[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

6節 疑問、あれこれ

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「そっか……風の魔将――〈暴風〉のイフ!」

 こちらの言葉に、彼女は得心がいったというように大きく頷く。

「どうりで聞いたことあるわけだ。初代勇者と戦った伝説も残ってる、多分、魔王を除けば一番有名な魔族だよね。だからそのせいだったかな。物語で城を護る魔将の役には、イフの名前が一番使われてるとかちょっと待って」

 疑問が解消され晴れやかに口を開いていたその動きが、ピタリと止まる。

「……〈暴風〉の、イフ?」

「はい」

「……一息で千の軍勢を薙ぎ払う、なんて噂もある、あの?」

「……そうです」

「………………なんで?」

「えぇと……」

 あまりに端的な疑問だったので、どう返答したものか困ってしまう。

「や、ごめん。さすがにおねーさんもちょっとびっくりだったので。うん。一旦落ち着いてまとめたいと思います」

 居住まいを正し、それまでよりわずかに真剣な表情で、彼女は口を開く。

「目的地は、人と魔物の領土の境界線、ラヤの森。さっきも言ったけど、そんなに強い魔物は住みついてないし、魔族も滅多に見かけないっていうこの森に……なぜか普通の魔族を通り越して魔将が、しかも〈暴風〉なんていうとびきり危ないのが一人でやって来て、それに、勇者が殺される未来が見えちゃった。だからそうなる前に、問題の魔将を倒しに行かなきゃいけない……」

 私が無言で肯定の意を示すと、彼女はにわかに困惑しながら問いかける。

「その……本気で言ってる? リュイスちゃんが、じゃなくて、総本山が」

「……残念ながら、本気です。それが、実際に起こってしまうと、そして、猶予もないと判断したからこそ、総本山は事実の調査を後回しにしてまで、この依頼の打診を決定したのですから」

「んん…………まぁ……そっか。そうだよね。少なくとも、それを理由に神殿が動くくらいには、その『目』は信用できるってことなんだね」

 今さっき〈流視〉を知ったばかりの彼女は、まだ半信半疑という様子ではあったが……
 それでも彼女は、国内外に強い影響を持つ世界最大の神殿が、実際にその重い腰を上げたことから、ある程度の理解を得てくれたようだった。

「分かった。でもそれが全部本当だっていうなら、聞きたいこと、いっぱいあるんだけど」

「もちろん、私で答えられることなら、全てお話しするつもりです」

「ありがと。じゃあ……えーと、なにから聞いたものかな。……そうだね。そもそも、イフって今でも生きてるの? それこそ、おとぎ話でしか聞かないような大昔の魔族だった気がするんだけど。もう何代も前の勇者に倒された、って話も」

 それは当然の疑問だと思うし、私も初めは同じ疑問を抱いた。

「討伐された、という伝承は確かにあります。けれど、その後に目撃されたという記述や証言も、何件も残っていて……」

「……ほんとは、倒せてなかった?」

「分かりません……過去の記録の多くは口頭伝承ですし、資料が残されるようになってからも情報が錯綜さくそうしていて……中には、『魔王と同じく不死である』という噂までありました。少なくとも先代の勇者さまは、〈暴風〉とは遭遇しなかったそうですが……」

「……生きてたとしても、おかしくない、ってことかな」

 納得できたわけではなさそうだったが、彼女はあまり思い悩まず話を進める。

「じゃあ、次。魔将って、魔王を護るのが最優先だからあまり城から離れないし、離れたとしても姿を見せるのは、例の終わらない『戦場』くらい、って聞いてたんだけど……」

 魔王の居城へ向かう進路の一つに、〈無窮むきゅうの戦場〉、あるいはただ『戦場』とだけ呼ばれる荒野がある。
 そこは、地形としては平坦な平地で、城までの距離も短い、行軍する進路としては最も適した道だった。ただし……
 その道には、行く手を遮る者が存在していた。地を埋め尽くす魔物の軍勢が。

 この地は両者にとって重要な係争地であり、およそ数百年に渡って互いに戦力を投入し続けている生きた戦地だ。その争いはこの先も終わらないと言われている。
 そしてその終わらない戦場に、他では目にすることもまれな魔将の姿も、散見されている。

「それが……『戦場』も飛び越えて、一人で『森』に?」

「それについては、魔王討伐の進路として、最も多く選ばれてきたのが『森』だから、かもしれません」

「たくさん、選ばれてきたから?」

「居城へ向かう中で、比較的危険の少ない道が、ラヤの森を抜ける進路だと言われています。少なくとも、『戦場』を突き進むより安全なのは間違いありません。だからこそ、新たな勇者さまもこれから向かうのかもしれませんし……だからこそ、魔物側も網を張っているのかもしれません。あくまで、見えた結果からの推測でしかありませんが……」

