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183話 待機
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「失礼致します……」
口から自然とお伺いの言葉が出た。部屋の中に誰もいないのは分かっているけれど、これはもう癖というか……客室なんてそう入ることもないから畏まってしまうのだ。それに、ルーイ先生が使用中のお部屋ともなれば緊張だってする。ジェフェリーさんなんて私よりもガチガチだ。
ドアノブを静かに回して扉を開ける。私とジェフェリーさんは室内に足を踏み入れた。部屋の中は散らかってはいなかったけど、ついさっきまで人がいた事を感じさせる痕跡があちこちに点在していた。少しだけ乱れたベッド……テーブルの上に置かれた使用済みのティーカップ。配膳ワゴンまでそのままだ。カップの数は3つ。これはルーイ先生とセドリックさん、そしてミシェルさんが使っていた物ではないかと予想する。
「どうして片付けられていないのかな」
配膳ワゴンを持って来たのはセドリックさんかミシェルさんのどちらかだろう。あのふたりが使い終わった食器を放置するなんていい加減なことをするとは思えない。ましてここはルーイ先生のお部屋なのだ。片付けくらいなら他の使用人に頼むことだって出来たはずなのに。慌てて席を立ってそのままって感じ……
「リズちゃん、ちょっとこっち来て」
考え事に浸りそうになっていた私は、ジェフェリーさんの呼びかけで引き戻される。彼は部屋の奥へ……窓際に移動していた。私にもそちらに来るよう手招きをしている。
「どうしたんですか?」
「ほら、ここ。窓の外見てごらん」
窓の外……。彼の言葉に従い、窓際まで足を進める。ジェフェリーさんの隣に並び立つと、彼と共に窓を覗き込んだ。
「ルーイ先生が部屋から俺たちの姿が見えたって言ってたでしょ。つい気になって確認しちゃった。想像していた以上に丸見えでびっくりだよ」
2階から見る庭も綺麗だな。中庭はジェムラート家の自慢のひとつでもある。この部屋からなら外に行かなくても、居ながらにして庭を堪能できる。ジェフェリーさんが仕事をしていた花壇周辺……さきほど私達が話をしていた場所もよく見えた。
心配をさせてしまったのかな。先生方はここからジェフェリーさんに接触している私を目撃したのだろう。何かあっては大変だと、急いで合流してくれたのかもしれない。飲んでいたお茶を中断して……
やはり先走って行動するべきではなかった。迷惑だけはかけないようにと思っていたのに……役に立ちたいという気持ちが前に出過ぎてしまったな。
「仕事してるとこも先生に見られてたのかな。ちょっとだけ恥ずかしいね」
「ジェフェリーさんの熱心な仕事ぶりに先生も感心なさったと思いますよ」
「俺のはただの植物馬鹿だよ」
ジェフェリーさんは照れ臭そうに笑った。植物が好きなのは言うまでもなく、庭師としての腕前だって素晴らしいのに。そう付け加えると彼は『もうやめて』と顔を赤くしたのだった。
「ねぇ、リズちゃん。カレンちゃん……これからどうなるんだろうね」
椅子に座ってようやくひと息ついたところだった。ジェフェリーさんもカレンの処遇が気になっていたみたいだ。でも、それは私にも答えることが出来ない。客人に……しかも王家に所縁のあるルーイ先生に刃を向けたのだ。投獄されるのは当然として、きっと重い罰が下るだろう。そう、本来であれば……
「分かりません。レオン殿下がどのような判断をなさるかにかかっているかと……」
「そっかぁ……」
先生は自ら進んで囮のような真似をしていた。周囲に対して大っぴらに魔法使いを調べているのだと触れ回り、関わりを持つかもしれない人物に揺さぶりをかけていたのだ。想定外な事も多々あれど……結果だけ見れば、カレンはまんまとそれに釣られてしまったということになる。
エルドレッドさんが釣り堀の事件に関与しているとは思えなかった。しかし、カレンがあまりにも過剰に反応するせいで疑念は膨らみ、不信感を強めてしまう結果になったのは皮肉なものだ。
