愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第二章

22:お手柄ジュリア

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※犯罪に関する表現があります。





 あれから、状況を理解していないメリッサと使用人三人に、ガヴェインとカインから再度要点をまとめた説明が行われた。
 ついでに、貧民街や平民街について知らなかったメリッサに、カインの口から追加説明が続く。
 どうやら首都ヤーラには、明確な地域区分こそ無いが、だいたい三つの区域にわかれて人々が生活しているらしい。

 爵位を持つ住民たちが住む貴族街。
 爵位は無いが安定した収入を得ている人たちが暮らす平民街。
 そして、その日暮らしで、貧しい生活を強いられる人たちが集まる貧民街。

 イザークは生まれてからずっと貧民街で暮らしており、べスター家から逃げ出し貧民街近くの道端で倒れていたジュリアを助けたと話してくれた。

「えーっと、つまり……べスター様っていう準男爵様は、平民と貴族様の間くらいに位置する地位を持っているやり手の商人。そんで、一夫多妻婚をしていて、一見良い人っぽく見えるのに……裏じゃよからぬ噂がある、ってことでいいっすか?」

 教えられた状況を、エドガーが自分の口で繰り返し、ガヴェインたちの顔色をうかがいながら、首を傾げる。
 彼の言葉を聞いた二人は、正解と言いたげにそれぞれ頷いていた。

「ジュリア様は、べスター様の噂については、ご存じなかったのですか?」

「ちょっ! ロベルトさん、様付けはよしてください。いくら家名があるとは言え、貴族社会では一番下の男爵家なんです。それに、アタシはもう家を出た身だし、貴族社会とかは、昔からどうも慣れなくて……」

 エドガーたちの話が終わると、今度はロベルトが質問を投げかける。
 すると、その問いかけにジュリアは酷く慌て、しきりに「呼び捨てでいいから!」と主張を繰り返した。
 その様子をどこか微笑ましそうに眺めるメリッサの脳内に、ふと小さな疑問が浮かぶ。
 そこで、説明を聞く際に優しい拘束を解かれた身体の向きを変え、チョンチョンとガヴェインの服を引っ張った。

「ん? どうした、メリッサ」

 愛らしい仕草で自分を呼ぶ妻に気づいたガヴェインは、すぐにメリッサの方を向き目を細める。
 蕩けんばかりの優しい眼差しに、つい頬が熱くなるが、今は呆けている場合ではない。

「ジュリアが、家名があるとか、爵位がと言っているのは……貴族階級の者たちだけが家名を名乗れる、という認識で良いのですか?」

 おずおずと夫の耳元へ唇を寄せたメリッサは、そのままコソコソとガヴェインに耳打ちをする。
 その声を聞いたガヴェインは、一旦メリッサから離れると、しばし何かを考えこむように唸り空を見上げた。

「他国での認識はよく知らないが、ここじゃ家名を名乗るのは貴族と平民だな。夫婦のどちらか、あるいは誰かが貴族だった場合は、結婚後その家の家名を名乗ることが多い。だけど、平民同士の結婚なら、夫と妻、どちらの家名を名乗るか自由に決められるんだ。まっ、大体は夫の家名で統一ってことが多いみたいだけどな」

「補足をするならば、平民同士で結婚する場合、新たに自分たちで考え決めた家名を名乗ることも出来ます」

 ガヴェインが分かりやすく質問に答え、続けてカインもおまけの知識を教えてくれた。
 新しい家名については、基本的に皆考えること自体を面倒がって、その割合はかなり低いそうだ。
 だから使用人として働くエルバたちにも家名があるのかと、メリッサは一人ふむふむと頷いた。



「あの家に悪い噂があるってことは、まったく知りませんでした。でも、家の中に入った瞬間、何かヤバい所だってことは、何となく察しがついたんです」

 若干脱線した話の軌道修正をするように、ジュリアがべスター家で見たことを話してくれると言う。

「察しがついたというのは……何かを目撃した、ということか?」

「いや……アタシがまず違和感を抱いたのは、匂いです」

 相槌を打ちつつ、会話の内容をより明確に絞り込もうとするガヴェインの言葉に、ジュリアは俯きながら首を左右に振る。

「匂い?」

「ああ……屋敷中を花で埋め尽くしたような、くだもので埋め尽くしたような……甘ったるい匂いが充満してたんだ」

 首を傾げるメリッサの声に頷いたジュリアは、顔をあげ、当時のことを話してくれる。
 その際の状況を鮮明に思いだしたのか、眉間に深々と皺を寄せ嫌悪感丸出しの顔をしている。

「花やくだものの匂いなら、好みこそあれ、それなりに良い匂いと思うのでは?」

「いいや、良い匂いなんて思えなかった。匂いが濃いというか、悪酔いしそうなくらいに甘ったるい匂いがして……正直、何度も吐きそうになった……うっ!」

 カインまで首を傾げれば、今度は彼女の口から、自分が感じた匂いの詳細について説明が始まる。
 途中、思い出したせいで気分が悪くなったジュリアは、咄嗟に手で自分の口元を覆った。

