王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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短編集

或る者たちへ捧ぐ歌

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※本編が始まるちょっと前、秋の中頃のお話
※ハロウィンなのでそれに因んだ番外編です

──────────────────────

「よっ、と……ユーガ、これ最後ー?」
「ああ。倉庫まで頼む」
「はーい」

とある商店街に佇む大衆酒場『マヨイガ』。
その店舗前で、何やら大きな荷物をせっせと運んでいる二人がいた。
『マヨイガ』の店主であるユーガ、そして唯一の従業員であるシルビオの二人だ。
店舗前には落ち着いた雰囲気になるよう造られてはいるもののかなり豪勢な馬車が停まっており、庶民か後暗い者しかいないこの地域では非常に人目を引いていた。

「ったく、何でわざわざ馬車で来るかね……魔動車にしろよ魔動車に」

ユーガはかなり機嫌が悪く、大きな木箱を軽々と持ち上げながらもずっとぶつぶつ言っている。
シルビオはくすくす笑い、御者の男に手を振った。

「ありがとうございましたー!何か食べていきますー?」
「はは、ありがとうシルビオ。悪いが、奥様を迎えに行かなくてはいけないのでね。リーリエ様に会いに行ってから戻って来ないんだ」
「親馬鹿姉貴……」

ユーガがぼそりと零す。
御者の男は苦笑いを浮かべていた。

「ユーガさんも行きますか?会いたがっていましたよ」
「絶対嫌だ。絶対行かない。俺は会いたくない」
「……本当、仲良しですね」
「あ?」
「何で睨むんですか……」

珍しく感情的になっているユーガに凄まれてすっかり涙目になる男。
そそくさと挨拶を済ませ、シルビオに手を振り返してからすぐに去って行ってしまった。
ユーガは死んだ目で溜め息をつき、早足で店内へ戻って行く。

「シルビオ、早く仕分けるぞ。今日は混むからな」
「はいはーい。…ちなみに俺は姐さんに会いたかったよ」
「絶対行かない」
「えっ、もしかしてまだ喧嘩して……痛ぁっ?!」
「賄い作らねえぞ」
「分かったよ~!!ごめんって!!」

ぎゃいぎゃい騒ぎながら店内へ消えて行く二人。
通行人の中には何事だと言いたげな者もちらほらいるが、商店街に住む仲間達はすっかり慣れた様子で自身の店の営業準備を始めている。
何故ならこれは、今日という日に毎年行われている恒例行事だからだ。

今日は鎮魂祭。
この王国における収穫祭の前日祭であり、亡くなった家族や友人へ想いを馳せる特別な一日である。


店内には、馬車で運ばれてきた巨大な木箱が十個ほど。
中身の内訳は、一つが生活物資、二つが酒、そして残りが食料である。
これは、毎年ユーガの実姉から送られてくる、収穫祭に向けた支援物資だった。

「……多すぎんだよ……」

しかし、ユーガは更に表情を険しくさせて忌々しげに呟く。
シルビオも苦笑いだ。

「なんか、年々量増えてるね?」
「こんなにいらねえって知ってる筈なんだけどな……煽ってんのか?」
「何ですぐ喧嘩腰になるの?!」

ユーガとその姉の仲は非常に良い。
と言っても、九割は『喧嘩するほど仲が良い』というやつだ。
去年は直接店へやって来た彼女とユーガが大喧嘩をして、営業どころじゃなくなっていた。
普段は理知的でむしろ諍いを収める側のユーガがこうなるのは大変稀である。
シルビオはそんな二人を羨ましいと思いつつ、仲裁が至難の業なので勘弁してくれという心境でもあった。

という訳で、また再燃しない内に作業へ取り掛からせる。

「ほら、早くやろうよー!またクレーム来ちゃうよー?鎮魂祭なのに何で開いてないんだって」
「あいつらは祭りってついてれば騒いでいいと思ってる連中だから気にするな」
「でも今日捌かないと本当に食料消費しきれないよ?」
「………………分かってる」

どうも姉のことになると知能指数が低くなるユーガである。
相変わらず機嫌は悪そうだが、仕方なさそうに仕分けを始めた。

「やっぱり野菜と果物が多いな……うわ、カボチャだけで一箱ある……」
「あ、それめちゃくちゃ重かったやつ!カボチャだったんだ」
「……これは最悪近所に配るか」
「十倍くらい返ってくるけど……」
「だから最悪な」
「はーい」

そんな会話を交わしつつ、てきぱきと食料を仕分け、リストに書き込んでいく。
ユーガは既にメニューを組み立てているようで、取り出しやすいように位置取りもしっかりしている。

「あー、それとそれは後で保存食にするから奥。これは今日使う。乳製品は冷蔵庫な」
「分かった。お酒は?」
「ガラスケースの方。どうせボトルの高級品だから」
「はーい。葡萄酒ワイン、蒸留酒、麦酒ビール……」
「もっと質悪くていいのに……あ、これは料理に使うからキッチン持ってけ」
「はいはーい」

