カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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甘い意地悪編

1話

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一人暮らしのマンションで
私は今、湯船の中に潜って大声で叫んでいた。

「ごぼぼぼぼぉおおお!!」

呼吸をするためにお湯から顔を出す。
ハアハア、と息を整えながら私は深くため息をついた。

「本当にしてくれなくなった…。」

あの日、私が彼に言ったキスをしない発言をしてから
じゃあ俺もしないなんて言われて
本当にキスをしてくれなくなった。

おまけにあれから
手さえも繋いでもらえない。

仕事場に一緒に向かい
仕事が終わると一緒に帰ってきて
毎回律儀に私が部屋に入るまでエレベーターの中から見ている。

そしてお互い何もせず真面目に帰宅する。


別に私のことを嫌いになった訳では無さそうだし
ちゃんと彼女として認識してくれてるのはわかってる。
みんなでご飯食べに行った時は必ず私は彼の隣に座らされるし
相変わらず車に乗る時は私の時だけ開けてくれるし…
すごく優しいことには変わりはない。


だけど一切触れてこなくなった。

私また湯船に潜りキスがしたいよー!!と叫ぶ。

どれだけ叫んでもお湯の中だと誰にも迷惑かからないしバレない
だから私は1人で気持ちをぶつけている最中だった。


「はあ…はあ…どうしよ…。
どうしたら私に触れてくれるんだろう…。」

1人で考えても埒が明かない。

こうなれば人に相談しよう!
私には相談出来る人は1人しか居ない。

お風呂から出て寝る準備をしたら
早速、電話をかけた。



「もしもし?どうしたの?」

電話の相手はもちろん影山さんだ。

「ごめんなさい夜遅くに…。」

「大丈夫だけど何かあった?」

「あの…相談があって…」

「相談?社長には言えないの?」

「まあ、そうですね…」

「んー…じゃあ社長本人のことかな?
俺じゃ頼りにならないかもしれないけれど…」

「いえ、影山さんだからこそ頼りになるんです。
あの…実は…」


私はあの日、黒崎さんと仲良くなってもらいたくて
変なことを言ってしまったことや
社長に触れて貰えなくなったことを話した。


「そんなこと言ったの…?
また余計なことを…」

「でもそれくらい社長と黒崎さんが仲直りしてもらいたかったんですもん!」

「んー…でも冷たくされてる訳でも無さそうだけど…。」

「はい。2人の時は凄く優しいですし…」

「そうだなぁ…じゃあさ梨乃ちゃんから仕掛けてみたら?」

「…私から求めて来ても俺はしないって言われたのにですか?」

「でも何も行動しないより良いと思うけど…。」

私は心から自分の発言に後悔をする。

「自分の言った言葉には責任を持つこと…社長がよく言ってるのに
私って本当…何やってんだろ…」

「梨乃ちゃん…ちゃんと謝った?」

「いいえ…」

「じゃあまずそれとなしに謝ってみたら?」

「怒られないかな…。」

「このままずっと何もしないってより
怒られた方がマシじゃない?」

「たしかに…。」

「まあ、そうだな……
変わらないのなら、変えるしかないよ。
でも謝って許して貰えないなら
他に作戦考えるしか……」

「そうですね…。頑張ってみます…!」

「うん。また何かあったら言って?」

「はい、でわ…!」

私は電話を切って深呼吸をひとつした。


「そうだ。何か変化を起こすしかない!」

今日はもう明日の仕事に備えて寝よう!
そして朝から私は生まれ変わろう!!


そう心に決めて今日は早めに寝ることにした。


***


朝。
私はメイク道具を広げていた。

鳥飼さんの元で働いていた時に教えてもらったメイクを自分でする。

普段の私じゃなく
今日は社長が手を出したくなる女になるんだ。

スーツもやめて今日は私服を着た。

姿見の前に立ち確認して「よしっ!」と声を出す。

私はいつも通りにエレベーターで下りてくる社長を待った。

「おはようございますっ!」

元気よく挨拶をすると社長は一瞬動きが止まる。

すぐに私って気付かなかったようだ。

「スーツは?」

「たまには私も私服で出勤しようかなって…!」

「なんで髪も巻いてメイクも普段より濃くしてきた?」

「え、服に合わせて…」

「職場に遊びに行くつもりか?」

「えっと…」

あれ…怒ってる?

