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第1章
7節 一夜過ぎて ―リュイスの場合―
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目が覚めた。
窓から入る陽の光が、否応なく朝であることを告げてくる。
しばらくまぶたと格闘し、なんとか目を開くものの、そこに映る部屋の光景は見知ったものではなかった。
「……? ……??」
ひとしきり混乱してから、ようやく思い出す。
「そうだ……アレニエさんの部屋に泊まったんだった……」
私はまだぼんやりとする頭で、昨夜のやり取りを振り返る。
結論から先に言えば、アレニエさんは私の依頼を快く引き受けてくれた。
***
「――そう、だね。いいよ。引き受けても」
「! 本当、ですか……!?」
「うん。仮にここまでの話が全部つくり話とか勘違いとかだとしても、報酬貰えたうえでリュイスちゃんと旅することになるだけだしね。今は他に仕事もないし。ただ……」
「……ただ?」
「これだけは最初に断っておきたいんだけど……実際に魔将まで辿り着いても、わたしの手には負えないと思ったら、その時は迷わず逃げるよ。顔も知らない他人とか。世界とか。そんなもののために命まで懸けたくないからね」
「はい、それで構いません。私も、無為に死者を出したくはありませんから」
「よかった。それと、報酬のことなんだけど」
「……なんでしょう?」
にわかに、嫌な予感がする。
「相手がほんとに魔将だっていうなら……報酬のほうも、もう一声欲しいなぁ」
「う……」
彼女は笑顔でこちらを覗き込むように視線を向けてくる。
こういった要求を、事前に予想しないわけではなかった。だから司祭さまには十分な金額を用意して頂いたのだけど……
依頼に臨む冒険者が、実際にそれで納得するとは限らない。特に今回は、相手が相手だ。
生きて帰れるかも分からない仕事なら、より多くの対価を望む気持ちは、理解できる。命の値段だ。
が、残念ながら預かったのは先刻提示した額で全て。神殿にさらに要求するのも難しい。これ以上を捻出するなら、あとは私の給金ぐらいしか渡せるものがない。
いや、彼女がそれで引き受けてくれるなら、私が身を切るくらい――
「……すみません。今は、これ以上用意できなくて……けれど私に払える範囲でなら、後でなんでも支払いますから……!」
「え、ほんと?」
こちらの台詞が終わるか終わらないかのうちに、アレニエさんが嬉しそうに確認を取ってくる。……あれ? 私、もしかして迂闊なこと言った……?
「そっか、なんでもかぁ。なにがいいかなー」
「……あの……できれば、加減していただけると……」
「そんなに怯えなくても、そこまで無茶なお願いはしないよ。というか、お金は別にいいんだ」
「……お金は、いい?」
報酬が足りないという話では……?
「うん。だからその代わりに…………――――リュイスちゃんが、欲しいな」
…………
…………
「…………はい?」
今、なんと?
「追加の報酬として、リュイスちゃんが欲しいな」
「……。……。……? ……――~~……私!?」
私が報酬!?
「そそそそそ、それっ、て、ど、ど、どう、いう……!? こ……こ……」
恋人的な? それとも、肉欲的な……か、体目当て? 出会って五秒の噂は、女性も――……!?
「んー、つまり――」
彼女は静かに立ち上がり、私が戸惑っている間にするりと体を引き寄せると、流れるように奥のベッドに押し倒した。
二人分の体重を受け止めた木製の寝台(少し固かった)が軋み、ギシリと音を鳴らす。
「――こういう、感じ?」
何をされたかも分からず、為すすべなく寝かされた私に、アレニエさんが覆い被さってくる。
引き締まった、けれど少し丸みを残した彼女の下半身が、私の体を上から抑えつける。
仰ぎ見る私と、見下ろす彼女の視線が交わり、そのまま無言で見つめ合う。
間近で見る彼女の黒瞳に。笑みを形作る艶やかな唇に。灯りを反射する黒髪に。吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「……わたしは、悪ーい下層の冒険者だよ? こういう目に遭うかもって、ちょっとも考えてなかった?」
優しくも妖しい彼女の笑顔と、触れた個所からほのかに感じる体温が、思考を鈍らせてゆく。
経験のない事態に動悸が収まらない。汗が衣服を張りつかせるのを感じた。ああ……きっと今、私の顔は真っ赤だ……
「……私を、抱くのが……報酬、って、ことですか……?」
同性でも肌を重ねる場合があるのは知っている。神殿で、〝そういう〟関係の同僚を目にしたこともある。
けれど私たちは出会ったばかりで、お互いを全く知らない。
思慕も情愛もなく、ただの代価として体を差し出す行為は、仮にも神官である身としては避けるべきだ。そう、思いつつも……
圧し掛かられ、動けないのを差し引いても、無理矢理振り払おうという気には、なぜかなれない。少なくとも、先刻大男に迫られた時のような恐怖は感じない。
それに、要求が私というのは想定外だが、身を切る覚悟自体は先刻固めたばかりだ。〝私の体くらい〟で追加の報酬になるのなら、むしろありがたいのでは、という気さえしている。
そもそも私は……この状況を、嫌だと思っているのだろうか……?