「ジュ、ジュリア!」

「おいっ、あんまり無茶すんな!」

 それぞれ隣に座るメリッサとイザークが、背中を丸めて俯くジュリアのそばへ近づき、懸命に彼女の背中をさすりだす。
 俯いたジュリアの顔色は、ほんの少しだが悪いように見えた。

「ロベルト。今日持って来た物の中に、ミンカの葉は無いですか?」

「えーっと……あっ、デザートを入れた箇所に彩として少し」

「なら、今すぐその葉をちぎるなりして、果実水に混ぜてください。それを飲めば、少しは気分が良くなるはずです」

 突然気分を悪くしたジュリアの様子に、その場にいるほとんどの人間が驚き、多かれ少なかれ狼狽えた。
 だが、唯一カインだけは冷静で、的確に対処しようとロベルトに指示を出し始めた。



 その後、ロベルトが即席で作ったミンカの葉入り果実水を飲んだジュリアの気分と顔色は、時間が経つにつれ良くなっていった。
 彼女の体調を誰よりも心配しているイザークは、何度ジュリアが大丈夫だと言ってもそばを離れず、ずっと彼女の背中をさすっている。

 時間が経ち、大分気分が落ち着いてきたと言うジュリアは、まだ話は終わっていないと言って、自分が抱いた違和感について新たな事実を口にする。

「数時間経っても鼻につく匂いは無くならなくて、執事だという男の人に何の匂いか教えてもらおうとしたんです。だけどその人は、そんな甘ったるい匂いなんて一切しないと言って」

「ふむ……ジュリアが思い出すだけで気分を悪くする強烈な匂いを、他の人間が気づかないとは考えにくいな」

「ずっと屋敷にいるせいで、その匂いに慣れてしまったか……それとも、匂いは感じているのに、わざと匂わないと言っているのか」

 話を聞きながら、ガヴェインとカインは、それぞれ聞いたばかりの情報を声に出し、自分の考えも交ぜて考察していく。

「匂いも気になったんですけど……本気でヤバいと感じたのは、アタシより先にアイツと結婚している奥様たちの姿を見た時です」

「……と言うと?」

「本当ならアタシは、べスター家の六人目の妻として娶られる予定だったみたいです。それで……他の奥様たち、五人の姿を見た時、この家はおかしいと思いました」

 首を傾げるガヴェインの言葉に頷き、ジュリアはさらに説明を続ける。
 そして、一旦言葉を切った彼女は、ゴクリと唾を飲み込み、膝の上に置いた両手をギュッと握りしめ口を開いた。

「その人たち、全員目の焦点が合ってないんです。まるで心がここに無い、人形にでもなったように虚空を見つめていることがほとんどで……でも、アイツが声を出せば、皆が一斉に反応して、我先にとあの男に抱きついて甘えだすんです」

 そして自分が知る情報を喋り終えたジュリアは、話し終わったと同時に小さく息を吐く。
 その様子を見たメリッサは、そばに置いてあったミンカ入り果実水が入ったグラスを手に取り、そっとジュリアの前に差し出した。
 目の前に出現したグラスに、ジュリアは一瞬驚いたものの、すぐにそれを差し出した人間に気づき、小さく「ありがとう」と笑った。
 友人の笑顔につられて、嬉しさのあまりメリッサも微笑み返した時、二か所からほぼ同時に「なるほど」と声が上がる。

「ジュリア、君は脱走を咎められるどころか、大手柄をあげたぞ!」

「へっ?」

「そうですね。何年も、のらりくらりと誤魔化し続けたあの狸男の善人ぶった化けの皮、いよいよはぎ取る時が来ましたよ」

「はあ!?」

 どういう訳か、興奮した様子を見せるガヴェインの言葉に、ジュリアはキョトンと首を傾げて気の抜けた声を出す。
 そして続けざまに、クククッと企み顔でニヤリと笑うカインの声に対しては、驚くあまり大きな声を上げる。

「ガヴェイン様、やっぱりあの情報は間違っていなかったんですよ!」

「そうだな。どんなカラクリがあるかはまだよくわからんが、あの男が違法薬物に手を出しているのは、まず間違いない事実だ」

 お互いを見合い、大きく頷き合うカインとガヴェイン。
 二人の口から次々飛び出す言葉に、他の全員が話について行けず言葉を失う。
 そんな最中、ガヴェインが口にした物騒な単語を聞き、メリッサは衝撃のあまり身体を強張らせ完全に口を閉ざす。
 そんな彼女の耳に届いたのは、そこかしこから上がる使用人やジュリアたちの驚愕に満ちた叫び声だった。
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