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184話 拘置
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少女は正面にいる俺を睨みつけている。もし口を布で塞がれていなければ、俺に対しての罵詈雑言が泉の如く湧き出るのだろう。
椅子に座らせた状態で両腕は背もたれの後ろ側に回し、足もきっちりと閉じさせる。いずれも自由に動かせないように縄でキツく縛る。胴回りも忘れずに背もたれに固定するよう縛りつけた。
逃亡など出来るはずもないのだが、少女の瞳に諦めの色は宿らない。爛々とギラついたそれは、獲物の首に喰らいつこうとする獣のようだった。
コンコン……
誰かが入り口の扉をノックしている。少女の荒い息づかいしか聞こえない室内で、その音はとりわけよく響いた。
「セドリックさん、ミシェルです」
「入れ」
来訪者は己の部下だった。入室の許可を与えると、彼女はゆっくりと扉を開ける。薄暗い室内に明るい光が差し込んだ。扉はすぐに閉じられたので一瞬のことだったのだが、明暗の差に僅かだが目が眩んだ。
「派手にやらかした割にはずいぶん好待遇じゃないですか」
「ジェムラート邸には罪人を収容しておく牢のような場所はないからな」
椅子に縛り付けられたカレン嬢を見るやいなや、ミシェルは煽るように言葉を投げつける。
ここは素行の悪い使用人に反省を促すための仕置き部屋らしい。窓は天井付近に取り付けられた小さな明かり取りのみ。唯一ある家具も簡素なベッド。お世辞にも良い部屋とは言えない。けれど、ミシェルの言う通り、冷たい石と鉄で造られた牢などと比べたら居心地の良さは天と地ほどの差があるだろう。
「一時的なものだし、なるべく人目につかず彼女を捕らえておける場所ならどこでもいい」
部屋の扉には頑丈な鉄製の鍵が付けられている。両手両足を縛られている彼女が逃げ出せるとは思えないが、まだ仲間の所在も判明していない。油断は禁物だ。
「それよりルーイ先生の容体は? 大事無いか」
「医師の診察によると、お尻にアザが出来ただけでそれ以外には目立った外傷は無いとのことです。痛みも数日で引くそうですよ」
「そうか。良かった」
彼を守るためとはいえ、無体を働いてしまった。他にいくらでもやりようはあっただろうに。先生は気にするなと言って下さったが、後になって罪悪感が込み上げてきたのだ。
「ルーイ先生、診察中ずっとセドリックさんの名前呼んでましたよ。『助けて、セディ! 怖い』って」
「あの人はもう……。幼子じゃないんだから、恥ずかしい」
デカい溜息が漏れる。俺の中にあった罪悪感が吹き飛ぶような真似はよして欲しい。
「それほど不安だったんですよ。ここは私が引き受けますから、様子を見に行ってあげて下さい」
カレン嬢が自力でここから脱出するのは不可能。唯一の懸念は彼女の仲間の存在だが……。部屋の外にも見張りを配置して貰ったし、扉の鍵は俺が預かっている。問題無いだろう。彼女の監視はミシェルに任せて、やるべき事を済ませてしまおう。
「分かった。それじゃあ、頼む」
「お任せ下さい。あっ! そうだ。セドリックさんちょっと待って」
ミシェルは俺の耳元に顔を寄せると、小声で話を始めた。
「取り急ぎすみません。例の件ですが……」
例の件……ニコラ・イーストンの事か。中庭でも軽く触れた。先生の『もしも』が当たっていたかもしれないと……つまり、ニコラ・イーストンが体調不良で伏せっていたという事前情報は誤りだったというわけだ。
「侍女長立会いのもと、彼女の部屋を訪問しました。しかし、いくら呼びかけても応答は無し。侍女長も不信に思ったようで、合鍵を使い部屋を開けてくれたのですが、まさか本当に……」
「いなかったんだな……彼女が」
「……はい。ニコラさんと親しかった侍女達を中心に、事情を知る者がいないか調べて貰っています。実家に戻った可能性も考え、そちらにも使いを出して頂きました」
「分かった。事件への関与が確定したわけではない。とにかく彼女の行方を突き止めないとな」
