213 / 302
212話 不審者について(1)
しおりを挟む
「ねぇ、セディ。なんか部屋の外が騒がしくない? 何かあったのかな」
ルーイ先生の指摘通り、先ほどから外の様子がおかしい。慌ただしく響く複数の足音……ざわめき声。レナードが退室してから1時間程度になるが、まさか奴が何かしでかしたんじゃないだろうな。ジェムラート公爵に礼儀を欠いた振る舞いを……いや、あいつは外面良いからそれは無いか。公爵に対して思うところがあったとしても露骨に態度に出すようなことはしないはずだ。
「……少し見て来ます。先生、姿勢は低くしたままで声は出さないで下さいね」
椅子から立ち上がると、廊下へ続く扉に近づいた。雑音がさっきよりも鮮明に聞こえる。ドアノブに手をかけて扉を開けようとしたその時だった。
「ルーイ先生、セドリックさん」
扉をノックするコンコンという音と共に、我々の名前を呼ぶ声が耳に飛び込んできた。声の主は馴染みのある少女のものだった。クレハ様のご友人、リズさんだ。訪問者が知り合いであったことで張っていた気が一瞬緩んだが、彼女の声が僅かに震えているのに気付く。緊張しているのか焦っているのか……とにかくただならぬ雰囲気を感じ取ったため、すぐに気持ちを引き締めて彼女の呼びかけに応答したのだ。
「リズさんですね。どうしたのですか?」
彼女とジェフェリーさんには休息を取るよう命じたはずだった。外の騒がしさといい、嫌な予感がする。
「あの、実は……」
「オードラン隊長、急ぎ伝えなければならない話があります。養生なさっているルーイ先生には申し訳ないですが、おふたりで一緒に聞いてくれませんか」
リズさんを制して別の人物が前に出てきた。これまた聞き覚えのある声だ。しかしこの声は――
「……ジェムラート公爵?」
リズさんと共に先生の部屋を訪れたのは、この屋敷の主、ダグラス・ジェムラートだった。公爵は少し前にカレン嬢の件で先生に直々に謝罪をなさったと聞いたが、このように立て続けにいらっしゃるとは……今度はどんな用向きなのだろう。レナードがレオン様の伝言を公爵にも伝えたはずだ。確認したいことでもあったのか。考えている暇はなかった。理由なんてすぐに分かる。それよりも公爵を扉の前で立たせたままにしているのが、目下対処しなければならない問題だ。
「……なかなかお休みになれませんね」
「セディ、俺は大丈夫だから公爵をお通しして」
「はい」
先生は寝転んでいた体を起こすと、軽く身だしなみを整えて公爵を迎え入れる体勢を取った。彼が我々の前で見せる、どこか気の抜けた心安い雰囲気は一瞬でどこかに消えてしまう。対外向けの表情……とでもいうのだろうか。先生は相手や状況に応じて、すぐさまそれに相応しいキャラクターを演じ分けている。柔軟性の高さには目を見張ってしまう。器用で要領が良いと感心する反面、神であるのに何故ここまで立ち回りが上手いのかと疑問を抱いてしまう時がある。
この方が伝えてくる好意を俺が素直に受け取ることができなかったのは、彼が神であるのとは別に、この妙なこなれ感が癪に触るというか……信じたいという気持ちよりも揶揄われているのではないかという不安の方が優ってしまうからではないかと思う。
また思考が脱線してしまった。俺と先生のことはどうでもいいだろ。今は公爵のことを考えなくては。
「お休みのところにすみません。ルーイ先生」
公爵は侍従も連れず、付き添っているのはリズさんだけだった。顔色が更に悪くなっている。表情からも疲れが見て取れた。とりあえずこの部屋にある唯一の椅子に座って頂いたが……我々が屋敷に来て最初に挨拶をした時よりも状態が悪化しているのは明白だ。娘の事で気を揉んでいたところへ使用人が次々と問題を起こしたのだから仕方ないだろう。これに加えて今度は何が起きたというのか。公爵の体調も心配だが、レオン様もまだいらしてないというのに、これ以上の厄介ごとは勘弁して貰いたい。
「我が屋敷内で先生に怪我をさせてしまったというだけでもとんでもない失態だというのに、更に不審人物の侵入を許してしまうなんて……なんと申し開きをしたら良いか。殿下の大切な先生にこのような……」
「え、あの……公爵殿。どういうことですか。不審人物とは」
先生も俺と同じ単語に反応している。不審人物だと。そんなものがいつ……外が騒がしかったのはそれが原因だったのか。
「すみません……私もついさっき報告を受けて……まだ動揺が治っていないようです。リズ、先生がたにもさっきあった事をお話しして差し上げて」
「はい」
公爵に促されリズさんが一歩前に出た。彼女はこの為に連れてこられたのか。説明役がリズさん……ということは、彼女が不審人物とやらに遭遇したのか? 部屋で大人しくしていたはずなのにどうして……
「……ルーイ先生、セドリックさん。つい今しがたの出来事です。カレンの仲間とおもしき若い男性と、使用人部屋の近くの廊下で接触しました」