「いや、せっかく知り合えたから、友達になって欲しいな、って思ったんだけど」
…………
「…………とも、だち?」
「ともだち」
目を瞬かせる私の耳元に顔を寄せ、彼女は少し楽しそうな声音で囁く。
「……なにを想像してたのかな、リュイスちゃん」
彼女の言葉に、今度は羞恥で、かぁぁぁっ、と頬が熱くなっていく。
顔を離し、こちらを見下ろすアレニエさんは変わらず笑顔だったが……そこに、先刻まではなかった悪戯っぽさが、わずかに混じっている気がした。
「(……もしかして……からかわれた、だけ……?)」
耳まで赤くする私を、彼女は楽しそうに眺めている。
「ごめんごめん。反応が可愛かったから、つい」
「ぅう……」
少し恨みがましい視線を向けてみるものの、当の本人に堪えた様子は全くない。
彼女は上体を起こし、私の体を解放すると、そのまま隣に腰を下ろす。
「ちなみにリュイスちゃん、今日の宿って取ってる?」
「へ?」
頬の熱も冷めぬ間に、予想外の質問が飛んできた。
体を起こし、思考を苦労して切り替えつつ、慌てて返答する。
「え、あ、えと……依頼を受けてくれる冒険者を探し出せたら、その宿で一泊しようと思っていたんです、が…………あっ」
依頼の手続きも報酬を預けることもせず、勢いのままに彼女を追いかけて来たのを思い出す。当然、宿など取っていない。
彼女は私の様子から、大体のところを察したらしい。
「じゃあ、ちょうどいいからここに泊まっていってよ。宿代も浮くし」
「そんな、そこまでお世話になるわけには……あ、いえ、それより依頼は……」
「心配しなくても、ちゃんと引き受けるよ。追加の報酬、くれるんだよね?」
彼女は言いながら、片手を差し出してくる。
先刻の勘違いを思い出し、再び顔が赤らむのを感じる一方で――
「(友達……私に……?)」
馴染みのない響きを噛みしめる。羞恥とは別の理由で、頬が紅潮していた。
わずかに逡巡した後、赤みが増した顔を隠すように俯きながら、私は控えめに彼女の手を握った。
「……その……私なんかで、良ければ……よろしくお願いします」
「うん。交渉成立だね」
私の手を握り返し頷くアレニエさんの表情は、心なしか満足そうに見える。
この申し出で彼女になんの得があるのか、正直疑問に思うが……それで引き受けてくれるというなら、むしろ素直に感謝するべきなのだろう。
あるいはここまでの一連の言動自体、こちらと打ち解けるための話術だったのかもしれない。
「それじゃ、このベッドそのまま使って。とーさんがたまに掃除してるから、綺麗なはずだよ」
寝台をポンポンと叩き、こちらに勧めるアレニエさん。始めからそうするつもりで、ここに押し倒したのだろうか。
「あ。それとも、こっちで一緒に寝る?」
「いっ……!?」
一緒、って……また、からかわれてる? それとも……
「……アレニエさんは、女性が好きなんですか?」
「わたし? わたしはどっちもいけるだけだよ?」
直接的に訊ねてはみたが、変わらず向けられる笑顔からは、本気とも冗談とも判別できない。というかどっちもって。
と、判断をつける前にふと脳裏に浮かんだのは、彼女が先刻、眠りながら大男の指をへし折っていた光景だった。
「すみません、遠慮しておきます」
「そっか。残念」
言葉の割にはそこまで残念でもなさそうに、彼女はあっさり引き下がる。……警戒しすぎだっただろうか。
「……あの、やっぱり代金も払わず泊めていただくのは申し訳ないですし、今からでも部屋を取りに……」
「いいからいいから。なんなら報酬の前金ってことで、今夜一晩付き合ってよ」
「……そういう、ことなら……分かりました。一晩、お世話になります。……ですが、その……」
依然、私は報酬扱いらしい。
それも含めて引き受けてくれたのなら、あまり申し出を断るわけにもいかないだろう。
けれど私が報酬だというなら、個人的に一つだけ、納得できないことがあった。
「……払う側の私が、払わずに泊めてもらうっておかしくないですか?」
「……わたしが言うのもなんだけど、気になるのはそこなの?」
***
聖服を脱ぎ、下着姿になった私は、薦められたベッドで横になっていた。
隣では、アレニエさんが既にすやすやと穏やかな寝息を立てている。
鎧や衣服を脱ぎ、私と同じように薄着姿になっている彼女だったが……なぜか、左手の黒い篭手だけは、外す様子がなかった。
