あのパンの香りが届かないように

八月森

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11話 それはあとで説明するわ

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 ミレイに教えながらのパン作りもひとまず終わり、わたしは店の外に出ていた。

 焼き上げて粗熱を取ったパンを荷車に積み込み、うちの看板馬であるミルト(♀)に牽いてもらう。手綱を引くのは幼馴染のウィルだ。昨日に続き、今日も配達を手伝ってもらっている。

 ミレイにもついてきてもらっている。仕事の見学の一環であり、荷車からパンを運ぶ要員であると同時に、その仕事が終わったあとは――

「じゃあ、ウィル。ミルトをうちまでよろしくね」

「ああ、任せて。まだ明るいしそんなに心配はいらないと思うけど、二人共、気を付けて」

 そう言って、配達を終えた荷馬車を牽いて帰るウィルと別れ、わたしとミレイはその場に残る。

「それじゃ、行きましょうか、ミレイ。簡単にだけど街を案内してあげる」

「はい、お願いします」

 そう。今日はそういう趣旨だ。先日までミレイがいた騎士団詰め所では誰もが忙しく、彼女自身も雑事に追われていたため、街を紹介してもらうこともできず、ゆっくり見て回る余裕もなかったのだとか。

 それでなくともミレイはこの世界に来たばかりで、まだ知らないことのほうが多い。『知らない』は不安の種だ。だから色々教えてあげたいし、これから暮らすこの街の案内も必要だと思ったのだ。

「まずは今いるこのフュンフト通り。食材や日用品は大体ここで揃えられるわ。うちの店があるのもこの通り。とりあえずこの辺は覚えられそう?」

「そうですね。お店の周りは、なんとか」

 彼女の答えに満足して一つ頷いてから、わたしは指を一本立てて指し示す。

「ちなみに、ここから南に向かうと貧民街に辿り着くけど、かなり治安が悪いからなるべく近づかないように……って、ミレイはもう知ってたわね」

「はい……あそこで二度命を落としましたから、痛いほどに……」

 痛いほどにというか、痛い思いをしたはずだ。その時のことを思い出したのか、彼女はにわかに暗い顔を浮かべる。いけないいけない。慌ててフォローする。

「まぁ、あそこで怪しいことしてた悪魔崇拝者は全員捕まったんだから、ひとまずは安心でしょ。さぁ、次の場所に向かうわよ。ついてきて」

「は、はい」

 強引に話を打ち切り、先導して歩き出す。しばらく歩いた末に辿り着いたのは、街の西側にある大きな門。門の左右は高い城壁に囲まれている。

「ここは、このアライアンスの街の入り口、西門。ここから始まる大通りは、街を十字に貫くように四方に伸びているんだけど、大半の人はこの西門を潜って街にやって来ることになるわ」

 わたしの説明にミレイが、「どうして西側だけ?」と言いたげな視線を向けてくる。

「南門はさっき言った貧民街に繋がってるから、まともな旅人は使うのを避ける。北側は山に囲まれてるから、そもそも門がないの」

「? 東側は?」

「それはあとで説明するわ。さて、街の主要な施設はこの大通り沿いに建てられてるから、とりあえずはそれを中心に案内していくわね」

 西門から東に向けてしばらく歩き、中心部に辿り着くと、大通りをさらに目一杯広げたような空間に出迎えられる。噴水や井戸が設置された、市民の憩いの場所なのだが、今は辺りに多数の出店や露天商、そしてそれを目当てにした客が大勢いて賑わっていた。

「まずはここ、中央広場。祭りや市が開かれる時はここを使うことが多いわ。今はちょうど、勇者一行が魔王を討伐した記念の市が開催されているわね」

「勇者に、魔王……」

 その言葉をポツリと呟くミレイの表情からは、初めて聞いたものという様子はなかった。

「ミレイの世界にも、勇者や魔王はいるの?」

「いえ、魔物も含めてそういうのは、物語の世界にしかいません。本で読んだことはあるので、名前は知っているんですけど」

 なるほど。

「じゃあ、ここと違って平和な世界なのかしら」

「その……確かに魔物はいないし、私の住んでた国は何十年も戦争はなくて平和なんですけど……過去には人間同士の争いで二度の世界大戦があったり、今も他の国では戦争や紛争が続いていたりで、完全に平和なわけではなくて……」

