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第1章
幕間4 ある冒険者の最期
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「はぁっ……! はぁっ……!」
朝日がほとんど差し込まない薄闇の中を、枝や下草で傷を作るのも構わず走り続ける。
「(なんだ、あいつは……なんで、〝こんなところ〟にいる……!?)」
『森』に向かい、魔物の増減・動向を調査し、報告する。俺が近くの街で受けたのはそんな依頼だ。
簡単な任務のはずだった。さっさと片付けてしまい、少ない依頼料を酒に変えて飲み干して終わる。そのはずだった。それが……
「はぁ……! はぁ……! ……くそっ……!」
まだ十年しか経っていないのに新たな勇者が選ばれたらしい、という噂は、ここにも届いていた。
実際にパルティールの王都にでも行かなきゃ真偽は確かめようもないが、本当だとしたら魔王も蘇っていることになる。そうなれば、いずれこの『森』も魔物で溢れてしまうだろう。
だが本当にそれが起きるとしても、もうしばらく先の出来事のはずだった。なにもない場所から生えてくるわけじゃないし、仮にそうだとしても急に溢れ返るわけじゃない。
それに領土の境目のこの森は、出没する魔物もたかが知れている。危険は少ないはずだった。なのに……!
走りながら後ろを見る。追手の姿はない。
撒いたか? 一度立ち止まって辺りを窺う。が。
ゴオオォっ!
森の奥から、轟音を上げて風が――横倒しの塔ほどに巨大な風が、迫ってくる。
「うわあああぁぁっ!?」
寸前で避けたが、さっきまで自分がいた地面は『塔』の通過によって無残に抉られていた。当たっていれば、今頃は……
いまだ追っ手はこちらを捕捉している。早く逃げなければ。
すぐさま立ち上がり、走り出そうとしたところで……ようやく気づく。動かない。――なぜ。
いつの間にか足元は薄い氷に覆われ、地面に縫い留められていた。
氷は徐々に全身に昇り、すぐに身じろぎ一つできなくなる。視界が固定される。
もう眼球を動かすこともできないのに、意識や視覚、聴覚だけは働いていた。その耳に、男の声が聞こえる。
「ようやく追いついたぜ。手間かけさせやがって」
その男は、凍り付いた俺の肩に気安く手を置き、わざわざ顔を覗き込んできた。
紋様のようなものが刻まれた赤銅色の肌に、頭部には角が生えている。それ以外はほとんど人間と変わらないが……間近で感じる穢れた魔力は、並みの人間ではありえぬほどに強く、禍々しく、こちらの魔覚を焼き焦がしそうな熱を持っていた。――魔族だ。
「運がありませんでしたね。〝今〟この森に入ってくるとは」
次いで聞こえたのは、抑揚のない女の声だった。
少し離れた位置に、声の主であろう青白い肌の女が現れ、感情の見えない瞳をこちらに向けている。
こいつも、肌の色や耳の長さなどを除けば人間と変わらない容姿をしていたが、横にいる男と同様、強い穢れを発している。
「(こんなところに、魔族が……二体……!?)」
いや、違う。もう一体いる。
いつの間にか俺の前方に、全身に漆黒の鎧を纏い、抜身の剣を携えた、騎士を思わせる外見の魔族が現れていた。
先の二体を上回る巨大な魔力に、それらを従えてこちらを睥睨するその偉容。
こいつだ。
こいつが、さっきの『塔』を放った術者。この魔族たちの主だ。
そう確信したのが合図だったかのように、そいつは兜の奥に隠された口を厳かに開いた。
「――今はまだ、我らの存在を知られるわけにはいかぬ」
響きだけで周囲を威圧するような、低い、男の声だった。
そして、それ以外に語ることもないのだろう。無言で、手にした剣を頭上に掲げる。
「(ちくしょう……ちくしょう……!)」
眼前の光景を視界に納めながら脳裏に浮かぶのは、この魔族たちと遭遇した際の記憶。
黒い鎧の魔族は、俺の姿を一瞥した後、こう問うてきたのだ。
「貴様は、勇者か?」と。
「(こんなところで……勇者を、待ち伏せしてる、ってのか……? ちくしょう、誰か……誰かに知らせ――)」
「さらばだ」
意外なほど静かに、しかし鋭さを伴って、黒剣が振り下ろされた。
凍り付き、指先一つ動かせない俺の体は、その軌跡に為すすべなく断ち切\
\ら
\れ
て
朝日がほとんど差し込まない薄闇の中を、枝や下草で傷を作るのも構わず走り続ける。
「(なんだ、あいつは……なんで、〝こんなところ〟にいる……!?)」
『森』に向かい、魔物の増減・動向を調査し、報告する。俺が近くの街で受けたのはそんな依頼だ。
簡単な任務のはずだった。さっさと片付けてしまい、少ない依頼料を酒に変えて飲み干して終わる。そのはずだった。それが……
「はぁ……! はぁ……! ……くそっ……!」
まだ十年しか経っていないのに新たな勇者が選ばれたらしい、という噂は、ここにも届いていた。
実際にパルティールの王都にでも行かなきゃ真偽は確かめようもないが、本当だとしたら魔王も蘇っていることになる。そうなれば、いずれこの『森』も魔物で溢れてしまうだろう。
だが本当にそれが起きるとしても、もうしばらく先の出来事のはずだった。なにもない場所から生えてくるわけじゃないし、仮にそうだとしても急に溢れ返るわけじゃない。
それに領土の境目のこの森は、出没する魔物もたかが知れている。危険は少ないはずだった。なのに……!
