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153話 予定変更
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王宮に隣接している軍の訓練施設。警備隊の方達は任務に備え、日夜トレーニングに励んでいる。私はそんな彼らの邪魔にならないよう注意しながら、広場の片隅で柔軟体操を行っていた。釣り堀での事件以降、訓練施設に足を運ぶのは久しぶりだ。
最初は隊員達に奇異の目で見られていた。それでも日が経つにつれて、徐々に受け入れられていき、今では自分達の訓練の方に集中してくれている。私の存在は見慣れた光景になったみたい。
「姫さん、体柔らかいねー。お腹までぴったりくっ付いてるじゃん。すごい、すごい」
地面に座って開脚前屈をしていると、ルイスさんが声をかけてきた。私の護衛であるクラヴェルご兄弟も、一緒に訓練施設に来ている。訓練着に身を包み、広場を走り回る私の姿を見ても、おふたりは顔をしかめたりはしなかった。レオンからおおよそ事情を聞いていたのだろうけれど、それでも実際に反応を見るまでは不安だったのだ。彼らもレオンと同じで『護身は出来て損は無い』派のようだ。
「頑張ればもうちょっと前にいけます」
柔軟を褒められて嬉しくなった私は、更に体を前に倒す。勢い余って、ほっぺたが地面にくっ付いてしまった。
「体の柔軟性はとても大切です。筋肉が伸びやすくなって関節の可動域が広がり、怪我の防止にもなりますから。でも、無理をすると筋を痛めてしまいますので、ほどほどにして下さい」
うつ伏せになっていた私の体を、レナードさんがゆっくりと起き上がらせた。ハンカチを当てて頬に付着した泥を拭ってくれる。張り切り過ぎてしまった。
「姫さんの指南はボスがやるんだよね?」
「はい、体格差もあまりないので適任だろうって。それに彼はとても強いから……」
ルイスさんは手帳を眺めていた。それはレオンから貰ったもので、中には私のトレーニングメニューが記されている。レオンも用事が終わり次第こちらへ来てくれることになっているが、トレーニングは私だけが行う予定だ。彼は激しい運動をするのを医師に禁じられているのだ。よって、当分は指導のみ。
「どう思うー? レナード」
手帳が宙を舞った。ルイスさんがレナードさんに向かって放り投げたからだ。手帳は弧を描いて落下していく。レナードさんは器用にそれを受け取った。
「こら! ルイス、投げちゃ駄目でしょ。すみません、クレハ様」
「いいえー」
中を見ても大丈夫かと聞かれたので、問題無いと了承した。ルイスさんに続いてレナードさんも手帳に目を通していく。
「クレハ様は、こちらの訓練メニューをほぼ毎日こなしておられるのですよね……これは殿下が?」
「はい」
レオンが私のために考えてくれたのだ。何かおかしなことでも書いてあったのだろうか。至って普通だと思う。私が自己流で行っていた時よりも内容が優しくなったので、むしろ物足りないくらいだ。
「驚いただろ、レナード」
「うん」
「あの……どこか変ですか?」
「いいえ、逆です。感心してたんですよ」
おふたりが言うには、レオンは強いけれど人に教えた経験は無い。加減が分からなくて、私に過度な訓練をさせているのではと気になっていたそうだ。
「クレハ様は成長期ですし、継続して行うことも考慮すれば、あまりに過酷なトレーニングは良くないですからね」
「姫さんの体を気遣って無理のないメニューが組まれてる。さすが、ボス。俺らの心配は余計な世話だったね」
「そんなことないです。ありがとうございます」
実はこのトレーニングメニュー……改訂版である。最初にレオンが提示した内容はもう少しハードで、私が今まで行っていたのと同程度の物だったそうだ。でもそれは、セドリックさんによって盛大にダメ出しを食らい、レオンは内容の練り直しを余儀なくされたのだった。しっかり考えたつもりのメニューが話にならないと素気無くされ、レオンはちょっとだけ凹んだらしい。その後、セドリックさん監修のもと大幅に手直しされて渡されたのがこの手帳だ。その経緯を話すと、ご兄弟は合点がいったと笑った。