彼らの正体もこれから調査されることになるだろう。カレンが事件について妙に詳しかったのも引っ掛かるし、レオン殿下が彼女に罰を与えて『はい終わり』になんてするはずがない。
「それとさ、俺なんかが聞いていい事か分からないけど……王宮で事件があったってカレンちゃん言ってたよね。犯人は魔法使いなんだって……それ本当?」
「はい……」
「ルーイ先生とセドリックさんが魔法使いについて調べていたのは、その事件のせいだったんだよね。クレハお嬢様やリズちゃんは大丈夫だったの。巻き込まれたりしなかった?」
「心配してくれてありがとうございます。私は見ての通り。もちろんクレハ様も……ケガ等もありませんから、安心して下さい」
私の返答を聞いてジェフェリーさんは深く息を吐いた。本当にいつだってクレハ様の事を気にかけてくれるんだな。彼の優しさに胸の奥が温かくなる。
巻き込まれたどころか当事者なのだが、今それを彼に伝えるのはよそう。セドリックさんがジェフェリーさんを部屋に招いたということは……私達がここに至るまでの経緯を、彼に説明なさるはずだから。
ジェフェリーさんがニュアージュの魔法使いと共謀しているという疑惑は晴れた。彼にはこれからエルドレッドさんの件でも協力を仰がなければならない。恐らくセドリックさんは、ジェフェリーさんもこちら側に引き込むつもりなのではないだろうか。最終的な決断をするのはレオン殿下だけれど、私以外にもジェムラート家の人間で、協力者を増やしておきたいという考えはお持ちだろう。
「あの、ジェフェリーさん」
「なに?」
私がレオン殿下と初めてお会いしたのは『とまり木』だったな。まさか王太子殿下と対面で会話をすることになるなんて想像もしていなかった。もしかしたらジェフェリーさんにも、あの時の私が体験したような展開が待っているかもしれないのか……
「なんでもないです……頑張って下さい」
「えっ、は? 何を?」
続きはセドリックさんが来てからだ。あくまで私の予想でしかないし、勝手な事を言ってはいけない。思わせぶりに会話を中断した私に、訳がわからないとぼやきながらジェフェリーさんは首を傾げるのだった。
口から自然とお伺いの言葉が出た。部屋の中に誰もいないのは分かっているけれど、これはもう癖というか……客室なんてそう入ることもないから畏まってしまうのだ。それに、ルーイ先生が使用中のお部屋ともなれば緊張だってする。ジェフェリーさんなんて私よりもガチガチだ。
ドアノブを静かに回して扉を開ける。私とジェフェリーさんは室内に足を踏み入れた。部屋の中は散らかってはいなかったけど、ついさっきまで人がいた事を感じさせる痕跡があちこちに点在していた。少しだけ乱れたベッド……テーブルの上に置かれた使用済みのティーカップ。配膳ワゴンまでそのままだ。カップの数は3つ。これはルーイ先生とセドリックさん、そしてミシェルさんが使っていた物ではないかと予想する。
「どうして片付けられていないのかな」
配膳ワゴンを持って来たのはセドリックさんかミシェルさんのどちらかだろう。あのふたりが使い終わった食器を放置するなんていい加減なことをするとは思えない。ましてここはルーイ先生のお部屋なのだ。片付けくらいなら他の使用人に頼むことだって出来たはずなのに。慌てて席を立ってそのままって感じ……
「リズちゃん、ちょっとこっち来て」
考え事に浸りそうになっていた私は、ジェフェリーさんの呼びかけで引き戻される。彼は部屋の奥へ……窓際に移動していた。私にもそちらに来るよう手招きをしている。
「どうしたんですか?」
「ほら、ここ。窓の外見てごらん」
窓の外……。彼の言葉に従い、窓際まで足を進める。ジェフェリーさんの隣に並び立つと、彼と共に窓を覗き込んだ。
「ルーイ先生が部屋から俺たちの姿が見えたって言ってたでしょ。つい気になって確認しちゃった。想像していた以上に丸見えでびっくりだよ」
2階から見る庭も綺麗だな。中庭はジェムラート家の自慢のひとつでもある。この部屋からなら外に行かなくても、居ながらにして庭を堪能できる。ジェフェリーさんが仕事をしていた花壇周辺……さきほど私達が話をしていた場所もよく見えた。
