[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第3章

9節 合同稽古①

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 まだ日が出て間もなく、辺りがうっすら明るくなり始めたくらいの時間に私たちは起き出し(案の定私は起きられなかったため、アレニエさんに起こしてもらい)、泊まっている宿を出た。

 デーゲンシュタットの街は、昨日の喧騒けんそうが嘘のように静かだった。ただそれは、昨日と比べれば、という話で、この時間からもう働き出している人や、昨夜から飲み続けてるような人もいて、全くの静寂というわけではなかった。
 前日に比べれば格段に歩きやすい人気のない通りを抜け、勇者一行が泊まっている宿に向かう。すると――

「あ! 師匠ー! おはようございます!」

 宿の前には、既に先客がいた。朝から元気いっぱいの勇者さまと、まだ眠そうにしている守護者三人だ。

「おはよー、アルムちゃん。まだ朝早いし、できればもう少し静かにね」

「はい!」

 分かっているのかいないのか、アルムさんがやはり元気に答える。

「シエラちゃんたちはまだ眠そうだね」

「はい……アニエスが、先輩とアルムを二人にしておけない、と聞かなくて……」

「信用ないなぁ。昨日は頭下げてくれたのに」

「それとこれとは話が別です。貴女はまだ得体が知れませんし、刺客に襲われたばかりで勇者さまを放っておくこともできません。警戒は続けないと」

「まぁ、それもそっか」

 アニエスさんの言葉に、言われた本人であるアレニエさんが納得の意を示す。

「でもそれなら、何も全員で来なくてもよかったんじゃ? そっちの魔術師くんもまだ眠そうだけど」

「エカルラートだ。いい加減憶えてくれ」

「じゃあ、エカルくんで」

「…………まぁ、いいか。オレも全員で来る必要はないと思ったんだが、アニエスのやつが、オレを一人にしておくのも不安だって言い出してな……」

「あー……なるほど」

「納得するな。……いや、まぁ無理もないか。オレ自身はこれ以上何かするつもりはないが、信じられないのも分かるからな……」

 魔術師――エカルさんが、少し自嘲気味に言う。

「……なんですか、この空気。まるで私が悪いかのような……私はただ、勇者さまをお守りしたくて……!」

「大丈夫。分かってるよ。いつもありがとね、アニエス」

「勇者さま……ありがとうございます」

 アルムさんの言葉に、アニエスさんが感極まったように感謝を述べる。ちょっと感動的にも思えるその空気を切り裂いて、アレニエさんが口を開いた。

「それで、どこで稽古つければいいのかな。店の前でやるのはさすがに朝でも人目を惹きそうだし、邪魔になるだろうから、できれば別の場所がいいと思うんだけど」

「あ、はい! 向こうにちょうどよさそうな公園があったので、そっちに行きましょう!」

「りょーかい」

 先導するアルムさんに、アレニエさんが素直についていく。それを追って私たちもぞろぞろと移動する。
 辿り着いた公園は、芝生や樹々の緑に囲まれた、開放的で気持ちのいい広場だった。中央には噴水が設置され、噴き上げられた水の流れが景観をさらに美しく見せている。

 適度に拓けた場所を見つけたアレニエさんとアルムさんは、早速互いに木剣を手にし、向かい合う。アレニエさんはいつもと逆の順手で剣を握り(おそらくアルムさんの手本になるようにだろう)、力みなく相手を見据えている。対するアルムさんは、やや緊張した面持ちだ。

 守護者の三人は彼女らから離れた位置まで下がり、その場に腰を下ろして観戦する構えだ。私も同じように下がり、守護者たちから少し離れた場所で座り込む。人見知りなので輪の中に入るのが苦手なのだ。

「それじゃ、早速始めるけど……そうだね。まずは、前に教えたことが身に付いてるか、見せてもらえるかな」

「はい!」

 気合の入った返事をするアルムさんは、一転、集中して静かに剣を構える。上段に木剣を振り上げ、そこから一気に――

「はぁっ!」

 ――振り下ろす。
 空気を切り裂いて、木剣が上から下に振り切られる。前回の稽古の時とは違い、鋭く、キレのある剣閃だった。様になっている、と言えばいいんだろうか。

 続けて彼女は、左から右へ、右から斜め上へと、次々木剣を振るっていく。
 力任せではない、気配も小さい(少なくとも前回よりは格段に)、確かな修練を感じさせる動きだった。別れていた間にもかなりの数を振るっていたのだろう。彼女の努力が垣間見える。

「――うん。だいぶ良くなったね。ちゃんと鍛錬続けてたみたいでおねーさん嬉しいよ」

「えへへ」

 褒められて途端にはにかむ勇者さま。反応が可愛いなこの人……

「それじゃあ次に進もうか。今日は、受け方を教えたいと思います」

「受け方?」

「そ。相手の攻撃の防ぎ方、防御の方法だね。本当は前回、こっちを最初に教えるべきだったのかもしれないけど」

「そうなんですか?」

「うん。なんと言っても冒険者稼業は、死なないことが第一だからね。まぁでも、ここまで死んでないんだから結果オーライかな」

「えぇ……」

 アルムさんが少し困惑した表情を見せる。教え方がおおざっぱ過ぎますアレニエさん。

「さて、前回は主に斬り方を教えたわけだけど……一口に「斬る」って言っても、力が乗るタイミングと、そうじゃないタイミングがあるのは分かるかな、アルムちゃん」

「あ、はい、分かります。振り始めはまだ力が乗らないし、振り切ってしまうと今度は力が逃げていって……」

「そうだね。剣に限った話じゃないけど、攻撃は一番力が乗るタイミングで相手に当てなきゃ、ちゃんと威力が出てくれない。今のアルムちゃんの言いかたで言えば、振り下ろす前と、振り下ろした後、その中間のあたりが、力が乗るタイミング――剣で言えば、斬れる瞬間になる」

「ふむふむ」

「つまり、相手の攻撃を受ける時は、そのタイミングを外してやればいい。相手の力が乗る前に塞いでしまうか、別の方向に逸らしてやれば、こっちが致命傷を受けることはまずない、ってことになる。もちろん、全部かわせればそれに越したことはないけど、それができないときは受けるしかないわけだし、覚えておいて損はないと思うよ。とりあえず、実際にやってみせよっか。アルムちゃん、ちょっとわたしに打ち込んできてみて」

「はい!」

 元気よく返事をすると、アルムさんは上段に剣を構え、細く長く息を吐いた後に、一足飛びにアレニエさんに打ち込む。

「たぁっ!」

 頭の上から袈裟切りに振り下ろされる木剣の一撃。アレニエさんはそれに向かって無造作に一歩踏み出し、斜めに傾かせた剣を両手で上方に掲げる。すると……

 カシィィィィ!

 と、木が擦れる軽い音を響かせながら、アルムさんの剣がアレニエさんの木剣の上を滑り落ち、逸れていく。

「!?」

 アルムさんは態勢を崩し、逸れた木剣は地面を打つ。そこにすかさず……

「ほい」

「……!」

 アレニエさんの剣が、アルムさんの喉元に切っ先を突き付ける。彼女はその場を動けず、地面に剣を打ちつけた姿勢で硬直する。

「とりあえず、こんな感じ」

「はぁ……はぁ……」

 アレニエさんが木剣を引き、緊張の解けたアルムさんがその場にくずおれる。

「どんな手応えだった?」

「え、と……ほんの少し向きをずらされただけなのに、気付けばそのまま剣が逸れていってて……わけが分からないうちに、師匠に剣を突き付けられてました」

「そうだね。される側はそんな感じだと思う。正面から止められるのと違って、体が流れていっちゃうんだよね」

 アレニエさんの言葉を聞きながら、アルムさんがその場で立ち上がる。

「つまり、この受け方を覚えれば、アルムちゃんも相手に同じことができるってこと。どんなに強い攻撃でも、ほんの少し向きを変えるだけなら難しくないし、そうして攻撃を受け流しながら、相手の態勢を崩して追撃もできる。しかも正面から受け止めるより、剣にかかる負担が少ないっていうおまけつき」

「いいこと尽くめですね!」

「ただその分、普通に受け止めるよりはちょっと難しい。相手がどう攻撃するか瞬時に見極めなくちゃいけないし、相手の力が乗り切る前に邪魔しなくちゃいけない」

「なるほど……」

「まぁ、難しく考えなくてもいいよ。要は、形はなんでもいいから、相手の攻撃をほんの少し逸らして致命傷を防ぐ、ってだけの技だから。アルムちゃんのやりやすい形を見つけたら、あとは体に覚えさせるだけだよ」

「コツとかありますか!」

「コツは、相手の動きをよく見ること。攻撃の気配を掴んで、その延長線上に自分の武器を先に置いておくこと。相手の気配の探り方は……前会った時に、教えたよね?」

「身体の動き出し、予備動作……」

 アルムさんの答えに、アレニエさんは満足げに頷く。

「それじゃ、後はひたすら練習かな。今度はわたしが打ち込むから、アルムちゃんはそれを防いでね」

「はい!」

「うん。じゃあ、始め――あ、そうだ」

 途中で何かを思いついたらしいアレニエさんは、守護者の三人がいる場所まで歩いていき、いくらか会話した後に、またアルムさんの元に戻り、そのまま稽古を再開する。
 続いて守護者たちのほうにも動きがあった。シエラさんとエカルさんが立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。何かあったのだろうか?

「リュイスさん、でしたよね。良ければ私たちと手合わせ願えませんか?」

「私と?」

「はい。先ほど、先輩が私たちに提案されまして。少しでも貴女に経験を積ませたいのだと。あと、見てるだけでは退屈だろうから、とも」

「アレニエさんが……」

 ずいぶん唐突な話だ。また彼女が不意に思いついたのだろうけど……
 けれどこれは、とにかく経験の少ない私にとって、ありがたい話には違いない。最近はアレニエさんにも稽古をつけてもらっているが、その前は司祭さまとの組手しか知らなかったのだ。今後の生存率を上げるなら、もっと多くの相手と戦い、経験を積み、実戦に備える必要がある。私は立ち上がり、彼女らを見据えた。

「……分かりました。お受けします」
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