[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

幕間5 ある襲撃者たちの襲撃

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「……よし、行くか」

 各々フードや覆面等で顔を隠した怪しげな集団が呼びかけに応え、夜闇に明かりを灯す一つの建物を見据える。

  ――――

 パルティール王国オーベルジュ領。
 初期には宿場街として発展したが、その後、より利便性の高い街が近隣に作られたため、人が流れ、緩やかに寂れた。
 観光に向いた場所もなく、目立った特産品があるわけでもなく、戦略上の要地にもならない。そのため、王都からの支援も監視の目も届きにくい。そんな街だ。
 そして今現在、勇者一行が滞在している街でもある。

〈黒腕〉アレニエ・リエスの依頼を引き受けた我々は、勇者の滞在地であるこの街に辿り着き、早々に情報収集を始めた。
 宿を取り、大部屋に全員を詰め込み、各々集めた情報を元に方針を模索する。が――

「……適当な騒ぎ、つってもなにすりゃいいんだ。そこらの通行人襲ったり、金目のもん奪ったりか?」

 依頼を達成するために何からどう手を付けるか。一同、しばしこの点で頭を悩ませる。
 我らが〈赤錆びた短剣亭〉に普段持ち込まれる依頼といえば、やれ「誰々を消せ」だの、「どこそこで物品を奪え」といった、後ろ暗くも単純明快なものばかりであり、目標も、手段にも、迷う要素は少ない。

 が、今回の依頼は、「勇者を誘き出し足止めする」ため「適当な騒ぎを起こす」という、裁量の大半をこちらに丸投げしたもの。
 足止めという目標はともかく、そこまでの手段たる騒ぎの内容については、少々気を遣わなければならない。適切に事に当たる必要が。

「その程度では、駆けつけるのは勇者ではなく衛兵、もしくは暇な冒険者くらいだろう。もう少し、勇者本人が出向くような事件を演出したいものだが」

「てことは……殺しか?」

 即座にそれもどうなんだ。

「いや……死体を出すような真似も避けたほうが無難だろう。〈黒腕〉はともかく、神官であるリュイス嬢の心証を損なうかもしれん。降って湧いた総本山との繋がりを失うのは惜しい」

「繋がりって言えるほどのもんか? ヴィド」

 巨体を丸めながら(狭いのだ)問いかけるのは、ジャイール。オレは肩を竦め、それに言葉を返す。

「持っておけるなら、わざわざ捨てることもないという話だ。考えてもみろ。〈黒腕〉が気軽に渡してきた報酬の額を。しかもそれとは別に成功報酬も払うという。当の〈黒腕〉はそれ以上を約束されているのだろう。ならば――」

「オレらで依頼をもぎ取れば、今以上に稼げる――ってか? あの嬢ちゃんに、そんな権限あんのか?」

「今はなくとも、この先は分からんさ。例の改革とやらが成功すればな」

「単に面白がってんのかと思ったがお前……そんなもん期待してたのか」

「夢のある話だろう?」

 前半部分も否定はせんが。

「それに殺しは、想定以上に騒ぎが広がる可能性がある。噂の伝播が早い田舎では、特にな。そうなれば総本山との伝手つて以前に、今回の報酬すら不意にしかねん」

「あー……まぁ、別に衛兵程度がいくら集まろうと知ったこっちゃねぇし、報酬も無いなら無いで構わねぇが……そうだな。これ以上あの嬢ちゃんに叱られんのは、俺も遠慮してぇな」

 苦笑交じりではあるが、どことなく満更でもなさそうに見える。先日の一件で、随分とあのお嬢さんを気に入ったらしい。

「……さて、それらを踏まえたうえで、方針を決めたいところだが――」

 様々に案は出たが、直情傾向なメンバー(大半がそうだが)の暴走を制止しながらの相談は少々紛糾ふんきゅうした。しかしやがて放たれたジャイールの一言に、全員がとりあえずの一致を見る。

「例の領主の屋敷でも適当に襲うか?」

「「「賛成」」」

 といった経緯で標的を定め、今に至る。

 一応だが、これには別の理由もある。
 この街では一年ほど前から、新たな神殿を建設する名目で税が重く(元から地税や人頭税などもあったようだが)なり、民の生活が少なからず圧迫されているという。
 神殿、及び神官の増加は、治癒や浄化の手が増えるのと同義だ。民にとっても望ましい事業ではあるのだが……