「えっ……はっ!? ちょっとリズちゃん。それほんとに?」
先生がうっかり素に戻っている。俺も声こそ上げなかったが、同じくらい驚いた。カレン嬢の口から存在を示唆されていた彼女の仲間。恐らくそう遠くない場所にいて、連れの異変に気付けば行動を起こすと警戒はしていたが、まさかこんなに早く……
「ルーイ先生、大丈夫です。その者はすでに拘束されましたから」
驚く俺たちを安心させるため、公爵はすぐさま侵入者の顛末を教えてくれた。リズさんも怪我らしきものは見当たらない。ほっと胸を撫で下ろす。
「はい……空腹に負けて部屋から出たのが間違いでした。レナードさんが助けてくれたのです」
「レナードが……」
王宮に戻ろうとしていたレナードが偶然通りかかったのだそうだ。リズさんは厨房に食べものを貰いに行こうとした所でその男と鉢合わせをした。男はカレン嬢の監禁場所を探しており、リズさんからそれを聞き出そうとしたとのこと。しかもそいつは我が軍の隊服を身に付けていて、俺が要請した増援のフリをしたという衝撃の情報がもたらされた。
話を聞けば聞くほど、レナードがたまたまいて良かった。カレン嬢の仲間……話し合いが出来るかもと僅かに期待していたが、その男だけでも余罪がぽろぽろ出てきそうな現状に頭を抱えた。そんな期待はさっさと捨てるべきだな。
ルーイ先生の指摘通り、先ほどから外の様子がおかしい。慌ただしく響く複数の足音……ざわめき声。レナードが退室してから1時間程度になるが、まさか奴が何かしでかしたんじゃないだろうな。ジェムラート公爵に礼儀を欠いた振る舞いを……いや、あいつは外面良いからそれは無いか。公爵に対して思うところがあったとしても露骨に態度に出すようなことはしないはずだ。
「……少し見て来ます。先生、姿勢は低くしたままで声は出さないで下さいね」
椅子から立ち上がると、廊下へ続く扉に近づいた。雑音がさっきよりも鮮明に聞こえる。ドアノブに手をかけて扉を開けようとしたその時だった。
「ルーイ先生、セドリックさん」
扉をノックするコンコンという音と共に、我々の名前を呼ぶ声が耳に飛び込んできた。声の主は馴染みのある少女のものだった。クレハ様のご友人、リズさんだ。訪問者が知り合いであったことで張っていた気が一瞬緩んだが、彼女の声が僅かに震えているのに気付く。緊張しているのか焦っているのか……とにかくただならぬ雰囲気を感じ取ったため、すぐに気持ちを引き締めて彼女の呼びかけに応答したのだ。
「リズさんですね。どうしたのですか?」
彼女とジェフェリーさんには休息を取るよう命じたはずだった。外の騒がしさといい、嫌な予感がする。
「あの、実は……」
「オードラン隊長、急ぎ伝えなければならない話があります。養生なさっているルーイ先生には申し訳ないですが、おふたりで一緒に聞いてくれませんか」
リズさんを制して別の人物が前に出てきた。これまた聞き覚えのある声だ。しかしこの声は――
「……ジェムラート公爵?」
リズさんと共に先生の部屋を訪れたのは、この屋敷の主、ダグラス・ジェムラートだった。公爵は少し前にカレン嬢の件で先生に直々に謝罪をなさったと聞いたが、このように立て続けにいらっしゃるとは……今度はどんな用向きなのだろう。レナードがレオン様の伝言を公爵にも伝えたはずだ。確認したいことでもあったのか。考えている暇はなかった。理由なんてすぐに分かる。それよりも公爵を扉の前で立たせたままにしているのが、目下対処しなければならない問題だ。
「……なかなかお休みになれませんね」
「セディ、俺は大丈夫だから公爵をお通しして」
「はい」
先生は寝転んでいた体を起こすと、軽く身だしなみを整えて公爵を迎え入れる体勢を取った。彼が我々の前で見せる、どこか気の抜けた心安い雰囲気は一瞬でどこかに消えてしまう。対外向けの表情……とでもいうのだろうか。先生は相手や状況に応じて、すぐさまそれに相応しいキャラクターを演じ分けている。柔軟性の高さには目を見張ってしまう。器用で要領が良いと感心する反面、神であるのに何故ここまで立ち回りが上手いのかと疑問を抱いてしまう時がある。
この方が伝えてくる好意を俺が素直に受け取ることができなかったのは、彼が神であるのとは別に、この妙なこなれ感が癪に触るというか……信じたいという気持ちよりも揶揄われているのではないかという不安の方が優ってしまうからではないかと思う。
また思考が脱線してしまった。俺と先生のことはどうでもいいだろ。今は公爵のことを考えなくては。
「お休みのところにすみません。ルーイ先生」
公爵は侍従も連れず、付き添っているのはリズさんだけだった。顔色が更に悪くなっている。表情からも疲れが見て取れた。とりあえずこの部屋にある唯一の椅子に座って頂いたが……我々が屋敷に来て最初に挨拶をした時よりも状態が悪化しているのは明白だ。娘の事で気を揉んでいたところへ使用人が次々と問題を起こしたのだから仕方ないだろう。これに加えて今度は何が起きたというのか。公爵の体調も心配だが、レオン様もまだいらしてないというのに、これ以上の厄介ごとは勘弁して貰いたい。