拍子良く仕分けは進み、一時間もすれば倉庫は粗方整然と片付けられた。

「……よし、取り敢えずこんなもんか。じゃ、始めるぞ。ホールの清掃と看板よろしく」
「はーい」

ユーガは冷静さを取り戻し、てきぱきと指示を出す。
シルビオは明るく返事をし、軽やかにホールへ向かう。
忙しない一日は始まったばかりだ。


がやがやと客が騒ぐ声が聞こえる。
大体が常連だが、ちらほら知らない顔も見える。
彼らにも目を配りつつ、シルビオはくるくる踊るようにテーブルを回っていた。

「はーいお待たせー!」
「あっ、シルビオー、酒追加ぁー」
「せめて種類は教えて?」
「あれだよあれ、分かんだろユーガの舎弟ならよ」
「舎弟じゃないし教える気ないよね?!」
「嬢ちゃんが食ってるやつ美味そうだなあ!俺にも食わせろよぉ~」
「絡むなクソ野郎!!」
「シルビオ、あっちでレナが暴れてるぞ」
「レナさん、下心一切ないただの酔っ払いだから魔法は止めよう?!ね?!」
「あぁん?喧嘩売ってんのか小僧ォ!!!!」
「だめだこっちも酔ってるー!!あ、ハルトさーん!!助けてー!!」
「来たばっかだけど帰っていいかな?」
「ちょっ、助けてよ~!!!」

看板息子であるシルビオは、ある程度通い慣れた客達からはすっかりいじられ─もとい可愛がられている。
シルビオが慌てふためく様子を肴にけらけら笑いながら酒を飲んでいる悪趣味な連中もいるくらいだ。

そんなこんなで、現在時刻は午後七時。
『マヨイガ』は大盛況であった。
一人でキッチンを回しているユーガも、珍しく疲れた顔をしている。
どちらかというと、店内の馬鹿騒ぎに辟易してのようだが。
料理を取りに来たシルビオに呆れ顔を向けていた。

「今日うるせえな……もう少し上手くあしらえよ」
「う、うぅ……だって、みんな悪いこと考えてる訳じゃないからさぁ~」

皿やジョッキを流しへ突っ込みつつ、シルビオはそうぼやく。
実際、彼らがシルビオに向けるのは友情や親愛ばかりだ。
人間の暗い感情を知るシルビオにとって、それはどうしようもなく好ましい。
ユーガに小言を言われようとも強く出れないのはそれが理由だった。
ユーガもそれは分かっているので、苦笑いで肯定する。

「そうだな。まぁ、ここに娯楽なんてそうそう無いし。あいつらにとっちゃ、お前が一種の娯楽なんだろ」
「それ褒めてる?」
「褒めてないが?」
「……いってきまぁす」
「あからさまにやる気失くすなよ…」

漫才のような会話を交わしつつ、手は休めない二人。
まだ深夜まで客足は途絶えないだろう。
それは分かっているので、シルビオの態度もポーズだけだ。

ふと、ユーガがシルビオへ視線を送った。

「あ、そうだ。お前、あれやらないのか?去年は出来なかったけど、一昨年はやってただろ」
「んぇ?……あぁ、そういえば」

シルビオは足を止める。
少しの間考えて、いいアイデアだと言いたげににやりと笑った。

「せっかくだし、やろうかな!喧嘩したりはしなくなりそうだし」

ユーガの許可が降りたならと、シルビオは料理を置き、倉庫の奥の方へと向かう。

そこにあったのは、一本のリュートだった。


ポロン、と。
弦を弾く音が響く。
あれだけ騒いでいた客達は皆黙ってシルビオを見つめている。
シルビオは笑顔で会釈し、唇を開く。
優しい声で紡がれたのは、とある一つの歌だった。

それは、かつて教えてもらった民謡だ。
この地に昔から伝わっている、皆が知っている子守唄らしい。
何故、それを今歌うのかと言えば。
これは元々、鎮魂祭のための歌だったそうだ。
亡き人々が神の住まう天界へ安らかに向かえますように。
そんな想いを込めた、暖かい歌だった。

シルビオは、それを明るく歌う。
少しだけアレンジを加えて、皆が盛り上がれるように。

…皆、寂しいのだ。
この街では、簡単に人が死ぬ。
鎮魂祭になるとどうしてもそれを思い返してしまうから、こうして酒場に集まって馬鹿騒ぎして、忘れようとする。
シルビオは、そんな彼らのことを愛していた。
だから、せめてここでは明るく。
けれど、主役である死者たちのことも忘れないように、歌うことにしたのだ。


「『おそらをながれる おほしさま。
  あなたはどこへ いくのでしょう。

  だれもしらない ほしのうみ。
  それをめざして いくのです。』」


その明かりは、その歌声は、夜が途絶えるまで止むことはなく。

これは、とある静かな夜を過ごす、臆病者たちのお話です。
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