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第3章
22節 蛇②
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…………
「……なるほど。確かにそれなら、いけるかも」
「……大丈夫ですか? アレニエさんも消耗が激しいのは、重々承知しているんですが……」
「それはリュイスちゃんもでしょ。しばらく魔将と一人で渡り合ってたんだから。なら、わたしだって、少しぐらいの無茶はしなきゃね」
「アレニエさん……はい。絶対、二人で帰りましょうね」
「もちろん。……じゃあ、いくよ」
「はい!」
そのリュイスちゃんの返事を合図に、わたしは〈ローク〉を鞘にしまい、カーミエに向かって駆け出した。
「キヒヒ! バカが! また突っ込んでくるだけかよ!」
嘲笑う魔将は相手にせず、『蛇』の動向に気を配る。離れている時は様子を窺うだけのそれも、こちらがある程度まで近づくと……
ガラララ――!
本物の蛇を思わせる俊敏な動きで、本物ではあり得ない石が擦れる音を響かせながら、接近するわたしに牙をむき、襲い掛かってくる。
それを見据えながらわたしは、左手に意識を集中させる。魔力を操作し、前方に壁を作るイメージで、赤い光で編まれた長方形の盾を生み出し、大蛇の頭を正面から受け止める。
ガキっ!
「ふ……んぐぐぐ……!」
大量の石の塊を、わたし一人の体重で受け止め切れはしない。体が押され、足元に轍を作る。けれど魔族化した左腕のおかげもあってか、わずかに勢いを弱めることには成功する。この間に――
「《……封の章、第三節。静寂の庭……サイレンス!》」
リュイスちゃんの法術が発動する。わたしの目の前に、押え込んだ『蛇』の胴体、その一部を包むように光の線が走り、人一人を丸ごと包めるほどの立方体が生み出される。すると……
ガラ、ガラ……
立方体の中に入った部分の石が、その動きを止める。そして地面に落下する。
「な……!」
カーミエが驚く声をよそに、『蛇』は前進を続ける。少しずつわたしを押しながら光の立方体を通過し、そこで次々に体を構成する石を落としていく。
「なんだと……! 何が……何をしやがった、このガキ……!」
石の魔将は現状を理解できず、今も術を維持し続けているリュイスちゃんに怒りを向けた。
リュイスちゃんが発動させたのは、『魔力を遮断・鎮静化させる』法術。以前にも何度か使ったことのある術だ。
あの光で編まれた箱――結界の中に入っているものは、生物・無生物を問わず魔力を遮られ、鎮められる。
あまりに強い魔力は抑えられないそうなので、たとえば魔将本人があの中に入った場合、その魔力はおそらく鎮められない。前回の石巨人のような、大規模な魔術なんかも無理だろう。
けれど今回の『蛇』は、無数の小さい石が寄り集まったもの。その一つ一つを操る魔力はそこまで強くない。だから――
『蛇』の胴体がバラバラと崩れ落ちていく。
頭はわたしを圧し潰そうと前進を続けるが、それに続く胴体が結界を通過するたびに、体を構成していた石が削ぎ落されていく。物量が減り、圧力が減少する。前進する力が弱まる。
ここでわたしは、自身が生み出していた盾を解除した。そして直接『蛇』の頭に触れ、そこから魔力を吸い上げる。
ズ……!
頭部を形作っていた石も魔力を失い、次々と目の前で地に落ちていく。今や『蛇』の体はまばらにしか残っていなかった。
「(ここまで減らせれば……!)」
こちらの攻撃も通るかもしれない。『蛇』の残骸を避け、接近することも――そう思ったところで……
「ふざけんな!」
石の魔将が激昂し、新たな魔術を発動させる。
『蛇』を構成していた残りの石を操り、一つに集め、鋭く巨大な槍を形作ろうとしている。あんなものをまともに喰らえば、わたしもリュイスちゃんも――当たり前だが――ただでは済まない。が――
バヂィ!