走りながら後ろを見る。追手の姿はない。
撒いたか? 一度立ち止まって辺りを窺う。が。
ゴオオォっ!
森の奥から、轟音を上げて風が――横倒しの塔ほどに巨大な風が、迫ってくる。
「うわあああぁぁっ!?」
寸前で避けたが、さっきまで自分がいた地面は『塔』の通過によって無残に抉られていた。当たっていれば、今頃は……
いまだ追っ手はこちらを捕捉している。早く逃げなければ。
すぐさま立ち上がり、走り出そうとしたところで……ようやく気づく。動かない。――なぜ。
いつの間にか足元は薄い氷に覆われ、地面に縫い留められていた。
氷は徐々に全身に昇り、すぐに身じろぎ一つできなくなる。視界が固定される。
もう眼球を動かすこともできないのに、意識や視覚、聴覚だけは働いていた。その耳に、男の声が聞こえる。
「ようやく追いついたぜ。手間かけさせやがって」
その男は、凍り付いた俺の肩に気安く手を置き、わざわざ顔を覗き込んできた。
紋様のようなものが刻まれた赤銅色の肌に、頭部には角が生えている。それ以外はほとんど人間と変わらないが……間近で感じる穢れた魔力は、並みの人間ではありえぬほどに強く、禍々しく、こちらの魔覚を焼き焦がしそうな熱を持っていた。――魔族だ。
「運がありませんでしたね。〝今〟この森に入ってくるとは」
次いで聞こえたのは、抑揚のない女の声だった。
少し離れた位置に、声の主であろう青白い肌の女が現れ、感情の見えない瞳をこちらに向けている。
こいつも、肌の色や耳の長さなどを除けば人間と変わらない容姿をしていたが、横にいる男と同様、強い穢れを発している。
「(こんなところに、魔族が……二体……!?)」
いや、違う。もう一体いる。
いつの間にか俺の前方に、全身に漆黒の鎧を纏い、抜身の剣を携えた、騎士を思わせる外見の魔族が現れていた。
先の二体を上回る巨大な魔力に、それらを従えてこちらを睥睨するその偉容。
こいつだ。
こいつが、さっきの『塔』を放った術者。この魔族たちの主だ。
そう確信したのが合図だったかのように、そいつは兜の奥に隠された口を厳かに開いた。
「――今はまだ、我らの存在を知られるわけにはいかぬ」
響きだけで周囲を威圧するような、低い、男の声だった。
そして、それ以外に語ることもないのだろう。無言で、手にした剣を頭上に掲げる。
「(ちくしょう……ちくしょう……!)」
眼前の光景を視界に納めながら脳裏に浮かぶのは、この魔族たちと遭遇した際の記憶。
黒い鎧の魔族は、俺の姿を一瞥した後、こう問うてきたのだ。
「貴様は、勇者か?」と。
「(こんなところで……勇者を、待ち伏せしてる、ってのか……? ちくしょう、誰か……誰かに知らせ――)」
「さらばだ」
意外なほど静かに、しかし鋭さを伴って、黒剣が振り下ろされた。
凍り付き、指先一つ動かせない俺の体は、その軌跡に為すすべなく断ち切\
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