[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第1章

50節 暴風

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「(……狙いは、最初から剣のほう……?)」

 地面に突き立てたままの黒剣、〈ローク〉。その場所まで風が到達したところで……異変が起こった。いや、〝治まった〟。それまで失っていた魔術の制御が安定し、魔将と黒剣とを風が繋げる。

 次いで、剣に触れた風の先端部分が枝分かれし、『槍』よりさらに小さな五本の竜巻が生まれる。まるで手指のようにも見えるそれらが……実際に手のように蠢き、黒剣の柄を掴み取り、地面から引き抜いた。

「――は?」

 思わず間の抜けた声を漏らすわたしを尻目に、風が――風で編まれた『腕』が、握りしめた黒剣をイフの元に引き寄せ……そのまま、本物の腕かの如く、その身に収まる。

 わずかな間、イフは自身の新たな右腕に目を向けていたが……やがて静かにそれを、そして〈ローク〉を、頭上に掲げた。
 先にそれに警戒を示したのは、体のほうだった。予想外の光景に動きを止めていた頭も、一瞬遅れて働き出す。

「(――落ち着いて。剣を取り戻したなら、また『槍』が来るかもだけど、撃つ時はさっきみたいに魔力を溜めるタイミングがあるはず。魔覚が開いてる今なら、魔力に動きがあった時点で気づける。それに……)」

 それに魔術を放つ際は、おそらく狙いを定めるためか、黒剣をこちらに突き付けるはず。今見せている構えはむしろ、上段から斬り掛かる剣術のそれだ。だから撃てないとは限らないが、やはりそうして虚をつく相手とも思えない。

「(……というか、なんでその位置で構えたの? まだ距離はだいぶ離れて……いや……でも、なんか……離れてる、のに……?)」

 ぞわりとする。黒剣の間合いには全く届いていないのに、その内側にいるような錯覚を、体が感じ取っている。内心、まさかと思いつつ反射的に身構え――

「――ハアァァアっ!」

 動き出しは、足元。両足の捻りで生まれた力が――魔力が、魔将の身体を駆け登る。
 腰を、背を、肩を経由してさらに増幅されたそれが『腕』の風を膨張させ、伸長させ、鞭のようにしならせながら、上空から真っ直ぐに〝落ちて〟くる――!

 ギャリィィィ!

「な、ん……!?」

 イフはその場を動いていない。しかし黒剣はわたしを頭から断ち切らんと、その切っ先を届かせていた。
 愛剣を掲げ、かろうじて軌道を逸らし(あまり綺麗には受けられなかった)、防ぐのには成功する。が、内心では、相当に混乱していた。

「(風を――風で作った腕を、撃ち出した……いや、伸ばした、の……!?)」

 逸らした黒剣は地面を打ち、衝撃で土砂を撒き散らす。飛来する泥土に耐え、目を細めて黒剣と『腕』の行方を探るが……

「オオォォォア!」

 既に魔将の手元に戻っていたそれらが再び振るわれる。するとやはり風の腕が長さを増し、遠間から横薙ぎの一閃を届かせてくる。

 が、目測を(あるいは力加減を)誤ったのか、黒剣はわたしを通り過ぎ、後方にその切っ先を伸ばしていた。ゆえに剣ではなく、それを握る『腕』自体が殴りつけてくる形になる。
 左手に魔力を凝固させ、盾を造り、受け止める。が……

「(……止ま、らない――!)」

 足を地面から無理やり引き剥がされる。浮遊感が襲う。
 その間も『腕』は(側面で殴りつけただけだというのに――!)盾を徐々に削ってゆく。

 砕かれ、しかし次は〈クルィーク〉で掴み止め、魔力を喰らおうと試みる。が、圧縮された暴風は表面をいくら食べても奥まで届かず……直撃は免れたものの、そのまま広場から弾き出されてしまう。
 空中で体を捻り、足から着地。それでも勢いを殺せず後退させられる。そこへ。

