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2話 なんて言うんだっけ
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――身体が、動かない。
(あ、れ……? 私、どうなって……)
手足どころか指先も反応がない。眼球すら上手く動かせず、半ば固定された視界に入るのは、どんよりと前面に広がる曇り空と、端のほうでこちらを見下ろす人たちの姿。しかし見える角度がずれている。それでようやく気づいた。ずれているのは、私のほうだ。
私は力なく地面に投げ出されていた。周りに人が集まり、何事か騒いでいるが、その声はどこか遠い。耳に詰め物をされたように聞こえづらかったが、断片的に聞こえるものもある。
「――女の子が轢かれ――」
「――救急車を――」
(ひかれ……轢かれた……? あぁ、そっか……私は……)
かすかに、思い出した。学校からの帰り道、横断歩道を渡ろうと歩き出したところで、猛スピードで信号無視してきた車に撥ね飛ばされたことを。
思い出したのがきっかけになったように、身体の感覚が少し蘇る。全身がバラバラになったような痛みが、身体の各所を走り抜けていく。
それと反比例するかのように、身体から熱が失われていくのを感じる。背中越しに濡れた感触。おそらく、出血がひどい。制服の上に羽織った白のパーカーは、今や血の赤に染まっているのだろう。
(このパーカー、お気に入りだったんだけどなぁ……)
場違いな感想を抱きながら、けれど同時に気づいてもいた。
(私、死ぬのかな……)
全身の痛みと失われる熱が死の予感を突き付けてくる。暗く、深い穴の底に、自分がゆっくり沈み込んでいくような、形容しがたい恐怖。沈み込んだ先には、何もない……身体の感覚も、意識も。私が消える恐怖! それに抵抗する術も気力もなく、緩やかな諦めと共に状況を受け入れていきながら、それでも私は……
(……死にたく、ないなぁ……)
最期に、そう願った。
▼▼▼▼▼
「――……」
気づけば私は、見知らぬ通りのど真ん中に立っていた。
「ここに並ぶのはハイラント帝国から仕入れた高品質の魔具ばかり! さあ、見ていって――」
「うちのパンは美味しいわよー! お値段もお買い得――」
「魔王も討伐されたし、少しは魔物の被害も減るかも――」
「いやー、『戦場』に近いこの街じゃ、あんまり変わらないんじゃ――」
「それより、最近怪しい連中がうろついてるって噂のほうが――」
ガヤガヤ、ワイワイと活気のある街の喧騒。それらを耳にしながら、私は呆然と呟く。
「……ここ、どこ……?」
情報を脳が処理できず途方に暮れる。肩から力が抜け、背負っていた通学鞄代わりのリュックサックが地面に滑り落ちた。
右を見る。左を見る。再び正面に顔を向け、何度も瞬きする。しかし状況は変わらない。
視界に入る景色も、通りゆく人々の装いも、私が見慣れたものとは全く違うものだった。地面はアスファルトではなく土を均したものだし、建物は石や煉瓦を積み上げたものが多い。自動車ではなく、馬や馬車が走っている。
(外国……?)
少なくとも街並みや人々の衣服は日本のものではない。ぼんやりとした知識しかないが、中世や近世ヨーロッパぐらいの、かなり古い雰囲気に思えた。それに外国だとしても、自動車や自転車の一台も走ってないのはおかしい気がする。
(そもそも私、いつの間にこんなところに……? さっきまで何してたんだっけ……?)
前後の記憶があやふやで、どうしてここにいるのか分からない。何も思い出せない。
往来で立ち呆ける私を不思議そうに、あるいは迷惑そうに眺めながら歩き去っていく人々。違和感を覚えるのは街並みだけじゃなく、彼らもだ。
彼らの中には鎧を纏った人や、剣や槍、盾などの武具を身に着けた人も散見された。外国の法律は全く分からないが、それでも今の時代にこんな風に武器を携えていたら、普通ならとっくに逮捕されているのではないだろうか。が、誰もがそんな心配などないというように堂々と歩いている。それに何より――
「……」
人々の中にはちらほらと、耳が長く尖っている人や、子供ぐらいの背丈なのにがっしりした体つきのひげモジャな人などが混じっていた。まるで、物語に出てくるエルフやドワーフのような……
(……え? 待って……まさかとは思うけど……これって、漫画や小説で読んだような、異世界転生っていうの、だったり……?)
慌てて目線を下に向け、手足や衣服を確認する。
手は見慣れた自分のもの。衣服も今朝から着ていたものと同じ、紺の制服の上にお気に入りの白いパーカーを羽織った状態のままだ。
(今朝……? 今朝は確か、学校に行くために制服に着替えて、それから……?)
かろうじて思い出せたのはそれだけ。そこから先は靄がかかったように見通せない。ひとまず記憶を手繰るのを諦め、現状を把握しようとする。
(……多分、私は私のまま、この見知らぬ世界に連れてこられてる。それじゃあ、転生じゃなくて……ええと、なんて言うんだっけ……召喚……? 転移……?)
手元に鏡がないので顔は確認できないが、それ以外は変わるところはないと思う。全くの別人としてこの見知らぬ世界に生まれ変わった訳では――
(そうだ、鏡!)