「(魔具……かな)」
魔具は、条件を満たすことで疑似的に魔術を扱う、あるいはその行使を補佐する道具の総称だ。
効果や価値は制作者の腕で上下し、質の高い品は他者から狙われる例もあるらしいけれど……
身につけたまま就寝するという人は、少なくとも私は知らない。訝しく思い、訊ねてみたが……
「内緒です」
と、笑顔で、しかしはっきりと拒絶の意志を示され、それ以上聞くのは憚られた。
気にはなるが、誰だって人に言えない、言いたくないことぐらいあるだろう。
そして今はそれ以上に、ベッドに入る前に目にした、彼女の下着姿が脳裏に焼き付いていた。
細身でありながら程よく出るところは出ている、均整のとれた肢体。
くびれた腰や、すらりと伸びる手足は、しなやかな肉食獣を想起させた。
仕事の際に負ったのか、その身にはいくつか目立つ傷跡もあったが、それらを全て含めて綺麗だと思った。押し倒された際の胸の鼓動が、にわかに蘇る。
「(……私のほうが、女の人を好きだったのかな……)」
神殿では、男女の交際を制限していない。
私たちが信奉するアスタリアは、この世界の全ての善いものを創造し、またそれらを享受することを私たちに許している。
端的に言えば、女神が創り出したこの世界で人々が生を謳歌すること。それ自体が、彼女の目に適う善行になる。苦痛や害意は対立する邪神の産物(だと言われている)なのだから、それを抱きながら生きるのは望ましくない。
婚姻を結び夫婦生活を営むのも、生を楽しむ方法の一つだ。性交における悦びは、神に与えられた権利とも言える。
結果、子を授かるなら、それは新たに神を信仰する信徒が、魔物と戦う戦士が増えるのにも繋がる。婚姻は善行と見做され、神殿で推奨されているほどだった。もちろん、節度は保たなければいけないが。
そして、その本分を忘れない限りにおいて……女性同士での交遊も、ある程度黙認されていた。
創設者が女性だったこと(〈白き星の乙女〉と呼ばれた神官だった)。
性差における神との親和性(女神であるからか、アスタリアの法術は女性のほうが適性が高い)。
過去には、男性神官が不貞を働いた事件等もあったらしい(大きな声では言えないが)。
様々な要因の結果、現在の総本山は女性の比率が非常に高く、異性と出会う機会には恵まれない場所となっている。
また、分類としては上層に位置しているが、実際に建てられた場所は〈神眠る〉オーブ山の中腹。俗世とは隔絶された生活に、郷愁を呼び起こされる者も少なくない。(このあたり、結婚の奨励とは相反しているようにも思うが、そもそもがアスタリアへの祭事を起源とする場所であるため、一般の神殿とは違うのだろう)
そうした環境から女性同士の関係が深まるのは、ある意味で自然な流れと言える……かもしれない。
ただ、私はそういったものにあまり興味がなく、縁もなく、余裕もなかった。
各人に個室が割り当てられているため、他人の素肌を見る機会も少ない。誰かと共に眠るのも幼少の頃以来だ。
だから……分からなかった。
この鼓動が、慣れない状況に戸惑っているだけなのか、それとも……今まで、気付かなかっただけ、なのかは。
とはいえ、そんなことを考えていたのも最初だけで、やがて訪れた睡魔によって、いつの間にか私は眠りについていた――
***
隣を見れば、アレニエさんの姿は既になかった。もう起きて部屋を出たらしい。私も、いい加減きちんと起きなければ。
着替えを済ませ、ベッドを整えた私は、彼女と合流すべく部屋を後にした。
窓から入る陽の光が、否応なく朝であることを告げてくる。
しばらくまぶたと格闘し、なんとか目を開くものの、そこに映る部屋の光景は見知ったものではなかった。
「……? ……??」
ひとしきり混乱してから、ようやく思い出す。
「そうだ……アレニエさんの部屋に泊まったんだった……」
私はまだぼんやりとする頭で、昨夜のやり取りを振り返る。
結論から先に言えば、アレニエさんは私の依頼を快く引き受けてくれた。
***
「――そう、だね。いいよ。引き受けても」
「! 本当、ですか……!?」
「うん。仮にここまでの話が全部つくり話とか勘違いとかだとしても、報酬貰えたうえでリュイスちゃんと旅することになるだけだしね。今は他に仕事もないし。ただ……」
