王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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番外編

長い夜

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※一章『望まれることを、望まれたように』と『終わりと始まりの夜』の間の話
※性的描写があります

──────────────────────

ぽたぽたと、長い髪から雫が滴り落ちる。
シャワーを頭から浴び、濡れそぼった細身の青年の姿が、湯気で曇る鏡に映っている。
その様を、何を考えるでもなく、ただぼーっと眺めていた。

しばらくすると、ガチャッと音がして、風呂場の扉が開く。

「シルビオ~、いつまで入ってんだよ。湯冷めするだろうが」
「……あ、ごめん」

不満げな藍色の瞳に睨まれ、シルビオはようやく我に返った。
乾いた布で手早く水気を拭き取り、白いバスローブに袖を通して部屋に戻る。

そこは、狭い宿屋の一室だった。
情報屋であるフォーゲルが間借りしている部屋の一つで、ジェイドに滞在している時の拠点でもある。

そして、シルビオが彼を抱く時に使う部屋でもあった。

フォーゲルは、同じバスローブ姿でベッドに寝転がっていた。
シルビオが近寄ると、薄く微笑んで場所を空けてくれる。

「そういや、いい情報はあるかい?」
「んー……魔剣の密造職人が根こそぎ捕まった話とか?」
「おぉ、おもしれーことになってんじゃん」

他愛ない会話を交わしつつ、部屋の明かりを落として彼に跨る。
お互いにバスローブをはだけさせながら身体を寄せ、ベッドに沈む。
シルビオの湿った髪が頬に触れると、彼は小さく笑って目を細めた。

「しばらく見ないうちに、随分辛気臭い顔になったな」
「……そう?」

苦笑気味に返す。
気分があまり良くないのは確かだが、表情にまで出ていたのだろうか。
彼はシルビオの頬をなぞり、淡々と告げる。

「自覚あるんだろ。その内爆発するぞ、お前」
「……」

フォーゲルは魔法の才能は無いが、勘が鋭い。
そしてビジネスパートナーとして一定の距離がある分、ユーガやハルトと違ってずけずけと物を言う。
不安定な今のシルビオにとっては、ありがたくもあり、腹立たしくもあった。

「だから、今ここにいるんだけど」

いつもより低い声で呟き、彼の両腕を押さえつける。
フォーゲルは少し引き攣った顔で目を逸らした。

「あー、余計なこと言ったか。坊ちゃんよぉ、人に当たるのは良くないぜ?」
「だって、そういうの好きでしょ?」

じっと見つめると、彼は降参と言いたげに目を閉じる。

「……よくご存知で」

そこで、会話は途切れた。
衣擦れの音が止むと、激しい嬌声が部屋に響く。
夜空の月だけが、交わる二人を静かに眺めていた。


気付けば、空は明るくなっていた。
目を覚ますと、気怠げにソファーに凭れて煙管を吸うフォーゲルの姿が目に入った。

「おはよーさん。多少はマシになったか?」

へらっと笑うフォーゲル。
数時間前までは腕の中で散々乱れていた癖に、行為が終わると何事も無かったかのように接してくる切り替えの早さが彼の持ち味だ。
シルビオはくしくしと目元を擦りながら呟く。

「んー……まぁ、多少は」
「そうかい」

ふぅと煙を吐き出しながら、彼はそれ以上何も聞かなかった。
その代わり、若干非難めいた視線を向けてくる。

「随分好き勝手してくれたもんなぁ。もう今日動けねぇよ、俺」
「歳取ったんじゃない?」
「ははは、張り倒すぞ」

目が笑っていなかった。
結構本気でしんどかったらしい。

「ごめんごめん。…大丈夫?」
「あー、別に怒ってるわけじゃねえよ。お前も言ったろ、そういう方が好きだからさ」

さっぱりとした顔でそう言うが、シルビオは少し気まずくなって俯いた。

共寝したことがある人間の過去は、大体夢の中で視てしまう。
フォーゲルも、その一人だ。

情報屋である彼だが、元々は何一つ持っていない貧しい孤児だった。
そんな彼が情報の対価に売れるものといえば、着の身着のままの身体しかなく。
成人するずっと前から、たくさんの人間に身体を売ってきた。
命の危険に晒されることも何度もあったようだ。
その過程のためか嗜好が歪み、無理矢理犯されたり手酷く扱われることを好むようになったのだとか。