突如横合いから雷撃が迸り、一つに集まろうとしていた石の塊を、一撃で撃ち抜いた。
「んな……?」
それで魔術の効力を失ったのか、石はバラバラに飛び散り、落下する。
術を阻害されたカーミエが、思わず雷撃の発生源に目を向けた。わたしも一瞬だけそちらに視線をやると……
「……先ほどの、痛みの……お返し、ですよ……」
雷の魔将、ルニアが倒れたまま、息も絶え絶えなその顔にかすかな笑みを浮かべ、残った左腕を掲げていた。
「こ……の……陰気女ぁ!」
怒りの限界を迎え、怒声を発する石の魔将。それに向かってわたしは即座に、最短距離で駆け出した。
魔将に対し、投擲物だけじゃ致命傷を与えるのは難しい。最後はやっぱり、使い慣れた愛剣でとどめを刺すしかない。わたしは走りながら〈弧閃〉の柄に手を掛けた。
「……ハっ! もう忘れたのか!? てめぇの剣はあたしには通じねぇ!」
ルニアに気を取られていたカーミエが、ここでわたしの接近に気づき、向き直る。こちらの狙いに気づいたのだろう。石礫での迎撃は間に合わないとみて、即座に防御の魔術を発動させる。
パキ、バキ、ミシ……
宙に浮いた石が、首や心臓を護るように、その周囲に集まってゆく。さらにそれが異音を立て、凝縮され、次第に差し込む光を反射させるほどの光沢を生み出す。
石の組成を変える魔術。それによってただの石を宝石に、中でも最も硬いと言われる金剛石――ダイアモンドに変えている。〈弧閃〉は一度、このダイアモンドの盾によって砕かれている。あの喪失感は忘れない。
「キヒ! もう一度砕かれたいってんなら、お望み通りにしてやるよ!」
相手を剣の間合いに収められる位置まで辿り着く。しかし正面から接近したわたしを見て、石の魔将は小馬鹿にするように嘲笑った。
ここからさらに回り込み、死角を狙って斬り付けることも確かにできた。そもそも以前のように、〈クルィーク〉で魔力を吸収すればいい話かもしれない。けれどわたしはその場で足を止め、〈弧閃〉の柄を握りしめ、あえて首を護る宝石の盾に狙いをつけた。
軸足を捻り、生み出した力を体幹で増幅。そこから肩と肘を経由し、右手の先まで、それが握る愛剣まで、『気』を伝える。
「――ふっ!」
その動作の全てを一呼吸で、いや、それ以下の短い瞬間で終わらせる。
何千何万と繰り返した一つの剣閃。基本にして奥義の斬撃。そこに込められた『気』に〈弧閃〉の中の気鉱石が反応し、剣身の外側にもう一層、光の刃を形成する。
今度は、迷わない。ただただ、信じる。
ライセン、ハウフェンが打ってくれたこの剣を。とーさんが教えてくれたこの技を。そして、これまで積み重ねてきた、わたし自身の研鑽を!
キン――!
かすかに、金属の擦れる音が耳に残った。
手応えは、むしろあまりなかった。まるで遮るものなど何もないかのように、わたしは愛剣を振り切り、勢い余って体を傾げさせていた。
そう、振り切っていた。前回は届かなかった金剛石の盾の先に。急所を遮っていたはずのそれを見事に切り裂いた〈弧閃〉は、その先のカーミエの首まで刃を届かせ……そして、断ち切っていた。
「な……」
わずかに遅れて、石の魔将が驚きに声を上げる。それと共に、ずるり、と首が落ち、切断面から一斉に赤黒い血を噴出させた。
ドシャ……
一呼吸遅れて、カーミエの身体が力なくその場に倒れる。呆然としているためか、それとももはや力が残っていないのか、起き上がる気配はなかった。
「そんな、わけが……ふざけるなよ……ただの剣で、あたしの、盾が……」
「これで、借りは返したよ」
確かな満足感をこの胸に抱きながら、わたしは石の魔将に宣言した。
何度も死にそうな目に遭わされたし、愛剣を折られたりもしたけど、その辺りの諸々は今回で全て返せたと言っていいだろう。
それに、おかげで証明することもできた。この剣は、とーさんに教わった技は、魔将の魔術にも、鋼より硬い物にも負けないことを。
「クソ……クソ、クソ、クソが……! 半魔風情が、あたしを見下ろしてんじゃねぇぞ……!」
