[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

15節 必要のない決闘

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 振り向いた私の目に映ったのは、地面に刻まれたえぐられたような跡と、一気にその数を減らした襲撃者たち。そして、それを一人で為したであろう、彼女の姿だった。

 こちらがかろうじて――本当にかろうじて二人相手にしていた間に、向こうはほとんど無傷で五人を制圧していたらしい。……いや、ほとんどどころじゃない。本当に、傷一つ負っていない……

「(とん、でもない……)」

 その実力に惚れこんで依頼をお願いしたわけだけど、正直ここまでとは思っていなかった。

「……マジかよ……」

 呟きは、唯一残っていた大男のものだった。
 大剣を地面に突き刺し、なにかに耐えるような姿勢を取っていた彼は、辺りの惨状に目を丸くしている。

「リュイスちゃん」

 アレニエさんはこちらを一瞥し、なぜかしばらく視線をさまよわせ……あ、向こうで倒れてる斧槍使いを探してたのか。

「無事みたいだね。良かった」

 私の相手が二人共に倒れているのを確認し、彼女は心なしかホっとした様子で声を掛けてくれる。こちらを気遣うその様子は、いつもと変わりない。息すら切らしていない。
 こちらの倍以上の人数に囲まれていたのになんでそんな平然としてるんですかアレニエさん……それこそ、無事で良かったけれど。
 と――

「お前……」

 不意に大男が、アレニエさんに声を向ける。

「……お前……本当に強えんだな……正直、昨日やられたのは不意を突かれたせいだと思ってたんだが……」

「いや、今も不意を突いただけだけどね」

 なんで戦果を弁解してるんですかアレニエさん。

 今もまだ茫然とした様子の大男は、彼女の言葉を聞いているのかいないのか判然としない。が、反面興奮したように見開かれたその瞳は、確実にアレニエさんを捉えている。

「今度こそ退かない? 仲間もみんなのびてるし、これ以上やってもしょうがないでしょ?」

「バカ言え」

 彼女の言葉を、男はなぜか笑いながら一蹴する。

「お前みてぇな強ぇ奴とサシでやり合えるんだ。むしろ俄然がぜんやる気が湧いてきたぜ」

「……わたし、男の人のそういう気持ち、よく分かんないんだけど」

「そいつはすまねぇと思うが、付き合ってもらうぜ。なんせ昨日の指と財布の礼があるからな」

 ……指はともかく、財布?

 台詞は冗談めかしているが、男の目は真剣だった。地面に刺していた大剣を引き抜き、右肩当てで担ぐような形で構える。

「幸い神官の嬢ちゃんがいるからな。どっちかが死体になってもすぐに浄化してくれるさ。本気でやり合うにはおあつらえ向きだ」

「わたしにその気がなくても?」

「ああ、やる。殺す気で行けば、お前は相手してくれんだろ?」

 ニヤリと笑う男をしばらく見つめ……彼女は諦めたように小さくため息をついた。そして腰の後ろに差した剣の柄を右手で、通常の使い方とは逆の、逆手さかてで握る。
 彼女が応じたことに大男は笑みを深め、担いだ大剣を握る手に力を込めていく――

「待って……待ってください!」

 私はたまらず二人の間に割って入った。

「どうしてまだ戦う流れになってるんですか! 報復も、依頼も、仲間が全員倒れてる状態では続けられないでしょう!? これ以上無理に争う意味なんて――」

「悪ぃな、嬢ちゃん。別にあいつらに対して仲間意識なんてもんはねぇし、嬢ちゃんをどうこうするって依頼も興味はねぇ。報復も、今はどうでもいい」

「だったらなおさら……!」

「ああ、そうだ。ここから先は言ってみりゃ必要のない勝負で、俺のただのわがままだ。だから俺一人しか残ってねえってのは、俺が退く理由にはならねぇ。それに、必要がなくても意味はあるのさ。俺にとってはな」