心配をさせてしまったのかな。先生方はここからジェフェリーさんに接触している私を目撃したのだろう。何かあっては大変だと、急いで合流してくれたのかもしれない。飲んでいたお茶を中断して……
やはり先走って行動するべきではなかった。迷惑だけはかけないようにと思っていたのに……役に立ちたいという気持ちが前に出過ぎてしまったな。
「仕事してるとこも先生に見られてたのかな。ちょっとだけ恥ずかしいね」
「ジェフェリーさんの熱心な仕事ぶりに先生も感心なさったと思いますよ」
「俺のはただの植物馬鹿だよ」
ジェフェリーさんは照れ臭そうに笑った。植物が好きなのは言うまでもなく、庭師としての腕前だって素晴らしいのに。そう付け加えると彼は『もうやめて』と顔を赤くしたのだった。
「ねぇ、リズちゃん。カレンちゃん……これからどうなるんだろうね」
椅子に座ってようやくひと息ついたところだった。ジェフェリーさんもカレンの処遇が気になっていたみたいだ。でも、それは私にも答えることが出来ない。客人に……しかも王家に所縁のあるルーイ先生に刃を向けたのだ。投獄されるのは当然として、きっと重い罰が下るだろう。そう、本来であれば……
「分かりません。レオン殿下がどのような判断をなさるかにかかっているかと……」
「そっかぁ……」
先生は自ら進んで囮のような真似をしていた。周囲に対して大っぴらに魔法使いを調べているのだと触れ回り、関わりを持つかもしれない人物に揺さぶりをかけていたのだ。想定外な事も多々あれど……結果だけ見れば、カレンはまんまとそれに釣られてしまったということになる。
エルドレッドさんが釣り堀の事件に関与しているとは思えなかった。しかし、カレンがあまりにも過剰に反応するせいで疑念は膨らみ、不信感を強めてしまう結果になったのは皮肉なものだ。
彼らの正体もこれから調査されることになるだろう。カレンが事件について妙に詳しかったのも引っ掛かるし、レオン殿下が彼女に罰を与えて『はい終わり』になんてするはずがない。
「それとさ、俺なんかが聞いていい事か分からないけど……王宮で事件があったってカレンちゃん言ってたよね。犯人は魔法使いなんだって……それ本当?」
「はい……」
「ルーイ先生とセドリックさんが魔法使いについて調べていたのは、その事件のせいだったんだよね。クレハお嬢様やリズちゃんは大丈夫だったの。巻き込まれたりしなかった?」
「心配してくれてありがとうございます。私は見ての通り。もちろんクレハ様も……ケガ等もありませんから、安心して下さい」
私の返答を聞いてジェフェリーさんは深く息を吐いた。本当にいつだってクレハ様の事を気にかけてくれるんだな。彼の優しさに胸の奥が温かくなる。
巻き込まれたどころか当事者なのだが、今それを彼に伝えるのはよそう。セドリックさんがジェフェリーさんを部屋に招いたということは……私達がここに至るまでの経緯を、彼に説明なさるはずだから。
ジェフェリーさんがニュアージュの魔法使いと共謀しているという疑惑は晴れた。彼にはこれからエルドレッドさんの件でも協力を仰がなければならない。恐らくセドリックさんは、ジェフェリーさんもこちら側に引き込むつもりなのではないだろうか。最終的な決断をするのはレオン殿下だけれど、私以外にもジェムラート家の人間で、協力者を増やしておきたいという考えはお持ちだろう。
「あの、ジェフェリーさん」
「なに?」
私がレオン殿下と初めてお会いしたのは『とまり木』だったな。まさか王太子殿下と対面で会話をすることになるなんて想像もしていなかった。もしかしたらジェフェリーさんにも、あの時の私が体験したような展開が待っているかもしれないのか……
「なんでもないです……頑張って下さい」
「えっ、は? 何を?」
続きはセドリックさんが来てからだ。あくまで私の予想でしかないし、勝手な事を言ってはいけない。思わせぶりに会話を中断した私に、訳がわからないとぼやきながらジェフェリーさんは首を傾げるのだった。
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