私は直ぐに自分の部屋に戻ろうと
回れ右をして社長に背を向けた。

エレベーターが閉まる音が聞こえたと同時に
社長もエレベーターから出てきたようで
後ろから足音が聞こえてくる。

エレベーターの方は振り返らず私は部屋に戻ってため息を吐いた。

「可愛くしたつもりだったのにな…」

玄関の鏡に向かって私は呟く。

「どうしたらいいんだろ…」

鏡の自分に語りかけ私は手を鏡に置いた。

その時、鍵を閉めてなかった玄関が開かれる。

「なにやってんの。」

「あ、ごめんなさい…!すぐに支度を…!」

慌てて靴を脱いでると彼は何も言わずに私を後ろから抱き寄せてくる。

「お前…こんな姿、俺以外の奴に見せんなよ。」

「えっと…」

「影山も黒崎も…惚れちまったらどうするんだよ?」

グッと久しぶりに社長の顔が近づく。
それだけで私は生唾を飲んだ。
久しぶりにこの距離の社長を見てドキドキする…

ゆっくりと私に近付いてきて思わず目を閉じた。

久しぶりに彼の唇が触れる…!
そう思ったのにピタリと止まる。

私が静かに目を開けると
あと数センチの距離で彼も目を開き私から体を離した。

「…早く着替えろ。」

あと少しだったのに…。
私は悔しさと苦しさで思わず彼の体を後ろへ押した。

「馬鹿っ…!なんで止めるの!!」

「…はあ?」

「もう少しだったのに…!」

私は部屋から彼を追い出して鍵を掛けた。

「…もうやだ。」

私は玄関で体育座りをする。

「キスもしたいし触れたいし
触れられたいのに!!バカっ!
悠の石頭!!頑固者!!わからずや!!」

何も返事がなく静かな時間が流れる。
彼が今どんな表情をしているのかも分からないし
もしかしたら怒って行っちゃったかもしれない。
私はそう思い急に不安になってゆっくり扉を開いた。

すると私が扉を閉めないようにと
足が入ってきて無理やり扉を開かれる。

「…誰が石頭で頑固者でわからずやだって?」

社長は何故か笑いながら再び中に入ってくる。

「…っ、悠の事しかないじゃない!!」

私はこの際だと開き直る。

「うるせぇ口だな。」

思いっきり壁に追いやられ押さえ付けられそのまま唇を塞がれてしまう。

「んっ…!?」

久しぶりの彼の唇は凄く柔らかくてそれだけで体が反応を示す。

「舌出せよ」

私は言われたまま舌を出した。
彼は優しく私の舌を弄ぶ。

私はもうそれだけで力が抜けて膝が震え始めた。

「しっかり自分の足で立て。」

そう言われて彼に必死でしがみつく。

容赦ない彼のキスに私はまた…
いつかキスだけでイカされてしまった感覚を思い出す。

「んあっ、まっ…んっ…!」

待ってと言いたいのに上手く言葉が話せない。

彼は私がもう限界に近いことに気付いているようだ。

彼は唾液を流し込んでくる。
私はそれを受け入れていた。
そのまま頭が真っ白になって掴まってた手も離れて彼に支えられながらぺたんとその場に座り込んでしまう。


「おい…何やってんだ?
早く着替えてこい。遅刻すんぞ。」

彼は意地悪に笑って自分の下唇を舌でなぞっていた。

「…っ、はい。」

腰が抜けた私は這って部屋に戻り
何とかいつものスーツに着替えた。

社長は全然余裕そうでそれが凄く悔しい。


メイクと髪型はそのままで
私服からスーツに着替え何とか起き上がり
社長が待つ玄関まで向かう。

「メイクそのままじゃん。」

「流石に今からいつものメイクには戻せないですよ…」

「なに、男ウケ狙ってんの?」

「…違います…!
社長の……悠に振り向いて欲しくて…
ちゃんと前みたいにキスもされたいし手も繋いで欲しい…
少なからず私を求めて欲しくて…」

「ふーん。
じゃあこれから俺に舐めた口聞くなよ?」

手が伸びて首筋を触ってくる。
なんだか私だけが求めているみたいで癪だ。

「本当にお前は顔に出やすいな。」

「だって…」

「俺だって言った手前、我慢してたんだ。
今から仕事じゃなきゃお前の事この場で押し倒してたよ。」

そう言ったあと耳元で…

「悪かったな。」と聞こえるか聞こえないぐらいかで囁かれた。

私は驚いて顔を上げるが
そこにいたのはいつもと変わらない表情の社長で
何も言わずに私の手を握り玄関から一緒に出た。


「鍵ちゃんと閉めろよ。」

私は静かに頷いた。
そして私だけじゃなく
彼もちゃんと私に触れたかったんだと気付いて嬉しくなったのであった。

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