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第2章
5節 初めての師匠②
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彼女は難しい顔をして数瞬黙り込むが、すぐにハっとしてこちらに弁解する。
「……あ、その……前に、ある人に同じようなことを言われたんです。「剣は敵を斬るためのただの武器だ」って……」
それが悲しいと言いたげに、アルムちゃんがわずかに顔を伏せる。
「凄く大きくて、筋肉だらけな人でした。強い相手を探して渡り歩いてるとかで、「実戦で強くなりたいなら実戦を繰り返すしかない」とも言ってました」
どこかで聞いたような。
「ぼくは、人を助けるために、守るために剣を握りました。誰かを守る象徴だと思っています。でも……結局剣は、誰かを傷つけるだけのもので、誰かを守ることなんてできないんでしょうか……」
思いつめたような表情でアルムちゃんは俯く。彼女にとってそれは、とても大切なことなのだろう。
わたしはそんな彼女の瞳を真っすぐに見つめ、はっきりとこう告げた。
「いや、それは全然別の問題だよ」
「……へ?」
よほど予想外の返答だったからか、彼女が反射的に変な声を上げる。構わずわたしは言葉を続けた。
「剣は確かに斬るための道具だけど、誰かを守るのに使いたいならそれでもいいんだよ。相手を斬るか斬らないかは、アルムちゃんが決めていいんだから」
「――」
「でも、どう使うとしても、いざという時、肝心の剣の扱い方が分からない、なんてことになったら意味がないでしょ?」
「あ……」
「だからわたしは、具体的な体の――剣の使い方を教える。それを何に使うかは、アルムちゃんの自由だよ」
「……はい……、はい……!」
アルムちゃんは手に持った木剣を、そしてわたしを見つめ、何度も頷く。よく分からないけどよっぽど嬉しかったらしい。
「さっき、体は繋がってて連動してる、って言ったよね。繋がってるから、例えば足腰の力を体や腕に伝える、なんてこともできる」
「なるほど……」
「で、『気』を扱うために大事なのは、なるべく体の中心の力を使うこと」
「中心?」
「えーと、体って、先っぽよりも中心に近いほうが力を出しやすいらしくてね」
ここら辺はとーさんに聞いた知識の受け売りだけど。
「指先よりも手首。手首よりも肘。肘から肩、背中、お腹……体の中心、体幹に近い場所の力を使えれば、腕だけより力が通るし、鋭くなる」
「体幹……」
アルムちゃんが手でお腹を押さえる。かわいいけど、ピンとはきてなさそう。
「え、と、なんて言えばいいかな……極端だけど、手首だけ使うより肘も使った方が力が入るし、楽に剣が振れるでしょ? 肩も使えばもっと楽になる。そうやって、段々中心に近づけていくイメージ。理想は、全身で剣を振るって、でも動きは小さくすることで――」
いつもは感覚でやってることを言語化するのは難しいけど……伝わるだろうか。
「中心……『気』……刃筋……ぜんしんでふるって……うごきはちいさく……」
あ、まずい。一気に情報を入れすぎたせいか、アルムちゃんの目がぐるぐる回って頭から煙を吹いている(ように見える)。
「(もしかしたら口であれこれ言うより、なにか一つ、目の前で実演してみせたほうが早いかな)」
そう思い立ち、わたしは街道脇の林に分け入り、足元に落ちていた枯れ枝を一本拾って、元の場所まで戻ってくる。
「見ててね」
枯れ枝を頭上に放り投げ、いつものように逆手に木剣を構える。そして――
「フっ!」
軸足を捻り生み出した力を腹部で増幅。背と肩を経由し、腕の先にある木剣まで『気』を伝え、落ちてくる枯れ枝目掛け、呼気と共に一呼吸で振り抜く。
刃のない木剣で、支えのない空中で斬りつけられた枝。本来ならそれは、宙で叩き折られるか、あるいは折れもせず地面に叩きつけられるか、といったところだろう。
が、わたしの剣撃は枝を中央から綺麗に切断――叩き折ったのではなく切断だ――し、二つに分かたれた状態で地面に転がらせてみせる。
「……!」
その光景の一部始終を、アルムちゃんはきらきらした目で見つめていた。かわいい。
「今のが『気』を込めた斬り方。得物が木剣でも、ちゃんと『気』を伝えて刃筋を立てれば、こんなこともできるよ」
「――……ぼくでも、できるようになりますか……!?」
「ちゃんと修行を積めば、多分ね。というわけで、早速やってみよっか」
「はい!」
とりあえず、やる気は出たみたいだ。
あとは、上手く彼女に合う動きが身につけられれば……
「あ、そうだ。アルムちゃん。最初から小さく動くんじゃなくて、いつもの動作から少しづつ動きを小さくしてみて。そのほうが違和感少ないと思うから」
「いつもの動きから段々小さく……やってみます!」
彼女は言われた通り素直に、高く上段に構えた木剣を大きく広く振り下ろす。そして、その動きを少しづつ小さくしていく。
すると、始めはこちらに風圧が届きそうなくらい大きく重い音だったのが、少しづつ、細く、鋭い音に変わっていく。
実例を直接見せたこと、そして動作を小さくしていく方法も功を奏したのか、動きに迷いがなくなっている気がする。それを幾重も繰り返し――
ビシュンっ!
