[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

幕間6 ある襲撃者たちの疑問

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「……いや、なんだよ、これ? さっきまで人間だったよな……?」

 先刻まで確かに人の姿を保っていた衛兵は、事切れると共にその正体を現していた。

「……ゴブリンだな」

 被害が少ないと言われるパルティール国内でも、比較的見る機会の多い、低級の魔物。だが……

「こいつらが、人に化けて衛兵になりすまし、共通語による会話まで……? そんな力も知恵も持たないはずだが」

「あぁ。そんな真似する奴なんざ今まで聞いたことも……いや、それも疑問だが、そうじゃねぇだろ! 問題は――」

「そうだ。問題は、なぜ領主の屋敷に勤める衛兵が、魔物だったのか。増員されたという他の兵もそうなのか? 雇い主である領主は、どこまで把握しているのか……」

「お、おう……。……ちょっと待て。お前のそのツラは、非常に嫌な予感がすんだが」

 確かにオレの口元には隠しきれない笑みが浮かんでいたが、失礼な。

「面白くなってきたじゃないか……いや、『勇者の足止め』という時点で得難い体験なのだがな。それとはまた別の方向から、興味を惹くものが飛び込んでくるとは」

「……まさか、お前」

「当然、このまま屋敷に侵入し、真相を突き止める」

「「「待て待て待て待て待て!」」」

 オレの発言に、周囲から一斉に静止の声が飛ぶ。

「なんだ、お前たち? 揃いも揃って」

「お前こそなに言ってんだ! んなことしてる場合かよ!?」

「さっきの光でそのうち人が集まってきちまうし、この死体が見つかりゃそれこそ大騒ぎだ! 足止めならこれで十分だろ! とっとと逃げようぜ!」

「ふむ……」

 一つ頷き、次いで隣の巨体に声を掛ける。

「お前はどうだ? ジャイール」

「俺は別にどっちでも構わねぇぜ。衛兵も魔物も物の数じゃねぇ」

「この凸凹迷惑コンビめ……」

「失敬な。誰と誰がコンビだ」

「こいつとはただの腐れ縁だ」

 不本意な呼称を互いに否定し合うオレとジャイール。まあ、行動を共にする機会が多いのは事実なのだが。

「ともかくも。要はお前たちはここで手を引くと、そう言いたいわけだな?」

「ああ、そうだよ!」

「分かった。あぁ、非常に残念だが止めはすまい。捕まってしまえば報酬は受け取れんからな」

「つーか、下層のオレらじゃその場で処刑されてもおかしくねぇよ」

「さもありなん。……しかし我々は、ここまで目的を同じにし、共に旅を続けてきた間柄だ。たとえこの先オレに何事か起きようと、お前たちのことは決して忘れぬと、ここで誓おうではないか」

「……なんか気持ち悪ぃうえに嫌な予感がすんだが…………つまり?」

「オレが捕縛された時はお前たちの名も出して道連れだ」

「「「ぅおおおおい!?」」」


  ***


「……おい! おい! なんだこの屋敷! 魔物だらけじゃねえか!」

「仕事しろよ衛兵!」

「その衛兵が魔物だったのだ。致し方なかろう」

「やかましい! んなこと分かってんだよ!」

 理不尽な。
 まあ、こちらの説得(脅しとも言う)に快く応じてくれた気のいい連中だ。多少の軽口には目を瞑るとしよう。

 裏口の鍵をこじ開け、屋内に侵入して程なく、大量の衛兵もどきと、もはや衛兵の真似事すらしていない魔物共がぞろぞろ現れた。
 表の衛兵と同様、脅威にはならん手合いばかりなのだが……如何せん、数が多い。そしてオレは、多数を相手取るのが苦手だ。ゆえに他の連中を引き留めもしたが――

「ハッハァ!」

 ザンっ!

 決して広くはない屋内で器用に大剣を振るい、あるいは拳で打ち据えながら、ジャイールが魔物共を蹴散らしていく。

「……」

 実はあいつ一人居れば十分だったのかもしれん。
 まあいい。どちらにしろ、屋敷の捜索やらなにやらで人手は要るのだ。

「……街ん中でこんだけ穢れ撒き散らすってマジでヤベぇよな……」

「オレたち本気で処刑されるかもな……」

「仮に捕縛されたとして、我々がしたのはただの魔物の討伐だ、『正当な理由』には十分だろう。そもそも捕まらなければいいだけの――」

「うるせぇ。元凶は黙ってろ」

 グチグチと文句を言いながらも、連中は見張りと退路の確保に。オレとジャイールは静かになった廊下を二人で進み、執務室と思しき扉の前で足を止める。

 物音や息遣いなどから気配を探ると、中から複数人が声を潜め、言葉を交わす様子が窺えた。数はおそらく二人。どちらも推定女性。つまりどちらかが領主だろう。
 もう一人のほうも、声も動揺も隠し切れていないのを察するに、こういった方面に向いていない人員だと分かる。
 脅威は少ないと判断し、あえて無造作に扉を開ける。