「セドリックさんが絡んでたのか、道理で……。殿下も自分だけの判断では心許なかったのでしょうね」
「大事な姫さんが体を壊したら大変だからね。セドリックさんは教えるのも上手だから、あの人に任せておけば安心だ」
「クレハ様、殿下に武芸を教えた師がセドリックさんだってご存知でした?」
初耳です。そうなんだ……私の中でセドリックさんは、カフェで料理作ってた印象が強いせいか、軍人さんと分かっていても未だにピンとこない。軍服姿も違和感があるくらいだ。レナードさん達も時々彼に稽古をつけて貰ってるんだって。
「セドリックさん、強いんですね……隊長ですものね」
普段は彼をからかって遊んでいるおふたりも、本気でセドリックさんを怒らせるのは怖いそうだ。全然想像がつかない。
「クレハ! お待たせ」
訓練所にいた兵士達が動きを止めた。皆一斉にそこに現れた人物に向かって敬礼をする。名前を呼ばれた私は振り返り、彼の元へ駆け寄った。
「レオン」
王太子殿下の登場だ。訓練所にはピリッとした緊張感が漂う。しかし、レオンは兵士達に向かって片手を振った。自分のことは気にせずに鍛練を続けろという意味だろう。
「お疲れ様、ボス。結構時間かかったね」
「ああ、今朝方ルーイ先生とセドリックから興味深い話を聞かされてな。色々と準備をしていたらすっかり遅くなってしまった」
「それって……」
ルーイ様とセドリックさんの話……もしかして、ジェフェリーさんの事かな。だとしたら、昨日の今日でもう伝えてくれたのか。ルーイ様の行動力……凄い。レオンも普段通りで怒っているようには見えない。上手に伝えてくれたんだな。
「話題のおふたりですね……それは、色のあるお話ですかっ!?」
「お前は何を期待してるんだ……レナード」
レナードさんはまたもやルイスさんに頭をこづかれてしまった。レオンも呆れたように息を吐いている。
「内容は、とある魔法使いについてだ。クレハ、悪いけど今日のトレーニングは中止にして貰っていいかな」
聞きたいことがあるからと、王宮の自室に戻るよう命じられた。レナードさんとルイスさんは『菫の間』で待機だそうだ。
とある魔法使い……やっぱりレオンは、ジェフェリーさんの事をルーイ様から聞いたんだ。レオンの様子がいつもと変わらないのは安心したけど……彼はジェフェリーさんに対して、どのような行動を起こすのだろうか。
最初は隊員達に奇異の目で見られていた。それでも日が経つにつれて、徐々に受け入れられていき、今では自分達の訓練の方に集中してくれている。私の存在は見慣れた光景になったみたい。
「姫さん、体柔らかいねー。お腹までぴったりくっ付いてるじゃん。すごい、すごい」
地面に座って開脚前屈をしていると、ルイスさんが声をかけてきた。私の護衛であるクラヴェルご兄弟も、一緒に訓練施設に来ている。訓練着に身を包み、広場を走り回る私の姿を見ても、おふたりは顔をしかめたりはしなかった。レオンからおおよそ事情を聞いていたのだろうけれど、それでも実際に反応を見るまでは不安だったのだ。彼らもレオンと同じで『護身は出来て損は無い』派のようだ。
「頑張ればもうちょっと前にいけます」
柔軟を褒められて嬉しくなった私は、更に体を前に倒す。勢い余って、ほっぺたが地面にくっ付いてしまった。
「体の柔軟性はとても大切です。筋肉が伸びやすくなって関節の可動域が広がり、怪我の防止にもなりますから。でも、無理をすると筋を痛めてしまいますので、ほどほどにして下さい」
うつ伏せになっていた私の体を、レナードさんがゆっくりと起き上がらせた。ハンカチを当てて頬に付着した泥を拭ってくれる。張り切り過ぎてしまった。
「姫さんの指南はボスがやるんだよね?」
「はい、体格差もあまりないので適任だろうって。それに彼はとても強いから……」
ルイスさんは手帳を眺めていた。それはレオンから貰ったもので、中には私のトレーニングメニューが記されている。レオンも用事が終わり次第こちらへ来てくれることになっているが、トレーニングは私だけが行う予定だ。彼は激しい運動をするのを医師に禁じられているのだ。よって、当分は指導のみ。