「うん。今のはちょっと良かったね」
「本当ですか!」
見つけ出したそれを反復練習し、体にその動きを記憶させることで、彼女にとっての理想の動き、その一歩目を見つけることができたのだった。
「――うん。だいぶ気配も小さくなったね。これがちゃんと身につけば今までより振りが鋭くなるし、相手も避けづらいと思うよ」
「はい……ぼくも、手ごたえがあります……これからも鍛錬を続ければ、きっと……!」
疲労の色を見せながらも、彼女は笑顔で希望を抱く。そんな彼女に、わたしも笑顔を見せて答える。
「じゃあ、早速試してみよっか」
「……え?」
「どこかの誰かも言ってたんでしょ? 「実戦を繰り返すしかない」って。「鉄は熱いうちに打て」とも言うし。――というわけで、これから模擬戦です」
わたしの宣言に、彼女の笑顔がわずかに引きつったように見えた。が……
「……お願いします!」
開き直ったのか諦めがついたのか、若干自棄になりながらも、彼女は木剣を握り締めるのだった。
***
「ありがとう……ございました……」
「はい、お疲れさま」
疲労困憊といった様子のアルムちゃんを軽く労う。
人より腕力や体力に優れる彼女だが、それでも疲労を感じるほどに根を詰めていたらしい。あるいはわたしが全身につけた生傷が原因かもしれないが。
「それじゃ、今日はここまでだね」
いつの間にか陽は中天を過ぎ、少し傾き始めている。明るいうちにいくらかでも歩を進め、野営できる場所を確保しておきたい。
「今日教えられることは教えたつもりだけど、ちゃんと身につくように鍛錬は続けてね」
「はい……」
彼女は疲労と負傷でへろへろになりながらも返答する。傍では仲間の神官が彼女を治療していた。
あの様子ならしばらくは動けないだろう。今のうちにちょっとでも先へ進もう。
「さてと。わたしたちはそろそろ出発しようかな」
「え……もう、ですか……?」
「うん。一応、依頼も抱えてるし、あんまり遅れるとまずいから」
まぁ、その依頼は彼女たちが例の砦に辿り着かない限り安全とも言えるので、余裕がなくもないのだが。
と、ふと、彼女たちを輪の外から見つめる魔術師くんが目に入る。なんとなく気になり、わたしはそちらに近づき、声を掛けた。
「あなたは、教えてあげないの?」
「何をだ?」
「戦い方。どこかで武術習ってたんでしょ?」
「……なんの話だ? オレはただの魔術師だ。教えられるようなものは何もない」
「ふーん……?」
さっきの動きを見る限り、そうは見えなかったけど……本人が隠したいなら、これ以上追及するのも野暮だろうか。
「……それに……オレは、あいつらとは違う」
そう言いながら、少し眩しそうに細めた彼の視線は、彼女たちから離れなかった。
いや、彼女たち、というより、その瞳が収めているのはアルムちゃんただ一人のように見える。
そこで、ピンときた。
「ねえ。ひょっとして、アルムちゃんのこと狙ってる?」
「――!?」
バっ!とその場を飛びずさり、彼は険しい顔でわたしを睨む。
「お前……なにを知ってる……!?」
「え? えーと……」
冒険者同士で恋愛感情が芽生えることは珍しくないし、彼はさっきからアルムちゃんを目で追っているようだったのでカマをかけただけだったのだけど……
「エカル、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
アルムちゃんの声にハっとした彼は、こちらに一度視線を遣ったあと、振り向いてそのまま歩き去ってしまった。
あの反応は気になるところだけど、人の隠し事をあまり突くのも良くないか。わたし自身が、人には言えない秘密を抱えているのだから。
「それじゃあね。アルムちゃん。シエラちゃんも。死なないように頑張って」
「はい……ありがとう、ございました……!」
「先輩も、お気を付けて」
覚束ない足取りで立ち上がりながら、彼女はわたしに礼を言い、シエラちゃんも彼女を支えながら挨拶する。わたしはそれに軽く手を振って返しながら歩き出した。
……なんだか変な気分だ。本当は彼女たちを負かしてすぐに立ち去るつもりだったのに。それが、勇者に剣を教えることになるだなんて。
わたしたちはしばらく無言で街道を歩く。やがてアルムちゃんたちの姿が完全に見えなくなるまで離れてから、わたしは隣を歩くリュイスちゃんを抱きしめた。
「わぁっ!? ア、アレニエさん?」
「疲れたー……人に剣を教えるなんて初めてだったよー……」
アルムちゃんの前じゃ漏らせなかったけど、人にものを教えるのは予想以上に疲れるし神経を使う。
だからリュイスちゃんを抱きしめて癒させてもらいたい。彼女の温かさを感じているだけで、わたしは元気になれるから。
「……お疲れさまです。……答えは、得られましたか?」
彼女は困ったように微笑みながらも、わたしを受け止めつつ、聞いてくる。
わたしは、返事の代わりに曖昧に笑みを浮かべる。
わたしの漠然とした疑問を、彼女――アルムちゃんが解消してくれるかは、まだ分からない。
けれど少なくとも、先代の勇者とは全然違う人間だと知れただけでも収穫だった。怖いだけだった先代と違って可愛かったし。
彼女がこれから勇者としてどう成長していくか。それによって、答えは変わってくるのかもしれない。それが楽しみなような怖いような、複雑な気持ちだ。
「それはそうとアレニエさん。いきなり飛び出していったと思ったら、そのあとどうして勇者さまに喧嘩を売ることになったのか、ちゃんと説明してくださいね」
「あー……えーと……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいので説明を……」
「――……」
「――……」
「……あ、その……前に、ある人に同じようなことを言われたんです。「剣は敵を斬るためのただの武器だ」って……」
それが悲しいと言いたげに、アルムちゃんがわずかに顔を伏せる。
「凄く大きくて、筋肉だらけな人でした。強い相手を探して渡り歩いてるとかで、「実戦で強くなりたいなら実戦を繰り返すしかない」とも言ってました」
どこかで聞いたような。
「ぼくは、人を助けるために、守るために剣を握りました。誰かを守る象徴だと思っています。でも……結局剣は、誰かを傷つけるだけのもので、誰かを守ることなんてできないんでしょうか……」
思いつめたような表情でアルムちゃんは俯く。彼女にとってそれは、とても大切なことなのだろう。
わたしはそんな彼女の瞳を真っすぐに見つめ、はっきりとこう告げた。
「いや、それは全然別の問題だよ」
「……へ?」
よほど予想外の返答だったからか、彼女が反射的に変な声を上げる。構わずわたしは言葉を続けた。
「剣は確かに斬るための道具だけど、誰かを守るのに使いたいならそれでもいいんだよ。相手を斬るか斬らないかは、アルムちゃんが決めていいんだから」
「――」
「でも、どう使うとしても、いざという時、肝心の剣の扱い方が分からない、なんてことになったら意味がないでしょ?」
「あ……」