「……ただ?」
「これだけは最初に断っておきたいんだけど……実際に魔将まで辿り着いても、わたしの手には負えないと思ったら、その時は迷わず逃げるよ。顔も知らない他人とか。世界とか。そんなもののために命まで懸けたくないからね」
「はい、それで構いません。私も、無為に死者を出したくはありませんから」
「よかった。それと、報酬のことなんだけど」
「……なんでしょう?」
にわかに、嫌な予感がする。
「相手がほんとに魔将だっていうなら……報酬のほうも、もう一声欲しいなぁ」
「う……」
彼女は笑顔でこちらを覗き込むように視線を向けてくる。
こういった要求を、事前に予想しないわけではなかった。だから司祭さまには十分な金額を用意して頂いたのだけど……
依頼に臨む冒険者が、実際にそれで納得するとは限らない。特に今回は、相手が相手だ。
生きて帰れるかも分からない仕事なら、より多くの対価を望む気持ちは、理解できる。命の値段だ。
が、残念ながら預かったのは先刻提示した額で全て。神殿にさらに要求するのも難しい。これ以上を捻出するなら、あとは私の給金ぐらいしか渡せるものがない。
いや、彼女がそれで引き受けてくれるなら、私が身を切るくらい――
「……すみません。今は、これ以上用意できなくて……けれど私に払える範囲でなら、後でなんでも支払いますから……!」
「え、ほんと?」
こちらの台詞が終わるか終わらないかのうちに、アレニエさんが嬉しそうに確認を取ってくる。……あれ? 私、もしかして迂闊なこと言った……?
「そっか、なんでもかぁ。なにがいいかなー」
「……あの……できれば、加減していただけると……」
「そんなに怯えなくても、そこまで無茶なお願いはしないよ。というか、お金は別にいいんだ」
「……お金は、いい?」
報酬が足りないという話では……?
「うん。だからその代わりに…………――――リュイスちゃんが、欲しいな」
…………
…………
「…………はい?」
今、なんと?
「追加の報酬として、リュイスちゃんが欲しいな」
「……。……。……? ……――~~……私!?」
私が報酬!?
「そそそそそ、それっ、て、ど、ど、どう、いう……!? こ……こ……」
恋人的な? それとも、肉欲的な……か、体目当て? 出会って五秒の噂は、女性も――……!?
「んー、つまり――」
彼女は静かに立ち上がり、私が戸惑っている間にするりと体を引き寄せると、流れるように奥のベッドに押し倒した。
二人分の体重を受け止めた木製の寝台(少し固かった)が軋み、ギシリと音を鳴らす。
「――こういう、感じ?」
何をされたかも分からず、為すすべなく寝かされた私に、アレニエさんが覆い被さってくる。
引き締まった、けれど少し丸みを残した彼女の下半身が、私の体を上から抑えつける。
仰ぎ見る私と、見下ろす彼女の視線が交わり、そのまま無言で見つめ合う。
間近で見る彼女の黒瞳に。笑みを形作る艶やかな唇に。灯りを反射する黒髪に。吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「……わたしは、悪ーい下層の冒険者だよ? こういう目に遭うかもって、ちょっとも考えてなかった?」
優しくも妖しい彼女の笑顔と、触れた個所からほのかに感じる体温が、思考を鈍らせてゆく。
経験のない事態に動悸が収まらない。汗が衣服を張りつかせるのを感じた。ああ……きっと今、私の顔は真っ赤だ……
「……私を、抱くのが……報酬、って、ことですか……?」
同性でも肌を重ねる場合があるのは知っている。神殿で、〝そういう〟関係の同僚を目にしたこともある。
けれど私たちは出会ったばかりで、お互いを全く知らない。
思慕も情愛もなく、ただの代価として体を差し出す行為は、仮にも神官である身としては避けるべきだ。そう、思いつつも……
圧し掛かられ、動けないのを差し引いても、無理矢理振り払おうという気には、なぜかなれない。少なくとも、先刻大男に迫られた時のような恐怖は感じない。
それに、要求が私というのは想定外だが、身を切る覚悟自体は先刻固めたばかりだ。〝私の体くらい〟で追加の報酬になるのなら、むしろありがたいのでは、という気さえしている。
そもそも私は……この状況を、嫌だと思っているのだろうか……?