「我が屋敷内で先生に怪我をさせてしまったというだけでもとんでもない失態だというのに、更に不審人物の侵入を許してしまうなんて……なんと申し開きをしたら良いか。殿下の大切な先生にこのような……」
「え、あの……公爵殿。どういうことですか。不審人物とは」
先生も俺と同じ単語に反応している。不審人物だと。そんなものがいつ……外が騒がしかったのはそれが原因だったのか。
「すみません……私もついさっき報告を受けて……まだ動揺が治っていないようです。リズ、先生がたにもさっきあった事をお話しして差し上げて」
「はい」
公爵に促されリズさんが一歩前に出た。彼女はこの為に連れてこられたのか。説明役がリズさん……ということは、彼女が不審人物とやらに遭遇したのか? 部屋で大人しくしていたはずなのにどうして……
「……ルーイ先生、セドリックさん。つい今しがたの出来事です。カレンの仲間とおもしき若い男性と、使用人部屋の近くの廊下で接触しました」
「えっ……はっ!? ちょっとリズちゃん。それほんとに?」
先生がうっかり素に戻っている。俺も声こそ上げなかったが、同じくらい驚いた。カレン嬢の口から存在を示唆されていた彼女の仲間。恐らくそう遠くない場所にいて、連れの異変に気付けば行動を起こすと警戒はしていたが、まさかこんなに早く……
「ルーイ先生、大丈夫です。その者はすでに拘束されましたから」
驚く俺たちを安心させるため、公爵はすぐさま侵入者の顛末を教えてくれた。リズさんも怪我らしきものは見当たらない。ほっと胸を撫で下ろす。
「はい……空腹に負けて部屋から出たのが間違いでした。レナードさんが助けてくれたのです」
「レナードが……」
王宮に戻ろうとしていたレナードが偶然通りかかったのだそうだ。リズさんは厨房に食べものを貰いに行こうとした所でその男と鉢合わせをした。男はカレン嬢の監禁場所を探しており、リズさんからそれを聞き出そうとしたとのこと。しかもそいつは我が軍の隊服を身に付けていて、俺が要請した増援のフリをしたという衝撃の情報がもたらされた。
話を聞けば聞くほど、レナードがたまたまいて良かった。カレン嬢の仲間……話し合いが出来るかもと僅かに期待していたが、その男だけでも余罪がぽろぽろ出てきそうな現状に頭を抱えた。そんな期待はさっさと捨てるべきだな。
0
あなたにおすすめの小説
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
落ちこぼれ村娘、拾った王子に溺愛される。
いっぺいちゃん
恋愛
辺境の村で育った元気娘 ミレイ。
ある日、森で倒れていた金髪の青年を助けるが、
実は彼は国一の人気者 完璧王子レオン だった。
だがレオンは外に出ると人格がゆるみ、
王宮で見せる完璧さは作ったキャラだった。
ミレイにだけ本音を見せるようになり、
彼は彼女に依存気味に溺愛してくる。
しかしレオンの完璧さには、
王宫の闇に関わる秘密があって——
ミレイはレオンの仮面を剥がしながら、
彼を救う本当の王子に導いていく。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
※この作品は「小説家になろう」でも同時投稿しています。
何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました
さち姫
恋愛
シャーリー・サヴォワは伯爵家の双子の妹として産まれた 。実の父と双子の姉、継母に毎日いじめられ、辛い日々を送っていた。特に綺麗で要領のいい双子の姉のいつも比べられ、卑屈になる日々だった。
そんな事ある日、父が、
何も言わず、メイドして働いてこい、
と会ったこともないのにウインザー子爵家に、ポイされる。
そこで、やっと人として愛される事を知る。
ウインザー子爵家で、父のお酒のおつまみとして作っていた料理が素朴ながらも大人気となり、前向きな自分を取り戻していく。
そこで知り合った、ふたりの男性に戸惑いながらも、楽しい三角関係が出来上がっていく。
やっと人間らしく過ごし始めたのに、邪魔をする家族。
その中で、ウインザー子爵の本当の姿を知る。
前に書いていたいた小説に加筆を加えました。ほぼ同じですのでご了承ください。
また、料理については個人的に普段作っているのをある程度載せていますので、深く突っ込むのはやめてくださいm(*_ _)m
第1部の加筆が終わったので、ここから毎日投稿致しますm(_ _)m
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる