[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

文字の大きさ
93 / 144
第3章

8節 帝都にて②

しおりを挟む
「――リュイスさん」

「え……は、はい?」

 唐突に話しかけられた私は、うわずった声で慌てて反応を返す。

「その……少々、お話があるのですけど、よろしいですか?」

「は、はい」

 アニエスさんが、私に話……? しかも、こんな緊張した面持ちで。
 そうして、失礼ながらも警戒していた私の目の前で……彼女は静かに頭を下げた。

「この度のこと、本当に申し訳ありませんでした……!」

「え……あ、あの……?」

 謝罪? 彼女が私に? なんのことだか全然話が見えてこない。
 困惑していると、顔を上げたアニエスさんがゆっくりと説明し始める。

「……貴女も、ヴィオレ司祭が投獄された件は、聞き及んでいるでしょう」

「……はい……」

 ヴィオレ・アレイシア司祭。私が師事するクラルテ司祭の政敵であり、目の前にいるアニエスさんの師でもある。そして、『総本山の神官は貴族のみが相応しい』という保守派の筆頭で、その理念に従い、以前、平民出の神官である私に刺客を差し向けたことのある――

「(……あ)」

 つまりこれは、その時の……?

「司祭さまが捕縛されたと聞いた際、わたくしのわがままですぐに王都まで戻りました。そして投獄された司祭さまに面会し、話を聞いたところ……あろうことか、貴女に、その……刺客を差し向けた、と……」

「……はい」

 やはりそうだ。彼女は、師が敢行した凶行を謝罪しているのだ。

「司祭さまが掲げる理念は理解していますし、一時は捕縛されたことに納得のいかない憤りを覚えることもありましたが……それでも、同じ神官である貴女を害そうとしたことは、いくら彼女でも許されることではありません。ですから……」

「や、やめてください。アニエスさんに謝っていただくことでは……」

 同じ人間、それも神に仕える神官が、はかりごとを用いて殺そうとしてきたことは、確かに大変な恐怖と衝撃を私に与えた。
 それでも、直接加担したわけではない、弟子でしかない彼女にこうして頭を下げさせるのは、何か違うのではないか、と思うのだ。

 それと、これは話の本筋からは外れるけれど……今、彼女は私のことを『同じ神官』と言った気がする。保守派筆頭神官の弟子である彼女が、貴族ではない私をそう呼ぶのは、総本山の政治的に大きな意味を持つ気がする。私やクラルテ司祭のような平民出の神官も、少しは認めてくれているのだろうか。

「いいえ。師が起こした不祥事は、弟子の私にも無関係ではありません。なによりこうしなくては、私の気が済みませんから」

 アニエスさんはかたくなに頭を下げ続ける。結局、先に根負けしたのは私のほうだった。

「あの、分かりましたから! とにかく、私なんかに頭を下げないでください……!」

「『私なんか』とはなんですか。あなたは自身を卑下しすぎるきらいがあります。それでは師であるクラルテ司祭の名にも傷がつきかねない――」

「あれ? 二人仲良くなったの?」

 向こうで会話していたアレニエさんがこちらの騒動に気づいたらしい。これ幸いと私は助けを求める。

「助けてくださいアレニエさん……! アニエスさんががんとして私に頭を下げ続けるんです」

「や、どういう状況?」

 アレニエさんの疑問の声に、アニエスさんが顔を上げ、抗弁する。が……

「邪魔をしないでください。私は彼女に謝罪をしなければいけなくて……そういえば、その節は貴女にもご迷惑がかかったのでしたね。お詫びします」

 再びアニエスさんが頭を下げる。

「これなんの謝罪?」

「え、と……先日、ジャイールさんたちが襲撃してきた件で、彼女の師が首謀者だったので、その謝罪らしいのですが……」

「あー、例の、なんとかっていう司祭か。そういえば、守護者の一人がその司祭の弟子だったっけ。そっか、アニエスちゃんがその弟子か」

 今初めて、アレニエさんの中で噂と認識が繋がったらしい。

「そっかそっか。その時のことを、司祭の代わりに謝りたいと」

「ええ。……本当に、申し訳ありませんでした」

「うん、分かった」

 え、軽っ。

「そのなんとかって司祭を許す気はないよ。リュイスちゃんを殺そうとしたことはまだ腹が立ってるし。でもアニエスちゃんがそれを謝りたいっていうなら、受け入れるよ。直接関わってたわけじゃないだろうしね」

「はい。それで構いません。……ありがとうございます」

「リュイスちゃんも、それでいいかな?」

「え? その……はい」

「うん。じゃあ、この話はこれでおしまい。さて、リュイスちゃん。日も落ちるし、私たちはそろそろ帰ろっか」

「あ、はい」

 確かに外を見れば、夕陽の赤がデーゲンシュタットの街並みを染め始めている。早いところではもう夕飯を食べる頃合いだろう。

「師匠ー! 明日の朝、忘れないでくださいね!」

「分かってるよー。この宿の外で待ってるから」

「約束ですからね!」

 アルムさんの声を背に私たちは退室し、扉を閉めた。そして歩き出しながら、疑問を投げかける。

「約束って……?」

「アルムちゃんがまた剣を教えてほしいって言うから、明日の早朝にまた会うことになって。ごめんね、勝手に決めて」

「いえ、構いませんよ」

 別にこの依頼の間中彼女を拘束しなければいけないわけではない。私を気にする必要はないし、空いた時間は彼女の自由に使ってもらうべきだ。他の人と会う約束であっても、笑って見送るべきで……

「朝早いけど、リュイスちゃんも一緒に来る?」

 けれど、そう聞かれたならば……

「……はい。行きます」

 彼女の問いに、私は控えめに、けれどハッキリと答えた。
 ……私、アルムさんに嫉妬してるんだろうか。嫉妬深い女なのかなぁ、私。
 そんなことを思ったところで……

 コオォォォ――……

 右目――〈流視〉が、ひとりでに急に〝開いた〟。

「く、ぅ……!?」

 私は思わず右目を手で押さえ、その場にうずくまる。押さえた手の隙間からは、青く揺らめく光が漏れ出していた。

「リュイスちゃん……!?」

 驚いたアレニエさんが心配げに声を掛けてくる。けれど今はそれに構っている余裕がない。強制的に映し出され流れる映像が、次から次に目に焼き付けられていく。
 これは、勇者さま――アルムさんの、視点だ。直感的にそれが分かる。

 巨大な円形の建物……大勢の観客……これは、この街の闘技場……? 円の中央で対峙するのはアルムさんと、知らない男の人……長い髪で、巨大な剣を手に持ち、全身に赤銅色の甲冑を着込んだ若い男……その男がアルムさんに剣を振るい、その果てに……――

「――ュイスちゃん……! リュイスちゃん……!」

 再び、アレニエさんが小声で呼び掛けるのが聞こえる。そこで、ようやく映像が途切れる。

「あ……私……」

 正気付いた私は、きょろきょろと辺りを見回す。そう長い間見えていたわけではないらしく、幸いにも宿泊客が気づいて出てくるということもなかった。

〈流視〉は私が任意で開くこともできるが、その場合はごく小規模な流れ――周囲の魔力の流れや、目の前の相手の動きの流れなどが見える程度に過ぎない。
 けれど今のように、私の意思を無視してひとりでに開いた場合。この目は、大規模な災害や、戦の趨勢、人の一生など、普段は到底見ることのできない大きな流れを見せつけてくる。
 今見えたものはその一つ、人の生涯の流れ。それも、勇者であるアルムさんの――

「……もしかして、また見えたの?」

「……はい。……ここでは話しづらいので、宿に戻ってから説明します」

「分かった」

 それだけをやり取りし、私たちは速やかに帰路についた。
 星の見える夜空だったが、私にとっては見えない暗雲が垂れ込めているような、暗い心地だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

鉄の心臓、茨の涙

深渡 ケイ
ファンタジー
流した涙が「致死性の茨」となって周囲を突き刺す呪いを受けた少女・エリスと、彼女を守るために造られたが、茨に触れると腐食して死ぬ「鉄のゴーレム」ガルド。 二人は呪いを解くために「世界の最果て」を目指すが、旅が進むほどエリスの呪いは強まり、ガルドの体は錆びついていく。 触れ合いたいのに触れ合えない二人が選ぶ、最後の選択。

処理中です...