 ……あ、ダメだ。この人、本当に退く気が全くない。それを、肌で感じた。
 ならば、と、今度は反対側に向き直る。

「~~アレニエさんも! どうして貴女までやる気になってるんですか!?」

「いや、ほら。わたしだけが剣を置いても、向こうにその気がないからさ」

「だからって……!」

「それにね、リュイスちゃん。こういう類は一度火が付いちゃうと、それが消えるまでもうどうにもならないんだよ。たとえ、頭で分かっていてもね。多分ここで逃げても、ちゃんとやり合うまで解放してくれないよ、この人。なら、この先急ぐためにも、早めに済ましちゃったほうがいいでしょ?」

「そういうこった。だからどいてくれ、嬢ちゃん。俺はこの女とやり合えればそれでいい。嬢ちゃんに怪我させるつもりはねぇ」

「……そんな……」

 どちらも私の言葉では止まらない――止まるつもりがないのを悟り、一瞬、諦観ていかんよぎってしまう。

 私たちは死を忌避する。
 それは邪神がもたらす『死』に抵抗する意志であり、生物として生まれ持った本能でもある。
 しかし、時にそれ以上の渇望を抱え、命を懸け合う人種が存在していることも、知識の上でだけは、知っていた。

 ここは街の外で、穢れを払える神官(私だ)もいる。アレニエさんが負傷する可能性は依頼人として看過できないが、その依頼のために厄介事を片付けるという理屈も、分からなくはない。
 そして当事者同士が了承している以上、私が止める権利など、どこにもないのかもしれない。

 けれどそれは……それこそ、感情が納得するのとは、全く別の問題だ。
 私は、目の前で誰かが死ぬかもしれない状況で、引き下がることが、できない。

「……そんなの、おかしいです。納得できません……! これ以上争う理由なんてやっぱりないし、今度は本当に死んでしまうかもしれないんですよ!? それでもまだ続けると言うなら、私は――!」

「すまねぇな」

 簡素な謝罪と共に突き出された男の拳が、向き直った私の腹部に吸い込まれた。

「っぁ……!」

 苦痛に体をくの字に折り、堪らず膝から崩れ落ちる。
 力が入らない。腕も、足も、恐怖とは違う震えに包まれている。
 腹部の痛みだけじゃない。先の戦いの疲労が、男の一撃を契機に、全身にどっと押し寄せてきていた。

 そうして私が動けないでいる間に、二人は距離を取り、死合う準備を始めてしまう。
 心はこの状況をなんとかしようと暴れているが、体は言うことを聞いてくれない。
 いや、そもそも万全だとしても、私は二人を止める程の力を持ち合わせていないのだ。未熟な自分は結局、こうして黙って見ているしかできないのかもしれない……

 私は一度、目を閉じる。
 気を抜くとそのまま失いそうな意識を無理矢理保ち、肘を支えに体を起こし、前を向く。
 そして、二人の戦いをこの目に収めるため、瞳を開いた。


  ――――


 アレニエさんは鞘に納めていた剣の柄を逆手に握り、静かに引き抜く。
 細身で片刃の、綺麗な片手剣。剣身には緩やかな反りが入っており、柄にはわずかだが装飾も施されていた。

 彼女は後ろに置いた右足に重心を傾け、軽く腰を沈め、手にした剣を体で隠すように構える。普段よりわずかに細められた瞳が、男を捉える。

「本当に死んでも、恨みっこなしね」

「言われるまでもねえ」

 男は獰猛どうもうに、それでいて満足そうな笑みを浮かべながら、短く応じる。――そして。

「おらぁ!」

 様子見も無く、大男がいきなり仕掛けた。
 猛然と突進し、巨大な剣を袈裟がけに振り下ろす。圧倒的な膂力りょりょくで振り下ろされる鋼の塊は、風圧だけでも人を倒せそうだった。