「いや、せっかく知り合えたから、友達になって欲しいな、って思ったんだけど」
…………
「…………とも、だち?」
「ともだち」
目を瞬かせる私の耳元に顔を寄せ、彼女は少し楽しそうな声音で囁く。
「……なにを想像してたのかな、リュイスちゃん」
彼女の言葉に、今度は羞恥で、かぁぁぁっ、と頬が熱くなっていく。
顔を離し、こちらを見下ろすアレニエさんは変わらず笑顔だったが……そこに、先刻まではなかった悪戯っぽさが、わずかに混じっている気がした。
「(……もしかして……からかわれた、だけ……?)」
耳まで赤くする私を、彼女は楽しそうに眺めている。
「ごめんごめん。反応が可愛かったから、つい」
「ぅう……」
少し恨みがましい視線を向けてみるものの、当の本人に堪えた様子は全くない。
彼女は上体を起こし、私の体を解放すると、そのまま隣に腰を下ろす。
「ちなみにリュイスちゃん、今日の宿って取ってる?」
「へ?」
頬の熱も冷めぬ間に、予想外の質問が飛んできた。
体を起こし、思考を苦労して切り替えつつ、慌てて返答する。
「え、あ、えと……依頼を受けてくれる冒険者を探し出せたら、その宿で一泊しようと思っていたんです、が…………あっ」
依頼の手続きも報酬を預けることもせず、勢いのままに彼女を追いかけて来たのを思い出す。当然、宿など取っていない。
彼女は私の様子から、大体のところを察したらしい。
「じゃあ、ちょうどいいからここに泊まっていってよ。宿代も浮くし」
「そんな、そこまでお世話になるわけには……あ、いえ、それより依頼は……」
「心配しなくても、ちゃんと引き受けるよ。追加の報酬、くれるんだよね?」
彼女は言いながら、片手を差し出してくる。
先刻の勘違いを思い出し、再び顔が赤らむのを感じる一方で――
「(友達……私に……?)」
馴染みのない響きを噛みしめる。羞恥とは別の理由で、頬が紅潮していた。
わずかに逡巡した後、赤みが増した顔を隠すように俯きながら、私は控えめに彼女の手を握った。
「……その……私なんかで、良ければ……よろしくお願いします」
「うん。交渉成立だね」
私の手を握り返し頷くアレニエさんの表情は、心なしか満足そうに見える。
この申し出で彼女になんの得があるのか、正直疑問に思うが……それで引き受けてくれるというなら、むしろ素直に感謝するべきなのだろう。
あるいはここまでの一連の言動自体、こちらと打ち解けるための話術だったのかもしれない。
「それじゃ、このベッドそのまま使って。とーさんがたまに掃除してるから、綺麗なはずだよ」
寝台をポンポンと叩き、こちらに勧めるアレニエさん。始めからそうするつもりで、ここに押し倒したのだろうか。
「あ。それとも、こっちで一緒に寝る?」
「いっ……!?」
一緒、って……また、からかわれてる? それとも……
「……アレニエさんは、女性が好きなんですか?」
「わたし? わたしはどっちもいけるだけだよ?」
直接的に訊ねてはみたが、変わらず向けられる笑顔からは、本気とも冗談とも判別できない。というかどっちもって。
と、判断をつける前にふと脳裏に浮かんだのは、彼女が先刻、眠りながら大男の指をへし折っていた光景だった。
「すみません、遠慮しておきます」
「そっか。残念」
言葉の割にはそこまで残念でもなさそうに、彼女はあっさり引き下がる。……警戒しすぎだっただろうか。
「……あの、やっぱり代金も払わず泊めていただくのは申し訳ないですし、今からでも部屋を取りに……」
「いいからいいから。なんなら報酬の前金ってことで、今夜一晩付き合ってよ」
「……そういう、ことなら……分かりました。一晩、お世話になります。……ですが、その……」
依然、私は報酬扱いらしい。
それも含めて引き受けてくれたのなら、あまり申し出を断るわけにもいかないだろう。
けれど私が報酬だというなら、個人的に一つだけ、納得できないことがあった。
「……払う側の私が、払わずに泊めてもらうっておかしくないですか?」