コンパクトの手鏡なら確かリュックに入れておいたはずだ。先刻地面に落としたそれに意識を向けたところで――
「あ!?」
バっ!と通行人の陰からボロボロの衣服を纏った赤髪の少女が現れ、落ちていた私の荷物を奪い去っていった。
(あ、れ……? 私、どうなって……)
手足どころか指先も反応がない。眼球すら上手く動かせず、半ば固定された視界に入るのは、どんよりと前面に広がる曇り空と、端のほうでこちらを見下ろす人たちの姿。しかし見える角度がずれている。それでようやく気づいた。ずれているのは、私のほうだ。
私は力なく地面に投げ出されていた。周りに人が集まり、何事か騒いでいるが、その声はどこか遠い。耳に詰め物をされたように聞こえづらかったが、断片的に聞こえるものもある。
「――女の子が轢かれ――」
「――救急車を――」
(ひかれ……轢かれた……? あぁ、そっか……私は……)
かすかに、思い出した。学校からの帰り道、横断歩道を渡ろうと歩き出したところで、猛スピードで信号無視してきた車に撥ね飛ばされたことを。
思い出したのがきっかけになったように、身体の感覚が少し蘇る。全身がバラバラになったような痛みが、身体の各所を走り抜けていく。
それと反比例するかのように、身体から熱が失われていくのを感じる。背中越しに濡れた感触。おそらく、出血がひどい。制服の上に羽織った白のパーカーは、今や血の赤に染まっているのだろう。
(このパーカー、お気に入りだったんだけどなぁ……)
場違いな感想を抱きながら、けれど同時に気づいてもいた。
(私、死ぬのかな……)
全身の痛みと失われる熱が死の予感を突き付けてくる。暗く、深い穴の底に、自分がゆっくり沈み込んでいくような、形容しがたい恐怖。沈み込んだ先には、何もない……身体の感覚も、意識も。私が消える恐怖! それに抵抗する術も気力もなく、緩やかな諦めと共に状況を受け入れていきながら、それでも私は……
(……死にたく、ないなぁ……)
最期に、そう願った。
▼▼▼▼▼
「――……」
気づけば私は、見知らぬ通りのど真ん中に立っていた。
「ここに並ぶのはハイラント帝国から仕入れた高品質の魔具ばかり! さあ、見ていって――」
「うちのパンは美味しいわよー! お値段もお買い得――」
「魔王も討伐されたし、少しは魔物の被害も減るかも――」
「いやー、『戦場』に近いこの街じゃ、あんまり変わらないんじゃ――」
「それより、最近怪しい連中がうろついてるって噂のほうが――」
ガヤガヤ、ワイワイと活気のある街の喧騒。それらを耳にしながら、私は呆然と呟く。
「……ここ、どこ……?」
情報を脳が処理できず途方に暮れる。肩から力が抜け、背負っていた通学鞄代わりのリュックサックが地面に滑り落ちた。
右を見る。左を見る。再び正面に顔を向け、何度も瞬きする。しかし状況は変わらない。
視界に入る景色も、通りゆく人々の装いも、私が見慣れたものとは全く違うものだった。地面はアスファルトではなく土を均したものだし、建物は石や煉瓦を積み上げたものが多い。自動車ではなく、馬や馬車が走っている。
(外国……?)
少なくとも街並みや人々の衣服は日本のものではない。ぼんやりとした知識しかないが、中世や近世ヨーロッパぐらいの、かなり古い雰囲気に思えた。それに外国だとしても、自動車や自転車の一台も走ってないのはおかしい気がする。
(そもそも私、いつの間にこんなところに……? さっきまで何してたんだっけ……?)
前後の記憶があやふやで、どうしてここにいるのか分からない。何も思い出せない。
往来で立ち呆ける私を不思議そうに、あるいは迷惑そうに眺めながら歩き去っていく人々。違和感を覚えるのは街並みだけじゃなく、彼らもだ。
彼らの中には鎧を纏った人や、剣や槍、盾などの武具を身に着けた人も散見された。外国の法律は全く分からないが、それでも今の時代にこんな風に武器を携えていたら、普通ならとっくに逮捕されているのではないだろうか。が、誰もがそんな心配などないというように堂々と歩いている。それに何より――
「……」
人々の中にはちらほらと、耳が長く尖っている人や、子供ぐらいの背丈なのにがっしりした体つきのひげモジャな人などが混じっていた。まるで、物語に出てくるエルフやドワーフのような……
(……え? 待って……まさかとは思うけど……これって、漫画や小説で読んだような、異世界転生っていうの、だったり……?)
慌てて目線を下に向け、手足や衣服を確認する。
手は見慣れた自分のもの。衣服も今朝から着ていたものと同じ、紺の制服の上にお気に入りの白いパーカーを羽織った状態のままだ。
(今朝……? 今朝は確か、学校に行くために制服に着替えて、それから……?)
かろうじて思い出せたのはそれだけ。そこから先は靄がかかったように見通せない。ひとまず記憶を手繰るのを諦め、現状を把握しようとする。
(……多分、私は私のまま、この見知らぬ世界に連れてこられてる。それじゃあ、転生じゃなくて……ええと、なんて言うんだっけ……召喚……? 転移……?)
手元に鏡がないので顔は確認できないが、それ以外は変わるところはないと思う。全くの別人としてこの見知らぬ世界に生まれ変わった訳では――
(そうだ、鏡!)
コンパクトの手鏡なら確かリュックに入れておいたはずだ。先刻地面に落としたそれに意識を向けたところで――
「あ!?」
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