 対するアレニエさんは、姿勢をさらに低くし、一歩左に踏み出しただけで、大剣の一撃を潜り抜ける。
 簡単にやっているようにすら見えるその動作は、私からすれば驚嘆すべきものだった。
 たとえ事前に見切り、〝当たらない〟という確信を抱けたとしても、あの巨体から振るわれる鉄塊の圧力には、少なからず恐怖を覚えるはずだ。しかもそれを、前に出ながらかわすなど。

 一方で、長大な武器は威力と間合いで優位に立てる反面、その巨大さから来る重量と重心が、次撃への足枷にもなってしまう。
 初撃をかわした彼女は、正にその攻撃と攻撃の継ぎ目を狙い反撃しようとしていたが――

「せあっ!」

「!」

 大男は振り下ろした大剣を即座に斬り返し、次の攻撃に繋げてきた。
 斬撃は(おそらくアレニエさんにとっても)予想以上に鋭く、早く、わずかにかわすタイミングが遅れたその頬に、赤い線を一筋引いていく。
 後ろに跳び退り態勢を立て直し、彼女は再び男に接近しようとするが……

 あんな巨大な武器を振るっているにも関わらず、大男の剣は総じて鋭かった。
 見た目から推し量れる腕力だけではない。一種丁寧とさえ思える技術は、実直に積み重ねた鍛錬の成果を感じさせる。

 全身を連動させ、武器の重心も利用する、素早く、正確な剣捌き。生半なまなかな防具なら楽に両断してしまいそうな攻撃が、間断なく襲い来る。
 さすがの彼女も攻めあぐねているように見えたが……

「……ふっ!」

 男が剣を逆袈裟に振り上げたタイミングに合わせて、アレニエさんは投擲とうてき用のダガーを呼気と共に投射。二本の刃が、それぞれ男の顔と右腕に向かって飛来する。
 そして投げた刃を追うように、彼女自身も姿勢を低くしながら駆け出した。

「効くかよこんなもんっ!」

 攻撃後の崩れかけた態勢だが、男は大剣を斬り返し、一振りで二本同時に叩き落とす。続けて、向かい来る彼女を迎撃しようと身構え――

「――!?」

 目の前に誰の姿もないことに気づき、その動きがわずかに止まる。

 アレニエさんの先刻の投擲は攻撃であると同時に、相手の動きを誘導し、狙い通りに剣を振らせるためのものだった。
 男が飛来物を防いだ――つまり自身の剣で一瞬視界を遮った瞬間、彼女は大男の死角に跳躍した。男からすれば、突然消えたように見えるだろう。

 直後、左側面から鈍色にびいろの刃が襲い来る。

「ぐっ!?」

 首を狙っての一撃を、男は身を反らしてかろうじて防ぐ。奇襲を察知したというより、対峙していた敵を見失うという異常事態に、反射的に後退した結果に見えた。しかし完全には避けきれず、左肩の表面を切り裂かれてしまう。

 仕留めきれなかったのを気にするでもなく、彼女は機敏に反転。再び跳躍し、さらなる斬撃を浴びせていく。一手で攻守が逆転した。

 態勢を崩された大男は、次々繰り出される彼女の攻撃に対応するので精一杯だった。
 一撃一撃に込められた殺気は大剣の防御を超え、鎧の表面を、あるいは露出した肌の部分を削り続ける。致命傷だけは避けているが、男の体には少しづつ傷が増えていく。
 失血が増えれば動きは鈍り、やがて生死にも繋がる。現状が続けば、遠からずこの勝負は決するだろう。

 幾度目かの交錯の後、アレニエさんは正面から、再び男の首を狙って剣を放った。
 が、今度はそれを待っていたかのように男が動いた。
 首を一文字に切り裂こうとするアレニエさんの動きに対して、男は縦に、彼女の剣に交差させるように自身の武器を振り下ろす。おそらくは、彼女の剣を破壊する目論見で。

「へし折ってやるぜっ!」

 実際、正面から衝突すれば重量のあるほうが勝り、男の言葉通りの結果になるだろう。
 けれど、ここから傍観していた私は、確信してしまった。

 ――このままでは、男は死んでしまう。
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