 また増税と同時期から、外から増員されたと思しき見慣れない兵士を街で、特に領主の屋敷近辺で目撃する機会が増えたらしい。が、なぜ領主がそれらを招き入れているのか。納得のいく説明は未だないそうだ。

 以前よりわずかに、しかし確実に苦しくなった生活。目的の見えない兵力拡大。住人の不安や不満は蓄積され、領主への不信感も高まっている。

 これは、我々にとっては都合がいい。実際に事を起こしたとしても、おそらく民の反感は少ないと思われるからだ。土地勘のない場所で住民まで敵に回すのは、避けておきたい。
 さらに上手く誘き寄せれば、勇者に後始末を任せることもできよう。勇者は名声を増し、我々は無事逃げおおせ報酬を受け取れる。相互利益だ。

  ――――

 さて、現状を確認しよう。
 我々は陽が沈んだ後に宿を抜け出し、近隣の建物の物陰から、領主の住まい兼仕事場である屋敷の様子を窺っている。

 標的たる屋敷は、石造りの二階建て。周囲を高い塀に囲まれている。
 表も裏も出入り口には衛兵が二人ずつ配備され、警備の目を光らせている。我々が今居るのは裏口側だ。

「(しかし、武器が棍棒とは原始的だな。下手な刃物より扱いやすいのは分かるが)」

 衛兵が手に持つのは、小剣程度の長さの棍棒だった。
 いちいち刃筋を立てる必要がないため気軽に扱えるが、剣と剣術が普及した昨今ではいささか珍しい。練度の低い寄せ集め兵、か? いずれにせよ、大した手合いには見えない。

 それらが守る塀の入り口には格子状の鉄門がそびえ、当然ながら今は閉ざされている。
 屋敷や塀の壁には四角くくり抜かれた奥行きに明かりが設置され、周囲を淡く照らしているが、光量は最小に抑えられている。まあ、夜襲を警戒するのでもなければこの程度で十分なのだろう。

 加えて近辺は役所等の施設が多いため、業務を終えたこの時間は皆帰宅している。つまり、目的の屋敷以外に灯りはない。
 これもまた好都合だ。周囲の暗さにあの光量では、相手は数歩先の闇を見通すのも難儀する。が、こちらは反対に明かりを目印に動ける。

「まずはオレが先行し、衛兵を無力化しよう。お前たちはその後だ」

「どのみち強引に寝かすなら、全員でボコりゃよくねぇか?」

「始めから騒ぎにする必要もあるまい。耳目じもくを集め、逃げ道を塞がれたらどうするつもりだ?」

「む」

「そういうわけだ。大人しく待っていろ」

 言い残し、建物の陰から一人抜け出し、歩を進める。
 気負いはない。
 目前の障害は取るに足らず、事前に調べた屋敷の構造も単純と言っていい。
 方法には悩んだが、方針さえ定まれば楽な依頼だ。いつも通り、粛々とこなすだけ――

「……? なんだ、おまえ? そこで、なにしてる?」

「――っ!?」

 声を上げずに済んだのは、つまらないプライドのおかげだった。

 気配を殺し、物を、あるいは命を奪う。
 そうして手を汚す生き方しかできぬ身ではあるが、これまで歩んできたその道への、相応の自負もあった。
 この視界の悪さ、この距離ならば、たとえ正面から接近しても気取られぬ。その自信が――

「いま、そこのかげからでてきたやつ。こっちに、こい。すこし、まってやる。でてこなければ、こちらからこうげき、する」

 共通語に慣れていないのか、警告はあまり流暢ではなかったが、何者か(つまりオレだ)がいることに関しては、確信を持っている。

「(……この暗闇で、こちらの姿を視認したというのか……? 田舎領主の衛兵風情が)」

 にわかに信じ難い。
 そんなことは、あの〈黒腕〉であろうと容易にはできないはずだ。

 目の良し悪しではない。種としての限界の話だ。魔物や夜行性の動物、洞窟住まいを好むドワーフなどであれば暗視も可能だが、目の前の奴らはどう見てもただの人間だ。暗闇の中、オレという侵入者に目を光らせてはいるが――