「……わたしが言うのもなんだけど、気になるのはそこなの?」
***
聖服を脱ぎ、下着姿になった私は、薦められたベッドで横になっていた。
隣では、アレニエさんが既にすやすやと穏やかな寝息を立てている。
鎧や衣服を脱ぎ、私と同じように薄着姿になっている彼女だったが……なぜか、左手の黒い篭手だけは、外す様子がなかった。
「(魔具……かな)」
魔具は、条件を満たすことで疑似的に魔術を扱う、あるいはその行使を補佐する道具の総称だ。
効果や価値は制作者の腕で上下し、質の高い品は他者から狙われる例もあるらしいけれど……
身につけたまま就寝するという人は、少なくとも私は知らない。訝しく思い、訊ねてみたが……
「内緒です」
と、笑顔で、しかしはっきりと拒絶の意志を示され、それ以上聞くのは憚られた。
気にはなるが、誰だって人に言えない、言いたくないことぐらいあるだろう。
そして今はそれ以上に、ベッドに入る前に目にした、彼女の下着姿が脳裏に焼き付いていた。
細身でありながら程よく出るところは出ている、均整のとれた肢体。
くびれた腰や、すらりと伸びる手足は、しなやかな肉食獣を想起させた。
仕事の際に負ったのか、その身にはいくつか目立つ傷跡もあったが、それらを全て含めて綺麗だと思った。押し倒された際の胸の鼓動が、にわかに蘇る。
「(……私のほうが、女の人を好きだったのかな……)」
神殿では、男女の交際を制限していない。
私たちが信奉するアスタリアは、この世界の全ての善いものを創造し、またそれらを享受することを私たちに許している。
端的に言えば、女神が創り出したこの世界で人々が生を謳歌すること。それ自体が、彼女の目に適う善行になる。苦痛や害意は対立する邪神の産物(だと言われている)なのだから、それを抱きながら生きるのは望ましくない。
婚姻を結び夫婦生活を営むのも、生を楽しむ方法の一つだ。性交における悦びは、神に与えられた権利とも言える。
結果、子を授かるなら、それは新たに神を信仰する信徒が、魔物と戦う戦士が増えるのにも繋がる。婚姻は善行と見做され、神殿で推奨されているほどだった。もちろん、節度は保たなければいけないが。
そして、その本分を忘れない限りにおいて……女性同士での交遊も、ある程度黙認されていた。
創設者が女性だったこと(〈白き星の乙女〉と呼ばれた神官だった)。
性差における神との親和性(女神であるからか、アスタリアの法術は女性のほうが適性が高い)。
過去には、男性神官が不貞を働いた事件等もあったらしい(大きな声では言えないが)。
様々な要因の結果、現在の総本山は女性の比率が非常に高く、異性と出会う機会には恵まれない場所となっている。
また、分類としては上層に位置しているが、実際に建てられた場所は〈神眠る〉オーブ山の中腹。俗世とは隔絶された生活に、郷愁を呼び起こされる者も少なくない。(このあたり、結婚の奨励とは相反しているようにも思うが、そもそもがアスタリアへの祭事を起源とする場所であるため、一般の神殿とは違うのだろう)
そうした環境から女性同士の関係が深まるのは、ある意味で自然な流れと言える……かもしれない。
ただ、私はそういったものにあまり興味がなく、縁もなく、余裕もなかった。
各人に個室が割り当てられているため、他人の素肌を見る機会も少ない。誰かと共に眠るのも幼少の頃以来だ。
だから……分からなかった。
この鼓動が、慣れない状況に戸惑っているだけなのか、それとも……今まで、気付かなかっただけ、なのかは。
とはいえ、そんなことを考えていたのも最初だけで、やがて訪れた睡魔によって、いつの間にか私は眠りについていた――
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前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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