「どう思うー? レナード」
手帳が宙を舞った。ルイスさんがレナードさんに向かって放り投げたからだ。手帳は弧を描いて落下していく。レナードさんは器用にそれを受け取った。
「こら! ルイス、投げちゃ駄目でしょ。すみません、クレハ様」
「いいえー」
中を見ても大丈夫かと聞かれたので、問題無いと了承した。ルイスさんに続いてレナードさんも手帳に目を通していく。
「クレハ様は、こちらの訓練メニューをほぼ毎日こなしておられるのですよね……これは殿下が?」
「はい」
レオンが私のために考えてくれたのだ。何かおかしなことでも書いてあったのだろうか。至って普通だと思う。私が自己流で行っていた時よりも内容が優しくなったので、むしろ物足りないくらいだ。
「驚いただろ、レナード」
「うん」
「あの……どこか変ですか?」
「いいえ、逆です。感心してたんですよ」
おふたりが言うには、レオンは強いけれど人に教えた経験は無い。加減が分からなくて、私に過度な訓練をさせているのではと気になっていたそうだ。
「クレハ様は成長期ですし、継続して行うことも考慮すれば、あまりに過酷なトレーニングは良くないですからね」
「姫さんの体を気遣って無理のないメニューが組まれてる。さすが、ボス。俺らの心配は余計な世話だったね」
「そんなことないです。ありがとうございます」
実はこのトレーニングメニュー……改訂版である。最初にレオンが提示した内容はもう少しハードで、私が今まで行っていたのと同程度の物だったそうだ。でもそれは、セドリックさんによって盛大にダメ出しを食らい、レオンは内容の練り直しを余儀なくされたのだった。しっかり考えたつもりのメニューが話にならないと素気無くされ、レオンはちょっとだけ凹んだらしい。その後、セドリックさん監修のもと大幅に手直しされて渡されたのがこの手帳だ。その経緯を話すと、ご兄弟は合点がいったと笑った。
「セドリックさんが絡んでたのか、道理で……。殿下も自分だけの判断では心許なかったのでしょうね」
「大事な姫さんが体を壊したら大変だからね。セドリックさんは教えるのも上手だから、あの人に任せておけば安心だ」
「クレハ様、殿下に武芸を教えた師がセドリックさんだってご存知でした?」
初耳です。そうなんだ……私の中でセドリックさんは、カフェで料理作ってた印象が強いせいか、軍人さんと分かっていても未だにピンとこない。軍服姿も違和感があるくらいだ。レナードさん達も時々彼に稽古をつけて貰ってるんだって。
「セドリックさん、強いんですね……隊長ですものね」
普段は彼をからかって遊んでいるおふたりも、本気でセドリックさんを怒らせるのは怖いそうだ。全然想像がつかない。
「クレハ! お待たせ」
訓練所にいた兵士達が動きを止めた。皆一斉にそこに現れた人物に向かって敬礼をする。名前を呼ばれた私は振り返り、彼の元へ駆け寄った。
「レオン」
王太子殿下の登場だ。訓練所にはピリッとした緊張感が漂う。しかし、レオンは兵士達に向かって片手を振った。自分のことは気にせずに鍛練を続けろという意味だろう。
「お疲れ様、ボス。結構時間かかったね」
「ああ、今朝方ルーイ先生とセドリックから興味深い話を聞かされてな。色々と準備をしていたらすっかり遅くなってしまった」
「それって……」
ルーイ様とセドリックさんの話……もしかして、ジェフェリーさんの事かな。だとしたら、昨日の今日でもう伝えてくれたのか。ルーイ様の行動力……凄い。レオンも普段通りで怒っているようには見えない。上手に伝えてくれたんだな。
「話題のおふたりですね……それは、色のあるお話ですかっ!?」
「お前は何を期待してるんだ……レナード」
レナードさんはまたもやルイスさんに頭をこづかれてしまった。レオンも呆れたように息を吐いている。
「内容は、とある魔法使いについてだ。クレハ、悪いけど今日のトレーニングは中止にして貰っていいかな」
聞きたいことがあるからと、王宮の自室に戻るよう命じられた。レナードさんとルイスさんは『菫の間』で待機だそうだ。
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