 内部は予想通り、執務室のようだった。思った以上に広い。下層なら、この一部屋だけで一家族が優に暮らせそうだ。
 客間も兼ねているのだろう。部屋の中央にはテーブルと、それを挟むよう、両脇にソファーが設置されている。

 壁の書棚には幾冊もの本が並べられ、部屋の奥には木製の執務机。そしてその陰に隠れるように、黒髪を頭の上で結わえた領主と思しき妙齢の女と、淡い赤髪を肩口で切り揃えた侍女と思われる少女の姿があった。他に動くものはいない。

「な、なんですか、あなたたちは……!?」

 侍女の振り絞るような誰何すいかを無視し、推定領主に声を掛ける。

「夜分に失礼する。貴女が領主とお見受けするが」

「……ええ、そうです。貴方がたは?」

 傍で震える侍女と違い、こちらは動揺を押し殺しながら、気丈に我々を見返している。なるほど。まがりなりにも一領の主か。

「なに、ただの旅の者だ。この街にも立ち寄っただけだったのだが――……いや。ここは正直に明かそう。我々は、さる隣国のギルドから調査依頼を受けた者だ」

 オレの隣(巨漢)から胡乱うろんな目つきがチクチク突き刺さるが、まあ聞け。

「……他国からの調査……ですか? ……勇者ではなく?」

「? なぜそこで勇者の名が?」

「……今日、同じ日に、勇者一行もここを訪れていましたから」

「ほう?」

 こちらが街で情報を集めている間に、入れ違いでこの屋敷に来ていたのか? まさかバカ正直に正面から訪問しているとは思わなかったが。

「なるほど。おそらくは我々が聞いたのと同様のものを、勇者殿も耳にしていたようだな。貴領の急な増税と、兵力拡大の噂を。依頼主も、まさにそこを警戒したのだろうな。事実確認のために我々を雇ったというわけだ」

 横から、「よくそんな嘘ペラペラ吐けるな」と言いたげな気配も追加されるが、無視する。

「しかし、実際に調査を始め、屋敷を護る衛兵と接触して驚かされたよ。噂に聞いていた、外から招かれ増員された兵士というのが……まさか、魔物だったとは」

「な――っ!?」

 真っ先に反発してきたのは領主……ではなく、傍に控える侍女のほうだった。

「急にやって来てなんなんですか、あなたたちは……!? この領に魔物がいるなんて、それも、領主さまの住まう屋敷に入り込んでいたなんて、あるわけないでしょう!?」

「いや、嬢ちゃん。そりゃ無理があるだろ……屋敷の中にもたんまりいやがったし、俺たちゃそいつら蹴散らしてここまで来たんだぜ?」

「あなたこそなに言ってるんですか! 私はこのお屋敷で働かせてもらってしばらく経ちますが、魔物なんて見たことありませんよ!」

 ジャイールの言葉にも少女は微塵も動揺を見せず、むしろさらに語気を強め、こちらに詰め寄る。その剣幕は純粋な怒りに満ちており、こちらを欺こうとする様子は見受けられない。
 こう見えて、嘘は吐くも見抜くも得意な部類なのだが……

「(……妙だな。屋敷に勤めておきながら、未だ何も気づいていないというのか?)」

 魔物だった者が表の衛兵だけなら、そして目の前の侍女が底抜けに鈍感だというなら、それもあり得たかもしれない。
 だが、こちらの侵入に対して即座の迎撃。おそらく魔物たちは、普段からこの屋敷内に常駐していたのだろう。そもそも部屋の外では先刻から、奴らの声も響いていたはずだ。どれだけ鈍かろうと、それらに気づかぬままでいられるものか?

 もちろん、この少女が全てを承知のうえ、こちらの想定を上回るほどの演技力を持つ可能性も、無くはない。物事には常に例外が付き纏うものだ。しかし……

「……第一、ここは女神に護られた王国、パルティールの領地の一つなんですよ! 魔物自体がそもそも少なく、いてもすぐに駆除されているのはご存じでしょう! それが街の中に、しかも領主さまの屋敷に入り込んでいたなんて――……なん、て……」

「……?」

 ……なんだ? 急に、侍女の様子が……

「ここで、魔物なんて、見てな…………違う……私、見たこと、ある……? いつ…………いつも……? なんで、私、は…………」

 ――つぷっ

「んぁ――っ!?」

「――!?」
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