的、と判断されました。それによって、勇者さまの死も覆せるはずだと」

「元凶っていうとこの場合、勇者を殺した――じゃない、これから殺しに来る相手、ってことだよね。やっぱり、魔物? それとも人型――魔族とか、半魔、とか?」

「いいえ……あ、いえ、間違ってはいないんですが……」

 人型の魔物を魔族。魔族と人間の交わり(多くの場合、一方的に襲われた結果だが)でまれに生まれるものを半魔と呼ぶが、どちらも私は曖昧に否定する。

「……襲ってきたのは、一体だけ。見た目は、ほとんど人間と変わりません。というより、漆黒の鎧で全身を覆っていたため、その奥の姿までは分からなかったそうです。ただ、その身から穢れを放ち、強力な風の魔術を詠唱もせず操っていた、と……」

「全身真っ黒鎧に風の魔術、ね。人型で詠唱なしなら、やっぱり魔族かな。……なんだろ、ちょっと、特徴に聞き覚えが……子供の頃読んだ絵本に、そんな感じの魔族がいたような……いや、魔族の、将軍、だったっけ? 確か、名前は……」

「……私も以前、物語で聞いたことがあります。……おそらく、〈暴風〉です」
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