「シっ!」

 魔将の鋭い呼気から一拍遅れて、遥か頭上から袈裟切りに振るわれる〈ローク〉と風の腕が、軌跡の内側に立ち並ぶ樹々を薙ぎ倒しながら迫る。

「……っ!」

 剣閃の下方を潜り、かわす……つもりだったのだけど。
 切っ先はそもそもこちらまで届いておらず、視界を斜めに両断した後、地面を激しく打ちつけ、爆発(そうとしか言いようがない)させる。飛び散った細かい土砂が、辺り一面に舞い落ちる。

「――……」

 これまでの『塔』や『槍』のような、通常の魔術の形式――魔力を充填させ、制御し、狙いを定めて放出する形――じゃない。
 それらの段階を全て飛ばし、『既に発動している魔術』へ身体動作によって魔力を送り込み、武器まで届かせている。というより、おそらく黒剣まで伝える過程で、通り道である『腕』にも魔力が流れ込んで、範囲を広げているのだろう。

「(つまり、〝身体の動き〟で、一時的に魔力を増幅させてる……それって……)」

「……加減が、難しいな」

 湿った土が降り注ぐ中、男の低い声が響く。

「思い至ったのがつい先刻。当然だが、可能と体得では大きく開きがある。だが……!」

 その声に、再び熱が灯る。

「やはりそうか……! 貴様らの技は、精霊を――アスタリアの火を武器とするもの。ならば我らは、それをアスティマの穢れに――〝悪霊〟にこそ、求めるべきだったのだ。内に巡る力を動作により集め、増幅させる。それこそが『気』の術理――剣技の骨子! 我はまた一つ解き明かした! 礼を言うぞ、〈剣帝〉の弟子よ!」

 興奮し、まくし立てる風の魔将。その返礼は、空を斬り裂いて迫る黒剣の一閃だった。

「っ!」

 地面を薙ぎ払うように振るわれた刃を、咄嗟に跳び越える。
 しかし跳び上がったわたしを即座に追って、今度は掬い上げるような斬撃が下方から襲い来る!

 ギィンっ!

「く、ぅ……!」

 剣と〈クルィーク〉の両方で受け、直撃は防いだものの……魔族の膂力は風で編まれた腕でも健在らしく、わたしの身体は容易に空高くまで運ばれてしまう。この状況は……

「判断を誤ったな……! 先刻のような助けは望めぬぞ!」

 付近に何者も存在しないのは、気流感知で確認済みなのだろう。イフは今度こそ勝利を確信し、声を張り上げた。

 そう。この状況は、さっき死にかけた時とよく似ている。わたしは逃げ場のない空中に留め置かれ、相手はそこに必殺の一撃を突き付けている。
 けれど、似ているだけで、同じじゃない。あの時とは違い、既に〈クルィーク〉は目を覚ましている。それに、なにより――

「今一度……さらばだ、〈剣帝〉の弟子よ――!」

 魔将は力を溜めるようにわずかに身を捻り、すぐさまその反動を活かし、全力の突きを放つ。動作で伝えられた魔力が風の腕を後押しし、黒剣と共に『槍』のように射出される。

 ここまでの斬撃と同様、『気』の身体操作を真似て放たれたその片手突きは、手にする黒剣〈ローク〉にも破壊の暴風を纏わせ、その名が示す通り――いや、それ以上の鋭さを伴う尖角となって、空を穿つ。わたしの身体など、容易に串刺しにしてしまうだろう。

 だからそうなる前に……わたしは自身の足元の魔力を固め――空を、蹴った。

「な――……!」

 さっき、リュイスちゃんに助けられたのがヒントになった。
 あの時、彼女は法術の盾を足場とすることで、わたしを死の窮地から救ってくれた。同じことが、〈クルィーク〉ならできるのではないか。足場さえあれば、樹々を跳び渡るのと同じ要領で、空を駆けられるのではないか、と。

 唸りを上げる暴風の腕とすれ違いながら、さらに魔力の足場を蹴って空中を跳び渡る。相手は突きを繰り出した姿勢からまだ戻れていない。そして……

 キン――!

 全力で放った斬撃が、再度、魔将の首を落とす。
 ゴトリ……と、兜に包まれたイフの頭部が落下する。胴体は突き終えた態勢から微動だにしない。
 跳躍の勢いに押されながら着地し、その背から数歩分離れたところで――

「――まだだっ!」
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