ミシェルは静かに頷いた。レオン様にも報告しなければならないが、ニコラ・イーストンの失踪、魔法使いの正体……先生の負傷。最早定期連絡で済ませてよい内容ではないな。一旦王宮へ戻るべきだろうか……
「それと、つい先ほどの事ですが公爵が先生のもとへ謝罪に来られましたよ。例え臨時でもこの少女はジェムラート家の使用人ですからね。少なからず雇い主の責任も問われます。ただでさえフィオナ様のことで憔悴しきっておられるのに、次から次へと……お気の毒で見ていられませんでした」
大勢の使用人がフィオナ様のリブレール行きに同行した。変わりなく見えた屋敷内だが、残った者達への仕事の負担は大きくなったはず。影響が全く無いなどあり得ない。
カレン嬢のような臨時雇いの使用人は、人手不足を補うためのものだったのだろう。いや、この少女に関しては、人探しの旅をしているという境遇に公爵が同情したのかもしれない。そうでなければ、わざわざ身元のはっきりしない子供を雇う理由なんてない。
「公爵にもフォローが必要だな。我々は危険な目に合う可能性を想定した上で屋敷を訪問したのだし……先生の怪我に関しては、俺にも責任の一端がある」
再びカレン嬢の方へ視線を向ける。彼女は相変わらず鋭い目で我々を睨んでいた。
公爵の思惑はどうであれ、カレン嬢の方は臨時の雇い主に対する情など持ち合わせてはいないな。後先考えず客人に刃を向けるわ、恩人であるはずのジェフェリーさん、そしてリズさんまで手にかけようとしたのだ。
彼女の中で絶対的な存在で何よりも尊重すべきが『エルドレッド』という魔法使いの少年。彼を主君と仰ぎ、彼のためという大義名分をかざし、邪魔な人間を躊躇なく排除しようとする。
なんだかなぁ……似てるんだよな、この子。俺たちと。さすがにここまで極端に振り切れてはいないし、相手側の話に聞く耳を持たず、暴走したのは愚かとしか思えない。しかし、仕える主に対する強い忠誠心……主を守るためならどんな事でもやるという潔さ。彼女の考え方や行動が全く理解できないものとも言えず、一部シンパシーを感じてしまう自分もいるのだ。
戦闘技術なども含めて未熟な面も多々あれど、10代そこそこの少女にここまでの覚悟を抱かせるとは……。その『エルドレッド』という少年……魔法使いという事を差し引いても興味深い。彼は一体何者なのだろうか。
椅子に座らせた状態で両腕は背もたれの後ろ側に回し、足もきっちりと閉じさせる。いずれも自由に動かせないように縄でキツく縛る。胴回りも忘れずに背もたれに固定するよう縛りつけた。
逃亡など出来るはずもないのだが、少女の瞳に諦めの色は宿らない。爛々とギラついたそれは、獲物の首に喰らいつこうとする獣のようだった。
コンコン……
誰かが入り口の扉をノックしている。少女の荒い息づかいしか聞こえない室内で、その音はとりわけよく響いた。
「セドリックさん、ミシェルです」
「入れ」
来訪者は己の部下だった。入室の許可を与えると、彼女はゆっくりと扉を開ける。薄暗い室内に明るい光が差し込んだ。扉はすぐに閉じられたので一瞬のことだったのだが、明暗の差に僅かだが目が眩んだ。
「派手にやらかした割にはずいぶん好待遇じゃないですか」
「ジェムラート邸には罪人を収容しておく牢のような場所はないからな」
椅子に縛り付けられたカレン嬢を見るやいなや、ミシェルは煽るように言葉を投げつける。
ここは素行の悪い使用人に反省を促すための仕置き部屋らしい。窓は天井付近に取り付けられた小さな明かり取りのみ。唯一ある家具も簡素なベッド。お世辞にも良い部屋とは言えない。けれど、ミシェルの言う通り、冷たい石と鉄で造られた牢などと比べたら居心地の良さは天と地ほどの差があるだろう。
「一時的なものだし、なるべく人目につかず彼女を捕らえておける場所ならどこでもいい」
部屋の扉には頑丈な鉄製の鍵が付けられている。両手両足を縛られている彼女が逃げ出せるとは思えないが、まだ仲間の所在も判明していない。油断は禁物だ。
「それよりルーイ先生の容体は? 大事無いか」
「医師の診察によると、お尻にアザが出来ただけでそれ以外には目立った外傷は無いとのことです。痛みも数日で引くそうですよ」
「そうか。良かった」
彼を守るためとはいえ、無体を働いてしまった。他にいくらでもやりようはあっただろうに。先生は気にするなと言って下さったが、後になって罪悪感が込み上げてきたのだ。
