[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

42節 その剣に断てぬもの無く

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「……貴様が――」

「(アレニエさんが――)」

 ――〈剣帝〉さまの……弟子?

 遠巻きに戦況を見守るしかなかった私は、彼女の突然の告白に胸の内で驚愕の声を上げる。
 突拍子もないはずのその言葉は、けれどなぜか、私の胸にストンと着地した。
 それは彼女の強さの理由に、あの時のジャイールさんの問いに、納得のいくものだと。そう、思えたのだ。

「(……それじゃあ、もしかしてあの噂は……)」

〈剣帝〉は「下層で冒険者として生きている」んじゃなくて。
「下層で(弟子が)冒険者をやっている」、が、正解……?

 ただ、アレニエさんは以前、剣の継承亭のマスターに剣を習ったと言っていた気が……元冒険者の、マスター、に…………?

「(……元冒険者で……アレニエさんの養父で……剣の、師……? えっと、確か、〈剣帝〉さまが失踪したのが――)」

 ――住み始めたのは、十年くらい前かな――

 十年前。
 確かに、以前彼女に聞いた年数と、失踪した大まかな時期は符合する。

 ……え、待ってください。あのマスターが――〈剣の継承亭〉で出会い、私と直接会話まで交わした彼が――探し求めていた〈剣帝〉アイン・ウィスタリア……?
 でも、司祭さまから聞いた彼の名は、オルフラン・オルディネールさんのはずで……

 …………

 ……よく考えたら『ありふれた孤児』なんて名前、素性を隠すための偽名ですよね……子供に『孤児』とかつけませんよね……

「(じゃあ、本当に……?)」

 本当に、オルフランさんが〈剣帝〉で、アレニエさんはその弟子で、司祭さまとは共に守護者として旅をした仲で…………同じ孤児院出身の二人が、その後、揃って守護者に?

 ダメだ、頭が追いつかない。魔将の語った情報だけでもいっぱいいっぱいだったのに。

「……〈剣帝〉の弟子、か。噂でも、耳にした覚えはないが……」

「いろいろあって隠してるからね」

「ふむ……失踪の理由に関わるというところか。まあいい。我にとって重要なのは、貴様の発言の真偽だ」

 魔将は再び剣を構え、静かに立つ。

「……いや、違うな。偽りであっても構わん。先の言葉に見合う力を、貴様が示してくれるのならば」

 アレニエさんも静かにそれに応じる。
 ジャイールさんとの戦いと同じ、右手右足を後ろに置き、軽く腰を落とした、いつもの構え。けれど今の彼女は、あの時より格段に集中しているように見える。

「すぐに終わっても、文句言わないでね?」

「ますます期待させてくれる。ならば見せてみろ。〈剣帝〉の弟子の剣を――」

 言い終わると同時、魔将が大地を蹴る。
 力強い踏み込みは全身鎧の重量を感じさせず、素早く、真っ直ぐ、アレニエさんに向かって疾走する。突進の勢いも武器に乗せ、魔将は掲げた剣を上段から振り下ろす。

 剣筋はいたってシンプル。まるでお手本のような軌跡を描くそれは、けれど並みの剣士よりも確実に早く、空を切り裂いてアレニエさんを襲う。
 対する彼女は、逆手に握った柄にさらに左手を添え、交差させた両手で剣を頭上に掲げ――

 シィィィッ――

 静かに金属が滑る音だけを残して、魔将の一撃を側面に受け流す。
 見たこともない繊細な剣捌き。剣と剣とが触れた音とは思えなかった。
 しかし防がれるのは予期していたのか、魔将に驚いた様子は(少なくとも外見的には)見受けられない。
 それどころか流された反動をつけ、即座に横薙ぎに斬り返そうとし――

 ガンっ!

 その斬り返す剣の根元、柄の部分を、アレニエさんは右足で蹴り止め、敵の追撃を出足で抑えていた。

「グっ……!?」

 そして彼女は、蹴り止めた柄をそのまま足場にし、動き出す。

「――ふっ!」

 アレニエさんの鋭い呼気が聞こえた。

 ――――その後の動きは見えなかった。

 音もなく、気づいた時には彼女の剣は振り切られており……わずかに間をおいて、その切断面から夥しい血を吹き出しながら、魔将の首が、地面に落ちていた。


  ◆◇◆◇◆


 魔族が詠唱無しで魔術を扱えるのは、肉体と精神と魔力が一つ――正確には、それぞれの境界が限りなく薄く、距離が近い状態――だから、らしい。
 正直よく分からないが、互いの距離が近いため、影響を与えやすいのだとか。
 理屈はともかく結果として、魔族は魔力の消耗が肉体に、命に直結する。