「だからわたしは、具体的な体の――剣の使い方を教える。それを何に使うかは、アルムちゃんの自由だよ」
「……はい……、はい……!」
アルムちゃんは手に持った木剣を、そしてわたしを見つめ、何度も頷く。よく分からないけどよっぽど嬉しかったらしい。
「さっき、体は繋がってて連動してる、って言ったよね。繋がってるから、例えば足腰の力を体や腕に伝える、なんてこともできる」
「なるほど……」
「で、『気』を扱うために大事なのは、なるべく体の中心の力を使うこと」
「中心?」
「えーと、体って、先っぽよりも中心に近いほうが力を出しやすいらしくてね」
ここら辺はとーさんに聞いた知識の受け売りだけど。
「指先よりも手首。手首よりも肘。肘から肩、背中、お腹……体の中心、体幹に近い場所の力を使えれば、腕だけより力が通るし、鋭くなる」
「体幹……」
アルムちゃんが手でお腹を押さえる。かわいいけど、ピンとはきてなさそう。
「え、と、なんて言えばいいかな……極端だけど、手首だけ使うより肘も使った方が力が入るし、楽に剣が振れるでしょ? 肩も使えばもっと楽になる。そうやって、段々中心に近づけていくイメージ。理想は、全身で剣を振るって、でも動きは小さくすることで――」
いつもは感覚でやってることを言語化するのは難しいけど……伝わるだろうか。
「中心……『気』……刃筋……ぜんしんでふるって……うごきはちいさく……」
あ、まずい。一気に情報を入れすぎたせいか、アルムちゃんの目がぐるぐる回って頭から煙を吹いている(ように見える)。
「(もしかしたら口であれこれ言うより、なにか一つ、目の前で実演してみせたほうが早いかな)」
そう思い立ち、わたしは街道脇の林に分け入り、足元に落ちていた枯れ枝を一本拾って、元の場所まで戻ってくる。
「見ててね」
枯れ枝を頭上に放り投げ、いつものように逆手に木剣を構える。そして――
「フっ!」
軸足を捻り生み出した力を腹部で増幅。背と肩を経由し、腕の先にある木剣まで『気』を伝え、落ちてくる枯れ枝目掛け、呼気と共に一呼吸で振り抜く。
刃のない木剣で、支えのない空中で斬りつけられた枝。本来ならそれは、宙で叩き折られるか、あるいは折れもせず地面に叩きつけられるか、といったところだろう。
が、わたしの剣撃は枝を中央から綺麗に切断――叩き折ったのではなく切断だ――し、二つに分かたれた状態で地面に転がらせてみせる。
「……!」
その光景の一部始終を、アルムちゃんはきらきらした目で見つめていた。かわいい。
「今のが『気』を込めた斬り方。得物が木剣でも、ちゃんと『気』を伝えて刃筋を立てれば、こんなこともできるよ」
「――……ぼくでも、できるようになりますか……!?」
「ちゃんと修行を積めば、多分ね。というわけで、早速やってみよっか」
「はい!」
とりあえず、やる気は出たみたいだ。
あとは、上手く彼女に合う動きが身につけられれば……
「あ、そうだ。アルムちゃん。最初から小さく動くんじゃなくて、いつもの動作から少しづつ動きを小さくしてみて。そのほうが違和感少ないと思うから」
「いつもの動きから段々小さく……やってみます!」
彼女は言われた通り素直に、高く上段に構えた木剣を大きく広く振り下ろす。そして、その動きを少しづつ小さくしていく。
すると、始めはこちらに風圧が届きそうなくらい大きく重い音だったのが、少しづつ、細く、鋭い音に変わっていく。
実例を直接見せたこと、そして動作を小さくしていく方法も功を奏したのか、動きに迷いがなくなっている気がする。それを幾重も繰り返し――
ビシュンっ!
