桜の魔力 夜桜の出会い

にぃ

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桜の魔力 夜桜の出会い

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 昼間は花見観光客で賑わうこの場所も夜が深くなれば閑散としてしまう。
 その静かな空気が好きだった。
 だから俺は敢えて人の少ない時間にこの場所へ赴き、夜桜に見惚れていた。

「私ね。桜ってずっと嫌いだったの」

 隣に立つ女性がポツリと呟いた。

「だって可哀想じゃない。満開の時にだけ見てもらえて、葉が付きだしたら人々から忘れられる。人間の傲慢さを映し出す桜が……好きじゃないの」

 詩的な考え方だ。
 人の傲慢さを映し出す花。そんな風に考えたことなどなかった。
 
「私が桜を最も嫌う理由——聞きたくない?」

 正直、聞いてみたい。
 詩的な思考を持つ彼女がどんな言葉で俺を驚かせてくれるのか、非常に興味はある。
 だけど——

「いや、いい」

 俺は彼女の回答を聞くのを断った。

「あら? どうして?」

 不思議そうに首を傾げて俺の顔を見つめてくる彼女。
 
 その顔色は……
 徐々に……
 桜色へ変容していく。

「貴方誰ですか!?」

「そうだよね!? 初対面ですよね!?」

 俺は『1人』で花見に来ていたはずだった。
 それがいつの間にか隣に立っていた女性に突然話しかけられて内心焦りまくっていた。
 
「ひ、人違いだったぁぁっ! は、恥ずかしいぃぃ!」

 桜色に染め上がった顔を両手で覆う女性。
 『あんれぇ? この人どうして俺に話しかけてきているの!? こんな美人な知り合い居たっけ!?』と心の中でクエスチョンマークを十数個浮かべていたけど、やっぱり人違いだったか。

「ご、ごめんなさい。弟と背丈があまりにも似ていたものだから、つい間違えてしまって」

「どうして弟さんに『桜が嫌い』トークを!?」

「急に意味深に語りだす姉キャラって格好良くありません?」

「キャラとか言っちゃったよ!? この人!」

 本当に何なんだこの人。
 文学風で詩的な思考をもつ謎の美女という印象は一瞬で霧散し、ただの残念なお姉ちゃんという新たな印象に更新された。

「あのぉ。もし良ければ語ってもいいですか? 私が『最も桜を嫌う理由』」

「よくこの空気で話を続けようと思いましたね!?」

「——その前に私が『夏』を嫌う理由から話さないといけなさそうですね」

「無視して勝手に語りだしてきた!? しかも長くなりそうな語り出しだ!」

 人違いだと判明した時点で退散するのが普通ではないのか?
 ていうか俺の方がもう帰りたいんだけど。

「私は暑いのが嫌いです。大嫌いと言ってもいい。寝苦しいから本当に夏が嫌なんです」

「夏が嫌いな理由、普通だな!?」

 せめて詩的に夏を否定して欲しかった。
 暑いから苦手って子供かよ。

「桜を見ると嫌でも感じてしまうんです。『ああ、もうすぐ私にとって地獄の季節がやってくるんだな。今年こそ灼熱の太陽に私は殺されてしまうかもしれない』ってね」

「取ってつけたような微妙な詩的表現!?」

「むぅ~。じゃあキミがお手本見せてよ! 詩的表現で桜に対する想いを私にぶつけて見なさい。私が納得するまでキミを帰さないから」

「意味不明な理由で俺の帰宅を阻止しないでください!」

 どうして詩対決みたいなことが始まったんだ。
 俺、国語の成績そんなに良くないんだよな。
 でもこのお姉さん。本気で自分が納得できるまで俺を帰してくれない気がする。目が本気すぎる。

「えー、こほん。俺は桜が好きだ——その理由は……」

「えっ!? ちょ!? ど、どうして急に私に告白してくるのですか!? お、驚くじゃないですか!?」

「何を言っとるんだ!? あんた!」

「だ、だって、急に私の名前を呼んできて……し、しかも、初対面なのに『桜』って呼び捨てにしてくるなんて……わかりました。お付き合いしましょう。よろしくお願い致します」

「初対面なのに貴方の名前を知っているわけないでしょ!? キミが桜さんって名前なの今初めて知りましたよ! ていうか話の流れ的に花の桜の方に決まっているでしょ!?」

「あ、そ、そうですよね。わ、私ったら何言っているんだろ……」

「本当にそうですね!?」

 なんだこのボケボケお姉さんは。
 初対面の人間に全力でツッコミをさせないでほしい。

「えー、続けますよ。俺が桜を好きな理由は単純です。見ていて幸せな気分になれるから。先ほど貴方は『満開の時に見てもらえない。葉が付いたら人々から忘れられてしまう』って言いましたよね。俺は逆にそこに惹かれるですよ。人々から忘れられた木が花を咲かせた途端、それを見に行きたいって想いにさせられる。そんな桜の魔力に俺は魅了させられているんです」

「わかりました。結婚しましょう」

「話聞いてた!?」

「聞いてましたよ。『桜を見ていると幸せな気分になれる』、『俺はそこに惹かれる』、『桜の魔力に魅了させられている』。貴方私のこと大好きじゃないですか。貴方のプロポーズの言葉、しっかりと私に届きました」

「だから『桜』っていうのは花のほうで貴方じゃないですって!」

 このままでは俺は初対面の人に愛の告白をする変なやつと思われてしまうかもしれない。
 しかもこの人めちゃくちゃチョロい。
 勘違いの告白にアッサリと流されてしまうチョロさは見ていて心配になるレベルだった。

「そういえば私、貴方の名前を知りません。えへへ、結婚するのに名前を知らないとか変ですね」

「そうですね! 変ですね!? 未だに俺がプロポーズしたことになっている誤解が解けていないのはかなり変な話ですね!」

「そんなことより、名前」

「……入夏夏彦です」

 しぶしぶ名乗ると桜さんは目を見開いて何やら驚愕の意を示している。
 名乗っただけなのに何を驚いているんだこの人は。

「な、夏って文字が2つも並んでる!? 夏嫌いな私への当てつけですか!?」

「名前に文句言われたの初めてだよ!?」

「くぅ、せめて夏の文字を1つ消しましょう。夏彦さん、先ほどのプロポーズお受けする代わりに婿入りしてください。そうすれば貴方の苗字の『夏』の文字を1つ消すことができます!」

「どんだけ夏が嫌いなんだよ! ていうかプロポーズの話も桜さんの勘違いだからね!? 本気で結婚考えたりはしてないよね!?」

「確かに……お付き合いもしたことないのにプロポーズを申し出てくるのは変な話だと思いました」

「でしょ!?」

「きちんと段階を踏むべきですよね。まずは普通にお付き合いをしましょう」

「うん! ……うん?」

「私、恥ずかしながら男性とお付き合いするのは初めてですので、その、よろしくお願いします」

「う、うん」

 あれ?
 あれぇ?
 どうしてこうなったの?
 どうして出会って5分もしていない女性と付き合う話になったの?

「桜の魔力は不思議ですね。こうして素敵な男性と縁を結ぶことができました」

「不思議すぎるわ!」

 月明かり、1本の大樹桜の下。
 春という出会いの季節。
 この不思議すぎる出会いはこの先ずっと笑い話として子孫へまで語り継がれていくこととなる。
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