「(……光っている、だと?)」

 比喩ではなく、実際に光っている? 獣が闇を見通すように、周囲のわずかな光を反射させて……
 それに……なんだ、この違和感は。
 視界の悪さで余計に鋭敏に感じるのは、目の前の衛兵から発せられる魔力。その感触に、ぞわりと、一種の嫌悪感すら覚える。

 しかし何より引っ掛かるのは、それが、これまでに経験したもの。いや、いっそ馴染み深いとすら言っていいものであることだ。
 明日をも知れぬ下層で生き抜いた者は、常にこの感覚と隣り合わせだったはずだ。昨日言葉を交わした誰かが、次の朝には骸となり、この悪寒にも似た魔力――穢れを生み出してしまう。

「(違和感の正体は、つまりそれだ。生きながらにして、穢れを放つ存在………これではまるで――)」

 脳裏に、閃くものがあった。
 敵意を抱かれぬよう両手を上げながら、暗闇と明かりの境目まで進み、衛兵たちの前に姿を現す。

「……待て。オレは通りがかっただけだ。武器は下ろしてもらいたい」

 まあ、嘘だが。
 兵は疑念の目を緩めないが、こちらが素直に姿を見せたことに幾分か警戒を解いたようだ。

「……ふん。ここは、たちいりきんし、だ。ようがないなら、さっさとかえれ」

「ああ。言われずともそうするさ。ところで、一つ聞いておきたいんだが」

「……なんだ?」

「なに、ちょっとした疑問だ。お前たち………………なぜ、〝人間のフリ〟などしている?」

「「…………」」

 わずかな沈黙。
 的外れな指摘に困惑する、こちらの真意を計りかねている……といった様子ではなく、どうも、言葉の意味をすぐには理解できていない印象を受ける。
 しかし、やがて衛兵二人は顔を見合わせると、奇声を上げながら武器を振りかぶり、こちらに襲いくる!

「(よもや、当たりか……!)」

 目を閉じ、両手を下ろし、前方に突き付けた左拳に意識を――その手に填めた指輪に魔力を通し、叫ぶ。

「《昼よ!》」

 発動の言葉を受け、魔具が起動する。暗闇が、閃光に塗り潰される。

「「――ギャアアアァア!?」」

 強い発光による目眩まし。言ってしまえばそれだけの魔具なのだが、これが存外使い勝手がいい。
 暗視によって視界を得ていたらしい衛兵共には、とりわけ効果が高かったようだ。恥も外聞もなく悲鳴を上げ、武器を取り落とす。その隙に――

「――シっ!」

 すれ違いざま、左右の手でそれぞれ短剣を抜き放ち、兜と鎧の隙間――首を狙い、斬りつける。

「……ア……ガ……?」

 深々と急所を切り裂かれ、血を吹き出し、衛兵二人は倒れ伏す。わずかな明かりで照らされた地面に、ドクドクと血の染みが広がっていく。
 ピクピクと痙攣し、徐々にそれすら鈍くなっていく二つの体。やがて動きを止め、物言わぬ骸と化しゆくそれらから穢れが漏れ出し、夜闇の黒と混ざりあっていく。

「……お、おい! さっきからなにしてんだ!」

 様子を見ていた仲間たちが慌ててこちらに駆け寄り、(一応小声ではあるが)怒鳴りつけてくる。
 夜空を照らすほどの光、兵たちの悲鳴、そして殺しと、これだけ目立つことを立て続けにされれば、文句の一つも言いたくなるだろうが。

「大体、殺すなっつったのお前だろうが! なにをあっさりヤってんだ!」

「騒がしいな。もう少し声を潜めてほしいものだ」

「言えた義理か!」

「いいから、そいつらをよく見てみろ」

「「あぁっ!?」」

「おい、こいつは……」

 他の連中が頭に血を登らせている間に、ジャイールは一人、倒れた衛兵共に目を向けていた。
 こちらに詰め寄っていた仲間も、そこでようやく地面に視線を移す。
 しかし、そこにあったものは――

「……あ?」

「……なんだ、こいつら。なんで……〝魔物〟が、衛兵の格好してやがんだ……?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 ここからもう3話ほど幕間が続きます。
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