一九二三年八月三十一日

Y.K

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一九二三年八月三十一日(2)

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朝の東京は、いつも喧噪に包まれている。
見知らぬ顔をした無数の人々の群れが、何処からともなく表れて、いつの間にか、何処かに吸い込まれるように消えて行く。
あの人達一人一人にも、ちゃんと名前があって、きっと家族や仕事があるのだ。
当たり前の事だけれど、改めて考えると、ちょっと信じられない感じだった。
市電に揺られながら、私はそんな事を考えていた。

私の勤め先は、銀座にあるカフェーだ。
そこで、給仕の仕事をさせて貰っている。
この辺りはカフェーの営業が盛んで、私の様な仕事に就いている女性は数多い。
元々は、十年ほど前に「カフェー・プランタン」が、日本で初めてのカフェーとして営業を始めたのが切っ掛けで、それを皮切りに「カフェー・ライオン」「カフェー・パウリスタ」等の店が、続々と軒を連ねた。
私の勤めるお店も、そんな中の一つで、小さなあまり名の知られていないお店だけれど、素敵なお店だ。
御主人の珈琲に関する腕は確かで、その事を知るお客さんは、須らく常連さんになってくれている。
謂わば隠れ家めいた存在とでも言うのだろうか。
私は、そんなお店の雰囲気が、とても気に入っている。
そして何より、料理があまり得意でない私を、嫌な顔一つせずに雇ってくれた事。
この事は、どれだけ感謝しても感謝しきれない。
お客さんも良い人ばかりで、とても優しく接してくれる。
これから先もずっと、末永く働かせて貰えたら、と思う。

車窓から外の様子を眺めていると、ちらほら秋の装いを纏った女性達を目にした。
もうそんな季節なのだ、と思った。
日頃、私が服を買い求める場所と言えば、専ら近所の店と決まっていた。
それでも偶に、勇気を出して百貨店に出掛けてみたりしたのだが、悲しいかな、限られたお給金で生活する身としては、手の届かない品物ばかりで、いつも憧れの眼差しを向ける事しか適わなかった。
そうしたら先日、日本橋にある三越百貨店が、バーゲンセールというのを行った事を知った。
何でも、正札価格の二割引きから三割引き程の価格で品物が手に入るそうで、今回は一部の商品が対象だったそうだが、これからも折々に開催されるとの噂だった。
すごい事だと思った。
外国ではこのような事は、ごくありふれた事らしく、これもそう言った事に倣った一環らしかった。

近頃は、すっかり近代化とやらが進んで、身の回りの物は何でも西洋風になってきた。
ちょっと前に、東京駅の向かいに建った丸の内ビルヂングなどは、信じられない程大きく、しかもモダンな建物で、大変驚いたのを覚えている。
それらについて、とても良い事だと思うのだが、少し心配もある。
例えば、私は洋服を好きだけれど、和服も好きだ。
洋食を美味しいと思うけれど、和食も同じ様に美味しいと思うのだ。
コロッケーやライスカレーを喜んで食べる癖して、お新香に御御御付の朝食が一番、なんて調子の良い事を言っている様なミーハーなのだ。
どちらにも良い所があって、どちらかだけではいけない。
そう思う。
喧噪の只中にいる人達を見ると、皆一様に精気の無い目をしている印象を受けた。
生来、のんびり者の私には、あんなのは耐えられないだろう。
然るに、良い人達、良い職場に恵まれている自分は、つくづく果報者だと思った。
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