「ルーイ先生、診察中ずっとセドリックさんの名前呼んでましたよ。『助けて、セディ! 怖い』って」
「あの人はもう……。幼子じゃないんだから、恥ずかしい」
デカい溜息が漏れる。俺の中にあった罪悪感が吹き飛ぶような真似はよして欲しい。
「それほど不安だったんですよ。ここは私が引き受けますから、様子を見に行ってあげて下さい」
カレン嬢が自力でここから脱出するのは不可能。唯一の懸念は彼女の仲間の存在だが……。部屋の外にも見張りを配置して貰ったし、扉の鍵は俺が預かっている。問題無いだろう。彼女の監視はミシェルに任せて、やるべき事を済ませてしまおう。
「分かった。それじゃあ、頼む」
「お任せ下さい。あっ! そうだ。セドリックさんちょっと待って」
ミシェルは俺の耳元に顔を寄せると、小声で話を始めた。
「取り急ぎすみません。例の件ですが……」
例の件……ニコラ・イーストンの事か。中庭でも軽く触れた。先生の『もしも』が当たっていたかもしれないと……つまり、ニコラ・イーストンが体調不良で伏せっていたという事前情報は誤りだったというわけだ。
「侍女長立会いのもと、彼女の部屋を訪問しました。しかし、いくら呼びかけても応答は無し。侍女長も不信に思ったようで、合鍵を使い部屋を開けてくれたのですが、まさか本当に……」
「いなかったんだな……彼女が」
「……はい。ニコラさんと親しかった侍女達を中心に、事情を知る者がいないか調べて貰っています。実家に戻った可能性も考え、そちらにも使いを出して頂きました」
「分かった。事件への関与が確定したわけではない。とにかく彼女の行方を突き止めないとな」
ミシェルは静かに頷いた。レオン様にも報告しなければならないが、ニコラ・イーストンの失踪、魔法使いの正体……先生の負傷。最早定期連絡で済ませてよい内容ではないな。一旦王宮へ戻るべきだろうか……
「それと、つい先ほどの事ですが公爵が先生のもとへ謝罪に来られましたよ。例え臨時でもこの少女はジェムラート家の使用人ですからね。少なからず雇い主の責任も問われます。ただでさえフィオナ様のことで憔悴しきっておられるのに、次から次へと……お気の毒で見ていられませんでした」
大勢の使用人がフィオナ様のリブレール行きに同行した。変わりなく見えた屋敷内だが、残った者達への仕事の負担は大きくなったはず。影響が全く無いなどあり得ない。
カレン嬢のような臨時雇いの使用人は、人手不足を補うためのものだったのだろう。いや、この少女に関しては、人探しの旅をしているという境遇に公爵が同情したのかもしれない。そうでなければ、わざわざ身元のはっきりしない子供を雇う理由なんてない。
「公爵にもフォローが必要だな。我々は危険な目に合う可能性を想定した上で屋敷を訪問したのだし……先生の怪我に関しては、俺にも責任の一端がある」
再びカレン嬢の方へ視線を向ける。彼女は相変わらず鋭い目で我々を睨んでいた。
公爵の思惑はどうであれ、カレン嬢の方は臨時の雇い主に対する情など持ち合わせてはいないな。後先考えず客人に刃を向けるわ、恩人であるはずのジェフェリーさん、そしてリズさんまで手にかけようとしたのだ。
彼女の中で絶対的な存在で何よりも尊重すべきが『エルドレッド』という魔法使いの少年。彼を主君と仰ぎ、彼のためという大義名分をかざし、邪魔な人間を躊躇なく排除しようとする。
なんだかなぁ……似てるんだよな、この子。俺たちと。さすがにここまで極端に振り切れてはいないし、相手側の話に聞く耳を持たず、暴走したのは愚かとしか思えない。しかし、仕える主に対する強い忠誠心……主を守るためならどんな事でもやるという潔さ。彼女の考え方や行動が全く理解できないものとも言えず、一部シンパシーを感じてしまう自分もいるのだ。
戦闘技術なども含めて未熟な面も多々あれど、10代そこそこの少女にここまでの覚悟を抱かせるとは……。その『エルドレッド』という少年……魔法使いという事を差し引いても興味深い。彼は一体何者なのだろうか。
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