首の切断面から多量の血を流しながら、カーミエの身体から魔力が放出される。辺りに散らばった石がカタカタと音を鳴らし、再び魔術によって操られようとしている。
それを見ながらわたしは、右手で〈弧閃〉を鞘にしまい、左手で〈ローク〉を抜き放ち……それを、足元に倒れる石の魔将の胸に、冷静に突き刺した。
トス……
「グっ……!?」
ほとんど抵抗もなく、刃は魔将の体に沈んでいき、その先の地面に軽く刺さって止まる。
左手で――〈クルィーク〉で握られた〈ローク〉は、刃先から魔力を、そして魔力を含んだ物質――この場合、カーミエの身体――を喰らい、その小さな胸に穴を空ける。そして、周囲の魔力を吸収していく。
「ガァァァァ――!?」
魔物や魔族には、魔力を発生させる核がある。多くの場合、頭部や心臓に存在していて、それを潰すことで彼らを効率的に殺すことができる。つまり急所だ。
まさに今、突き刺し、穴を空けた魔将の心臓部分に、それはあった。暗く光る球体のようなものが魔力を放出しようとしては、〈ローク〉に吸収されて明滅する。今まで見たこともなかったそれを視認できているのは、半魔の姿になって魔覚が開いたからなのだろう。
「グっ、ガ、アアアァァァ……!?」
その核から魔力を吸い上げるたびに、カーミエの苦悶の声が増していく。肉体と魔力の距離が近いという魔族の身体は、こうして魔力を吸収するだけでも死に直結する。やがてその声もか細くなっていき……
「クソ、が……あたしは、成り上がって、やるんだ……もっと……もっと、上、に……」
胸の核が光を失い、完全に沈黙する。あとには、首を落とされた異形の少女の骸だけが、その場に残った。
「アレニエさん。……終わったんですね」
『蛇』を押さえるため結界を維持していたリュイスちゃんが、決着がついたことを悟りこちらに駆け寄ってくる。
「なんとかね。リュイスちゃんが助けてくれたおかげだよ」
「いえ、私は、そんな……でも、良かったです、アレニエさんが無事で」
照れてわずかに頬を赤くしながら彼女は弁明するが……実際、ルニアにやられた時も、カーミエの『蛇』も、リュイスちゃんがいなければ行き詰まっていたはずだ。彼女の貢献は彼女が思う以上に大きいし、感謝している。
彼女は次いで、足元に横たわるカーミエの遺体に視線を送る。
「……」
その目には、わずかに複雑な色が見て取れた。
魔族とはいえ、目の前で命が失われていく様に、いつもの衝動が走っていたのかもしれない。それを堪えてくれたのは、下手に邪魔をすればわたしの身に危険が及ぶと理解していたからだろう。ともあれ……
二度に渡る石の魔将との戦い。それが、ようやく終わりを告げた。わたしは一つ息をつき……
パチ、パチ、パチ
「お見事でございました」
不意に聞こえてきた軽薄な拍手と抑揚のない声に、緩みかけていた気を引き締め直した。
「……なるほど。確かにそれなら、いけるかも」
「……大丈夫ですか? アレニエさんも消耗が激しいのは、重々承知しているんですが……」
「それはリュイスちゃんもでしょ。しばらく魔将と一人で渡り合ってたんだから。なら、わたしだって、少しぐらいの無茶はしなきゃね」
「アレニエさん……はい。絶対、二人で帰りましょうね」
「もちろん。……じゃあ、いくよ」
「はい!」
そのリュイスちゃんの返事を合図に、わたしは〈ローク〉を鞘にしまい、カーミエに向かって駆け出した。
「キヒヒ! バカが! また突っ込んでくるだけかよ!」
嘲笑う魔将は相手にせず、『蛇』の動向に気を配る。離れている時は様子を窺うだけのそれも、こちらがある程度まで近づくと……
ガラララ――!
本物の蛇を思わせる俊敏な動きで、本物ではあり得ない石が擦れる音を響かせながら、接近するわたしに牙をむき、襲い掛かってくる。
それを見据えながらわたしは、左手に意識を集中させる。魔力を操作し、前方に壁を作るイメージで、赤い光で編まれた長方形の盾を生み出し、大蛇の頭を正面から受け止める。
ガキっ!
「ふ……んぐぐぐ……!」
大量の石の塊を、わたし一人の体重で受け止め切れはしない。体が押され、足元に轍を作る。けれど魔族化した左腕のおかげもあってか、わずかに勢いを弱めることには成功する。この間に――
「《……封の章、第三節。静寂の庭……サイレンス!》」
リュイスちゃんの法術が発動する。わたしの目の前に、押え込んだ『蛇』の胴体、その一部を包むように光の線が走り、人一人を丸ごと包めるほどの立方体が生み出される。すると……
ガラ、ガラ……
立方体の中に入った部分の石が、その動きを止める。そして地面に落下する。
「な……!」
カーミエが驚く声をよそに、『蛇』は前進を続ける。少しずつわたしを押しながら光の立方体を通過し、そこで次々に体を構成する石を落としていく。
「なんだと……! 何が……何をしやがった、このガキ……!」
石の魔将は現状を理解できず、今も術を維持し続けているリュイスちゃんに怒りを向けた。
リュイスちゃんが発動させたのは、『魔力を遮断・鎮静化させる』法術。以前にも何度か使ったことのある術だ。
あの光で編まれた箱――結界の中に入っているものは、生物・無生物を問わず魔力を遮られ、鎮められる。
あまりに強い魔力は抑えられないそうなので、たとえば魔将本人があの中に入った場合、その魔力はおそらく鎮められない。前回の石巨人のような、大規模な魔術なんかも無理だろう。
けれど今回の『蛇』は、無数の小さい石が寄り集まったもの。その一つ一つを操る魔力はそこまで強くない。だから――
『蛇』の胴体がバラバラと崩れ落ちていく。
頭はわたしを圧し潰そうと前進を続けるが、それに続く胴体が結界を通過するたびに、体を構成していた石が削ぎ落されていく。物量が減り、圧力が減少する。前進する力が弱まる。
ここでわたしは、自身が生み出していた盾を解除した。そして直接『蛇』の頭に触れ、そこから魔力を吸い上げる。
ズ……!
頭部を形作っていた石も魔力を失い、次々と目の前で地に落ちていく。今や『蛇』の体はまばらにしか残っていなかった。
「(ここまで減らせれば……!)」
こちらの攻撃も通るかもしれない。『蛇』の残骸を避け、接近することも――そう思ったところで……
「ふざけんな!」
石の魔将が激昂し、新たな魔術を発動させる。
『蛇』を構成していた残りの石を操り、一つに集め、鋭く巨大な槍を形作ろうとしている。あんなものをまともに喰らえば、わたしもリュイスちゃんも――当たり前だが――ただでは済まない。が――
バヂィ!
突如横合いから雷撃が迸り、一つに集まろうとしていた石の塊を、一撃で撃ち抜いた。
「んな……?」
それで魔術の効力を失ったのか、石はバラバラに飛び散り、落下する。
術を阻害されたカーミエが、思わず雷撃の発生源に目を向けた。わたしも一瞬だけそちらに視線をやると……
「……先ほどの、痛みの……お返し、ですよ……」
雷の魔将、ルニアが倒れたまま、息も絶え絶えなその顔にかすかな笑みを浮かべ、残った左腕を掲げていた。
「こ……の……陰気女ぁ!」
怒りの限界を迎え、怒声を発する石の魔将。それに向かってわたしは即座に、最短距離で駆け出した。
魔将に対し、投擲物だけじゃ致命傷を与えるのは難しい。最後はやっぱり、使い慣れた愛剣でとどめを刺すしかない。わたしは走りながら〈弧閃〉の柄に手を掛けた。
「……ハっ! もう忘れたのか!? てめぇの剣はあたしには通じねぇ!」
ルニアに気を取られていたカーミエが、ここでわたしの接近に気づき、向き直る。こちらの狙いに気づいたのだろう。石礫での迎撃は間に合わないとみて、即座に防御の魔術を発動させる。
パキ、バキ、ミシ……
宙に浮いた石が、首や心臓を護るように、その周囲に集まってゆく。さらにそれが異音を立て、凝縮され、次第に差し込む光を反射させるほどの光沢を生み出す。
石の組成を変える魔術。それによってただの石を宝石に、中でも最も硬いと言われる金剛石――ダイアモンドに変えている。〈弧閃〉は一度、このダイアモンドの盾によって砕かれている。あの喪失感は忘れない。
「キヒ! もう一度砕かれたいってんなら、お望み通りにしてやるよ!」
相手を剣の間合いに収められる位置まで辿り着く。しかし正面から接近したわたしを見て、石の魔将は小馬鹿にするように嘲笑った。
ここからさらに回り込み、死角を狙って斬り付けることも確かにできた。そもそも以前のように、〈クルィーク〉で魔力を吸収すればいい話かもしれない。けれどわたしはその場で足を止め、〈弧閃〉の柄を握りしめ、あえて首を護る宝石の盾に狙いをつけた。
軸足を捻り、生み出した力を体幹で増幅。そこから肩と肘を経由し、右手の先まで、それが握る愛剣まで、『気』を伝える。
「――ふっ!」
その動作の全てを一呼吸で、いや、それ以下の短い瞬間で終わらせる。
何千何万と繰り返した一つの剣閃。基本にして奥義の斬撃。そこに込められた『気』に〈弧閃〉の中の気鉱石が反応し、剣身の外側にもう一層、光の刃を形成する。
今度は、迷わない。ただただ、信じる。
ライセン、ハウフェンが打ってくれたこの剣を。とーさんが教えてくれたこの技を。そして、これまで積み重ねてきた、わたし自身の研鑽を!