 余談だが、先代の勇者は『森』ではなく『戦場』から魔王の城に向かい、無数の魔物をほふりながら正面から踏破したと伝わっているが、理由は分かっていない。

「偶然出くわしたんじゃなくて、勇者が通りそうな場所を狙って待ち構えてた、ってこと? ……そう言われると、無くはないか、な――……?」

 腑に落ちないながらも否定できないという様子の彼女だったが……不意に動きを止め、こちらに視線を向ける。

「……あのさ。最初に聞いた条件だと、リュイスちゃんも同行するって話だったよね。でも、一緒に『森』に行くってことは……」

「……困難な任だというのは、重々承知しています」

〈流視〉の予見が真実なら。彼女と共に目的地に向かえば。いずれ魔将と相対することになる。当然、理解している。
 半人前の私にとって、それが、極めて危険な旅だということも――

「……」

 ふと気づけば、アレニエさんがわずかに目を細めながら、こちらを注視していた。

「……? あ、あの……?」

「……や、なんでもない」

 しかしそれもわずかな間で、その目ににじんでいたかすかな感情も、すぐに元の柔らかい笑顔に塗り替えられる。……なんだったんだろう?

「そっか。本気で、魔将と戦いに行くつもりなんだね。……魔将、ね。なるほど、魔族ではあるけど、ただの魔族とも言えない。違うけど間違いじゃない」

 気持ちを切り替えるように目を閉じ、彼女は小さく嘆息する。

「つまりそれが、隠さなきゃいけなかった理由なんだね」

「……はい。魔将の接近。勇者さまの死。どちらも、軽々しく公にはできません。知れば人々は怯え、混乱し、悪魔の囁きに耳を傾けてしまうでしょう」

 人に負の心が芽生えるのは、悪魔や悪霊が耳元で囁いているから――と、神殿では教えられている。それらが入り込む隙間を残さぬよう、神々への信仰で心を満たさなければならない、とも。

「神殿の教義はともかく、言いたいことは分かるよ。ただでさえ人間は力で魔物に負けてるのに、余計な不安が広がって統率が取れなくなれば、なおさら勝てなくなる。噂が広がれば、暴動とか起きるかもね」

 彼女は一拍置いて言葉を続ける。

「でもさ。相手が魔将だろうと、結局、倒さなきゃいけないのは変わらないんだよね? 勇者の護衛を増やすとか、騎士団大勢連れてくとかして正面から討伐すれば、わざわざ隠さなくていい気がするんだけど」

 実はその案は、神殿でも議題に上ったのだけれど……

「それにはいくつか問題があって……まず、今回の相手は、先程アレニエさんも口にした通り、千の軍勢を一息で薙ぎ払うとも言われる『暴風』です。ある程度以上の実力者を集めなければ、いたずらに被害を増やすだけになりかねません」

「それはまあ、そっか」

「次に、護衛――守護者を増やすのは、おそらく王都の貴族たちが納得しません」

「へ? なんで貴族?」

「勇者や守護者にはほとんどの場合、貴族の後ろ盾がありますから……」

「あー……報酬の、おこぼれ目当てだっけ」

「その……言い方はともかく、その通りです。討伐が首尾よく成功すれば、それを支援した者にも報奨の一部が与えられます。ですが……」

「人数が増えると、そのぶん自分たちの分け前が減っちゃう。だから反対、ってわけだ。……こんな時でも?」

「反対するでしょうね……こんな時でも。それに、時間も足りません」

「時間?」

「勇者さまは、近日中に王都を発つ予定です。その前に、魔将と戦える程の腕の持ち主を、大勢探すような余裕は……」

「……そんなに、差し迫ってたんだ?」

 頷き、続ける。

「足りないのは、討伐予算もです。本来なら先の戦で使い果たしても、次の百年までに貯えれば問題はないはずでしたが……」

「そっか……前の討伐からまだ十年しか経ってないし、その十年でもう魔王が起きてくるなんて誰も予想してないもんね。貴族の事情は正直どうでもいいけど、国の予算は無視できないか」

〈選定の儀〉の備え。守護者の報奨。人員への物資(これは『戦場』へのものも含む)。
 とかく戦にはお金が要るし、国庫にも限りがある。

「騎士団に関しても、おおむね同様です。今から編成するのは時間も資金もかかるうえ、大勢での行軍は敵に発見される危険も高まります。それに、今はまだ安全ですが、魔物の侵攻が規模を増せば、この国も今後どうなるか分かりません。守りの要である騎士団を王都から動かすのは、貴族に限らず、多くの人々の反感を買うでしょう」