手荒にされるほど、自分が求められているのだと感じて嬉しい、と。
かつて彼が笑顔で言ってのけた言葉が脳裏に焼き付いている。

そんな人間なのでシルビオもどちらかと言うと同情気味で、情報屋として色々と頼りにしていたのだが。
心が荒れている時だと、彼の望み通りにしたくなってしまうから、あまり会いたくない相手だった。
ユーガが嫌な顔をしたのもそれが原因だ。
フォーゲルは良くても、シルビオが引きずるのだ。
シルビオは優しく抱きたいのに、酷く乱暴にしてしまって、それなのに嫌がられないから、感情の行き場を無くしてしまう。
結果、心はもやもやとしたまま、暗雲は晴れるどころか更に深く立ち込めてくる。

フォーゲルが悪いわけじゃない。
今日は相性が良くなかっただけだ。

しおらしいシルビオの様子を見て、フォーゲルは煙管を置いて苦笑を向けてくる。

「あぁ、悪い悪い。本当に気にしてないから。めちゃくちゃ良かったし、そんな思い詰めんなよ」

ベッドまでやって来て、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
甘ったるい煙草の香りが、今は何だか落ち着く。
ぽてんと身体を預けると、何も言わずに受け止めてくれた。
顔を埋めるように抱き着いて、ぽつぽつと呟く。

「……ずっと、手の届くところにいて欲しいって思ったこと、ある?」
「んー?」

曖昧な言い方になったが、フォーゲルは察してくれたようで微笑みながら答えた。

「そういう奴なら、いたことはあるなぁ」
「……そうなんだ」
「そっちから聞いといて淡白だな」

シルビオの気力のない反応に呆れるフォーゲル。
シルビオは顔を上げないまま質問を続ける。

「その人とは、どうなったの?」
「今の状況見たら分かるだろ」

素っ気なく答えるフォーゲル。
地区内どころか国中を回る彼にずっと付き従うことのできる人間なんて滅多にはいないだろう。
何より、今シルビオと閨を共にしている時点で察しはつく。

「俺が身売りしてんの知った時に切られたよ。あん時はしんどかったなー、マジで死んでやろうかと思ったわ」
「……」

茶化し気味に言っているが、シルビオはこの言葉に当てはまる彼の絶望を夢で視たことがある。
彼の性嗜好が歪んだのはその後のことだった。
きっと、それがトラウマになっているのだろう。

「……俺も、拒絶されるかな」

気付けば口から零れていた。
はっと顔を上げると、フォーゲルは珍しく真面目な顔でシルビオを見ていた。
しばらく無言で睨まれた後、軽く頭を小突かれる。

「あてっ」

ひりひりする額を押さえつつ彼を見上げると、フォーゲルは不機嫌そうな表情でシルビオをベッドに押し倒した。
ぽつりと零した呟きが耳に入る。

「お前は……持ってる人間だろうが……」
「……!」

あまり聞かない、素の感情が乗った声だった。
彼はそのままシルビオの衣服を剥ぎ、のしかかってくる。

「もう動けないって言ってなかった……?」
「取り消す」

目がぎらぎらと輝いている。
変わり者ではあるが、シルビオが普段関わっている人々に比べれば人間味の強い人物でもある。
こうして、八つ当たりされることだってある。

「分かったよ」

受け身になるのは好きじゃない。
くるりと身体を翻し、フォーゲルの背をベッドに押し付けて細い体躯をなぞる。
彼は悔しそうに目を逸らしつつ、するりと四肢を擦り寄せてきた。

「……俺からしたらさ」
「うん」
「すんごいくだらない悩みなんじゃねえかって思うの」
「……そうかもね」

否定はできなかった。
きっと、他所から見たらそうなのだろう。
でも、シルビオには難しいことなのだ。
そして、フォーゲルはそれを分かっている人間だった。

「……大丈夫だよ。シルビオは、俺とは違うから」

皮肉めいた笑みを浮かべ、真っ直ぐシルビオを見上げるフォーゲル。
シルビオも、小さく笑みを返した。

フォーゲルは、シルビオを妬んでいるようで、そうじゃない。
シルビオにつまらない嫉妬を向けてしまう、自分に呆れているのだ。

そういう人間が、シルビオは好きだった。

「俺は、フォーゲルのこと好きだよ」
「はいはい」

拗ねているのか、対応は冷めていた。
くすくすと笑いながら、シルビオはまた彼を貪る。

再び快楽に溺れると、気まずい雰囲気なんて霧散してしまう。
逃げるように縋って、身体を重ねて。
爛れた時間が終わる頃には、日はとっくに傾いていた。
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