「うん。今のはちょっと良かったね」
「本当ですか!」
見つけ出したそれを反復練習し、体にその動きを記憶させることで、彼女にとっての理想の動き、その一歩目を見つけることができたのだった。
「――うん。だいぶ気配も小さくなったね。これがちゃんと身につけば今までより振りが鋭くなるし、相手も避けづらいと思うよ」
「はい……ぼくも、手ごたえがあります……これからも鍛錬を続ければ、きっと……!」
疲労の色を見せながらも、彼女は笑顔で希望を抱く。そんな彼女に、わたしも笑顔を見せて答える。
「じゃあ、早速試してみよっか」
「……え?」
「どこかの誰かも言ってたんでしょ? 「実戦を繰り返すしかない」って。「鉄は熱いうちに打て」とも言うし。――というわけで、これから模擬戦です」
わたしの宣言に、彼女の笑顔がわずかに引きつったように見えた。が……
「……お願いします!」
開き直ったのか諦めがついたのか、若干自棄になりながらも、彼女は木剣を握り締めるのだった。
***
「ありがとう……ございました……」
「はい、お疲れさま」
疲労困憊といった様子のアルムちゃんを軽く労う。
人より腕力や体力に優れる彼女だが、それでも疲労を感じるほどに根を詰めていたらしい。あるいはわたしが全身につけた生傷が原因かもしれないが。
「それじゃ、今日はここまでだね」
いつの間にか陽は中天を過ぎ、少し傾き始めている。明るいうちにいくらかでも歩を進め、野営できる場所を確保しておきたい。
「今日教えられることは教えたつもりだけど、ちゃんと身につくように鍛錬は続けてね」
「はい……」
彼女は疲労と負傷でへろへろになりながらも返答する。傍では仲間の神官が彼女を治療していた。
あの様子ならしばらくは動けないだろう。今のうちにちょっとでも先へ進もう。
「さてと。わたしたちはそろそろ出発しようかな」
「え……もう、ですか……?」
「うん。一応、依頼も抱えてるし、あんまり遅れるとまずいから」
まぁ、その依頼は彼女たちが例の砦に辿り着かない限り安全とも言えるので、余裕がなくもないのだが。
と、ふと、彼女たちを輪の外から見つめる魔術師くんが目に入る。なんとなく気になり、わたしはそちらに近づき、声を掛けた。
「あなたは、教えてあげないの?」
「何をだ?」
「戦い方。どこかで武術習ってたんでしょ?」
「……なんの話だ? オレはただの魔術師だ。教えられるようなものは何もない」
「ふーん……?」
さっきの動きを見る限り、そうは見えなかったけど……本人が隠したいなら、これ以上追及するのも野暮だろうか。
「……それに……オレは、あいつらとは違う」
そう言いながら、少し眩しそうに細めた彼の視線は、彼女たちから離れなかった。
いや、彼女たち、というより、その瞳が収めているのはアルムちゃんただ一人のように見える。
そこで、ピンときた。
「ねえ。ひょっとして、アルムちゃんのこと狙ってる?」
「――!?」
バっ!とその場を飛びずさり、彼は険しい顔でわたしを睨む。
「お前……なにを知ってる……!?」
「え? えーと……」
冒険者同士で恋愛感情が芽生えることは珍しくないし、彼はさっきからアルムちゃんを目で追っているようだったのでカマをかけただけだったのだけど……
「エカル、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
アルムちゃんの声にハっとした彼は、こちらに一度視線を遣ったあと、振り向いてそのまま歩き去ってしまった。
あの反応は気になるところだけど、人の隠し事をあまり突くのも良くないか。わたし自身が、人には言えない秘密を抱えているのだから。
「それじゃあね。アルムちゃん。シエラちゃんも。死なないように頑張って」
「はい……ありがとう、ございました……!」
「先輩も、お気を付けて」
覚束ない足取りで立ち上がりながら、彼女はわたしに礼を言い、シエラちゃんも彼女を支えながら挨拶する。わたしはそれに軽く手を振って返しながら歩き出した。
……なんだか変な気分だ。本当は彼女たちを負かしてすぐに立ち去るつもりだったのに。それが、勇者に剣を教えることになるだなんて。
わたしたちはしばらく無言で街道を歩く。やがてアルムちゃんたちの姿が完全に見えなくなるまで離れてから、わたしは隣を歩くリュイスちゃんを抱きしめた。
「わぁっ!? ア、アレニエさん?」
「疲れたー……人に剣を教えるなんて初めてだったよー……」
アルムちゃんの前じゃ漏らせなかったけど、人にものを教えるのは予想以上に疲れるし神経を使う。
だからリュイスちゃんを抱きしめて癒させてもらいたい。彼女の温かさを感じているだけで、わたしは元気になれるから。
「……お疲れさまです。……答えは、得られましたか?」
彼女は困ったように微笑みながらも、わたしを受け止めつつ、聞いてくる。
わたしは、返事の代わりに曖昧に笑みを浮かべる。
わたしの漠然とした疑問を、彼女――アルムちゃんが解消してくれるかは、まだ分からない。
けれど少なくとも、先代の勇者とは全然違う人間だと知れただけでも収穫だった。怖いだけだった先代と違って可愛かったし。
彼女がこれから勇者としてどう成長していくか。それによって、答えは変わってくるのかもしれない。それが楽しみなような怖いような、複雑な気持ちだ。
「それはそうとアレニエさん。いきなり飛び出していったと思ったら、そのあとどうして勇者さまに喧嘩を売ることになったのか、ちゃんと説明してくださいね」
「あー……えーと……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいので説明を……」
「――……」
「――……」
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