「じゃあ、勇者だけに事情を説明して、どこかにかくまうとかは?」

「その……前提として、勇者さまを留めておくことができないんです。魔王を放置したままでは、魔物が増えていく一方ですから……」

「……そうでした」

 その勇者を正当な理由なく引き留める者は、極端な話、魔物に与する背反者と見做されるおそれさえある。今回で言えば、理由自体はあるのだけど……

「それに公にできないのは、〈流視〉も同様です。〈流視〉は、今回の件を抜きにしても機密扱いで、神殿でも知っている人間は限られているんです」

「ふーん……?」

 理由――不安定ながら未来予知さえ可能なその瞳は、下手に知られれば誰に、どのように利用されるか分からない。

 悪用を避け、持ち主を守るため、総本山はその身柄を預かり秘匿ひとくしている。軟禁なんきん、とまではいかないが、必要時以外は外出も制限されている。

 私がこの依頼を預かる際も、情報を明かす相手はできるだけ少なく(知る者が少ないほど秘密も漏れにくい)、その相手も慎重に見定めるよう厳命されていた。

「まぁ……めんどくさい状況だってのは、なんとなく分かったよ」

 ここまでの話が一言で済まされてしまった。

「それじゃ、最後にもう一つだけ。代理って言ってたけど、あの人が自分で出ないのは、どうして? リュイスちゃんには悪いけど、弟子に任せるよりはそっちのほうが確実だよね?」

「……そう、ですね。実力に関しては、仰る通りです」

 実際、同行者が司祭さまなら、私などよりよほどアレニエさんの助けになる。

「ただ、今回は目標の討伐と同時に、秘匿性が重視されます。司祭位の者が直接動くのは、それだけ事態の重さを喧伝けんでんしていることになりかねません。その点で言えば私は、駆け出しを脱したばかりの、一神官にすぎませんから」

「変装させてコッソリとかじゃダメだったんだ?」

「それも含めて、周りに止められました。隠し通すのはおそらく無……いえ、その……司祭位というのを差し引いても、あの方は……少々、人目を引くといいますか……」

「あぁ……あの人、目立つもんね」

 口は濁したが、同様に司祭さまを知るらしい彼女には、言わんとしていることが伝わったのだろう。何とも言えない表情をしている。

「それに、普段のお勤めに次の司教選挙も重なって業務が山積みですし、昔と違い、今は責任のある立場ですから。あまり危険に身を置かないように、とも」

「なるほどねー……でも、その危険な任務に、よく自分の弟子を送り出したね」

 わずかに、体を強張らせる。

「……その……今回の任務は、私から志願したんです」

「……そうなの?」

「はい……先ほど言ったように私は未熟で、あの場所には不相応ですが……この任を、勇者さまを救うという善行を為せれば、周囲の人々にも、認めてもらえるかもしれな――」

 ――不意に、我に返る。
 口を滑らせすぎたかもしれない。私の事情など、初対面の彼女は興味ないだろうに。

「……ひとまず、私ができる説明はしたつもりです」

 心を落ち着かせるように、小さく息を吐いた。

「説明したうえで、それでもなお疑わしい依頼だというのは、口にした私自身理解しています。全てが誤りであった時は、どうぞ、下級神官の愚かな妄言と笑ってください。ですが、これが全て真実だった場合……」

「その場合、人類は新しい勇者が見つかるまで、魔王に対抗する手段を失う。『パルティールの惨劇』の再来、ってわけだ」

 頷き、顔を上げる。

「先ほどの騒動で、実力は拝見させていただきました。貴女は普段、一人で行動しているとも聞いています」

 私は再び彼女の瞳を正面から見つめ、懇願する。

「アレニエさん。改めてお願いします。……一緒に、勇者さまを助けてください」

 少数で秘密裏に、迅速に目的地に向かい、神剣の助けなしに魔将を討伐する。
 それはある意味、守護者として魔王に挑むより困難かもしれず、達成できる者が容易に見つからないのは探す前から明白だった。

 だからなのだろう。条件を満たす人物として真っ先に思い浮かんだのが、行方不明の剣の帝王と、先の噂だったのは。
 結果は、知っての通りだけれど……

 しかし、その後目の当たりにした彼女の衝撃は、失意の私を立ち直らせるには十分過ぎた。
 実力は申し分なく、単身での活動もこの依頼に適している。なにより……

 これは、ただの勘、というより願望のようなものかもしれないけど……私は、彼女ならこの依頼を達成し勇者を救うことも、不可能ではないように思える。
 だから後の問題は……当の本人が、引き受けてくれるかどうか、だ。

 彼女は目線を下げ、一言も発さず黙考していたが……しばらくして、その口を開いた。
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