キン――!
かすかに、金属の擦れる音が耳に残った。
手応えは、むしろあまりなかった。まるで遮るものなど何もないかのように、わたしは愛剣を振り切り、勢い余って体を傾げさせていた。
そう、振り切っていた。前回は届かなかった金剛石の盾の先に。急所を遮っていたはずのそれを見事に切り裂いた〈弧閃〉は、その先のカーミエの首まで刃を届かせ……そして、断ち切っていた。
「な……」
わずかに遅れて、石の魔将が驚きに声を上げる。それと共に、ずるり、と首が落ち、切断面から一斉に赤黒い血を噴出させた。
ドシャ……
一呼吸遅れて、カーミエの身体が力なくその場に倒れる。呆然としているためか、それとももはや力が残っていないのか、起き上がる気配はなかった。
「そんな、わけが……ふざけるなよ……ただの剣で、あたしの、盾が……」
「これで、借りは返したよ」
確かな満足感をこの胸に抱きながら、わたしは石の魔将に宣言した。
何度も死にそうな目に遭わされたし、愛剣を折られたりもしたけど、その辺りの諸々は今回で全て返せたと言っていいだろう。
それに、おかげで証明することもできた。この剣は、とーさんに教わった技は、魔将の魔術にも、鋼より硬い物にも負けないことを。
「クソ……クソ、クソ、クソが……! 半魔風情が、あたしを見下ろしてんじゃねぇぞ……!」
首の切断面から多量の血を流しながら、カーミエの身体から魔力が放出される。辺りに散らばった石がカタカタと音を鳴らし、再び魔術によって操られようとしている。
それを見ながらわたしは、右手で〈弧閃〉を鞘にしまい、左手で〈ローク〉を抜き放ち……それを、足元に倒れる石の魔将の胸に、冷静に突き刺した。
トス……
「グっ……!?」
ほとんど抵抗もなく、刃は魔将の体に沈んでいき、その先の地面に軽く刺さって止まる。
左手で――〈クルィーク〉で握られた〈ローク〉は、刃先から魔力を、そして魔力を含んだ物質――この場合、カーミエの身体――を喰らい、その小さな胸に穴を空ける。そして、周囲の魔力を吸収していく。
「ガァァァァ――!?」
魔物や魔族には、魔力を発生させる核がある。多くの場合、頭部や心臓に存在していて、それを潰すことで彼らを効率的に殺すことができる。つまり急所だ。
まさに今、突き刺し、穴を空けた魔将の心臓部分に、それはあった。暗く光る球体のようなものが魔力を放出しようとしては、〈ローク〉に吸収されて明滅する。今まで見たこともなかったそれを視認できているのは、半魔の姿になって魔覚が開いたからなのだろう。
「グっ、ガ、アアアァァァ……!?」
その核から魔力を吸い上げるたびに、カーミエの苦悶の声が増していく。肉体と魔力の距離が近いという魔族の身体は、こうして魔力を吸収するだけでも死に直結する。やがてその声もか細くなっていき……
「クソ、が……あたしは、成り上がって、やるんだ……もっと……もっと、上、に……」
胸の核が光を失い、完全に沈黙する。あとには、首を落とされた異形の少女の骸だけが、その場に残った。
「アレニエさん。……終わったんですね」
『蛇』を押さえるため結界を維持していたリュイスちゃんが、決着がついたことを悟りこちらに駆け寄ってくる。
「なんとかね。リュイスちゃんが助けてくれたおかげだよ」
「いえ、私は、そんな……でも、良かったです、アレニエさんが無事で」
照れてわずかに頬を赤くしながら彼女は弁明するが……実際、ルニアにやられた時も、カーミエの『蛇』も、リュイスちゃんがいなければ行き詰まっていたはずだ。彼女の貢献は彼女が思う以上に大きいし、感謝している。
彼女は次いで、足元に横たわるカーミエの遺体に視線を送る。
「……」
その目には、わずかに複雑な色が見て取れた。
魔族とはいえ、目の前で命が失われていく様に、いつもの衝動が走っていたのかもしれない。それを堪えてくれたのは、下手に邪魔をすればわたしの身に危険が及ぶと理解していたからだろう。ともあれ……
二度に渡る石の魔将との戦い。それが、ようやく終わりを告げた。わたしは一つ息をつき……
パチ、パチ、パチ
「お見事でございました」
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