 また境界が薄いため、精神の在り様が肉体に直接表れる。異形の外見は、その結果だとも。
 人間の場合、境界が遠いため、魔力の具現化に詠唱が必要になる。代わりに魔力の消耗だけでは肉体にまで影響は出ず、精神が身体を変容させることもない。

 そして距離が遠いからか、人間は、本能や欲求を理性によって抑えることができる。
 そして距離が近いからか、魔族は、本能や欲求に忠実だった。

 剣術に執着を見せる魔将に〈剣帝〉の弟子だと仄(ほの)めかせば、十中八九自身の欲求を、興味を優先する。魔術を使わず、剣での勝負に拘る。秘密を明かしたのは、そんな理由からだった。……浮かれて口が滑ったのも、ちょっとあるけど。
 単純な接近戦なら――〝剣〟での勝負なら、とーさん以外には、おそらく負けない。

  ――――

 とーさんからわたしが教わった技は、大まかには二つだけ。
 彼は一つの物事を突き詰める性質(不器用とも言う)だったので、剣士としての生涯のほとんどを、その二つに注ぎ込んだ。

 内一つは、相手の攻撃を受け流す技術――『その剣に触れる事叶わず』。あの謳い文句は、誇張されたものではあるけれど。

 リュイスちゃんの『目』ほどじゃないけど、動きの気配に気をつけて相手を見れば、続く攻撃も予測できる。予測できれば、あとはそれをほんの少し〝ずらす〟だけでいい。
 直撃さえ防げば、少なくとも即死はしない。魔族どころか多くの男性に膂力で劣るわたしには、ならばこそ必要な技術だった。

  ――――

 イフが突進と共に繰り出す一撃。それが、最も威力を発揮する直前に、軌道をわずかに逸らす角度で、自身の剣を掲げる。
 力負けしないよう両手で柄を握り、剣身の上を滑らせ、致命の一撃を受け流す。

 本来なら、そのまま態勢の崩れた相手を追撃するんだけど……

 初撃を防がれた魔将は、けれどそこまで驚いた様子もなく、体も泳がせず、次の動作に移行していた。独自に学んだ剣術の成果か。今まで出会った中にわたしと似た技を使う剣士がいたのか。

 けれど動きを見れば――なにより剣と剣とを合わせれば、そこから先の動作も、ある程度感じ取れる。
 わたしはイフの次撃を防ぐべく次の手を、いや、足を打ち、動きを封じた。

  ――――

 教わったもう一つは、隙に叩き込む全力の一撃――『その剣に断てぬもの無く』。
 自らを一本の剣に見做し、全身の『気』を収束させ、眼前の全てを斬り捨てる(ぐらいの気持ちで斬れととーさんは言っていた)剣撃。

 呼吸。動作。間合い。意識。
 全てを十全に整えられれば、鋼鉄の鎧だろうと断ち切ることができる。
 そしてそれを、どんな状況でも放てるよう、鍛錬を積んできた。

  ――――

 成果はまさに今発揮され、黒剣の柄を足場にわたしは動いた。
 四肢を連動させ、足元から生み出した力と体重を胴体に、腕に、その先の剣身にまで伝える。

 けれどそれを振るうのは末端の手や肘、肩ではなく、それらの根元、体の中心から。重心の中心を軸に、わたし自身が一本の剣になるイメージで、全身を振るう。

 求めるのは早さより、無駄な動きを省くこと。全てを一呼吸でこなし、相手に動きの気配すら悟らせない。

 幾度振るったか分からない、基本の斬撃。基本にして深奥の一閃は、魔将の身を守る漆黒の鎧ごと、内に隠された急所を切断した。


  ***


 ――兜を被ったままの頭が地面を転がる。
 先ほどと同じ姿勢を保ったまま、しかし首から上だけを失い、胴体は赤黒い噴水を噴き上げている。
 ただの魔族なら、これで討伐は完了だ。先刻斬った部下のように。

「(……本当に、これで終わってくれればいいんだけど)」

 胸中で呟きながら、しかし同時に理解もしていた。
 わたしが対峙しているのは残念ながらただの魔族ではなく、魔王直下の将軍、魔将だと。

 グ、ググ……

 踏みつけていた柄から、わずかな震えが伝わってくる。
 すぐにその場を飛び退く。
 するとそれを追うようにして、首の無い胴体がひとりでに動き、抑えつけられていた剣を力任せに一閃してきた。……警戒していて正解だった。

「――フ……ハ、ハハ、ハッハハハハ……!」

 突如足元から響く男の哄笑。今この状況でそんなのを発するものは、一つしかない。

「(こっちの予感も、当たり、か)」

 仕掛ける前に感じた通り、魔将は首を落としても殺せない、不死の怪物だったようだ。

「ハハ、ハ……! 我の間を見切ったうえ、蹴り止めるとは……しかも、その後の一撃はなんだ? 防ぐどころか、目でも追えぬほど鋭く、早く、容易く我が鎧を切断せしめる……ハハ、ハ、ハハ……!」

 生首は愉快そうに自身が受けた剣を分析していた。首を落とされたのに楽しそうですね。こっちは嫌な予感が的中したうえ、倒しきれるか不安になってきたっていうのに。

 けど仕留めそこなったとはいえ、首と胴体が離れている今は、好機には違いない。
 わたしは再び接近し、転がったままの頭部を狙うべく、低い姿勢から地面を擦るように斬り上げる。
 しかしこれは力を乗せきる前に、間に入った胴体の剣で防がれてしまう。辺りに硬い衝突音が響く。

「つれないな……! 折角の戦だ、今少し楽しんだらどうだ!」

「生憎、戦うのを楽しむ気も、いたぶる趣味もないからね!」

 そっちは身体だけでも元気かもしれないけど、こっちは体力に限りがあるんです。

 庇ったってことは急所には違いないはずだけど……それを直接狙うのは流石に許してくれない。なら、胴体から攻めるしかない。

 首を失ってバランスを欠いたのか、先ほどより少し大振りになった剣撃をかい潜り、至近距離から逆袈裟に斬り上げる。
 勢いを殺さず身体を回転させ、即座に斬り下げる二撃目。×の字を描く剣閃を、一息で振るう。
『気』を込めた斬撃は二撃とも鎧を断ち、その奥の肉体に浅く傷を刻む。切り裂かれた鎧のすき間から、体液が飛び散る。

「グっ……!? ハ、ハ……! やはり先と同じ、剣撃でこの鎧を裂くか! だが……!」

 離れていても痛みは伝わるのか、地べたの頭部が呻く。が。

「浅いぞ!」

 言葉通り、相手の出血はわずか。動きが鈍るような様子もない。
 こちらを振り払うかのように斬りつける、首無し鎧の斬撃。それを、わたしは一歩右足を退かせるだけでやり過ごす。
 同時に、残した左足のブーツ、その火打金の箇所を擦らせ、火花を飛ばす。それが消えないうちに――

 退かせた右足で即座に地面を蹴り、軸にした左足を捻って体を前方に運ぶ。畳んだ右足を外側に捻り開きながら、先刻飛ばした火花をその足先に乗せ、突き出す。
 体から足先に伝えた『気』が、火花を――火の『気』を増幅し、収束させる。
 捻りを加えた蹴り足が鎧を、先刻切り裂いた部分を起点に破壊し、その奥に見えるイフの裸身に届いた瞬間――

 バキュッ!

 鋭く燃え広がる音と同時に、収束した炎が刃のように足先から撃ち出され、風の魔将の肉体に小さな風穴を開けた。直後、穴をさらに押し広げるように、頑丈なブーツの爪先が突き刺さる。

「グ、ブっ……!?」

 すぐに足を引き抜き、間髪入れず突き立てる。左手で抜き放った――銀の短剣を。

「――っガアアァァァァア!?」

 首を落とされても笑っていた魔将が、辺りに苦悶の声を響かせた。
 刺したのは、人間で言えば心臓のあたり。急所に刃を突き立てただけでも致命傷だけど、そこへ魔を払う銀がさらなる痛みを焼きつける。
 魔将にどれだけの効果があるか分からなかったけど、どうやら十分に効いている。一本だけでも買えてよかった。

「(首を斬って、火で焼いて、急所に銀まで叩き込んだ。並みの魔族ならお釣りが出るほど殺してる、けど……)」

 実際にその命にまで届いていないことは、不意に辺りに感じた風で否応なく分かった。
 すぐに銀の短剣から手を離し、首の無い胴体から飛び退く。直後。

 ズァっ!

 イフの足元から、その体を呑み込むように風の渦が噴出する。土煙が魔将の姿を覆い隠す。
 そしてその向こうで、小さななにかが浮かび上がる様子が、薄っすら見えた。
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