キミを幸せにするデータ

にぃ

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キミを幸せにするデータ(後編)

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「……ん?」

 薬の臭いで目を覚ます。
 綺麗で大きなベッド。
 見たこともない部屋ではあるが、周囲の医療設備からここが病院であることはすぐに理解できた。

「公野さん。目を覚ましたんだな。良かった」

 すぐ隣で心配そうに見つめている神宮司くんを発見した。
 知っている人が傍に居てくれて大きく安堵する。

「ここは病院だよ。この間キミが風邪になった日に訪れた場所だ」

 てことは神宮司君のお父さんが働いているあの病院か。
 私、意識を失っちゃったんだ。

「あの子猫は……?」

「自分のことよりも子猫のことか。全くキミってやつは。元気そうではあったが一応動物病院に連れて行ってもらったよ。後で一緒に見舞いにいくか」

「うん!」

 無事だったんだ。良かった。
 あの時、見捨てずに助けに乗り出して本当に良かった。

「神宮司くんも私達を助けにきてくれて本当にありがとう」

 神宮司くんが身を投げ出して川へ飛び込んでくれなかったら恐らく私は目を覚ますことはなかっただろう。
 いくら感謝してもしたりない。
 だけど、神宮司君はなぜか気まずそうに視線を逸らしてしまっていた。

「俺は……お礼を言われる資格などない。キミが飛び込まなければ……俺は子猫を見捨てる選択をしてしまっていたっ!」

 心底悔しそうに壁に拳を叩きつける。

「神宮司くんは助けにきてくれたよ?」

「それは! キミが……キミが飛び込んでいったからだ。俺一人ではきっとそうはしなかったっ! くそっ! なにがデータマンだ! いざというとき、子猫が助かる方法の模索よりも、リスクの計算なんぞして……! 俺は保身に走ろうとしたんだ!」

「違うよ神宮司くん」

 あの状況はリスクを考えず飛び込んでいった私の方がおかしかった。
 反省すべきなのは私だ。
 私の行動は結局神宮司くんを危険に晒す結果となってしまったのだから。
 でも——

「キミが助かる確率を掲示してくれたから、私は迷わず飛び込むことができたんだよ? あの時、助かる確率が0パーセントって言われていたら……きっと私も飛び込んでいくことはなかった」


 ——あの子猫が助かる確率は——23%だ。


「23%も助かる確率があることを教えてくれてありがとう。私を突き動かしてくれたのは、キミのデータなんだから」

「お、俺のデータが……公野さんを危険な目に……」

「も~! どうしてそんな卑屈に考えるかな!!」

 ガバッと起き上がり、ジトっとした尖らせた目を神宮司君に向ける。

「キミは! 子猫と私の命の恩人なの! 勇者なの! 王子様なの! だからキミはお礼を言われる立場なんだよ!? 分かった!?」

「……あ、ああ」

「あーもう! その顔絶対分かってない!」

 私がどれだけ感謝をしているか。
 助けに来てくれた時、どれだけ心強かったか。
 それに、私達を抱えながら懸命に泳ぐ姿がどれだけ私の心を揺れ動かしたか。
 それを全部分からせてやる!

「まず前提として、私がキミのことを好きなんだってことを知っておいて。もちろん異性としてね」

「んなっ!?」

「キミ、めちゃくそ格好良いのよ! ていうか紳士! 道路側を自分が歩いたり、雨に濡れないように相合傘で身を屈めたり! そういうさりげない優しさマジで嬉しかった!」

「そ、それは、日常生活における一般データに基づいた行動で……」

「それに! 怪我を顧みず自分の身体を滑り込ませておばあさんの転倒を未然に防いだ姿も格好良かった!」

「あ、あれも、もし怪我を負った時、俺とおばあさんのどちらが大惨事になってしまうのか、その比率データから基づいた行動で——」

「そして! たった今! キミは危険を知っていながら私と子猫ちゃんを助けてくれた! 感謝しかないの!」

「こ、これは、キミを失ったら後悔する確率がリスクを上回ったからであって……」

 神宮司君の行動の根幹には常にデータが存在する。
 一瞬で緻密なデータを導き出し、最適解を行動に移すことの出来る人。
 彼だけが持つ強い武器であり、大きな魅力でもあった。

「キミのデータはさ、たくさんの人を幸せにするデータなんだよ。すでにこれだけ多くの人を救っているんだよ? すごいんだよ!」

「人を……幸せにするデータ……」

 そんなこと思ったこともなかったのだろう。
 目を見開きながら心の底から驚いたような表情を向けていた。

「俺は……俺のデータは『俺自身』を幸せにするものだと思っていたのだが……そうか……違っていたんだな。俺のデータは……人を救うことができるのか」

「データが自分を幸せにできなくてショック?」

「そんなことはないさ」

 ふっと自嘲気味に笑う神宮司君。
 少しだけ憑き物が取れたようなさっぱりとした表情になっている。

「じゃあさ。私がキミのデータになるよ」

「はっ?」

 突拍子の無い私の発言にキョトンとしている神宮司君。
 私が伝えたい意図。
 つまりはこういうことだった。

「私がキミを幸せにするデータになる」

「それって、どういう……」

「キミの知らないこと、キミのデータにないこと、たくさん経験しよ? 何個もメガネ割っちゃうことになるかもしれないけどさ、きっと私がキミのデータベースを拡張してみせる。それができたらさ、キミも私も幸せだと思わない?」

「公野さん……」

 私は彼のデータになりたい。
 彼の一部として神宮司君の役に立ちたい。
 私は今心の底からそう思っている。
 だから今こそ気持ちを伝えなければいけないと思ったんだ。

「えー、こほん。だからね神宮寺くんや」

「??」

「その……ね」

 激しく顔を紅潮させて、声を裏返しながら言葉を紡ぐ。

「私と……ね。恋人になれば……幸せになれる確率は100%です」

「……!?」

「私と婚約者になれば幸せになる確率120%です」

「……!!??」

「私と結婚生活を送れば幸せになる確率200%です」

「……!!!???」

「ど、どれを選びますか?」

 恋人か、婚約者か、結婚生活か。
 無理やり3択問題にして彼に迫る。
 ちなみにどれも選ばないなんて選択肢許さない。絶対3つの中から選ばせる。
 じっと睨みつけるように彼の瞳を見ながら答えを待つ。
 
「……こ、恋人からで……お願いします」

 神宮司くんは右手を伸ばしてきて、照れくさそうに頬を赤く染めていた。
 私はニッコリ微笑みながら伸ばされた右手を両手で包み込む。

「一番無難な選択肢を選んできたね。まぁとりあえず及第点をあげよう」

「も、ものすごく、恥ずかしいのだが?」

「でも幸せでしょ?」

「——違いない」

 高校三年生の秋。
 彼は初めて幸せ色のデータを手に入れた。
 キミを幸せにするデータはいつも傍にいるからね神宮司君。
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