「そっか……実はこの世界でも少し前に、西にある帝国が他の国に戦争仕掛けようとしてたらしいし、魔物っていう共通の敵がいなければ、次は人間同士で争うものなのかもね」

 どこの世界でも争いはなくならないのかもしれない。世知辛いものだ。

「ところでせっかく市が開かれてるわけだけど、ミレイは何か見たいものとかあるかしら」

「そう、ですね。少し興味はありますけど……正直何かを買うようなお金は……」

 そうだ、彼女はこの世界に来たばかりで、生活の基盤もできていない。だからこそうちで働かせて賃金を払っているわけで。

「……それもそうね。じゃあ、案内を続けましょうか。と言っても次に紹介するのはこの広場に面している、あのひと際大きな建物二つだけどね」

 街を貫く大きな十字路、その中心にある中央広場の北側に面した建物を指して、わたしは説明を再開する。

「西側に見えるのが都市庁舎。各国の代表が集まって、この街をどう運営していくか会議する場所」

「……各国?」

「そ。この街は複数の国が支援して建てられた街なの。で、十字路を挟んで東側にあるのが、この街を象徴する建物、世界で最多の信徒数を誇るアスタリア教の神殿。アスタリアっていうのは、この世界を創造した女神さまの名前ね」

 二つの建物はどちらも三階建てほどだが、奥行きも広く取られた巨大な建造物だ。その威容を目にしたミレイが「はぁ~」と感嘆のため息を漏らす。それを目の端に留めながら、わたしは神殿で最も高い場所である塔を指し示す。

「で、あれが鐘楼しょうろう。街を象徴する神殿の中でも、特に大事な場所」

「鐘楼? 鐘を鳴らす場所……?」

「そうそう。ミレイも朝に鐘の音を聞いたでしょ? あれはあそこで鳴らされて――」

 そこで、カーン、カーンと大きな鐘の音が鳴り響く。

「ちょうど昼の鐘の時間だったみたいね。ああやって住人に時刻を報せてくれてるの。他にも、何かのお触れを出す時とか、緊急で避難しなきゃいけない危険なんかを知らせてくれるのよ」

「危険……魔物?」

「正解。まぁ、大抵は守備隊が排除してくれるし、街の中まで入ってくるなんて滅多にあることじゃないけどね。あとは火事とか、災害が起きた時とかにも鳴らされるわ。大事って言ったのはそれが理由よ。街の人にとっては、日々の生活を当たり前に支えてくれるものであると同時に、何かあった時には危険を知らせてくれる、この街を守護する象徴みたいなものだから」

 だからわたしは先日――ミレイが改変する前の時間で、騎士団詰め所の火事を報せる鐘の音を聞いたばかりだったりする。

「で、さらに東に行った先にある、これまた大きな建物が、この街で一番大きな冒険者の宿、〈常在戦場亭〉。何か困ったことがあったら、ここの冒険者を頼ることもできるわ。まぁ、依頼するにも報酬を用意しなきゃいけないんだけど」

「冒険者への報酬……っていうと、やっぱり結構お高かったり……?」

「そうね。主に危険を肩代わりしてくれる仕事だし、命の値段だからね。それなりの金額じゃないと動いてくれない。というわけで、お金のないわたしたち庶民は――」

 言いながら指差した先にあるのは、ミレイにとっても見覚えのある建物。

「あ……! 騎士団の詰め所!」

 ハっとした様子でミレイが少し大きな声を出す。まだ街に慣れてないからか、この辺りが自分が昨日まで生活していた場所だということに、今ようやく気づいたようだ。

「そ。こっちは街からお給料が出てるからね。報酬とか気にせずに気軽に頼れる。まぁ、みんなそうやって頼るから基本忙しいんだけどね。でもそれはそれとして、アルテアたちもあなたのこと心配してるでしょうし、何もなくてもたまに顔を出してあげるのもいいかもね」

「そうですね……お世話になりましたし、もう少し落ち着いたら、そうしてみます」

 ミレイの言葉に頷いてから、わたしは東へ続く大通りの先を指し示した。

「さて、最後の案内は、この大通りの突き当たりにある東門。どうしてこれを後回しにしたかっていうと、東門の先に人類の街は存在しないからなの」

「存在、しない……? でも、じゃあどうして、門が……? 門の先には……」

 わたしは、指差した先にある門、その向こうを見据えながら、ハッキリとこう言った。

「門の先にあるのは――戦場よ」
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